25.初クエスト
早朝の冒険者ギルドは、思っていたよりも混雑していた。
私と同じくらいの子供の姿は見当たらず、成人済みの冒険者がほとんどだ。
Fランクの依頼の掲示板の前にルーファスさんと並んで立つと、周囲の冒険者達がぎょっとしたようにルーファスさんを見た。
王都は2年ぶりらしいから、ルーファスさんの顔を知っている冒険者は限られているそうだけれど、ルーファスさんの名前は王都の冒険者ならみんな知っているらしい。
ルーファスさんの正体を知っているからというよりは、どう見てもFランクには見えないから、驚いているのだろう。
ルーファスさんは周囲を気にした様子もなく、貼ってある依頼に目を通す。
「ユキ、自分で依頼を選ぶか?」
背の低い私には掲示板が良く見えないから、ルーファスさんがいつものように抱き上げてくれる。
Fランクの依頼は、最低ランクだけあって、街中で済むような依頼も多かった。
今日はレベル上げも兼ねて外に出るつもりなので、街の外の依頼を中心に見ていく。
薬草などの採集依頼は、現物を手に入れてから受けてもいいけれど、魔物の討伐依頼は先に受けておかないと、ギルドカードに討伐数が表示されないらしい。
魔物を倒すとドロップ品しか残らないから、クエストの魔物を討伐したかどうかの証明は、ギルドカードでしかできないようだ。
他のFランクと重ならないように、少し離れた位置まで行くと聞いているので、スライムとホーンラビットの討伐クエストを受ける事にする。
ゴブリンのクエストもあったけれど、人型の魔物と戦うのは、今日は見合わせることにした。
「ルーファスさん、スライムとラビットのクエストにする。手が届かないから、取って貰ってもいい?」
私がクエストを決めると、そっと床に降ろして、ルーファスさんが二つの依頼書を手に取った。
複数の人が受けられるようで、依頼書は何枚も置いてあるようだ。
「これを持って、受付でカードと一緒に出せばいいんだよね?」
渡された依頼書を手に、ショルダー型のアイテムバッグからギルドカードを取り出した。
今日も白兎はブレスレットにして、左手首につけてあった。
服は動きやすいように、キャミソールにシャツを重ね着して、下はキュロットスカートだ。
森に入るかもしれないので、足が露出しないようにオーバーニーソックスを履いて、靴は踵のないものにした。
どれもアバターアイテムなので、ちょっとだけ付加がついていたりする。
「ルーファス! 久しぶりね。いつ王都に帰って来たの?」
ルーファスさんが頷くのを確認してから、受付に向かおうとすると、ギルド職員のいるカウンターから飛び出してきた女の人が、喜びを隠し切れないといった表情で話しかけてきた。
まだ二十歳前だと思うけど、金髪のとても綺麗な人だ。
ルーファスさんに好意を抱いているのが物凄く伝わってくるけれど、ルーファスさんは、記憶を探るように首を傾げている。
いつもながら反応が素っ気無い。
「――……グロリア、だったか? アゼルは元気か?」
漸く思い出したらしい。
ルーファスさんが名前を呼ぶと、グロリアさんはとても嬉しそうに微笑んだ。
「父さんは相変わらずよ。新人冒険者には鬼教官として怖がられているわ。ギルドの訓練所にいるから、顔を見せてあげて。きっと喜ぶわ」
アゼルさんというのは、グロリアさんのお父さんでルーファスさんの知り合いらしい。
ルーファスさんの表情から推測すると、ローランドさんほどではなくても、それなりに親しくしている相手っぽい。
「そのうちな。今日は忙しい」
言いながらルーファスさんが私を抱き上げて、受付まで歩いていく。
私が手にしていた依頼書やカードを取って、代わりに受付に差し出した。
今日はパーティでなく、個人で依頼を受ける事になっている。
パーティで受ければCランクのクエストまでは受けられるのだけど、私にはまだCランクのクエストは早いし、1からきちんと冒険者として活動したいという私の気持ちを、ルーファスさんが尊重してくれた。
「これを頼む」
呆けた様子の受付嬢にルーファスさんが声を掛けると、慌てたように受け付け処理をしてくれた。
