La vérité
「睦美、きみが犯人なんだろう?」
篤士が、人差し指で僕を指名した。篤士は真っ直ぐに僕を見据えているが、その瞳は頼りなく揺れている。認めたくないのだろう。今しがた語った推理が、真実だと肯定されるのを。
彼の傍らに座っている小早川さんは、蔑むような目で僕を見詰める。彼にもわかっているだろう。篤士の推理が正解であることが。
僕は首筋に伝う汗を厭わず、乾ききった唇を少し舐めて、口端を上げた。いつものように、屈託の無い笑みを浮かべて。
「ああ、そうだよ。この館で起こったことは、すべて僕の仕業だ。大正解だ、篤士。見事な推理だったよ」
篤士は苦しそうに顔を歪めた。小早川さんも同じように、憎々しそうに俯いた。僕はそんな二人の様子を見て、堪らなく面白くなって、声を上げて笑った。
「……なんていうのは、嘘だよ。残念だね。半分合ってるけど、半分間違い。何度も言ってたじゃないか。僕には不可能な犯行があるって。
……そうだな。頭の固い君のために、僕が自らネタばらししてあげるよ」
小早川さんは恐懼の眼差しで僕を見つめている。篤士はあまりのショックで声も出ないようだ。
「じゃあ、勝手に始めるよ。ネタばらし。
篤士、君は僕がクリスティーの愛読者で、今回の事件は『そして誰もいなくなった』を見立てていると言ったね。それは正解。でも君はあまり読んでいないだろ。クリスティーの作品を。
僕はクリスティーの作品の中でも『そして誰もいなくなった』がとりわけ好きだ。でも、実を言うと、僕はもう一つ好きな作品がある。君にはわかるかな。この作品も見立ててみたんだけど」
そう言って篤士を見つめてみるが、彼は変わらず魂が抜けたようにソファに凭れかかっている。僕の話を聞いているかさえ怪しい。
代わりに小早川さんが答えてくれた。小早川さんは篤士に比べて、幾らかは知識があるようだ。
「……『ABC殺人事件』だな。五十音順に殺されている」
「そう。僕は『ABC殺人事件』も好きな作品なんだ。今回の事件も五十音順に殺した。でも、それだけじゃない。この作品では、Aの頭文字の人間が、Aの頭文字の場所で殺される。本当はこれを再現したかったけど、ここじゃ無理だ。だから僕は、君たちの職業を利用した。でも、一見すると職業と五十音順は対応してないよね。そこで僕の仕事が関係してくるんだ。僕の仕事はなんだったか覚えている?篤士。……ちょっと、聞いてる?」
その一言でやっと我に返ったようだ。篤士はハッとして答えた。
「そうだ、通訳……きみは英語を話すんだったな……」
「……惜しいね。僕が専門とするのはフランス語だよ。ちゃんと僕の話聞いてた?まあ、英語も使えるけどね。じゃあ、改めてフランス語で彼らの仕事を言ってみるよ。
吾妻雪子は画家、Artiste。
生駒涼太郎は銀行員、Banquier。
笛吹桐彦は料理人、Cuisinier。
江木藤次郎は医者、Docteur。
逢坂百合子は作家、Ecrivain。
鏑木真澄は公務員、Fonctionnaire。
鬼柳昌樹は大学生、Garçon de collège。
鞍馬篤士は新聞記者、Homme du journal。
僕、釼持睦美は通訳、Interprétation。
小早川光一郎は裁判官、Juge。
最初に僕が彼らの職業に拘った理由がわかっただろ?君がフランス語に通じていれば、すぐに僕が犯人だとわかっただろうけどね。まあ、そんなことは期待してなかったよ。
ところで、君はちゃんと『そして誰もいなくなった』を読んだことがある?」
篤士は黙って頭を振った。
「まあ、そうだよね。ネタバレしちゃうけど、あのミステリの真犯人は、既に殺されていたと思われていた人物なんだよ。一番最後まで残った人間ではなく、被害者の一人だと思われていた人物。これが何を意味しているかわかる?」
これはさすがに篤士にも小早川さんにもわかったようだった。
真犯人は釼持睦美ではなく、既に殺されている別の誰か。
僕には犯行が不可能な件のうち、最もアリバイがなく、怪しい人物。そんなのは一人しかいない。
「逢坂百合子……!彼女が真犯人だというのか?」
「大正解!そうだよ。今回のこの事件、真犯人は百合子さん。僕は彼女に協力していただけだよ。クリスティの見立てを考えたのも、殺害方法を考えたのも、全部百合子さん。僕が直接手にかけたのは、雪子さんと桐彦さんと江木さん以外の全員だけど、それも百合子さんの指示だったんだ」
突然、何かを思い出したかのように小早川さんが声を上げた。
「ちょっと待ってくれ……!あの作品では、確か真犯人は死んだふりをしていたんじゃなかったか?そして、最後の一人が死んだ後、小細工を仕掛けて自殺した……。まさか彼女もまだ生きているというのか?」
「それは違います!百合子さんは死んだ。百合子さんは僕が直接殺したんだから、間違いない。
……全部話す。なぜこんなことをしたか。なぜ真犯人である百合子さんまで死ななきゃいけなかったのか」
僕は静かに語り始めた。二人は黙ったまま、神妙な面持ちで僕の話に耳を傾けている。
「僕には兄貴が一人いた。僕より5つ上で、大好きだった。憧れの兄だった。弟の僕から見てもかっこいいし、異性からも同性からも人気があった。それなのに……!
兄貴は、五年前に死んだ。殺されたんだ。
篤士ならよく覚えているだろ。そのとき僕と一緒にいたんだからな」
「あれは……事故だっただろ?仕方なかったじゃないか!」
「事故なんかじゃない!兄貴は見殺しにされたんだ!」
小早川さんはそのことを覚えていないのか、いまいち合点がいかないような顔をしていた。
「兄貴は川で溺れていた女の子を助けようとした。幸い女の子は助かったけど、兄貴はそのまま流されて、数日後に遺体で発見された。そうだよ。篤士の言う通り、あれは事故だった。
でも助けようと思えば助けられたんだ!あんなにたくさん人がいたのに、誰も助けようとしなかった。自分も流されるんじゃないかって躊躇して、兄貴を見殺しにした。知らないふりをして、兄貴を殺した!僕は兄貴を見殺しにしたあいつらを絶対に許さない。もちろん篤士も小早川さんも……僕自身も。
今回この館に招待したのは、あのときあの場所にいて、兄貴を見殺しにした人だ。ただ、百合子さんだけは違う。
百合子さんは兄貴の恋人だったんだよ。あの事件のとき、百合子さんもいた。百合子さんも僕と同じだよ。百合子さんも兄貴を見殺しにしたあいつらが許せなくて、そして自分自身も許せないんだ!だから僕と協力して、あいつらに復讐する計画を立てた。
本当なら、今ここに生き残っているべきなのは百合子さんの方だ。兄貴を殺したあいつらを、一番憎んでいるのは百合子さんなのだから。百合子さんには、兄貴の分まで生きてほしかった!兄貴もそれを望んでいるはずだ。
……わかってるよ、僕にも。こんな復讐、馬鹿げてるって。そんなことくらいわかってるに決まってるさ!でもそう思いながらも僕は百合子さんに従い続けた。僕は囚われてるんだ。あの人に。
僕は百合子さんの最期の願いを叶えてあげたい。そして、僕の思いにもけじめをつける」
言いながら、僕はポケットに隠しておいた拳銃を取り出した。篤士と小早川さんがハッと身構えるのがわかる。僕は乾いた笑みを浮かべて言った。
「……ごめん」