1.森の中
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ジャンルはファンタジーにしましたが、かなり恋愛色が強いので、キャラがいちゃついてるのに拒否反応を感じる方にはあまりお勧めできません。
段々糖度が増しますので、ご注意ください。
どうして、こんな事になっているのだろう……?
散々泣いて、泣き疲れて、ぼんやりとしたまま、身を守るようにぎゅっと膝を抱え込んだ。
そうすると、本来の自分の体よりももっと頼りない細い手足が目に入って、余計に不安を煽られる。
平均的な女子高校生くらいの体格だったはずの私の体は、何故か小さくなってしまっていた。
服も部屋着のワンピースから、ひらひらとした装飾過多な黒いワンピースに変わっている。
靴は長時間歩くには不釣合いな、踵のある革靴だった。
こんな状況でなければ嬉しくなるくらい、好みに合って可愛い靴だったけれど、今は裸足よりはマシといった代物でしかない。
部屋のベッドで寝ていたはずなのに、目が覚めると何故かここにいた。
生まれてから一度も見たことのないような深い森の中の、ごつごつとした岩や石の多い川原には、当然の事ながら人などいない。
どうしてこんな場所にいるのかわからないまま、しばらく呆然としていたけれど、ふらついて尖った石の上に手をついたときの痛みで、これが夢ではなく現実なのだとわかって、あまりの心細さに震えた。
時折、風が森の木々を揺らす音にさえびくつき、途方に暮れたまま、泣く事しかできなかった。
生まれも育ちも東京で、まともな自然に触れることなどなく育った私に、この状況を打破出来るような知恵はない。
暗くなる前に何らかの行動を起した方がいいかと思ったけれど、視界の開けた川原から鬱蒼とした森の中に入るのは怖くて、足が竦んでしまった。
川沿いを歩いて下っていく事も考えたけれど、大きな岩が多く、足場も悪くて、小さくなってしまった体で移動するのは厳しそうだった。
かなり上流なのか、今の私の背よりも高い岩がごろごろとしていて、一つ超えるだけでもかなりの体力を消耗しそうだ。
目が覚めた時には既に夕暮れ時だったせいで、何も出来ないうちに刻一刻と暗くなっていく。
暗闇は大嫌いなのに、灯りをともす手段はない。
闇は恐ろしく、気持ちを落ち着けようと何度深呼吸を繰り返しても、小刻みな震えが止まらない。
「――お兄ちゃん、助けて……」
いつも頼りになって優しいお兄ちゃんのことを思い出したら、また涙が溢れてきた。
困った時、辛い時、いつも助けてくれたお兄ちゃんだけど、今は助けを呼ぶ手段がない。
携帯は机の上に置いてあったから手元にはないし、もし携帯があったとしても、ここがどこかさえもわからないのに助けは呼べない。
それにもう、私だけのお兄ちゃんじゃない。
お兄ちゃんには守るべき家族が出来たから、今までみたいに甘えるわけにはいかなくなった。
8つ歳の離れたお兄ちゃんは、2年くらい前から付き合っていた彼女に子供が出来てしまって、近々入籍して家を出る予定だ。
突然の話にショックを受けて部屋に篭ってしまった私に、『今までと変わりなく、有希は大事な妹だ』って言ってくれたけど、今まで通りにいかないことくらい理解してる。
それが仕方のないことだということも。
私が1歳になる前にお父さんは病気で死んでしまっていて、それ以来、8歳年上のお兄ちゃんは、仕事の忙しいお母さんの代わりに、私を守り育ててくれた。
もう高校生になったのだし、いい加減に兄離れした方がいいことはわかっていたけれど、お兄ちゃんが優しいから、ずっと甘えていた。
私がお嫁にいくまではずっとそばにいてくれるって、馬鹿みたいに信じてた。
お兄ちゃんの結婚自体が嫌だったんじゃない。
たった一人の兄で、しかも、小さい時から苦労してきたんだから、幸せになって欲しいという気持ちは、普通の兄妹よりも強いんじゃないかと思う。
ただ、子供が出来たと聞かされて、ずっと一緒に暮らしていたお兄ちゃんが、外でそういう行為をしていたんだと思ったら、知らない男の人みたいに見えて怖かった。
怖くて顔を見るのも気まずくて、夏休みなのをいいことに部屋に篭ってしまった。
家族なんだから、ちゃんと『おめでとう』って言うべきだったのに。
どうして今朝、仕事に行くお兄ちゃんをいつもみたいに玄関で見送って、『いってらっしゃい』って言わなかったんだろう。
私がこのまま行方不明ということになったりしたら、お兄ちゃんは絶対に自分を責めてしまう。
お兄ちゃんに謝って、ちゃんと『おめでとう』って言いたいのに、ここからお兄ちゃんのいる家へ、どうやって帰ったらいいのかわからない。
帰りたくて家が恋しくて、小さな子供みたいに泣きじゃくってしまう。
全部夢だったらいいのに、泣き過ぎて苦しい胸も、涙で濡れた頬を冷やすように吹いてくる、川面を渡る風の感触も生々しくて、私を現実逃避させてはくれなかった。
助けを呼ぶ手段もなく、知らない場所で独りきりだと実感したら、膨れ上がった不安で押し潰されそうになる。
17にもなって、膝を抱えたまま泣く事しかできない私は無力だ。
暗くなるに連れ、川原には月明かりが差すようになった。
今までは満月の日でも月明かりなんてたいして感じた事もなかったのに、誰もいない、静まり返ったこの暗闇の中ではとても明るく感じる。
膝を抱えたまま、月を確かめるように顔を上げた。
瞬間、自分の目を疑って目を擦る。
「いやああああっ!!!!」
あり得ない光景に、絶望と恐怖のあまりに叫んだ。
空には、青白く輝く、大きな二つの月が浮かんでいた。