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サバイバル合宿を明日に控えたこの日、その詳細が発表された。その発表によると、生徒は学園の保有する広大な森林地帯に一人ずつランダムに飛ばされ、そこで数々の罠や学園が研究のために飼育している魔物などに対処しながら3日間、サバイバル生活を行うとのことだ。
細かいルールは以下の通りである。
・成績は生徒が身につける魔法具のレコーダー機能を使って行い、終了後にそれを回収して評価する。
・録画だけでなくリアルタイムの通信も可能であり、それによって生徒の状況を確認しつつ、教師が限界だと判断した場合はそこで退場となる。
・水浴びについては、魔法具は常時稼動しているため魔法で身体を清潔にすることを勧める。
・敷地内にトイレはないため、これについても魔法で対処すること。
・生徒間の連携は可、生徒間の戦闘も可、しかし過剰な攻撃や殺傷行為は禁止。
・戦闘も評価に含まれ、撃破数の得点は非常に高い。
・食料は現地で調達したもの以外認められない。
・ボックスの使用は武器の出し入れにのみ使用可、学校から渡されるもの以外の魔法具の使用も原則禁止。
・Etc…..
この内容は例年と変わらないらしいが、3日間というのは新入生には厳しいのではないか、と侑は思った。もちろん侑や仁にとっては苦のないことであるが一般の生徒は苦労するだろう。その最大の原因は食料である。水は川が流れており魔法で作り出すことも出来るが、食料の調達は難しい。新入生320人が同じ敷地内で行うのだからそれなりに食べられる植物や魚類、魔物などは存在するのだろうが、何が食べることができ、何が食べられないのかを知らなければ危険なものを食べてしまうかもしれない。学生の行事であるためそれほど危険なものはないと考えられるものの、サバイバルというからには多少の危険はつきものだ。そのような理由があり、3日が経って退場することなくサバイバルを続けているのは毎年3割程度らしい。ちなみに退場後は合宿施設で反省点を踏まえて自主練となる。そういうわけで、例年であればそれらの点が問題になるのだが、事情を知るものからすれば今年は襲撃を警戒しなければならない。その事情を知っているのは生徒では侑と仁、教師はリーナだけである。無用な混乱は避けるため、リーナは他の教師にこのことを伝えなかった。
その件については自分たちで対処すると決めたものの、その成功率は状況にもよるが低いと、侑と仁は考えていた。侑と仁でも320人の生徒が広大な敷地内に散在している状況で、全てを把握して対処することは不可能だ。それに、サバイバル終了後の生徒が固まっている状態でも完璧に守りきることはできないかもしれない。魔法という力があったとしても何かを為すに当たって“絶対”ということはあり得ないのだから。なにより、敵戦力が二人の予想以上であればどんな状況でも今のままでは対処できない。しかし、彼らは依頼主との約束で隠している力を、それぞれの判断で開放してしまって良いことになっている。それによって学園での扱いが悪くなるとしても、生徒を守るという依頼が優先なのだ。依頼主の考えは、『素性や過去が特殊なくらいで態度を変えるような奴らとは仲良くなる必要は無い』というもので、二人もそれに同意しているため、いざそのときになって躊躇することはないだろう。二人が制限を解除すれば、おそらく反魔王派の魔族が現在の全戦力を投入したとしても対処が可能であると、彼らの依頼主は言ったそうだ。
それほどの実力を持ち、人を殺す力になることも理解していながら、侑はいまだに力を求めている。大切な人を守れなかった過去から力を求める彼だが、その内には大きな矛盾を抱えているのだ。しかし本人はそれを理解していない。仁はその矛盾に気づいているものの指摘はしない。さらに学園に入学してからの侑の変化を見ている仁は指摘する必要性を完全に消し去っていた。何故なら、大切な人を守るために力を求めているにも関わらず、人を殺し続けたことで他人への興味を失い、大切な人をつくることが出来ないという侑の中にある矛盾は解消されつつあるからだ。今はまだ一人だけだが、仁以外にも興味を持っている人がいるということが重要である。今後も多くの人とふれあい、侑が人間らしさを取り戻すことを仁は期待していた。
サバイバルに話を戻すと、このとき侑、仁、リーナの3名と、他の生徒や教師たちでは現在の心境は全く異なっていた。そしてその多くの生徒や教師が今感じているであろう不安や緊張、期待といった感情は、一瞬で塗りつぶされることになる。絶望という闇によって。
侑たちはそうなることを予想しなかったわけではないが、可能性は低いと考えていた。サバイバルで獲物が勝手に消耗し、特に優秀な生徒だけが最後に残るのだから最終日に襲撃するのが最も効率的なのだから。それにも関わらず、よもやサバイバル開始前の全員が万全の状態で一箇所に固まっているこの状況を狙って襲撃してくるとは、侑と仁は敵の正気を疑わざるを得なかった。
