27.冒険者デビューのその後
「ルーファス、お前、そんな趣味があったのか?」
アゼルさんと約束した店に辿りつくと、私を抱っこしたままのルーファスさんを見て、顎が落ちそうなほどに驚いたアゼルさんが、何とか気を取り直して発した言葉がこれだった。
何でみんな、ルーファスさんを変態扱いするんだろう?
私を撫でるルーファスさんの手に、欲望じみたものはまったくないのに。
「ユキ、帰るか」
アゼルさんに背を向けて、ルーファスさんが歩き出した瞬間、背後で悲鳴が上がった。
「すまんっ! 俺が悪かった。この通り、申し訳ないっ! だから、頼む、帰らないでくれ!」
平身低頭とはこういう状態を表す言葉なんだと実感できるほどに、アゼルさんが切羽詰った状態で謝罪を繰り返す。
元々帰る気はなかったのか、ルーファスさんは足を止めて、仕方がない、そんな素振りでアゼルさんの向かいに私を座らせた。
店内はカウンターの中に店主らしき人がいるだけで、他のお客さんはいない。
あまり繁盛していない店なんだろうかと、失礼な事を考えてしまった。
「それで、その嬢ちゃんは? どこから攫ってきた」
まだ懲りないのか、アゼルさんがにやにやと笑いながらからかい出す。
「そんなに俺に帰って欲しいのか?」
ルーファスさんがボソッと呟くと、アゼルさんは慌てて口を噤んだ。
何ていうか、見た目の厳つさと中身が違い過ぎる人だ。
元Sランクって聞いているけど、あまり威厳のようなものはない。
冒険者ギルドで見た時と違いすぎるから、こういった態度は身内といる時だけなのかもしれない。
「パーティメンバーのユキだ。しばらく王都でランク上げをした後は、また一緒に旅に出る」
ルーファスさんが紹介してくれたので、軽く会釈をしておく。
ルーファスさんの言葉で、頼まれて一時的に面倒を見ているというわけではないとわかったのか、アゼルさんが鋭い目で私を見た。
試すような視線だと思ったけれど、さっきのあの様子を見た後では、あまり怖いとは感じない。
首を傾げて、にっこりと笑みかけておいた。
「ルーファスが選ぶだけあって、肝が据わってる。最初はあの貴族の坊ちゃんの関係者を預かってるのかと思ってたんだが、違ってたんだな」
貴族の坊ちゃんってローランドさんかな?
ため息混じりに言った後、アゼルさんは私に向き直った。
「嬢ちゃん、俺はルーファスの旧知でアゼルという。冒険者ギルドで新人の戦闘訓練をしてるから、気が向いたら来るといい。ついでにルーファスの昔の話とか、過去の女関係とか、知りたい事があったら何でも教えるから聞いてくれ」
アゼルさんが言い切るのと同時に、ルーファスさんがアゼルさんの頭を軽くチョップした。
軽く見えたけど痛かったようで、アゼルさんは頭を抱えて悶絶してる。
「ユキ、この馬鹿のいうことは聞かなくていい。それより、何を食う? ここは店は汚いが、料理は美味いぞ」
ルーファスさんが酷い事を言いながら、メニューを見せてくれた。
汚いというよりは、古い店だと思う。
あちこち傷んでいるけれど、綺麗に掃除されているのはよくわかる。
「ルーファスさんのお勧めを頼んでくれる?」
メニューを見たけれど、どんな料理なのかわからないものもあったので、ルーファスさんに任せることにした。
多分ここは、お酒を出す店だと思うんだけど、子供が入っても問題なかったんだろうか?
他のお客さんがいないので、判断がつかない。
「わざわざ貸切にしてやったのに、酷い言い草だな、ルーファス。だが、しばらく見ないうちに、いい面構えになったな。そこの嬢ちゃんの影響か?」
アゼルさんと同世代くらいの店主さんが、穏やかな笑顔のままルーファスさんを見る。
黒髪で痩せた物静かな雰囲気の人だ。
この人もアゼルさんと同じで、旧知の仲のようだ。
「そうだな、ユキの影響だ。それより注文を頼む。今日、ユキは初めて魔物討伐をしたからな。早めに休ませてやりたい」
大丈夫って言ってるのに、ルーファスさんが過保護だ。
私が疲れているんじゃないかと、心配らしい。
「今日が冒険者デビューだったのか。そりゃ、お祝いしないとな。奢るから好きなだけ飲んでくれ」
アゼルさんが陽気にお酒の追加注文をするけれど、ルーファスさんは呆れ顔だ。
「アゼル。ユキに酒はまだ早いし、俺も馬車で帰るから、飲まないからな。マスター、俺もユキもアルコール以外の飲み物を頼む」
ルーファスさんが断ると、アゼルさんは不満げに舌を鳴らした。
「馬車はギルドにおいて、いつもの宿に泊まればいいだろ」
よほどルーファスさんを引き止めたいのか、それとも一緒にお酒を飲みたいのか、とっても残念そうだ。
今度、私は留守番をして、ルーファスさんだけが出かけられるようにした方がいいかもしれない。
公爵家の敷地内なら、一人でも危険はないはずだから。
「あんな安宿にユキを泊まらせられるか。あの宿で寝るくらいなら、馬車で寝た方がマシだ。それに帰らないと、ローランドが心配するからな。ユキはあいつのお気に入りだから、私兵を使って捜索しかねないぞ?」
大げさだなって私は思ったけど、アゼルさんは何を思い出したのか顔を引き攣らせている。
どうやらローランドさんは、過去に何かやらかしたようだ。
「そんな面倒な事になるんだったら、仕方がないから諦める。が、今度がっつり飲む時間を作れ。しばらく王都にいるんだろ?」
大きな溜息をつきながらも、しっかり次の約束を取り付けようとする辺り、アゼルさんもルーファスさんとの付き合い方がわかってる感じだ。
引き際がわかっているし、押すのも上手い。
「最低でも二ヶ月はいる。時間が空いたら教えるから、それまで待て。でも、アゼルの家には行かないからな? 酒を飲むなら、外がいい」
料理が運ばれてきたので、取り皿に取り分けて、アゼルさんとルーファスさんの前に出した。
アゼルさんはお酒を飲んでるけど、あまり食べてないみたいなので、何か食べた方がいいんじゃないかな。
私はお酒を飲んだことはないけど、何も食べずに飲むと酔いが回りやすいって、お兄ちゃんが教えてくれたから知っている。
多分、店主さんもそういう意図で取り皿を3人分持ってきたのだと思う。
二人が話すのを聞くともなしに聞きながら、取り分けた料理を食べていく。
名前は見覚えがなくても、料理を見れば見知ったものが多かった。
ただ、和食のようなものはなく、洋風の料理が多い。
使ってある食材も、馴染みのある野菜が多いようだ。
世界が違うのに同じなのは、天空人がいた時代に、地球と同じ野菜が出回ったんだろうか?
それとも元々同じだったのかな?
考えても仕方のないことをぼんやりと考えながら、一つ一つ、料理を味わっていった。
「ユキ、大丈夫か?」
遠くからルーファスさんの声が聞こえる。
何だか頭が重くて、思い通りに体が動かない。
「やっぱり疲れてたんだな」
優しい声を聞いたのを最後に、意識を飛ばしてしまった。
あまりにも疲れすぎて、小さな子供みたいにご飯を食べながら眠ってしまったみたいで、目が覚めると公爵家の離れのベッドにいた。
最後の記憶はあやふやだけど、私の冒険者デビューは無事に終わったのだった。




