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11.商人と盗賊1 ルーファス視点

ルーファス視点です。




 出逢ってからずっと、ユキには驚かされてばかりだ。

 神が関与しているのだから、極普通の子供でない事はわかっていても、それでも尚、驚かされる。

 ギルドの登録を済ませて、ユキが予想通りに天空人だとわかったとき、歓喜と共に絶望を感じた。

 死んでも復活するという伝説のある天空人ならば、失う事を心配せずに、長い時を共に生きられるかもしれないのに、ここはユキの世界じゃない。

 それならば俺がユキの世界に行けばとも思ったけれど、ユキの世界では獣人というのは空想上の種族で、実在しないのだと聞いて、無理だと諦めた。

 俺がついていっても、ユキの迷惑にしかならない。

 ユキは優しいから、自分が助けられた時の恩を忘れず、俺を切り捨てられないだろう。

 それがわかっているのに、ついていくことなど出来るわけがない。

 ユキを知れば知るほどに、繋ぎとめたくなる。

 けれどそれは、帰りたがっているユキを裏切る行為だ。

 何をしても引き止めたい欲望と、ユキの望みを叶えたい気持ちの狭間で、見苦しく俺は足掻き続けるのだろう。

 それでも、ユキと出逢わなければよかったとは思わない。

 出逢えてよかった。

 ユキは俺の知らない感情をたくさん教えてくれる。

 朝目覚めて、ユキの姿を見るだけで、心が満たされていく。

 今日はどんな風に過ごす事になるのだろう?と想像するだけで、ありふれた一日が希望で満ち溢れたものになる。

 ユキが素直に甘えてくれるのが嬉しい。

 甘えながら時々恥らう姿が可愛い。

 何でもしてやりたくて、一瞬だって目が離せなくて、こんな事は生まれて初めての体験だ。

 何の目的もなく、何の楽しみもなく、ただ生きていた今までと違って、今の生活は楽しい。

 

 柔らかな風が吹いて、ふわりと薔薇の香りが立ち込めた。

 ユキの使っている石鹸の香りだ。

 匂いが移るほどに密着して寝るようになって三日、ユキを抱きしめて眠るのが習慣になりつつあるのが恐ろしい。

 いくら子供の姿とはいえ、同衾するのはまずいだろうと、最初は精一杯抵抗したけれど、ユキに押し切られてしまった。

 心のどこかでそれを嬉しいと感じていたから、拒みきれなかった。

 朝、ユキよりも早く目覚めて、腕の中の温もりを堪能する時間は至福だ。

 誰かと一緒に眠るというのは、遥か昔、まだ小さな子供だった頃以来で、こんなにも心が満たされるものなのかと驚かされる。

 昔から年齢よりも上に見られていて、種族問わず誘いは多かったので、一時の欲を解放する相手に困ったことはない。

 だが、どんなに美しい女でも一緒に眠りたいとは思わなかったし、朝まで一緒に過ごした事もなかった。

 一夜限りの相手だ、名前すら覚えていない。

 素っ気無い俺を落とそうと、躍起になる女もいたが、大抵はそのうちに諦めて去っていった。

 抱きしめていても今のユキに欲情する事はないが、ただ、あまりにも可愛過ぎて、抱き潰しそうになる衝動を堪えるのが大変な時がある。

 あんなに素直で献身的な女を、俺は今まで見たことがない。

 周りにいるのが男勝りな冒険者ばかりだからかもしれないが、ユキは俺の知る女と違い過ぎる。

 さり気なく細やかな気配りが出来るユキといるのは、とても居心地がいい。

 今、俺が座っている御者台も、長時間座っていても疲れにくいようにと、ユキが厚手の布を敷き、クッションまで置いて居心地よく整えてくれた。

 手際よく料理を作るだけでなく、気がつくと屋根の上で洗濯を済ませていたり、たいして汚れてもいない馬車の中を綺麗に掃除していたり、細く小さな子供の体でとてもよく働く。

