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22.生産スキル




 目が覚めるとベッドの天蓋が目に入って、一瞬、どこにいるのかわからなかった。

 ベッドが大きく広く感じて、寂しいなと思ってしまう。

 薄暗かった昨夜と違って、朝になったおかげで部屋の中がよく見える。

 淡いブルーに小花模様が散らされた壁紙が、部屋の雰囲気を女性らしいものに見せていて、綺麗な部屋だった。

 置いてある家具も女性らしい優美な形で、質のいいものなんだろうなと、素人目にもよくわかる。

 この寝室はルーファスさんの寝室と繋がっているけれど、それとは別に、ルーファスさんの部屋と同じように居間があるようで、寝室に繋がるのと別の扉があった。

 あとで、家の中を探検してみたいなぁ。

 さすが公爵家だけあって、窓には透明なガラスが入っていて、外の光が入り込んできてる。

 今日は天気がいいみたいで、カーテン越しでもちょっと眩しい。

 体を起こして、両手を上げて背伸びをしてから、ベッドを出ることにした。

 着替えて、寝る前と同じように、生産スキルで初級ポーションを作ってみよう。

 使った魔力は時間経過で回復するから、朝の内に少し減らしておきたい。



「おはようございます、ユキ様。お目覚めですか?」



 ノックの後、扉の向こうから声を掛けられたので、返事を返した。

 そうすると居間らしき部屋と繋がった扉が開いて、マリアさんが入ってくる。

 もう一人、まだ10代のメイドさんも後ろをついてきて、洗面器やタオルを運んできた。



「おはようございます、マリアさん」



 もう一人の子は名前がわからないので、マリアさんに挨拶をしておいた。

 手際よくテーブルに持ち込まれた物が置かれ、洗面の支度が整っていく。

 朝からお手数をかけて申し訳ありませんと、根が小市民なので恐縮してしまう。

 心の中で思うだけで、口にはしないけれど。



「よくお休みになれましたか? 洗面の後、御髪を整えましょう。ユキ様、こちらへどうぞ」



 促されて顔を洗うと、すぐにタオルを差し出される。

 夏だし、冷たい水でも良かったけれど、わざわざぬるま湯にしてあるようだ。

 タオルで濡れた顔や手を拭くと、次はドレッサーの前に連れて行かれた。

 スツールに腰掛けると、ブラシで優しく髪を梳かれる。

 そういえば、せっかく買った髪ゴムや髪飾りは、全部ルーファスさんが持っている。

 もらっておけばよかったなと思ったけれど、白兎から取り出すわけにはいかないから、私が持っていても使えないのは同じだったかもしれない。

 アイテムボックスの中に、使っていないアイテムバッグがあるから、それを使うようにしようかなぁ。

 そしたら、外でもアイテムバッグが使える。

 後で、使ってもいいかどうかルーファスさんに相談してみよう。

 子供なので化粧はされないけれど、化粧水のようなものはつけられた。

 髪も綺麗に編みこまれて、いつの間に用意されたのか、レースのリボンを結ばれる。

 服に着替えないと行けないけれど、白兎から出すわけにはいかないので、困ってしまった。

 ルーファスさんが持っているということにして、取りに行くしかないかな?

 どうしようか悩んでいると、扉をノックする音が聞こえる。

 返事をするよりも先に、ルーファスさんの寝室と繋がる扉が開いて、ルーファスさんが顔を覗かせた。



「まぁ、ルーファス様。ユキ様がいくら幼いとはいえ、そう気安く寝室に入ってくるものではありません。嫁入り前のユキ様に、不名誉な噂が立ったらどうするのですか」



 マリアさんに叱られて、ルーファスさんが困ったように耳を伏せている。

 馬車では一緒に寝ているし、宿では同じ部屋だから、今更だと思うんだけどなぁ。

 


「この館での出来事が、外に漏れる事はないから大丈夫だ。それに、俺はユキの保護者のようなもので、ついでにいうならパーティメンバーだ。外ではユキをそばから離さないし、それを噂したいやつには好きに噂させておけばいい。責任なら喜んで取る」



