26.達成報告
午後に草原で兎狩りをして、草原にしかない素材も集めたりしながらクエストを達成した後、馬車に乗って王都に戻ってきた。
兎を射るのを躊躇ったのは最初だけで、一度倒してしまったら、その後は躊躇う事もなく攻撃できた。
魔物は死体が残らないおかげで、あまり忌避感を感じないですむみたいだ。
後クリアしないといけないのは人型の魔物だけど、多分大丈夫だと思う。
一番最初に王都に入った時とは違う門だと、割とスムーズに中に入れるようで、予想していたよりも早く中に入ることができた。
こちらの門は冒険者門と呼ばれていて、商人達は使わないので、あまり待たずに済むらしい。
ただ、二頭立ての馬車を使うのは、お金に余裕のある高ランクのパーティの事が多いそうなので、待ってる間にやたらと見られていた。
冒険者ギルドの馬車置き場に馬車を置いてから、ギルドの中に入ると、夕方ということもあってかなり混雑していた。
まだ酔っ払うには早い時間なのか、2階の騒々しさは前ほど酷くないけれど、人はいるようだ。
受付に達成報告に行く前に、薬草の依頼書を取らないといけないのかと思っていたけれど、薬草採集は常にある依頼なので、依頼書は持っていかなくてもいいらしい。
ただ、薬草と一緒に採集した魔力回復草や、幻覚きのこなどの素材は依頼書がいるようなので、アイテムバッグの中の物と照らし合わせながら、依頼書を取っていく。
中には必要数に達していないものもあるので、それは次回に見合わせた。
麻袋に入れていても中身や数がわかるので、とても助かる。
「ユキ、これも持っていけ」
ルーファスさんが依頼書を二枚追加する。
見てみると、スライムの核の買取と、ホーンラビットの角の買取の依頼書だった。
素材は素材で別にクエストがあるらしい。
依頼書には一通り目を通したはずだけど、気がつかなかった。
どこにあったんだろうと掲示板を見ていると、ルーファスさんがそれに気づいたのか、笑みを漏らした。
その瞬間、ざわざわっとギルド内の空気が揺れる。
どうやら、さっきからやけに見られてると感じたのは、気のせいではなかったらしい。
ルーファスさんの正体が、冒険者達にばれつつあるのだろう。
向けられる眼差しは、熱を孕んだものや憧れを秘めたもの、羨望に満ちたものなど様々だった。
これだけ見られているのに、ルーファスさんは気にもせずに受け付けに私を促す。
「達成報告に来ました。それから、これもお願いします」
新たな依頼書とギルドカードを一緒に差し出すと、そこにいたのは朝と同じ人だった。
薄茶の癖のある髪をふんわりと纏めた、優しそうなお姉さんだ。
自然な笑顔がとても印象的だった。
「承ります。素材はカウンターの下に籠があるので、それに入れてもらえますか?」
言われて見てみれば、カウンターの下に向こうと通じる穴があって、そこに籠が置いてあった。
量が多いときはこちらを使うのだろう。
依頼書を見て、納品の数をある程度把握したらしい。
有能な人なんだなって思いながら、アイテムバッグに入れてあった薬草や他の素材を、丁寧に籠に入れていく。
できるだけ混ざらないようにしながら、端から綺麗に並べておいた。
こうすれば、数も数えやすいはずだ。
全部入れ終わったので、籠を少しだけ向こうに押しやってから、体を起こした。
何だかとっても達成感でいっぱいだ。
「ただいま処理しますので、お待ちくださいね」
笑顔で告げられて、頷きを返す。
やっぱりこの人の笑顔、いい感じで好きだなぁ。
素材の確認は違う人がするみたいで、若い人族の男の人が籠ごと持って行った。
ルーファスさんが自分のギルドカードと大金貨の入った袋を取り出して、カウンターに置く。
「これをパーティとユキのカードに入金してくれ。それから、パーティ名の登録を頼む」
お金を預ける事もパーティ名の登録も、私はすっかり忘れていたけれど、ルーファスさんは覚えていたらしい。
受付のお姉さんはすぐに復唱して、必要な書類を出してくれた。
ルーファスさんが慣れた様子で書類に必要なことを書き込んでいき、一度確認するように目を通してから、私にも見せてくれる。
書類はパーティ名を登録するものと、カードへの入金金額などを確認するためのものだった。
書類を確認して頷くと、ルーファスさんがそのまま提出する。
銀行に似た機能はあるけれど、通帳のようなものはないので、残高はギルドカードにすべて表示される。
ギルドでお願いすれば、入金と出金の記録を記載した紙をくれると、公爵領で入金した時に教えてもらった。
パーティの名義で預けた資金は、パーティメンバー全員のカードがないと使えないようになっているそうだ。
しばらく使う予定はないので、預けっぱなしになると思う。
「ルーファス、元気だったか!?」
受付の前で待っていると、熊みたいに大きな人が、人を掻き分けるようにしてやってきた。
厳つい顔の怖そうな人だけど、その顔をくしゃくしゃにした笑顔を見れば、ルーファスさんとの再会を喜んでいるのだと伝わってくる。
「見ての通りだ。お前の声は大きいから、少し抑えろ」
大きな声で呼びかけられたことで、ルーファスさんの正体を知りたがっていた周囲の冒険者にも素性がばれてしまって、ルーファスさんが渋い表情になっている。
騒がれるのがとことん嫌いみたいだ。
「滅多に帰ってこないお前が悪い。たまにしか居ないから、周囲も珍しがるんだ」
悪びれた様子もなく言い返されて、ルーファスさんが溜息をついた。
「帰るも何も、ここは俺の国じゃない。まだ清算が済んでないから、仕事が終わったのならいつもの店で待ってろ。2年ぶりだけど、潰れちゃいないだろ?」
これ以上ここで話すのは嫌だと示すように、ルーファスさんがしかめっ面で軽く手を振った。
その振り方だと、犬を追い払う時とかと同じだと思うんだけど、いいのかな?