ルーファスさんが受けるわけじゃないけど、出されたのがFランクのクエストだったのと、私を片腕に抱き上げたままだったので、驚いてしまったのだろう。
でも、正気を取り戻した後は、てきぱきと働いてくれた。
ギルドカードを差し出されて、クエストの期限や注意事項をきちんと説明してくれる。
「ありがとう」
カードを受け取って、受付嬢に笑顔でお礼を言うと、優しい笑みが返って来た。
「お気をつけて」
笑顔で見送られて、いい気分でカードをアイテムバッグにしまっていると、グロリアさんが凄く驚いたようにこちらを見ているのに気づいた。
ルーファスさんが私を抱っこしているのが、信じられないといった様子だ。
そんなグロリアさんを気にすることもなく、さっき会話していた事すらなかったように素知らぬ振りで、ルーファスさんはギルドを出て行く。
あれだけわかりやすく好意を示されていたのに、まったく興味がないようだ。
「綺麗な人だったね。知り合い?」
馬車の御者台に腰を落ち着けてからルーファスさんに聞くと、何のことかわからないといった様子で首を傾げられた。
「さっきの、ギルドでルーファスさんに話しかけてきた人」
私が言葉を重ねると、漸く思い出したようだ。
どうやら、会話したのを忘れていたらしい。
「知人の子供だ。アゼルは元はSランクの冒険者だったが、竜退治のときに大怪我を負って、冒険者を引退した。あれも、俺のことを恩人だと言い張って、何かというと絡んでくる。元Sランクということで、冒険者の間では顔が利くし、あの当時、俺はまだガキだったからな。他の冒険者との間でトラブルになるところを、何度か助けてもらった。あの頃は、竜退治で名を上げた俺をやっかんで、絡んでくる馬鹿が多かったんだ」
あまりいい思い出ではないのか、嫌そうに当時の事を語る。
アゼルさんは、きっと今よりももっと人間不信で、人付き合いが下手だったルーファスさんを、助けてくれた人なのだろう。
「じゃあ、帰ったらその人にちゃんと挨拶に行こう? 私達が帰る頃まで、ギルドにいるといいね」
ギルドの勤務時間なんかはわからないので、タイミングよく逢えればいいなと思う。
「逢いに行かなくても、そのうち向こうから来るだろ。今日、待ち構えていても、俺は驚かない」
ローランドさんよりも身軽な立場の人なのか、アゼルさんの方が積極的らしい。
ルーファスさんは鬱陶しそうにしているけれど、拒絶している感じはしないから、アゼルさんに逢うのが楽しみだ。
「それよりまず、クエストだ。もうすぐ着くから、準備をしておけ」
Fランクのクエストだけあって、あまり街から離れていないらしい。
王都の門から出てまだそんなに時間は経っていないけれど、辿り着いてしまうようだ。
しばらく街道を走って、馬車をとめるのに良さそうな場所を探してから、初クエストに挑む事になった。
ゲームの中では、植物を採集するにはスコップ、鉱物を採集するにはツルハシを持っていないといけなかった。
あの頃、採集に必要な道具は、アイテムボックスの枠を塞ぐ憎いやつだったけれど、何が役に立つかわからないものだ。
ゲーム時代のスコップはアイテムボックスに入っていたので、それを使って薬草を採っていく。
ルーファスさんに聞いてみると、根ごと手に入れるのが一番いいそうなので、スコップで土を掘って、できるだけ丁寧に薬草を抜いていった。
薬草のクエストは5本で一回達成なので、10本手に入れるごとに根本の部分を紐で縛って、数えやすくしておく。
最初は薬草がどれなのか見分けがつかなかったけれど、採集スキルの効果なのか、薬草が欲しいと意識すると、薬草のある場所だけが光って見えるようになった。
なのであまり苦労する事もなく、薬草が集まっていく。
薬草採集の合間に、討伐対象のスライムを見つけては弓で倒していった。
スライムは核が弱点みたいで、核を狙って矢を射ると、ほぼ一撃で倒せる。
矢はスキルで作ったからなのか、核に刺さってしばらくすると消えてなくなった。
魔物とはいえ、生き物を殺す事に何か抵抗を感じるかもしれないと思っていたけれど、今まで生きてきた世界にはいないスライムだったからか、精神的な負荷は掛からなかった。
