24.残念で可愛い?
投稿再開します。長くお休みしてすみません。
食後は、ローランドさんが敷地内を案内してくれる事になった。
子供達は家庭教師が来るようで、一緒に付いてきたがっていたけれど、また今度という事になった。
サイモンは来年の春から王立学園に通うことになっているので、その予習が大変らしい。
王立学園に通うのは貴族の子の義務で、11歳から15歳まで通うそうだ。
学園に通っている間に進路を決めて、成人の15歳から働けるようにするらしい。
貴族の子は領地経営に関わる事が多いけれど、兄弟が多かったり、領地を持たなかったりすると、騎士団に入ったり王宮に勤めたりする。
ローランドさんは3男だったので、領地経営は兄達に任せて、騎士団に入ったそうだ。
「それにしても、この馬車は素晴らしいな。乗っているのが楽しくて、遠出がしてみたくなる」
御者は公爵家の使用人に任せて、今は3人で馬車の中にいた。
ローランドさんは、最初こそ驚きすぎて硬直していたけれど、驚きが去った後はずっと興奮状態で、馬車の中を見て回っていた。
一通り好きなように見て回って、漸くソファに落ち着いたので、ローランドさんが好きなグレンの実のジュースを出す。
「ユキ、心遣いは嬉しいが、私一人だけ、二度もこんなに美味しいものを味わうのは、セシリアや子供達に申し訳ない」
断腸の思いという言葉を体現したみたいに苦悩しながら、ローランドさんが紙パックを押しやる。
その様子が可笑しくて、そして、家族を大事にしているローランドさんが微笑ましくて、笑みが零れた。
ローランドさんは、本当にいい人だ。
人間不信のルーファスさんが、ローランドさんだけは受け入れた気持ちが、とても良く理解できる。
「たくさんあるから、大丈夫です。これがスキルで作られているのは、ルーファスさんから聞いたんですよね? 料理スキルのレベルを上げるために、山ほど作ってあるので、遠慮しないでください。グレンの実は、私のアイテムボックスにも入っていましたから、追加で作ることも出来ます」
どうぞと、もう一度勧めると、ローランドさんの顔が嬉しそうに輝く。
こんなに喜んでもらえるなら、しばらく経験値稼ぎのための生産は、ジュース作りでもいいかもしれない。
「ありがとう、ユキ。これは神の飲み物だと、私は思ったよ。それくらい美味しい」
うっとりとグレンの実のジュースを褒め称えながら、ローランドさんが紙パックを手に取る。
ルーファスさんは私たちのやり取りを、呆れたように眺めていた。
「ここまで来ると病的だな」
からかうように言いながらも、ルーファスさんはしっかりジュースを飲んでいる。
グレンの実のジュースは、ピーチネクターに苺風味がちょっと混ざった感じで、良く冷やすと美味しさも増す。
お風呂上りに飲むと、凄く美味しい。
「ルーファスが持ってきてくれるから、私の中でグレンの実とルーファスが結びついていて、余計に好物になってしまったんだ。グレンの実は、私にとって、ルーファスと過ごす時間の象徴なんだよ」
ローランドさんのルーファスさんに対する友情が眩しすぎる。
あまりにもストレートに好意をぶつけられて、ルーファスさんは言葉もないといった様子だ。
照れているのは、落ち着きなく動くしっぽのせいでばればれだった。
「それなら、グレンの木を育てるのはやめた方がいいですか?」
からかうように言うと、ローランドさんがショックを受けたようにピキッと固まる。
冗談に聞こえなかったらしい。
「ローランドさん! 冗談ですって。グレンの木は、暑さにも寒さにも強いけれど、日当たりがいいところでないと育ちませんから、しっかり場所を確保してください」
ローランドさんの反応が可笑しくて、くすくすと笑ってしまいながらフォローすると、息を吹き返したようだ。