こっちの世界だと、ジェスチャーも意味が違うのかな?
大丈夫かな?って心配していると、多分、元Sランクのアゼルさんに違いないその人は、豪快に笑った。
ルーファスさんが素っ気無いのには、慣れているといった様子だ。
「グロリアからお前が帰って来たと聞いて、仕事は片付けておいた。んじゃ、先に行って待ってるからよ、早く来いよ?」
やっぱりアゼルさんで間違いなかったようだ。
アゼルさんは歩き出したかと思うと、周囲に視線を巡らせて、威嚇するように笑った。
「お前ら、わかってると思うが、俺の後をつけてくるなよ? 偶然なんて言い訳はきかねぇからな?」
好奇心からアゼルさんが向かう店を突き止めようとしていた人もいたらしい。
アゼルさんの脅しを聞いて、びくっと震えてる人が何人かいる。
悠々と出て行くアゼルさんを見送っていると、受付の人に名前を呼ばれた。
「お待たせいたしました。スライムとホーンラビットの討伐、魔物の素材の納品、薬草や魔力回復草等の納品、すべてのクエストの報酬がこちらになります。薬草などの素材に関しましては、状態がとてもよかったので、報酬に10%上乗せしてあります。とても丁寧な仕事だと、買取の担当者が喜んでおりました」
にこやかな笑顔で、「ありがとうございました」とお礼を言われて、嬉しくなってしまう。
薬草の状態がよかったのは、アイテムバッグの恩恵だろうけど、喜んでもらえると、また頑張ろうって気力が沸いてくる。
アイテムバッグから手製の巾着型のお財布を取り出して、クエストの報酬を入れた。
この世界で、初めて自分で稼いだお金だと思うと嬉しくて、笑みが零れてしまう。
たくさんクエストを達成したこともあって、報酬には金貨が何枚も混ざっていた。
初クエストの報酬としては、頑張った部類なんじゃないかと思う。
ギルドカードとお財布をアイテムバッグにしまうと、それを待っていたようにルーファスさんが私を抱き上げた。
ギルドではあまり抱っこしないでってお願いしてあったのにと思ったけど、どうやらここにいるのが嫌で、早く外に出て行きたいようだ。
「お世話になりました」
ルーファスさんの腕に抱かれたまま、軽く会釈をすると、受付の人は優しい笑みを返してくれた。
癒し系だなぁと、呑気に思いながら、ルーファスさんに運ばれていく。
いつもよりちょっと歩調が速いから、やっぱり早くこの場を立ち去りたかったんだなと思った。
ずっとソロだったルーファスさんがパーティを組んだことがわかったからか、一部の人の目がぎらぎらしていたし、早く外に出たい気持ちはわからなくもない。
私のランクが低い事は、受けているクエストでわかっただろうから、低ランクでもパーティに入れる可能性があると思った人もいたのだろう。
一部からは、私に刺すような視線も向けられていた。
もしかしたら、あの場でルーファスさんが私を抱き上げたのは、周囲に対する牽制もあったのかもしれない。
大事にしている事を示す事で、私に手を出すなと警告していたんじゃないかと感じた。
「ユキ、悪いが少し付き合ってくれ。アゼルを待たせているからな。あれに話を通しておけば、血気盛んな奴らも少し抑えられる。俺一人なら、何を言われようがどうでもいいが、ユキに危害を加えられるようなことがあったら、我慢できないからな。先に手を打っておく」
何を想像したのか、ルーファスさんの顔が険しくなったので、眉間の辺りを指先で撫でてみた。
「私はルーファスさんから離れないから、大丈夫。ルーファスさんのそばにいるのに、危害を加えられるなんてこと、絶対にないって信じてる。だから、そんなに怖い顔をしないで? まだ、何も起こってない。それにね、私があの場にいた冒険者に、羨まれたり妬まれたりするのは仕方がないと思っているよ。ルーファスさんと一緒に冒険者ができる私は、凄く運がいいなって思うもの」
Aランクの冒険者に見守ってもらいながら冒険者デビューできるなんて、滅多にないどころか、ありえないような幸運だってわかってる。
だから少しくらいは悪感情を向けられるのも仕方がないかなって、割り切るしかない。
「ユキは、強いな」
ルーファスさんが呟くように言って、右手で頭を撫でてくる。
どうやら目的地に着くまで、私を下ろす気はないらしい。
こんなに大事にされてたら、恨まれもするよね。
ギルドでの視線に、嫉妬混じりのものがあったことにも気づいていた。
ルーファスさんは地位も名誉も兼ね備えた優良物件だから仕方がない。
多分、ルーファスさんの恋人や伴侶になりたいという人は、たくさんいるのだろう。
「私が強いとしたら、ルーファスさんがいてくれるからだよ」
体だけじゃなくて心ごと、ルーファスさんはいつも守ってくれる。
ルーファスさんを信じているから、その分強くなれる。
「ユキは本当に可愛いな。それに俺を嬉しがらせるのが上手い」
顔を寄せられて見つめられると、恥ずかしくて堪らない。
何も言葉にすることが出来なくて、代わりにルーファスさんの銀色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
くすぐったそうに笑うルーファスさんを見て、何だか胸が詰まるような切ない幸せを感じた。
ずっとこうして一緒にいられたらいいのになと思った。




