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19.12年の片思い




 王都は、とにかく大きかった。

 門に辿り着く前からずっと外壁が続いていて、大国の王族が住まう都としての威厳を示している。

 外壁は厚みがあり、上に人が登れるようになっていて、公爵領の騎士団の詰所と似た作りになっていた。

 いざという時は、外壁の上から弓や魔法で攻撃できるようになっているのだと、説明を受けなくてもわかる。

 夜になっているのに、公爵領のときと同じくらい門に入るための列ができていた。

 東西南北に大きな街道が走っているので、閉門間際まで馬車の列が途切れないらしい。

 待たされたけれど、ルーファスさんに王都の話を聞いていたので、全然苦にならなかった。

 もう王都まで辿り着いたからと、待っている間にエリアスさんが護衛依頼の達成報告書を持ってきてくれる。

 エリアスさんはしばらく王都にいるそうなので、後日、必ず訪ねていく約束をして別れた。

 シャンプー程度ではとても命を助けられた御礼にはならないと、気にしているようだ。

 指名依頼も出してくれたし、十分なんだけどなぁ。

 オルコット商会は、とても大きな店を構えているそうなので、欲しい食材なんかもあるかもしれないし、探しに行くのは楽しそうだ。

 まだ和食が恋しいというほどじゃないけど、醤油や味噌などの調味料があれば料理の幅が広がるから、できれば欲しかった。

 料理スキルのレベルを上げるのに、料理は色々作ったけれど、リストにある料理は洋食が多くて、和食の調味料の持ち合わせがない。

 初期はジュースとか簡単なお菓子とか、そういったものしか作れないので、グレンの実のジュースやミックスジュースが山ほどある。

 おにぎりやクッキーも、アイテムボックスから出すのが怖いくらい、大量にあった。


 

「疲れたかもしれないが、先に冒険者ギルドに報告に行こう」



 ルーファスさんがゆっくりと馬車を走らせながら、労わるように背中を撫でてくれる。

 私は馬車に乗っていただけだからたいして疲れていないので、笑顔で了承しておく。

 王都は私の知っているゲーム時代よりもずっと広くなっていた。

 冒険者ギルドは、一番外門に近い区画と、元々冒険者ギルドがあった区画とに分かれているらしい。

 初代の冒険者ギルドは、今では平民だと行き辛い場所にあるので、今は冒険者ギルドといえば、外門に近いほうの冒険者ギルドを指すそうだ。

 

 冒険者ギルドの馬車置き場に馬車を置くと、ルーファスさんが馬車から抱き下ろしてくれた。

 これから冒険者としての活動もしていくのに、あまり過保護にされているのも恥ずかしいから、今日は手すら繋がずにギルドに入る。

 ギルドの中ではぐれる心配はないのだからと、王都までの道中で何とかルーファスさんを説得してあった。

 ギルドに入ると、中は冒険者で賑わっていた。

 公爵領のギルドよりも更に広くて、二階が酒場になっているみたいだ。

 冒険者達の騒ぐ賑やかな声が聞こえてくる。

 ルーファスさんと一緒にカウンターに向かっていると、やたらと見られている事に気づいた。

 白兎のぬいぐるみを持った子供が、英雄とも呼ばれるルーファスさんと一緒にいるのが不思議で仕方ないんだろう。



「ユキ、ギルドカードをくれ」



 カウンターの前でルーファスさんに言われて、白兎から取り出したギルドカードを渡した。

 カードを受け取って、ルーファスさんは慣れた様子で達成報告をしていく。

 受付の女性は、ルーファスさんがパーティを組んでいる事や、その相手がまだ子供の私であることにとても驚いているようだったけれど、何も言わず手早く手続きをすませてくれた。

 


「しばらく王都に滞在するが、指名依頼は基本的に受けない。貴族の依頼の場合は、いつも通り、マスグレイブ公爵家のローランドを通すように言え」

 


 素っ気無く言い置いて、ルーファスさんは受け取ったギルドカードを私に差し出す。

 これがいつも通りのルーファスさんなのかな?

 私が知ってるルーファスさんとは全然違って、無表情でちょっと怖い。

 もしかしたら、王都はあまり好きじゃないのかなぁ?