サバイバル当日、仁は朝からずっと嫌な感じがしていた。それはすなわち襲撃があることを示しているのだが、彼らの予想では最終日がその日である。仁がそれを感じるのは何か起こる当日の朝の場合もあれば直前の場合もあるが、今まで数日前から嫌な感じを受けることは無かった。しかし敵がサバイバル開始前に襲撃することにメリットはなく、むしろデメリットしかないのだ。だからこそ仁はそれを侑には言わなかったが、その嫌な感じは間違いなく何かの予兆であった。
学園から遠く離れた場所に今回のサバイバルの会場はある。そこまでは学園から転移装置を使って移動し、合宿施設の正面にある広場に一学年の生徒と各クラスの担任教師は集まっていた。もちろんそこには侑もいて、いつものメンバーと会話して開始を待っていた。
「そういえば、このサバイバルって成績上位者には賞品があるんだよな?」
アークが話の流れでふと感じた疑問を口にした。その疑問にはリーナを通してサバイバルについて様々な情報を知っている侑が答えた。
「そうらしいな。今年はどんな賞品なのかは発表されていないけど、去年は有名な魔工師の作った魔法具だったみたいだし」
魔法陣は魔法の発動イメージを文字や記号などで表現したもので、無属性の魔力を流すだけで詠唱をせずとも、ほとんど自分自身がイメージを固めることなく魔法を発動出来る。しかし目的場所をイメージする必要のある転移魔法陣のようなものは例外である。無属性の魔力を流すことで他の属性の魔法が発動するのは、魔法陣に魔力の変換工程が組み込まれているためなのだ。人の魔力は基本的には無属性で、魔法使用の際に属性が変換される。つまり個々に変換可能な属性が異なっており、これが個人の扱える属性を決めているということである。魔法陣の作成はイメージを図式化するという点から非常に難しく、現在公開・使用されている魔法陣は数十種程度だ。その魔法陣を武器や防具などに刻印したものが魔法具、その魔法具を作る職人を魔工師と呼ぶ。魔工師は魔法陣の開発も行うが、魔法陣は簡単には作成できない。一年に一つ新たな魔法陣が生まれるか生まれないかという難易度なのである。そのため強力な魔法が魔法陣化されることはまずない。ましてや無属性の魔法師が持つ固有属性魔法の魔法陣化など不可能なのだ。いや、不可能なはずだった。
「戦闘用の魔法具って高いもんなぁ。魔法陣は公開されててもオレたちの技術じゃ刻印できないし」
「魔法陣を、魔力を使って書き写せば紙媒体でも簡単に魔法を使えるぞ?」
アークの言うとおり、魔法具は学生が買うには高価で自作は不可能なものである。侑の言ったように魔力を用いて媒体に魔法陣を書き写せば魔法陣魔法は使えるのだが、強度の弱い媒体では消耗品になってしまうのだ。そのことをアレンが指摘した。
「あのような複雑なものをいくつも書き写す手間を掛けてまで使うような魔法の魔法陣はまだありませんよ」
「でも転移魔法陣は緊急のときに役立つんじゃない?普通に転移魔法が使えるならいらないけど、使えないなら生命線になるかも」
「ティーゼさんの意見はもっともですね。それでもあの複雑な図式をミスなく書き写すのは苦労しそうですね」
その後も、担任から転移魔法陣を刻印した魔法具が配布されるときまで会話は続いた。ちなみに今回の魔法具の転移魔法陣はそれぞれ場所が指定された特注のもので、場所をイメージする必要はない。魔法具の配布後、改めてサバイバルの説明があり、ついにサバイバルが開始されようとしていた。
期待や不安を抱えた生徒たちが、教師からの合図で配布されたそれぞれの魔法具に刻まれた小さな転移魔法陣でサバイバル会場に転移しようと魔力を込めたが、誰一人転移した者はいなかった。魔法具の不備だろうか、と再度魔力を込めようとした生徒たちは気づいた。さっきはいつも通りに、当たり前に出来た魔力の操作が出来ないということに。魔力は自身の内から感じられるのに、まるで自分のモノではなくなったかのように全く操作が出来ないのだ。
「何がどうなってるんだ!?」
どこからか動揺したような叫びがあった。その声をきっかけに生徒たちの疑問は焦りや不安に変わっていく。しかしそんな生徒の中でも侑と仁は表面的には冷静だった。二人は魔法具を受け取ったときから、それに刻印された魔法陣が転移魔法陣ではなく、特殊な魔法の魔法陣だと見抜いていたために何らかの魔法で魔力を封じられるという事態を回避できたのだ。とはいえ、二人とも内心ではこのタイミングでの襲撃に驚いていた。
《ユウくん!これって・・・》
驚きながらも敵が周囲に存在していないかを確認していた侑の頭にリーナの声が響いた。念話が通じたのは侑とリーナがどちらも魔力を封じられていないためで、どちらかが魔力を使えなければ会話はできない。リーナは生徒の妨害担当ではなく、施設内での監視担当であったため魔法具を使用しなかったようだ。
《まだ敵を感知できませんが、これは間違いなく襲撃です。まさかここで仕掛けてくるとは・・・》
