16.夢での邂逅~生産スキルの使い方~
「くーちゃん! やっと逢えたわ~」
前の夢の時と同じきゅーさんの部屋のソファで、ぎゅっときゅーさんに抱きしめられた。
きゅーさんは豊かな胸の持ち主なので、抱きしめられると柔らかくて気持ちいい。
私も17歳の時点でそれなりに胸は育っていたけれど、このサイズまで育つかどうかはちょっと怪しいから、羨ましいなと思う。
「きゅーさん、ちょっと苦しいー。あ、そうだ! アイテムボックスを使えるようにしてくれて、ありがとう。馬車も使えたし、すっごく役に立ってるの。馬車の中のお鍋とか食器は、きゅーさんが用意してくれたんでしょ? 本当にありがとうね」
抱きつく腕を緩めてもらいながら、忘れないうちにと、アイテムボックスのお礼を言っておく。
あれがなければ進行速度はもっと遅くて、エリアスさん達を助ける事もできなかったはずだ。
何より、ルーファスさんの役に立てるようになった事が、とっても嬉しい。
「もうっ、くーちゃんってば可愛いんだから!! 私が大好きなくーちゃんのために骨を折るのは、当たり前の事よ。本当は毎日でもくーちゃんに逢いたいけど、今は力が足りなくて無理なの。直接逢う事もできないし、こうして夢を通して関わるのが精一杯なのよ。わけのわからないまま、放置してしまってごめんなさいね。ルーファスとは上手くやってるかしら?」
気遣うような眼差しを向けられて、きゅーさんにも何か事情があって、でもその中で、精一杯私を助けようとしてくれてるのが伝わってきた。
きゅーさんに聞きたいことはたくさんあるけれど、もしかしたら話せないことも多いのかもしれない。
「ルーファスさんはとても優しくしてくれるから、毎日安心して過ごせてるよ。ルーファスさんと出逢えて、本当によかったって思ってるの。もしかして、ルーファスさんと引き合わせてくれたのはきゅーさん? だとしたら、本当にありがとう」
偶然にしてはタイミングが良過ぎるし、初めて逢った人がルーファスさんのようにいい人で、しかも私を守る力を持ち合わせているというのは出来すぎだと思う。
そこに何らかの思惑があってもおかしくない。
私が尋ねると、きゅーさんはうーんと悩むような様子で、曖昧に微笑んだ。
「引き合わせたというか、惹きあったというか。くーちゃんとルーファスは相性がとてもいいのよ。だから、出逢いは偶然であり必然でもあるわ。それより、くーちゃん、あっちの世界の家族の事、気になっているでしょう? こっちで例え100年過ごしたとしても、成長するのは今のその体で、元のくーちゃんの体には何の影響もないわ。あちらでくーちゃんが行方不明になっていたり死んだりはしてないから、そこは安心して。具体的にどうなっているかまでは、まだ話せないけれど、いつか必ずすべてを話すから、それまで待って欲しいの。私はくーちゃんが大好きよ。だから、くーちゃんを傷つけるようなことは絶対にしないわ。私を信じてくれる?」
私が一番気になっていたことを、きゅーさんの方から切り出してくれる。
私の姿がゲームのキャラと同じ姿なのには、もしかしたら何か意味があったのかな?