「ユキ、行こう」



 ルーファスさんに促されたので、手続きをしてくれた受付の人に軽く会釈をしてから、冒険者ギルドを出た。

 後ろでドアが閉まった瞬間、ギルド内が物凄く騒がしくなったような気がするけれど、気にしないでおこう。

 見上げると、耳のいいルーファスさんは何か聞こえたのか、渋い顔をしている。



「ルーファスさん、これからローランドさんのところに行くの?」



 もうギルドの外だからとルーファスさんの手を握ると、一瞬ぴくっと震えた後、しっかりと手を繋がれた。

 表情が和らいで、ルーファスさんの機嫌が上向いたのを感じる。



「遅いから宿に泊まってもいいんだが、そうすると薄情だと詰られるからな。まず間違いなく、アーサーから連絡が行ってるはずだから、今夜俺達が到着するのは知っていて、今頃は待ち構えているだろう」



 渋々といった口調だけど、でも、口調ほど嫌がってる感じがしないのは、ローランドさんが大事な友達だと認識できたからかな?

 もしかして、ルーファスさんってツンデレ属性も持ってるのかなぁなんて考えたら、可笑しくなってしまった。


 また御者台に並んで座って、王都の中心部へ進んでいく。

 人口が増えるごとに外に拡張していったせいで、王都には全部で3つの外壁があるらしい。

 一番中心部には、王城と上級貴族の屋敷があって、その周囲に下級貴族や裕福な平民、それから、上級貴族の別荘などがある。

 一番外は平民の居住区や各種の商業施設があるようだ。

 一番外の区画が一番広くて、農業地なども含まれるらしい。

 アルノルドは大国だから、王都が攻められることはまずありえないけれど、大量の魔物が発生して襲われる心配はあるので、いざという時に篭城できるように普段からしっかり備えているそうだ。

 これから向かうのは、中心部にあるマスグレイブ公爵家の屋敷ということだった。

 公爵家では二番目の区画にも複数の屋敷を所有しているらしいけど、今はそちらの方はあまり使っていないらしい。

 領地に住む親族などが来た時に、滞在先として貸し出したり、後は、領地から王都に来るときに連れてきた私設の騎士団の滞在先にもなるそうだ。

 何にしても桁違いな話で、聞けば聞くほど別世界の話だなと感じる。

 


「ユキ、あれが王都で一番有名な劇場だ。大きくて派手な建物だろう? あの劇場の客は貴族が多い」



 馬車を走らせながらルーファスさんが指差した先には、眩いばかりの光に包まれた石造りの建物があった。

 間接照明で照らされた建物は、周囲から浮き上がるようでとても目立っている。

 貴族の客が多いというのも納得だ。

 ここはまだ二番目の区画なので、貴族も平民も入れるような位置を選んで建てたのだろう。

 馬車でかなり走っても、まだ中心部に入る門には辿り着けなくて、ゲームの頃と比べると敷地が段違いで広くなっていると感じた。

 こんなに広いと、外に出るだけでも一苦労だ。

 街の中はもっと暗いかと思っていたけれど、街灯もあって、想像以上に明るかった。

 道は石畳になっていて、綺麗に整備されているし、中心部に近付くほど街の中も綺麗だ。

 取締りのためなのか、騎士が巡回もしていて、治安も良さそうだなと感じた。


 王都の中心部に入るための門は、かなり大きくて豪華なもので、見張りの騎士が何人も立っていた。

 馬車が近付くと厳しい声で止められて、中に入るための許可証を出すように言われる。

 ルーファスさんは当然ながら許可証を持っているので、それを差し出すと、すぐに中に入れてもらえた。

 


「この門が鬱陶しいから、ローランドの家に行くのは面倒なんだ」



 ため息混じりにぼやきながら、ルーファスさんは王城のある方向に馬車を走らせる。

 公爵家の屋敷は、王城に近い位置にあるらしい。



「ランク上げでクエストを受ける時は、宿に泊まるようにする?」



 私はルーファスさんがいればどこでもいいから、そう提案してみると、ルーファスさんが緩く頭を振った。



「いや、ローランドの屋敷が一番安全だ。俺とパーティを組んでいるとわかれば、ユキを通じて俺と繋がりを持とうとするやつらも出てくる。子供なら与しやすいと侮って、近付いてくる事もあるだろう。そっちの方が面倒だから、ローランドにはユキの盾にもなってもらおう」