 外は暑いからと、わざわざ氷を作って冷たい飲み物を用意してくれたり、一日馬を操る俺を美味しい夕食で労ってくれたりと、ユキのやること成すことに俺は癒されてばかりだ。

 最初は俺に恩を感じて、気を遣っているのかと思ったが、聞いた事のない歌を歌いながら楽しげに働いているので、ユキは働く事が好きなんだろう。

 ユキを嫁にもらう男は、世界一の幸せ者だと断言できる。



「ルーファスさん、お昼ご飯にサンドイッチを作ったの。一緒に食べよう?」



 皿やスープの入ったカップを載せたトレイを御者台に置いてから、ユキが馬車を出てくる。

 ゴーレム馬は魔力がある限りずっと走るので、休憩をせずに、昼は馬車を操りながら食べていた。

 ユキは一人で食べるのは美味しくないと、いつも俺の隣に座り、俺が片手でも食べやすいように手伝ってくれる。

 ユキの住んでいた場所ではパンではなくコメが主食だったそうで、俺は初めてコメで作ったおにぎりを食べたが、驚くほどに美味かった。

 パンより腹持ちもするし、ユキの作る料理にもよく合う。

 王都でならコメも手に入るはずだから、ユキをつれて買い物に行こう。

 服ももう少し動きやすそうなものを買ってやりたい。

 ユキの着ている服は可愛らしいが、冒険者として戦うには不向きだ。

 ユキに傷一つ付けるつもりはないが、身を守る防具も必要だろう。

 革鎧はユキには重いだろうから、付加のついたローブのようなものがいいだろうか。

 ユキならば、王都ですら手に入らないような国宝級の装備を持っているかもしれないが、俺にできることがあるならしてやりたい。



「はい。これで手を拭いて」



 温かいおしぼりを手渡されて、ユキの細やかな気遣いを感じながら手を拭いた。

 食事の前に手を拭くというのは初めてで、最初は驚いたけれど、慣れると気持ちいいものだ。

 ユキはとても綺麗好きで、食事の前は手を洗うし、風呂も入れる時は必ず入る。

 洗濯もこまめにするし、いつも貴族のように身奇麗にしている。



「ありがとう、ユキ。スープも作ってくれたのか?」



 おしぼりを返して、スープの入ったカップを手に取った。

 片手で食事が出来るよう、昼は具のないスープの事が多い。



「じゃがいもがあったから、ポタージュにしたの。最初の村で野菜や乳製品を買ってくれたから、色々作れて助かってる」



 小さな手でサンドイッチを取りながら、はにかむように微笑むユキは可愛い。

 ユキの望むままに食料品を買い込んだけれど、小さな村の市場だったこともあり、そこまで種類があったわけではない。

 それでもユキは、多彩な料理を作り、食材を買っただけの俺に感謝してくれる。

 毎日美味しいものを食べさせてもらって、感謝したいのは俺のほうだ。

 スープは、じゃがいもが材料とは思えないほどに、滑らかで濃厚だった。

 


「今日のスープも美味いよ。ユキは料理上手だな」



 今まで食事というのは、空腹を満たすためのものだった。

 だから、腹に入れば何でもよかったし、特に何かを好んで食べるということはなかった。

 ユキの作る料理は美味しい。

 ユキは無味乾燥な俺の世界に、いろいろなものを与えてくれる。

 