 困りながらもきっぱりとルーファスさんが主張する。

 今後、事あるごとに叱られるのも嫌だと思ったのかもしれない。



「ルーファス様がそこまで覚悟しておいででしたら、これからは何も申しません。ですが、いつだって、立場が弱いのは女性の方です。そこまでおっしゃるのでしたら、きっちりとユキ様をお守りください」



 マリアさんの苦言は、私を思ってのものだったようだ。

 昨日会ったばかりの私を気にかけてもらえることを、とてもありがたいと思う。

 見て見ぬ振りも出来るのに、ルーファスさんが安易な気持ちで私にこの部屋を与えたのではないかと心配して、私が傷つかないうちにルーファスさんに釘を刺してくれたのだろう。



「肝に銘じておく。後はユキが自分でやるから、下がってもいい。食事は食堂に用意してくれ。支度がすんだらすぐに行く」



 私が着替えを出せない事に気づいたのか、ルーファスさんが指示を出して、マリアさん達を下がらせた。

 二人きりになって、ホッと息をつく。

 隠さないといけないことが色々あるので、ルーファスさんと二人きりだと安心する。



「おはよう、ルーファスさん。あのね、アイテムバッグも持ってるから、使おうかと思うんだけど、どう思う? 兎がアイテムボックスってばれるより、わかりやすいアイテムバッグを持っていたほうがいいかなって思ったの」



 朝の挨拶ついでに相談すると、ルーファスさんがわかりやすく驚く。

 耳がピコって立っていて、とても可愛い。



「アイテムバッグも持っているのか?」



 驚きのせいか、平坦な声で聞かれたので、頷きながら白兎からアイテムバッグを取り出した。

 これは、最大容量のバッグが手に入った時に、処分しようかと思っていた物だけれど、64マスの容量が多いものだったので、何となくもったいなくて倉庫に入れっぱなしにしてたものだ。

 64マスのアイテムバッグはクリーム色で、ショルダーバッグ型だった。

 容量で色や形が違うのかと驚いてしまいながら、バッグをルーファスさんに見せる。



「これはあまり見ない型だな。持っていても、使うところをできるだけ見せないようにすれば、アイテムバッグとはわかり辛いだろう。ぬいぐるみよりは確実に目立たないだろうが、いい加減、ユキに驚かされるネタは尽きただろうと思っていたから、余計に驚いたぞ」



 軽く笑いながら、ルーファスさんが昨日雑貨屋さんで買ったものを出してくれた。

 これを渡すためにきてくれたらしい。



「驚かせるつもりじゃなかったんだけど、ごめんね。マリアさんの前で、服を出せないのとか、面倒だなって思ったの。あ、そうだ。昨夜寝る前にね、スキルで生産をしてみたんだけど、生産でも少し経験値をもらえるみたいだから、少しずつでも作るのがいいみたい」



 浮き浮きとしながらルーファスさんに報告すると、何故だか不思議そうに首を傾げている。



「経験値?って何だ? 確か昨夜も経験値を増やすと話していたな」



 ゲームだと当たり前の経験値という概念が、こちらではないらしいと、ルーファスさんの言葉でわかった。

 昨夜は思いがけず過去の話になってしまったから、経験値の意味は聞きそびれたようだ。

 


「経験値は、魔物を倒したり、生産をしたりする時にもらえるもので、それを一定数ためると、レベルが上がるの。ダンジョンでもらえる経験値の方が、外で普通に魔物を倒してもらえる経験値よりも多いみたい。これは、あまり知られていないこと?」