ホーンラビットの時は、どう感じるのかまだわからないけど、何となく大丈夫そうな気がする。
生産スキルで経験値がある程度たまっていたのか、スライムを二匹倒したところでレベルが上がった。
初めてのレベルアップが嬉しくて、その後の狩りにも熱が入る。
「ユキ、ホーンラビットは草原の方にたくさんいるから、昼の休憩が終わったら草原に移動しよう。森に入らなくてもスライムはいるから、あまり深く入り込まないようにするんだ」
スライムを探しているうちに、森の中に入りすぎていたのか、ルーファスさんに注意される。
ルーファスさんは私が聞いたことには答えてくれるけど、基本的に黙って見守っている。
退屈じゃないのかな?と、心配になったけれど、聞いてみたら目を離すのは嫌だと言うので、気にしないことにした。
ルーファスさんがいてくれると心強いし、何より嬉しい。
「魔物を倒すのはいいけど、ドロップアイテムを拾うのが大変ね。大雑把な人とか、拾いそびれたりとかしないのかな?」
スライムの核と一緒に残された鉄貨を拾いながら、疑問に思ったことを尋ねてみた。
群れてる魔物とか狩ったら、拾い残しとかありそうだなって思う。
一応、ぼんやりと光って目に付くけど、お金とか丸いから転がっていきそうだ。
「拾いそびれたアイテムがあると、何となく感覚でわかるぞ。ただ、アイテムバッグがないと、持てる量に限りがあるからな、そうなるとわざと拾わないこともある。不思議な事に、必要ないと思えばその感覚もなくなる。所有権の放棄をしたと見做されるんだろうな」
ゲームの時は、ソロの時はファーストアタックをした人に権利があったから、自動的に該当者のアイテムボックスにドロップアイテムが入っていた。
だから、魔物を倒した時に所有権とかで争う事はなかったけれど、ドロップが目に見える形だとトラブルになったりしないのかな?
所有権を放棄しても、目の前で自分が倒した魔物の素材を拾われたら、怒る人だっていそうだ。
「ちなみに、所有権が放棄されたアイテムを拾うのは、基本的に許されている。落ちているものを拾って、何が悪いということになるらしい。ただ余り意図的にそれをやると、評判を落とす。荷物を持てないやつの後をついていって、残されたアイテムを拾って回る冒険者も中にはいるからな」
私の考えていたことを読んだみたいに、ルーファスさんが説明を足してくれた。
中には、自分はもう持てないから、無駄にするよりは持っていってくれという人もいるんだろうけど、狙ってやられると気持ちいいものでもないのはわかる。
ルーファスさんとか、気にしないで好きに拾わせそうだけど。
「冒険者も色々なんだね。ルーファスさんも、最初は薬草採ったりした?」
Fランクの頃のルーファスさんとか想像がつかないけど、当時10歳だったはずだから、一人で大変だっただろうなぁ。
丁寧に薬草を採りながらルーファスさんを見上げると、当時を思い出しているのか、少し遠くを見ていた。
「あの頃は、とにかく生きていかなければならなかったから、何だってやった。食えそうなものは片っ端から手に入れて、一人で狩れる魔物を相手にしてた。ただ、俺はユキほど丁寧に薬草を採った事はない。ユキは、やることが確実で丁寧だからいいな」
柔らかな笑みを向けられて、照れくさくなってしまう。
普通にしてるつもりなんだけど、ルーファスさんから見ると丁寧みたいだ。
「ユキ、向こうにスライムが3匹いる。弓の最大射程から狙って、3匹倒せるか?」
ルーファスさんが虎耳をぴこっと立てて、スライムを発見した事を教えてくれる。
今までは一匹だったので、射程とか気にせずに攻撃してた。
「やってみる」
ルーファスさんの指差す方を見て、スライムの姿を確認してから、弓を構えた。
スキルのおかげか、感覚でここからでも十分に届く事がわかる。
矢をつがえて、一番近くのスライムを狙い、射ると同時に次の矢を取った。
距離が離れた分、威力が弱まるかと思ったけれど、一撃でスライムを倒せているようなので、次のスライムを狙ってまた矢を射る。
連続で射るのは、スキルのアシストがあってもまだ難しくて、3射目は少しもたついた。