「ルーファスさんがそうやって褒めてくれるから、嬉しくて張り切っちゃうの。夕飯も楽しみにしててね」



 褒められたのが嬉しいのだと、顔を見ているだけでわかる。

 素直に喜ぶユキを見ながら、香ばしく焼いたベーコンと野菜のサンドイッチを食べた。

 俺がたくさん食べるとユキが喜んでくれるから、ユキが料理を作るようになってから、食事量が増えた。

 体を維持するための必要最低限の料理を仕方なく食べていた頃と違って、食事の時間が楽しみになった。

 今夜は何を作ってくれるのだろうと期待してしまう。



「ユキ。急いで馬車の中に入れ」



 不意に、馬車の進行方向に不穏な気配を感じた。

 獣人は人族よりも五感が優れている。

 血のような臭いと、剣戟の音を感じ取って、とにかくユキの安全を確保しなければと思った。

 このまま進むと、街道を行く馬車が襲われている可能性が高い。

 ユキのような見目のよい子供がいるのに気づかれれば、盗賊はユキを狙うだろう。



「馬車の中でじっとしているんだ、盗賊がいるかもしれない。俺がいいと言うまで、絶対に外に出るな」



 不安そうにしながらも、取り乱す事なく俺の言葉に素直に従い、ユキは馬車の中に戻っていく。

 馬車に繋がる扉をしっかりと閉めてから、馬を操って馬車の速度を上げた。

 ゴーレム馬が2頭もいるので、見る見るうちに速度が上がり、剣戟の音が近くなっていく。

 これだけの速度で走っていても、馬車はほとんど揺れない。

 こんな時なのに馬車の性能の良さを強く感じさせられる。

 普通の馬車ならば、どんなに急いでいてもここまで速度を上げることは危険すぎてできなかった。

 人が襲われているのなら、冒険者として見過ごすわけにはいかない。

 魔物や盗賊退治は、冒険者の大事な仕事の一つだ。

 ユキは馬車の中にいれば安全だから、安心して戦える。

 現場に辿り着くと、予想通り盗賊に馬車が襲われていた。

 護衛の姿が見当たらず、それを不思議に思いながら馬車をとめて、御者台を飛び降りる。

 剣はアイテムバッグから出してあったので、すぐさま近くの盗賊に切りかかった。

 盗賊には賞金が掛かっている事も多いが、生きたまま捕獲という条件がついていることは滅多にない。

 あったとしても、生きていれば報酬が高くなるだけで、死んでいたからといって罰則があるわけでもないから、殺す事も辞さない勢いで仕留めていく。



「何だ、お前は!」



 突然切りかかってきた俺に驚きながらも、一人だったからか、盗賊たちが怯む様子はない。

 十数人の集団だから、負ける事はないと思っているのだろう。

 近くで見ても、やはり護衛の姿は見えず、護衛が倒されたという様子でもない。

 若い商人らしき男が二人、剣を持って盗賊と対峙しているが、盗賊の数が多くて対処しきれないようだ。

 盗賊に答える義理もないので、掛かってくる盗賊を倒しながら、今にもやられてしまいそうな商人に走り寄った。

 突然の援護に驚いたようだが、既に二人とも傷だらけで声も出ないといった様子で、まだ立っていられるのが不思議なほどだ。

 たった二人ということもあって、盗賊たちも一息に殺さず、嬲っていたのだろう。

 もしかしたら、商人だからアイテムバッグを持っているのかもしれない。

 アイテムバッグは所有権がなければ、ただの小さなバッグでしかない。

 だから、確実に中身を手に入れるためには、所有権を奪い取らなければならない。

 傷をつけて脅して、時には拷問まがいのことまでして、所有権を譲らせることもある。

 家族などが同行していた場合には、家族を人質にすることも多い。

 目の前で家族が切り刻まれ、陵辱されるのを見て、それでもアイテムバッグを優先する商人はまずいない。

 だから、妻子もちの商人は旅には家族を連れて行かないし、連れて行く場合でも、盗賊が手を出せないほどの護衛を雇ったりするものだ。

 アイテムバッグを持っていても、それを隠す商人も多い。



「二人とも馬車に入って、俺が呼ぶまで篭ってろ」



 背中で商人を庇うように立ちながら、盗賊と対峙する。

 威圧のスキルを使い、盗賊たちを睥睨するように視線を巡らすと、俺よりもレベルの低い者ばかりなのか、怯えたように一歩下がった。