深々と息をついている。
「ユキ、よくやった」
ルーファスさんが、私の頭を撫でながら褒めてくれる。
別にローランドさんを苛めようと思っていたわけではないけど、撫でられるのが嬉しくて頬が緩む。
「日当たりのいい場所を、しっかり確保するよ。この手でグレンの実を収穫できる日が楽しみだ」
何事もなかったように取り繕い、にこやかにローランドさんが言い切ったのとほぼ同時に、鍛錬場に辿り着いたらしい。
おかげで、ローランドさんはジュースを飲み損ねてしまった。
あまりにも悲壮な顔をしていたので、帰りに飲みましょうと慰めて、馬車を降りたのだった。
ルーファスさんに馬車から抱きおろされると、そこは運動場もついた大きな建物があった。
馬場も近くにあるみたいで、馬に乗って鍛錬もできるようだ。
運動場の一角に、棒が数本立っていて、的がつけられていた。
風の影響や悪天候なども想定して練習できるように、弓の練習場は外にあるそうだ。
ローランドさんから連絡が来ていたのか、公爵家専属の騎士らしい人達が、複数の弓を持って控えていた。
「ご苦労。弓を置いて、鍛錬に戻っていいよ。ここは私達だけで十分だから、しばらく立ち入らないように」
弓を使うのが私だからか、人払いをしてくれるようだ。
ローランドさんに指示されると、木のテーブルに弓を並べて、騎士達は去っていった。
矢も用意されていたけれど、持ち込んだアイテムバッグから矢筒ごと矢を取り出しておく。
着ているのがゴシックドレスなので、矢筒を装備するには不似合いすぎて、困ってしまう。
今日は弓を使えるかどうかのテストだからと、割り切って、矢筒は装備せずに矢を一本ずつ取って使うことにした。
明日はもう少し動きやすい服にしよう。
「これが一番小さくて軽い弓だよ。左から、重さの順に並んでいるから、好きに試してごらん」
ローランドさんに渡された弓を受け取ると、弓のパッシブスキルが発動するのがわかった。
スキルにはパッシブスキルとアクティブスキルがあって、パッシブスキルは該当する武器を装備するだけで自動的に発動するけれど、アクティブスキルは、使いたいスキルを選ばないと発動しない。
私の弓スキルはカンストしていたので、弓を装備するだけで、敵の弱点が見えるスキルや、遠くの的が良く見えるようになるスキルなどが発動する。
矢を一本とって、試しにつがえると、遠く離れた的がとても良く見えた。
弓道なんてやったこともないのに、スキルがあるからか、自然な動きで弓を使うことが出来る。
体が勝手に覚えていて、意識せずとも動く感じは不思議だったけど、違和感はなかった。
的の真ん中を狙って矢を射ると、まっすぐに飛んだ矢が狙ったところに突き刺さる。
スキルの命中補正がしっかり働いているらしい。
「こうもあっさり真ん中を射抜くとは、うちの騎士団で弓の名手といわれている騎士に並ぶような正確さだぞ」
ローランドさんが感心したように言いながら、次の弓を差し出してくる。
「これの方が、その弓よりは頑丈なはずだ。使えそうなら、こちらの方が壊れにくい」
弓を受け取ると、さっきよりも少し重いように感じたけれど、パッシブスキルは発動した。
だから多分使えるだろうなと思いながら、試しに矢を射る。
最初の弓よりも力が必要だったけれど、使えないというほどではない。
威力はこちらの方がかなり上のようだ。
「この弓で少し重いと感じるので、今はここが限界みたいです。こちらの弓を貸してもらえますか?」
公爵家で所有している弓なので、ローランドさんにお伺いを立てると、笑顔で頷かれる。
「その弓はユキにあげるから、好きに使っていいよ。そんな弓一つでは、お礼にもならないけれど、受け取って欲しい」
グレンの実のお礼ということだろうか?