 ゲーム時代だと、倒しやすい割りに経験値が多い魔物とかいて、レベル上げのために同じ魔物を延々と狩るということもあった。

 経験値が良くて、使える素材を落とす魔物とかだと人気があって、狩場が混雑する事も珍しくなかった。

 私は生産職だったので、欲しい素材をどの魔物が効率よく落とすかとかは、ある程度頭に入っている。

 ゲームとこの世界の魔物分布図のようなものが同じでなければ、あまり意味がないけれど。



「だから、魔物を倒すとレベルが上がるのか。確かにユキの言う通り、ダンジョンに通っている時の方がレベルは上がりやすかった。こちらでは、魔物を倒すと稀にレベルが上がるという認識だ。経験値というものがあることは、あまり知られていない」



 ルーファスさんが感心したよう頷いた。

 経験値のこととか知られていないから、効率のいいレベル上げの方法とか、考える人が少ないのかもしれない。

 


「とりあえず、ご飯を用意してもらってるみたいだし、急いで着替えちゃうね。あまり遅くなると、マリアさんに叱られそうだから」



 話し出すと切りがないから、急いで着替える事にした。

 さすがにルーファスさんがいると着替えられないから、自分の部屋に戻ってもらう。

 本当は生産もしたかったけど、仕方がないから後回しだ。


 急いで着替えて、ルーファスさんと一緒に食堂に向かった。

 食堂は一階にあって、大きなテーブルが置いてあったけれど、離れて座るのは嫌なので、ルーファスさんの斜向かいに座る。

 すぐに運ばれてきた朝食を食べながら、今日の予定を話し合った。

 その時に、家の中を探検する許可ももらったので、食事の後に見て回ることにした。






「生産の魔道具は見たことがあるが、使っているところは見たことがないから、材料から一瞬でポーションが出来るところを見ると、やはり驚くな」



 魔力が最大値まで回復していたので、体に影響がないぎりぎりまでポーションを作ると、ルーファスさんは感心したように息をついた。

 ゲームで慣れている私だって、現実でこうしてアイテムが出来上がるところを見ると、凄いなぁって感じる。

 便利でいいけれど、この世界って、ゲームのシステムのようなものがあちこちに入り込んでいて、凄く不思議な感じがする。

 文明を進化させるために、神様が梃入れしたような、そんな印象があった。



「初級ポーションの材料があったから作ってみたけど、でも、初級ポーションは使わないからもったいないかも。次からは料理の方にしようかな? 薬草はなくなったら取りにいかないと行けないけど、食材なら買えばいいものね」



 食材も狩りで手に入れたりして、大量に持ち合わせているものもある。

 生産仲間で農業スキルをカンストさせていた人がいて、馬車のお礼だと、野菜や果物や小麦粉を山のように譲ってもらっていたから、アイテムボックスから繋がっている倉庫に入れてあった。

 米も大量に譲り受けていたので、土鍋のようなものがあったらご飯を炊きたい。

 料理スキルで作れるリストに、普通のご飯はなくて、おにぎりやパエリア、炊き込みご飯と、お米を使った料理が出来上がるようになっている。

 ボタン一つで完成品が出来上がるスキルの弊害で、途中まで作るということができないから、ご飯が食べたければ自分で炊くしかない。

 


「ユキ、事後承諾で悪いんだが、昨夜、ユキが眠ってからローランドが来た時に、グレンの木を育てるための栄養剤があることを話したんだ。ローランドはグレンの実が好物だから。もしよかったら、この屋敷でグレンの木が育てられるように、栄養剤を作ってやってくれないか? グレンの実のジュースも飲ませてやったんだが、魂を抜かれたように幸せそうな顔をしていたからな。色々と面倒を押し付ける詫びになればと思ったんだ」



 勝手に話してしまったという負い目があるのか、ルーファスさんのしっぽが落ち着きなく揺れている。

 まるで、叱られるかもしれないとびくびくしている子供みたいで、それが可愛くて、つい笑ってしまった。

 いきなり笑われて、ルーファスさんはきょとんとしている。

 その様子にまた笑みを誘われてしまう。

 


「ローランドさんが喜んでくれるのなら、作るよ。それに、本当に私の作った栄養剤でグレンの木が育つのか、実験してみたいと思っていたから。実験の場所を提供してもらえるのなら、とても助かるし、公爵家なら口の堅い専属の庭師さんもいるでしょ? 栽培のプロに手伝ってもらえれば、心強いから。でも、今の私のレベルだと、まだ栄養剤を作るだけの魔力がないから、先にレベルを上げないといけないの」