 面倒でもローランドさんを頼るのは、私のためだったのか。

 ルーファスさん一人なら容易く退けられる相手も、私だとそうはいかないから、気遣ってくれた結果のようだ。

 守られているんだなって思うと嬉しくて、ルーファスさんの腕にぎゅっと抱きついた。



「それから、これはユキ次第なんだが、ローランドにはユキが天空人だということを話したいと思っている。俺が何を危惧しているのか正しく伝わらなければ、ローランドも守りようがないだろうから」



 ルーファスさんが、私の心の動きを見逃さないためか、まっすぐに見つめてくる。

 まだローランドさんに会った事はないけれど、これだけ人嫌いで人間不信なルーファスさんが信じる相手なのだから、大丈夫だろうと思った。

 それにルーファスさんだって、秘密を分かち合って相談できる相手が一人くらいはいた方がいいんじゃないだろうか。

 すべてを一人で抱えていたら、ルーファスさんだって大変だ。



「ルーファスさんが信じているローランドさんを、私も信じる」



 しっかりと視線を合わせて返事をすると、ルーファスさんは嬉しそうに頷いた。

 大切な人に対して抱える秘密なんて少ない方がいいから、やっぱり私の決断は間違ってなかったなって思う。

 


「ユキ、この辺りはもうマスグレイブ家の敷地だ。今は夜だからあまりよく見えないが、右手にずっと塀が続いているだろう? 今日は馬車があるから楽でいいが、歩いてくると時間が掛かって仕方がないぞ」



 ルーファスさんに説明されて右手を見るけれど、もうずっと同じ塀が続いている気がするんだけど……。

 この距離を歩くルーファスさんが凄いと思う。

 多分、馬車で移動するのが前提の作りのはずだから。


 正門なのだろうか? 大きな門の前でルーファスさんが馬車を止めると、すぐに門を警護していた騎士がやってきた。

 ルーファスさんとは顔見知りらしく、嬉しそうな笑顔で騎士の礼をする。



「ルーファス様、ようこそお越しくださいました。すぐにお通しするように、ローランド様から言い付かっております」



 騎士の合図で大きな門がすぐに開けられ、ルーファスさんはそのまま中に馬車を進めていった。

 門の中に入ったはずなのに、まだ建物が見えない。

 森の中を切り開いたような道がまっすぐ続いていて、そこをしばらく走ると、漸く建物が見えてきた。

 公爵邸って、それなりの人口の村よりもずっと広そうだ。

 2千年以上続く王国の大貴族の屋敷ともなれば、当然のことなのかな?



「ルーファス! 待ちかねたぞ!」



 一番大きな建物の正面玄関に辿り着いたのとほぼ同時に、玄関から出てきた人がルーファスさんに声を掛ける。

 この人、絶対ローランドさんだ。

 アーサーさんに似てるけど、アーサーさんよりはもっと派手な顔立ちの人で、それなのに親しみやすさも感じる。

 ルーファスさんは呆れ顔でローランドさんを見遣った。



「落ち着け、ローランド。出迎えは使用人に任せろ」



『待て』ができない犬を叱る飼い主みたいだと思ってしまった。

 落ち着けなんて言いながらも、歓迎されているのが嬉しいと思う気持ちもあるって、ルーファスさんを見れば伝わってくる。



「アーサー兄上から鳩が届いて、楽しみにしていたんだから仕方がない。2年ぶりなんだから、少しくらい浮かれてもいいだろう? しかも、今回は滞在が長いと聞いて、セシリアも息子達も楽しみにしているんだ」