お兄ちゃんに心配を掛けるような事にはなってないとわかって、心から安堵した。
それが一番の気がかりだったから。
大好きなお兄ちゃんには、何の憂いもなく幸せになって欲しい。
「私もきゅーさんが大好き。だから、信じてるよ。毎日のようにずっと一緒に過ごしたきゅーさんだもん。実際に逢った事はなくても、それでも、きゅーさんは私の大事な友達だから。こっちに来てから、普通に生活しているだけでも、きゅーさんの心遣いを感じるの。大事にされてるって気づいていて、信じられないはずがないよ」
きゅーさんは自分に出来る範囲で、私を助けようとしてくれてる。
それは絶対に間違いない。
だから、私がきゅーさんを疑う事はない。
はっきりと言い切ると、きゅーさんは嬉しそうに微笑んだ。
私を見る表情は慈愛に満ちていて、いつもの騒々しいきゅーさんと雰囲気が全然違う。
「ありがとう、くーちゃん」
さっきまでとは全然違う感じで抱きしめられて、私もきゅーさんにしっかり抱きついた。
甘い花のようなとても優しい香りがして、心が和らいだ。
「それと生産スキルだけど、くーちゃんは他の人たちと違って、生産スキルを使いたいと思うだけで、生産用の魔道具が出現するようにしておくわ。ゲームで生産をするときと同じで、必要素材を用意して、魔道具のボタンを押すだけで生産できるようになっているの。MPを消費するから、一度にたくさんは作れないし、今はレベル1になってしまっていて、MPの総量も少ないままだから、先にレベル上げをするのがお勧めよ。あれだけ苦労してあげた生産スキルを初期値にするのは胸が痛かったから、スキルレベルはそのままだけど、くーちゃんのレベルを1にすることで、制限を掛けさせてもらったわ。有用なアイテムを一度にたくさん生産できると知られれば、くーちゃんを利用しようとする人も出てくるかもしれないから」
何でレベル1になってしまったのかと思っていたけれど、私を心配して、きゅーさんがやった事だったのか。
生産のレベルが1になっていたら、物凄くショックだったと思うから、そこは素直に感謝しておこう。
個人のレベルと生産レベルだと、上げるのが大変なのは圧倒的に生産の方だ。
MPが切れるまで使わないものも延々と作り続けて、毎日毎日少しずつ熟練度を上げて生産レベルをカンストさせるのは、とても大変だった。
こちらの世界では、HPが体力、MPが魔力と表示されていて、どちらも大体の目安のようだけど、体力が0になっても、気絶するだけで生き延びる事もあるし、体力が残っていても稀に死ぬこともあるとルーファスさんが教えてくれた。
魔力は0に近くなると起きていられないほど眠くなって、0になると昏睡状態になるらしい。
だから魔法を使う人は、魔力回復のポーションは必ず持ち歩くそうだ。
一つ生産をするだけで眠くなるのでは困るから、王都についたら冒険者ギルドでクエストを受けて、レベル上げも頑張ろう。
「王都についたら、ランクを上げる予定だったから、レベル上げも頑張ってみる。ダンジョンもあるみたいだし、行ってみたいけど、大丈夫かな?」
ゲームのキャラだった頃は生産職で、使う武器も弓だったので、ソロでダンジョンをクリアしたりするのは、かなりレベル差があるところじゃないと無理だった。
ダンジョンの敵から攻撃を受けても、ほとんどダメージを受けないレベル差で何とかなる程度だ。
ルーファスさんがいるから大丈夫だとは思うけど、ゲーム時代のように死んでも復活というわけにはいかないだろうから、慎重にいきたい。
「ダンジョンはレベル上げにはいいものね。くーちゃんは蘇生薬を持っているでしょう? あれはくーちゃんには使えるから、ルーファスに渡しておくといいわ。もっとも、ルーファスが蘇生薬を使うような怪我を、くーちゃんに負わせるわけはないと思うけれど」
きゅーさんのルーファスさんに対する評価は高いようだ。
私もルーファスさんがいれば大丈夫って信じてるけど、きゅーさんも同じように信じているみたい。
やっぱり、きゅーさんとルーファスさんは知り合いなのかな?