 了承されてホッとしたのか、ルーファスさんの表情が緩む。

 ルーファスさんが私の願いを叶えてくれるように、私だってルーファスさんの願いを叶えたいのに、わかってないなぁって思う。

 


「ありがとう、ユキ。今日は無理だが、明日は早速狩りに行こうか。Fランクのクエストだから、魔物退治はほとんどないけどな。朝早く出て、馬車で少し遠くまで行けば、他のFランクでは来られない場所で狩りや採集ができるだろう」



 ルーファスさんの提案に、思いっきり頷いた。

 魔物を殺す覚悟がちゃんと出来ているか怪しいけど、でも、やっと一歩踏み出せるような感じがする。

 明日、やっと冒険者デビューだと思うと、胸がドキドキした。

 エリアスさんの護衛依頼は私の中ではノーカウントなので、明日受けるクエストが、私的には初クエストだ。



「じゃあ、明日は早起きしないと。使える武器や防具はないけれど、アクセサリーは持っているのを思い出したの。これとか、魔力の回復速度が上がるから愛用していたのに、つけるのをすっかり忘れていたの」



 左手首につけた銀色のバングルを見せながら、軽く手を振る。

 狩りの時と生産の時ではアクセサリーの付け替えをしていたから、能力底上げのためのアクセサリーはたくさん持っているけれど、レベル制限があって今は使えないものが多い。

 レベル制限がないのは課金のアバターアイテムが多くて、このバングルもその一つだった。

 少しでもMPの回復速度を速めるために、課金のアイテムに特殊なアイテムを使って、MP回復速度5%アップの付加を二つつけたものだ。

 ゲーム時代はないよりはマシと思っていたアイテムだけど、レベル制限でほとんどの装備が使えない今となっては、とてもありがたい。



「魔力の回復速度が上がるアクセサリーは、需要が高いから、市場にもあまり出回らない。もし他に、ユキの身を守るのに役立つアイテムがあるのなら、使った方がいい。まだ危険な場所に行くわけではないし、俺もついているが、危険には常に備えていた方がいいからな」



 私の左手首を見て、付加付きだったのかと驚きながら、ルーファスさんが忠告してくれる。

 あまりアクセサリーをたくさんつけるのは好きじゃないけど、持っているものはできるだけ有効活用しよう。

 辞典に収納した、いらないアイテムの中に、防御が上がるマントもあったけれど、兎マークが入っていた気がする。

 あまり派手なのは使いたくないなぁ。



「レベル1でも装備できるものは少ないけど、できるだけ使うね。もし戦う事になったら、最初は魔法で戦うのでいいかな? 矢はたくさん持ってるんだけど、まだ装備できる弓がないから」



 矢は消耗品だったから、常に5枠分くらいは用意していた。

 普通の矢の他にも、火属性や雷属性の矢なんかもあるけれど、こちらはコストが高いので、あまり使わなかった。

 ちなみに矢は、弓製作スキルですべて作れる仕様だった。

 スキルのレベル上げも兼ねて大量に矢を作って、余ったものを売りに出したりしていたのがちょっと懐かしい。

 


「それなんだがな、こちらではレベルで使用制限のある装備はないんだ。扱いきれない武器や防具は存在しているんだが。扱いきれないとか使えないのは、レベル制限に引っ掛かっていたのかもしれないな。それで、公爵家の鍛錬場にある一番小さくて軽い弓を、試しに使ってみたらどうかとローランドが話していた。昼食の後、敷地内を案内したいと言っていたから、その時に試してみるといい」



 ルーファスさんとローランドさんは、夜の間に随分話しこんでいたようだ。

 使える弓があったらとてもありがたいから、試してみる事にした。

 食事の時にローランドさんの家族も紹介してもらえるようなので、今からとても楽しみだった。

 



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