《そうだね・・・。私を含めて監視役だった3人は魔力を使えるけど、何かできることはある?》
《とりあえず先生方で生徒を落ち着かせてください。その後は戦闘に生徒が巻き込まれないようにしてくださると助かります。自分たちは臨戦態勢に入ります》
《分かった。本当は任せきりにしたくないんだけど・・・。くれぐれも無理はしないでね》
《はい》
多くの生徒は魔力を使えないという事態にパニックになっていたが、もちろん取り乱していない者もいる。侑の周りは冷静にこの状況を分析していた。
「まさか魔力を封じるような魔法陣が作られていて、ここまで量産されているとは驚きましたね」
「そうだねー。目的は分からないけど、今の状態じゃまともに戦えないね」
アレンが素直に感心し、ティーゼはそれに同意して現状を悲観した。そんな二人と、先ほどから全く表情を変えない侑と一緒にいるおかげか、アークとルミナも落ち着いていた。
「先生たちは他のみんなを落ち着かせてるみたいだけど、これからどうすればいいんだろ?」
「状況が全く分からないからなぁ。ユウはどういうことだと思う?」
ルミナが困ったように口にした質問の答えは、アークの言うように状況が分からなければ判断できない。突然質問された侑はアークからの問いに答えることはせず、アークたちに言った。
「今から何が起きても無謀な真似はするなよ。魔力が使えない状態では人は簡単に死ぬ。俺はその魔法具を使ってないから大丈夫だけどな」
真剣な表情で忠告する侑に対して、アークたちは侑が何かを知っていると感じた。最初にそれを尋ねたのはアレンだった。
「ユウは何か知っているのですか?」
「まあな。もうすぐ分かると思うし説明している時間もなさそうだからここでは言わないけど、おとなしくしてないと危険だぞ」
「そうですか・・・」
アレンが納得していない表情をしている中、侑はよく知っている種類の力の波動を感じ取って呟いた。
「来たみたいだな」
侑の視線の先の空に、黒く禍々しい巨大な扉が現れた。それに気づいた生徒たちから悲鳴が上がる。そして見ただけで分かってしまった。あれは魔族の力で生み出されたものであると。魔族と相対したことのない者でも魔法を使う者であれば直感で分かる。例え魔力を封じられていても、"魔"に対抗する"力"とされている魔力が体内で警笛を鳴らすのだ。その扉の方向から敵意がなければここまで危機感を感じないのかもしれないが、その方向からは明確な敵意が向けられていた。
(この感じは、最上級の魔族が一人いるな・・・)
その扉が開き、侑の視界で人影が7つほど確認された。その影のうち一人から圧倒的な力を感じ取った侑は、その一人を最上級の魔族だと判断した。しかし侑の中に不安や恐怖のような負の感情はない。
(あの人に比べれば全く大したことないな。この程度の実力で数も少ないのなら魔法だけでも十分か)
敵の最上級魔族は、この場の教師が全員万全の状態でも倒すことができないだろう。現に襲撃の可能性を知らなかった教師たちは恐怖に震えている。生徒もまた然りで、大半が騒がしかった悲鳴は消えて絶望の表情を浮かべて震えていた。先ほどまで落ち着いていた侑の周りも、その力を目の前にして動揺が見られたほどだ。しかし侑と仁はこれ以上の力と相対したことがある。リーナも魔族の襲撃の可能性を事前に知っていたことで何とか平常心を保てていた。
(この様子なら生徒も教師も下手に手を出さないだろうな。魔力も使えないから無茶もできないし。まあどんな状況でも俺たちは依頼を実行するだけなんだけど)
仁はこの状況をある意味幸運だと考え、上空の敵の近くに転移して無属性飛行魔法<フライト>を無詠唱で発動した。侑も仁の行動を確認してそこへ向かおうとした。しかしその前に再度釘をさしておく必要があった。
「敵の力は見ての通りだ。だからここから動くなよ」
侑からの二度目の忠告に反応したのは、比較的精神状態の安定しているアレンだった。
「ユウはこうなることを知っていたのですか?」
「まあ可能性があることは知っていたな」
「それなら何故、学園に報告しなかったのですか?」
「可能性に過ぎないし、警戒することで敵の戦力が増えると俺たちだけでは守れないかもしれなかったからだ。詳しい話はこの状況を切り抜けてからってことで」
侑はまだ何か言いたげなアレンから視線を外し、改めてルミナ、ティーゼ、アーク、アレンに言った。
「死にたくなかったら大人しく待っていろ。もし誰かが殺されて依頼を達成できなければ俺は・・・・・」
『生きる意味を失う』
そして侑は転移魔法でその場から消えた。最後の言葉は声にならなかったため誰にも聞こえていないだろう。しかし、そのときの侑の表情を見た4人には、聞こえなかったはずの言葉がある程度予想できてしまった。その彼の表情は、自身の行いを嘲笑しているようでもあり、何かを求めているようでもあり、何かに絶望しているようでもあり、そして何か大切なものを失っているようでもあった。