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サバイバルの日が近づいてきたある日の放課後、食材の買出しでもしようかと考えながら帰りの支度をしていた侑のもとに、ルミナたち4人が集まった。今までこの全員と一緒に帰ることは無かった侑だが、別に不都合もないため気にすることもなく帰路に着いた。その帰り道、アークが何か決心したように話を切り出した。
「なぁユウ、答えられないことなら答えなくていいんだけどさ、ユウは何者だ?シノミヤって家名は聞いたことがないのに、ユウも双子の兄弟も俺たちとはレベルが違いすぎる」
この侑の実力に関する質問はリーナもしようとしたが、尋ねる前に捨て子だという話を聞いてしまったため、自分からするのを避けた質問であった。しかし、侑からすればそこまで気にする内容でもない。もっと早く聞かれることを予想していたくらいである。それに全ては話せないが、一部は話しても問題ないのだ。侑が全てを話せるようになるかはアークたち次第である。
「それを聞くために皆で寮に帰っていたのか?」
侑は一応確認したが、それは明白だった。
「ああ。家族のことはけっこうデリケートな話になるからな。何度も同じこと聞くのは悪いし、聞くかどうかも迷ったんだけど・・・」
アークの返事を聞いた侑は質問に答えた。
「確かに俺の家族の話は明るくないが、そんなに気にすることもないぞ。俺たちはいわゆる捨て子ってやつで、拾って育ててくれた人の家名が篠宮だったんだ。その育ての親も数年前に他界して、学園に入るまで俺たちはギルドで世話になりながら二人で生活していた。だから依頼で色んな経験をしたし、魔法を使う機会も多かったから周りよりレベルが高いってだけだよ」
侑の説明は4人の予想とはかけ離れていた。その内容にそれぞれ思うことがあったのか皆表情は冴えない。アレンは彼らの予想していた事情を侑に説明した。
「確かに明るい話ではありませんね。話してくれてありがとうございます。僕たちの予想では、僕のように母が名家の生まれであるか、ティーゼさんのようにあまり知られていない名家の分家筋であるとか、そういう事情だと思っていましたが、そうではないのですね。それにしてもギルドで依頼を受けていたということは魔族や魔物と戦闘したこともあるのですか?」
アレンの説明には彼自身やティーゼの話も含まれていたため、侑を除いた4人はそれぞれのことを互いに知っていたのだろう。仲間はずれにしているようにも思える行動だが、侑は気にしなかった。そもそも自分の話を積極的に話さないのだから、何か事情があると思われても仕方ないことで、侑はこの程度のことを気にする精神の持ち主でもなかった。それはさておき、アレンがした質問に侑は答えた。
「もちろんそういう経験もあるけど、それがどうかしたのか?」
「いえ、魔物はともかく、魔族についてはおそらく高等部1年で戦闘経験がある生徒はいないと思っていましたので、確認です。最後になりますが、何故わざわざ大陸を越えてこの学園に入学したのですか?今までの様子から考えても結婚相手を見つけにきたわけではないでしょう?ジパングもよくユウたちのような優秀な人材を他国に送りましたね」
侑が返した質問にアレンはすらすらと答えたが、その内容は侑にとって重要だった。魔族との戦闘経験がないということは、捕獲目的でなく殺戮目的であれば、侑や仁が駆けつける前に生徒が何人も死ぬということである。このことは生徒の魔法の実力を見た時点で分かっていたが、改めて状況の厳しさが分かる。基本的に下級、中級の魔族は上位の魔族の命令すら、まともに聞けないほど本能に忠実だ。そのためもし操作系の能力を敵が持っていなければ捕獲目的では上級以上の魔族しか出てこないかもしれない。魔族との戦闘経験が無い生徒では、下級ならともかく上級魔族では時間を稼ぐことも出来ない。そもそもこちらの実力を相手が知らなければ下級や中級魔族がいてもおかしくないのだ。そして侑には何よりも警戒している事態があった。それは敵が女子生徒だけを狙い、男子生徒を殺してしまう可能性である。当然敵側にも女の魔族はいるだろうがその数には限りがあり、子を産むのが女性である以上、妊娠期間から考えれば人族の女を攫ってきて孕ませる方が圧倒的に効率的なのだ。もし敵が女子生徒だけを狙い男子生徒を殺すとすれば、生徒が散在している状況で襲われた場合、生徒を守るという依頼は確実に失敗する。いまさらになって一人の犠牲も出さないなんて無理かもしれない、と思う侑であった。それと同時にこれもいまさらだが、何故自分たち二人だけにこんな依頼を任せたのか、という疑問を侑は抱いていた。