 威圧スキルは、レベルが自分よりも高い相手には効果がない。

 これだけ効いているのだから、俺より、かなりレベルが低いのだろう。

 今にも崩れ落ちそうな商人達が何とか馬車に乗り込むのを確認してから、身体能力を魔法で強化した。

 この程度の奴らに遅れはとらないが、人数が多いだけに逃げられると厄介だ。

 面倒だから殺してしまえばいいと思ったけれど、返り血が飛んでいるだけでもユキは怖がるかもしれないと思って、できるだけ切らないことにした。

 剣の柄や拳、膝などを使って、的確に急所を狙い、一撃で昏倒させていく。

 こっそり逃げ出そうとしていた盗賊に、手近な一人を捕まえて投げつけた。

 集団の中でも特に大柄な男が、凄まじい勢いで投げられるのを見て、盗賊達が動揺する。



「い、いくら獣人だからって、ありえないだろっ! バケモノだっ」



 混乱して叫ぶ盗賊を、殴って黙らせる。

 バケモノとは言われ慣れているが、ユキには聞かせたくない。

 優しいユキは、きっと自分のことのように傷ついてしまうに違いないから。

 盗賊たちは戦意を喪失しながらも、ここで捕まってしまえば、待っているのは死刑か強制労働だとわかっているからか、破れかぶれになって掛かってくる。

 


「ぎゃぁああっ!」



 不意に凄まじい悲鳴が聞こえて視線を向けると、盗賊の一人が地面をのた打ち回っていた。

 どうやら、ユキの馬車に手を掛けようとして、反射を食らったらしい。

 薄汚い盗賊が、ユキに手を出そうとしたのだと思った瞬間、怒りで威圧が高まった。

 倒れずに残っていた盗賊たちが腰を抜かしたようにへたり込み、武器を捨てて投降してくる。

 行き場のない怒りを持て余すが、弱いもの苛めをする趣味はない。

 アイテムバッグから捕縛のための縄を取り出して、武装解除した後、後ろ手に縛り上げていった。

 さっき、逃げようとしていたのはリーダー格の男だったらしい。

 地面でだらしなく伸びているのを爪先で蹴って、他の盗賊たちよりもいい装備をつけていたので、全部剥ぎ取っておいた。

 捕縛した盗賊たちを一箇所に纏めた後、急いでユキの元へ向かう。

 馬車の扉を開けるとすぐ、中から飛び出してきたユキが俺にしがみ付いた。



「ルーファスさん、怪我はしてない? 大丈夫?」



 心配で堪らないといった様子で問いかけられ、涙で潤んだ瞳で見つめられて、どれだけ俺の身を案じてくれていたのか伝わってくる。

 こんな風に心から心配されたことなど、幼い頃に初めて狩りに出た頃以来だ。



「俺は大丈夫だ。商人が二人、怪我をしているようだから、ユキはもう少し待っていてくれ」



 怪我と聞いた瞬間、頼りなげで泣き出しそうなユキの表情が、一転した。

 


「私も一緒にいく。連れて行って」



 凛とした、強い表情で請われて、断ることなどできるはずがない。

 馬車の中の安全な場所で大人しくしていて欲しい、そう思う気持ちもあるけれど、俺はユキが好きなように振舞えるよう、守ると誓った。

 安全な場所に閉じ込めて、行動を制限すれば守るのは簡単だ。

 だけどそれでは、ユキの心は守れない。

 村はずれの狭いあばら家に押し込められていた母の心が次第に壊れていったように、危険だからと制限ばかりしていては、ユキの心が病んでしまう。

 誰にも見せたくない、独り占めしたい、そう思う気持ちより、笑顔でいて欲しい、楽しく過ごして欲しい、幸せを感じて欲しいという気持ちの方がずっと強い。

 いつか、ユキはこの世界からいなくなる。

 その瞬間まで、俺はずっとユキから離れない。

 ユキとたくさんの楽しい思い出や体験を重ねていきたい。

 いつかユキがこの世界のことを思い出したとき、俺のことを思い出してくれるように。

 離れ離れになっても、もう二度と逢えないとしても、ユキが覚えていてくれる限り、俺はユキの中で生きていられる。

 限りある時間だからこそ、ユキの望むままに。

 色々と規格外なユキが思うままに振舞えば、悪目立ちするのは避けられないが、どんなものからも必ず俺が守る。




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