使える武器がないのは困るので、遠慮なく受け取って、矢筒と一緒にアイテムバッグにしまった。
「これで、武器は問題ないな。明日は早朝から出かけよう。朝食も外で食べればいい」
一緒に出かけられるのが嬉しいといった様子で、ルーファスさんが明日の予定を立てる。
初クエストだと思うとわくわくして、私もとても楽しみだ。
今日の内に色々準備をしておいて、明日はレベル上げを頑張ろう。
「あの馬車で出かけるんだろう? 楽しそうでいいな。ルーファスが羨ましい」
ローランドさんが本当に羨ましそうに、じーっとルーファスさんを見る。
身分の高い貴族なのに、ローランドさんは本当に親しみやすい人だなぁ。
多分、ローランドさんは貴族としては珍しいタイプなのだろうから、それをしっかり認識しておかないと、他の貴族に逢った時に痛い目を見そうだ。
逢わずに済むならそれが一番だけど、さっき、パーティーの話も出ていたので、そういうわけにはいかないのだろう。
「今度、みんなでピクニックにでも行きますか? 馬車に乗って気軽に行ける範囲で、どこか名所のようなところはないんですか?」
みんなで出かけられたら、そっちの方が楽しそうだと思って、深く考えずに提案してしまったけど、公爵家の人が出かけるとなると、護衛とか大変だろうか?
慌てて撤回しようかと思ったけれど、ローランドさんはすっかり乗り気になってるみたいで、目がきらきらと輝いている。
「今の季節にぴったりの場所があるよ。一面の花畑だけど、小川や日差しを遮る大樹もあって、とてもいいところなんだ。見晴らしがいいから護衛する方も楽だと思うし、是非、一緒に行こう。子供達もきっと喜ぶよ」
やっぱり護衛つきになってしまうみたいだ。
でも、ローランドさんが凄く嬉しそうなので、私も楽しみになってきた。
ルーファスさんを見ると、仕方がないといった様子で、諦めたように微笑んでる。
こうなったローランドさんを止めるのは、きっと大変なんだろう。
「仕事、サボるなよ? 正規の休みの時じゃないと、お前だけ置いていくからな? お前の休みが増えて、騎士団の奴らに恨まれるのはごめんだ」
それでもちゃっかりルーファスさんが釘を刺す。
明日にでもと言い出しそうだったローランドさんは、ルーファスさんの脅しで少し落ち着いたようで、言葉もないまま数度頷いた。
自分だけ仲間外れは嫌らしい。
「サボらないと誓う。だから、私だけ置いていくなんて言わないでくれ。私の休みが決まったら教えるから、その時に行こう。セシリアや子供達にも話しておく」
反故にされないように、ローランドさんが必死だ。
ローランドさんって、黙っているれば凄いイケメンなのに、中身が可愛過ぎて面白い。
多分、今までの12年間、ルーファスさんが素っ気無さ過ぎたから、ルーファスさんに対しては余裕がなくなってしまうのだろう。
「次のローランドさんのお休みに、みんなでピクニックですね。楽しみです」
あまりにもローランドさんが必死なので、味方をしたくなってしまった。
もしもルーファスさんが嫌がっても、説得するお手伝いをしよう。
でも、ルーファスさんも嫌なんて言わない気がするんだけど。
ローランドさんがここまで必死になってるくらいだから、以前のルーファスさんなら、嫌がって絶対行かなかったんだろうなぁ。
「あぁ、ユキが天使に見える! 君は私の救いの女神だ」
ローランドさんがあまりにも大げさに褒め称えるので、おかしくなって笑ってしまった。
ここまで大げさな科白だと、自分に言われてる気がしない。
何も言わずに、ルーファスさんが私を隠すように片腕で抱きしめた。
しっぽもしっかり体に回されていて、しっぽを掴みたくなる誘惑に駆られる。
私たちの様子を、ローランドさんは嬉しそうに見ていて、その視線にちょっと照れてしまうのだった。