そんな考えを教えるわけにもいかないので、最後の質問に対して侑は嘘を伝えた。さっきまでの説明にも嘘はあったが、それで罪悪感に苛まれるほど侑としては仲良くなっているつもりもないため、その嘘は簡単に口から出た。
「その結婚相手探しというのもあながち間違っていないぞ。今のところその気はないけど、ギルドの人にこんな生活するよりどっかに婿に行けって言われたから、この学園に入学したんだ。そういう目的の生徒が多いし、実力的にもこの学園が一番だからって言われてな。他の国に行くことは別に反対されなかったけど、どこかで情報が止まっていたのかもしれない」
ほぼ全て嘘だが、侑はそれを気づかせるほど甘くない。多くの修羅場をくぐった彼は、状況にもよるが冷静な状態ではどのような嘘でもばれない自信がある。その嘘を学生が見抜けるはずもなく、侑の言葉は疑われなかった。
その後は侑もそれぞれに家族のことを聞かされ、この日は侑としても思わぬ形で交流が深まる一日となった。自分から相手のことを聞くことが無かった侑は、今回のことを知っていても知らなくても構わないことであり、これで何か関係に変化があるわけでもないと考えていたが、そうではない者もいたようだった。
ルミナは寮の自室で今日聞いた侑の話を思い出していた。彼女の部屋は綺麗に掃除、整頓されているが年頃の女の子にしてはずいぶん殺風景である。彼女の家はこの国でもそれなりに有名な貴族であるためお金に困っているわけではない。ルミナが家から与えられるお金を使いたくないだけである。かといって世間知らずの自分にアルバイトが出来るとも思えなかった。だからこそ食費など最低限必要なこと以外には使わないと決めて生活しているのだが、それがこの殺風景な部屋を作る原因となっている。何度もルミナの部屋を訪れているティーゼは、『こんなんじゃ彼氏が出来て部屋に入ったときに引かれちゃうよ?』とそれなりに本気でルミナに言っていた。異性に苦手意識のあるルミナはその可能性を否定したが、侑という例外的な存在や最近よく一緒に行動しているアレンやアークには慣れてきており、彼らについては大丈夫であることも彼女は自覚していた。それでも恋人というのは想像できなかったが。そんな部屋でルミナは今日のことを思い出しているのだが、その表情は冴えない。
「ユウは家族のことを話すの辛くなかったのかな?あんまり気にしてないみたいだったけど。私はとてもじゃないけどみんなに本当のことは話せないなぁ・・・」
ルミナが貴族のシローネ家の娘であるという周囲の見解は間違ってはいない。しかしシローネ家現当主の実の娘ではないのだ。彼女は小さい頃に親を亡くしてこの家に引き取られた。しかしそれは彼女の魔法の素質と容姿を見たシローネ家当主が、何かに利用できると考えたために引き取っただけで、そこに善意など存在しなかった。九家や色付きの一族など、良家に嫁がせることで家の権威を上げようとしているのだ。もしそれが駄目でも当主の実の息子がルミナを気にいっており、魔法の素質も十分なのだから結婚させればいいと当主は考えている。魔法の素質が遺伝することから、このように人を道具として扱うような考えの者が貴族などの上流階級の人間には少なからず存在するのだ。このシローネ家当主はその典型的な人物で、ルミナのことを道具としか思っていない。その息子もまた然りで、彼はルミナより年上だがルミナを妹だとは思っていない。最近ではルミナを厭らしい目で見ていたこともあって、寮生活になったのはルミナにとって幸いだった。そういう自分の状況が理解できているからこそ、彼女は異性に対して悪い印象しか持てなかったのである。中等部でも多くの男子生徒に声を掛けられたが、自分を道具としか思っていないのではないかと感じ、異性との交流を避けていた。異性を避けていることを知っているティーゼも、その原因については知らない。ルミナが話さず、ティーゼも聞かないからである。そういうわけでルミナの家族事情を知る者はシローネ家にしかいない。さらに悪いことにこの家は己の権力のために許されないことを行っている。ルミナは具体的に何をしているかは知らないが、この家に影があることを察していた。