二人が並んでいるところを想像したら、大人同士でとてもお似合いで、ちょっと胸が痛くなった。
二人がどんな関係なのか、知りたいけど知りたくない。
「私にはってことは、他の人には使えないの?」
ルーファスさんとの関係を聞いてしまわないように、違う事を口にする。
あんなにたくさんあるんだから、使えたらいいのになって安易に考えた。
きゅーさんは困ったように微笑んで、子供にするみたいに私の頭を撫でる。
「使えるようにすることもできるけれど、そうするとくーちゃんが危険だわ。死んですぐならば蘇生できる薬を持っていることを知られたら、その薬を巡って争いが起きると思うの。そんな醜い争いにくーちゃんを巻き込みたくないわ。ルーファスには使えるようにしておくけれど、ルーファスに使う機会はないでしょう」
私の頭を撫でながら、きゅーさんが優しく言い聞かせる。
きゅーさんはルーファスさんが死ぬような目にあう事はないと、確信してるみたいだ。
随分信頼しているんだなって思うのと同時に、自分の考えの足りなさにも気づかされて、ちょっと落ち込む。
安易に人助けができたらって思ったけど、争いの元になることまでは思い至らなかった。
安い同情心だけで、ろくに考えもせずに動けば、ルーファスさんに迷惑が掛かる。
そのことをちゃんと肝に銘じておかないと。
「困ったり苦しんだりしている人がいたら助けたい、そう思う気持ちは尊いのだから、落ち込む事はないの。くーちゃんはくーちゃんにできることをすればいいのよ。ポーションを作って売るとか、余っているお金をギルドに預けておくとか、馬車を作って売るとか、他にもできることはたくさんあるでしょう? 料理だって、スキルで作った物には、ゲームと同じで補正がつくわ。それがあれば、冒険者や魔物討伐をする騎士も楽になると思うし、くーちゃんにできることは山ほどあるのよ。物を売るときは、出所がくーちゃんだってわからないように、誰か代理人を立てる方がいいと思うけれど、そこはルーファスに相談すればいいわ。あぁ、それと、エリアスとの縁は繋いだ方がいいわ。あの子には商業の神の加護があるから、取引相手としては信用できるし最適よ」
視線を合わせて、優しく力づけられると、それだけで力がわいてくる。
私にもできることがあるんだから頑張ろうって気持ちになれる。
力づけるだけでなく、今後のための助言までもらえて、とても励まされた。
「ありがとう、きゅーさん。ルーファスさんとも相談して、少しずつ頑張ってみる。でも、私の手持ちの金貨をたくさん流出させても大丈夫? 貨幣の価値が変わったり、悪影響が出たりはしない?」
アイテムボックスに入っているお金は、かなりの金額になるから、安易にそれを放出する事で、悪影響が出ないかどうかはとても気になる。
きゅーさんならわかるんじゃないかと思って聞いてみると、考え込むように首を傾げた。
「そうねぇ、あの世界のお金って神の管轄なのよね。ゲームと同じで、魔物を倒すとお金もドロップするし、ダンジョンの宝箱からも出るようになっているの。ゲーム時代のプレイヤーが持っていたお金が、埋蔵金として出てくることもあるくらいだから、影響はそんなに心配しなくていいわ。ちなみに倒すとドロップ品とお金を残すのが魔物で、死体がそのまま残るのが動物よ」
大丈夫だとわかって、ホッと息をついた。
ゲームの時は魔物は狩れたけど、動物は狩れなかったので、魔物と動物の大きな違いには驚いてしまった。
ゲーム内では、ドロップ品は勝手にアイテムボックスに入っていたけど、それが現実になるとどうなるのかな?
転がってる銀貨や銅貨を拾うとか、ちょっと大変そう。
魔物を狩りにいくのはまだ先だろうけど、ギルドにお金を預けるのはすぐにできるから、できることからやっていこう。
「きゅーさん、色々教えてくれて、ありがとう。私、頑張って、やれるだけやってみるから、また逢いに来てね? 待ってるからね?」
夢の中でもいいからきゅーさんに逢いたくて、笑顔でねだると、きゅーさんが感極まったようにぎゅーっと抱きしめてきた。
「くーちゃんっ! あぁ、もう、何て健気で可愛いのっ!!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、柔らかな胸に顔を埋める事になったせいで、気持ちいいけど窒息する。
巨乳は凶器だと初めて知った。
「……きゅーさんっ…くるしっ……」
きゅーさんの腕をタップしながら、何とか気づいてもらおうとするけれど、段々意識が遠のいていく。
やっぱりきゅーさんの暴走防止には、フーテンさんが必要だ。
そんな事を思ったのを最後に意識は途切れたのだった。