 嬉しいという気持ちをまったく隠さず、浮き浮きと語るローランドさんは、ちょっと可愛い。

 ルーファスさんのことが大好きなんだなって、物凄く伝わってくる。



「君がユキだね。兄上からの手紙に書いてあったよ。君といると、無表情、無愛想なルーファスが、表情豊かになるって。よく来てくれたね、歓迎するよ」



 ルーファスさんの隣に座る私に視線を向けて、ローランドさんがにこやかに話しかけてくる。

 アーサーさんが手紙に何と書いてくれたのかわからないけど、親しげに話しかけられて、初対面の人に対する緊張が解れた。



「初めまして、ユキと申します。しばらくお世話になりますが、よろしくお願いします」



 馬車に乗ったままではあったけれど、挨拶をして軽く会釈をすると、ローランドさんがご機嫌なままうんうんと頷く。

 それを見ていたルーファスさんが、ローランドさんから隠すように私を腕に囲い込んだ。



「今回は離れを使う。今日はもう遅いから、奥方への挨拶は明日にしよう。食事はいらないから、気を使わなくていいと使用人に伝えてくれ」



 ルーファスさんの様子が珍しいものだったのか、ローランドさんは信じられないものを見るようにルーファスさんを見てる。

 見間違いじゃないかと目を擦って、何度か見直して、現実だと認識した途端、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、心底安心したように笑った。



「……よかったっ、ルーファスにも、大切だって思える人がっ……できたんだね。本当によかったっ……」



 見ているだけで、ローランドさんが今までどれだけルーファスさんを心配していたのか、痛い程に伝わってきた。

 人を寄せ付けないルーファスさんが、本当は寂しがりだということに、ローランドさんは気づいたいたのだろう。

 ルーファスさんも、どれだけローランドさんに大切に思われているのか実感したのか、照れて落ち着かなくて、居心地が悪そうな様子だ。

 困ったように視線が彷徨ってる。



「ユキと話していて気づいたんだが、俺は、お前の事だって、大切だって思ってるぞ? ローランドは、俺の大事な友だ」



 照れたせいか、いつもよりも更に素っ気無い口調で告げられた言葉に、ローランドさんは驚きのあまりきょとんとしてしまって、意味を認識した瞬間、夢見るように幸せそうな表情のまま、パタンと後ろに倒れた。



「ローランド!」



 これにはさすがに慌てたのか、ルーファスさんが御者台から飛び降りて、ローランドさんを抱き起こす。

 その瞬間、ガシッとローランドさんがルーファスさんを抱きしめて、捕獲した。



「漸く友だと言ってくれたな。12年の片思いも今日で終わりだ!」



 ルーファスさんを抱きしめたまま、ローランドさんは嬉しくて堪らないといった様子で笑う。

 困ったように硬直していたルーファスさんも、仕方がないと諦めたように、ローランドさんの背中を軽く叩いて、でも、すぐに引き剥がした。



「冷たいぞ、ルーファス。友情を確かめ合うためにも、もう少ししっかりと抱擁してくれていいだろう」



 ローランドさんが笑顔のまま苦情を言うと、ルーファスさんはそっぽを向いて溜息をつく。



「男を抱きしめる趣味はない」



 いつも以上に素っ気無く突き放しながら、ルーファスさんは逃げるように御者台に飛び乗った。

 もしかして、ローランドさんはルーファスさんを御者台から呼び寄せる為に倒れたのかな?

 感情が昂ぶって泣いてしまうくらいの状態でも、自分の思うように事を運んだのだとしたら、ローランドさんはかなりの策士だ。

 でも、ルーファスさんを思う気持ちは本物で、友だと言われて、夢のように嬉しかったのも本当なんだろうなってわかる。

 


「連れがいると聞いて、今回は離れを使うだろうと思ったから、使えるようにしてあるよ。離れにも馬車用の車庫はついているから、馬車はそこに置くといい。明日の朝食は届けさせるから、昼は一緒に食事をしよう。その時に、ユキに私の家族を紹介しよう」



 さっきまでの感情の乱れを微塵も感じさせずに、ローランドさんが明日の予定を決めてしまう。

 特に急ぐ用事はないから、まったく問題はないけれど、完全にローランドさんのペースだ。



「わかった。明日の昼前にそっちに行く」



 返事をして、ルーファスさんがさっさと馬車を走らせ始める。

 照れはまだ継続していて、早く逃げたいらしい。



「ローランドさん、おやすみなさい」



 慌てて挨拶をすると、「おやすみ」と、笑顔で手を振られた。

 ローランドさんの表情は、大切な人を見守るみたいなとても優しいもので、ルーファスさんに対する思いの深さを、改めて感じた。


 


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