しかしこの家も悪い人間ばかりではない。唯一、ルミナにとって妹といえるこの家の娘だけは一つ年上のルミナを姉のように慕っており、ルミナと仲が良い。そしてその実の娘でさえ利用するのが現当主である。その娘にも恋愛の自由など与えず、良家の人間と結びつくための道具としか考えていない。彼の妻は既に亡くなっているが、おそらく望んで結んだ婚姻ではなかっただろう。このようにルミナの家庭事情はとてもじゃないが他人には話せないものだった。それは分かっているのだが、このことを誰にも言えず苦悩しているルミナは、誰かにこのことを打ち明けて少しでも楽になりたかった。15歳の少女が独りで悩む問題にしてはいささか大きすぎる問題なのだから当然である。このことを打ち明けられる相手からすればたまったものではなく、迷惑極まりないことだろう。それでも今日の話で家の事情を思い出してしまい、寮生活をするうちに忘れていた不安や恐怖など負の感情が溢れてしまったのだ。そんな彼女は殺風景な部屋に独りでいることが、この上なく苦しかった。
「誰か、助けて・・・」
結局誰かに相談するという手段をルミナは選べなかった。呟いた救いを求める声に手を差し伸べるものはいない。その呟きは部屋から漏れることなく霧散した。
その夜、シローネ家には客人がいた。その姿は人と大きな差は無い。しかし暗めの金髪は人でも見られるが深紅の目、尖った耳、黒い角、尾、羽を持っているのは魔族の証拠である。この魔族の青年のように貴族の家を魔族が訪れることは少なくない。何故なら親魔王派の魔族は停戦後、貴族やギルドマスターなどの有力者と協力して反魔王派やゲートを通じて魔界から現れる魔物や下位の魔族に対応しているためである。しかしこの魔族には親魔王派である証がなかった。魔王は派閥を明確にするために自身の派閥に指輪を配布した。それは魔王にしか作ることが出来ず、模倣品を簡単に見極められるような仕組みになっている。その仕組みは単純で、魔力を目に集中すると肉眼で見たときとは異なる色に見えるのだ。その指輪がなければ魔族は人族にいつ襲われるか分からず、ギルドや軍も出てくる事態になる。指輪があっても、魔族に深い憎しみを抱くものが暴れる事件も起きているくらいなのだから、指輪を持たないこの魔族は相当の強者か、愚者である。そんな反魔王派の魔族となにやら怪しい会話をする人間は間違いなく愚者だろう。この愚者のように停戦を快く思わない人間もいるのが現状だ。現在の貴族の階級は戦争による功績などが評価されて成り立っているが、それは戦争がなければこの階級は変化しないことを示している。欲に塗れた人間は他人より高い地位を常に欲しており、そういう者は戦争が起こって功績を挙げたいと考える。だから反魔王派と組むことも平然とやってのけるのだ。
「ということは、私はアーディス魔法学園の新入生が行うサバイバルに手を回して教師を減らし、生徒に例のモノを使用させればいいのですね?」
「はい。その見返りにあなた方の実験に協力させていただきます。この件が上手くいけば大量のサンプルも提供いたしますので。学園に太いパイプのあるシローネ家には期待していますよ」
シローネ家当主のコーバッツ・シローネが自分の役割を確認し、魔族の青年が頷く。そしてその見返りを提示した青年は期待している旨を伝えた。その返答はこうだった。
「もちろん、最善を尽くしましょう。しかし新入生を襲うのに何か意味があるのですかな?確かに優秀な若者の減少は痛手になりますが、現状を変えるほどの影響は無いと思われますぞ?」
本当は襲うのではなく攫うのだが、それを知らないコーバッツの疑問は正しい。しかし青年も真実は話せないため、明確な返答はせずに話を逸らすことにしたようだ。
「そんなことはありません。長期的に考えた結果だと我が主はおっしゃっていました。しかし本当にいいのですか?血は繋がっていないとはいえご息女もその新入生なのでしょう?」
「アレがどうなろうと構いません。道具が減るだけですからな。それにこの計画が上手くいけばその損失を補って余りある成果が手に入るのですから」
話を逸らすことには成功した青年だが、目の前の男と話していると気分が悪くなった。魔族は敵に関しては道具として扱うが、目の前の男のように同族を、ましてや家族を道具に見ることはない。今回の計画も、人族の女はともかく、生まれてくるハーフの子どもについては戦闘の道具として扱うつもりはないのだ。確かに戦力を集めるのが目的だが、共に戦う同士として扱うことになっている。だからこそこれ以上目の前の欲望に逆らえない男と話す気にはなれなかった。これだけ欲望に忠実なのは下級と中級の魔族と比較しても大差ないだろう、と青年は確信していた。
「そうですか。それでは本日は失礼いたします。今回の協力の件、改めてよろしくお願いいたします」
「もちろんですとも。成功報酬の方はくれぐれもお忘れなく」
「承知していますよ。それでは」
そう言って魔族の青年は一瞬で闇に消えた。後に残された男の顔は醜悪な笑みに歪んでいた。