それでもスライムの移動速度は遅いから、慌てずに3匹目も倒していく。
「見事な命中率だな。よくやった」
ずっと見守っていてくれたルーファスさんが褒めてくれて、ゲームでは最弱なスライムを倒しただけなのに、達成感に包まれた。
ルーファスさんは、私に甘すぎだと思う、絶対。
スライムのドロップアイテムを拾っていると、薬草とは違う、白い花をつけた植物が見つかる。
何となくそれが気になって、スコップを手に、珍しい植物と意識すると、目の前の植物がほわんと光った。
他にも違う種類の草やきのこみたいなものが、いくつか光ってる。
採集依頼にあるかわからないけど、アイテムバッグに入れておけば傷まないから、手に入れておくことにした。
一つずつ丁寧に採取して、ルーファスさんのお勧めの麻袋に入れてから、ショルダー型のアイテムバッグに片付けていく。
同じ種類、同じサイズの袋に入れて収納すると、中身が全然違うものであっても、同じものとしてカウントされるらしくて、その分、たくさんのアイテムが入るようになるそうだ。
なので、事前に同じサイズの麻袋をたくさん用意してあった。
アイテムバッグには冒険者活動に必要そうな物だけ入れてあるから、スペースにはまだ余裕があるけど、先輩冒険者の知恵は有効活用するべきだ。
それに薬草はまだいいけど、お肉とかの生ものをそのままバッグに入れるのは抵抗があったので、麻袋は大活躍しそうだった。
周囲に注意を払いながらも、夢中で素材を集めていく。
こういう単純作業はとても好きだ。
ゲームの時も10分おきに同じ場所に生えてくる植物を、延々と採集したりしてた。
何に使うのかわからない物も、アイテムバッグに入れてしまえば、名前と用途は見られるようになる。
バッグから出そうとする時にリストのようなものが出るので、それを見れば名前がわかるし、選択すれば、ゲームの時みたいな簡単な説明も表示される。
ルーファスさんに聞くと、他のバッグの場合は名前はわかっても、説明までは出ないらしい。
そういった違いを知るたびに、私は色々と優遇されているなと感じる。
「ユキ、そろそろ休憩しよう」
ルーファスさんに止められるまでずっと、採集とスライム狩りに励んだ。
スライムはとても弱いけれど、あまり放っておくと、倒し辛い厄介なスライムに進化することがあるらしいので、最弱なのに討伐推奨魔物だ。
Fランクのありがたい討伐クエストの一つらしい。
スライムは5匹討伐すればクエスト達成だったけれど、弓の練習も兼ねて見かけるたびに狩っていたので、38匹倒している。
後2匹、お昼休憩の後に狩らせてもらおう。
レベルも順調に上がっていて、少し前に4になっていた。
どうやら採集のスキルがあるからか、採集でも経験値をもらえているようだ。
午後にも、もう少しレベルを上げられるといいんだけど。
「お疲れ様。頑張ってたな」
ルーファスさんに歩み寄ると、労いながらいつものように頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて笑顔になってしまいながら、ルーファスさんの腕にじゃれ付くように掴まる。
「ご飯の後、草原に行く前にあと2匹だけスライムを倒していい? そしたら40匹になるの」
馬車に向かって歩きながら、忘れないうちにとスライムの話をしておく。
「初クエストで、スライムだけでも8回の討伐クエストを達成するなんて、ユキは本当に凄いな。でも、疲れてないか? まだ達成期限まで2日あるから、草原に行くのは明日でもいいんだぞ?」
気遣うような視線を向けられて、大丈夫と笑みを返した。
もしかしたら興奮状態で疲れていることに気づいてないのかもしれないけど、今日は頑張りたい。
「ご飯を食べたら元気になるから、午後からも頑張る」
明るく言い切って、先に馬車に乗り込んだ。
他の冒険者と比べるとずっと恵まれているのに、簡単に弱音なんて吐けない。
午後も頑張ろうと決意しながら、手を洗ってお昼ご飯の用意をした。
普通のFランクが一日に達成する討伐は、ソロだと1~2回だと、このときは知らなかったので、まだまだ足りないとまで思っていた。




