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1-4

 リーナのもとへ行くと言って侑が立ち去った修練場は、彼に関する話題で持ち切りだった。侑があまり会話したことの無いクラスメイトも気になっているようである。女子の一部からは最後の出来事で非難の声もあったが、魔法の披露に関しては、攻撃系統と補助系統については学生レベルを遥かに超えていたため、注目されても不思議は無かった。そしてその魔法に関して一人、特に気にしている者がいた。

 (なんかユウと私って似ているな。光属性だけど希少属性が得意で、私は攻撃系統魔法がユウの防御系統魔法と同じくらい苦手だもん。実力は足元にも及ばないけど・・・)

 その者はルミナ・シローネ。侑は彼女を自分と同じような存在だと確信し、気にかけている。そんな彼女は自分と侑を似ていると感じたが、実際には正反対と言えるだろう。侑は無属性以外に闇、火、雷、風を使えるが、ルミナは光、水、土、氷を使える。侑が攻撃系統の多い属性、ルミナは防御系統の多い属性なのだ。

 魔法が使われ始めた当初は、攻撃系統と防御系統しか存在しなかった。もちろん分類などされていなかったため、系統という括りは存在せず、魔法が攻撃と防御にしか使われていなかったということである。魔族との戦闘に使われていたのだから当然であるが、補助や治癒の魔法が無かったのは、魔力が創造されたばかりで緻密なコントロールが必要な治癒は使えず、攻撃と防御が戦闘の基本であることから必要とされなかった補助は使う者がいなかったのだ。よって、魔法創造直後からすれば攻撃特化と防御特化では正反対なのである。


 ルミナがそのようなことを知るはずも無いが、彼女は侑と似ていることが嬉しかった。侑は普段何を考えているか分からないし無表情で無愛想だが、今までルミナが出会った異性とは違い、彼女への下心が皆無にも関わらず優しかった。下心が全く無いというのは、それはそれでルミナとしては少し残念だったのだが、当然侑だからこそ残念に思うだけで、他の男子など彼女の視界には入っていない。


 自分が去った後の修練場の状況など知らない侑は、入学してから一度も訪れたことのなかった職員室に来ていた。ノックをして扉を開き、挨拶をして入室した。

 「失礼します。1-Dのシノミヤですが、担任のエトワール先生はいらっしゃいますか?」

 侑の質問には、扉の近くにいた女性教師が答えた。

 「エトワール先生ならさっき転移してきて、泣きながら早退するって言って教員寮に帰ったわよ」

 (あの人は本当に年上なのか?)

 侑はそう心の中で呟いたが、同時にそれを面白いとも思った。師と重なって見えただけかもしれないが、その子供っぽい行動に可愛げを感じたのである。

 「そうですか、ありがとうございます」

 「それで?君はエトワール先生に何したの?」

 「自分は何も」

 女性教師に人の悪そうな顔で問いかけられ、正直に答えるとややこしくなりそうだと感じた侑は誤魔化すことにした。おそらく誤魔化せないとは思ったが、女性に対して無神経なことをしたということは言うのが躊躇われた。

 「教師が泣きながら早退するなんて、よほどのことがあったに違いないわ。で、その教師を探しに来た生徒が何もしてないとは考えられないけど?」

 「プライバシーに関することですので」

 「そう言われると追求できないじゃない。まあ言いたくないならいいわ。エトワール先生は酔ったら何でも話す人だし、今度飲みに誘って聞き出すから」

 「何でそんなに楽しそうなんですか?」

 「そりゃあ教師を生徒が泣かせるなんて普通じゃないし、それが男女となるとねぇ」

 「どのように推測しても自由ですが、教師なら無責任な噂とか流さないようにして下さいよ」

 「もちろんよ。あ、私はミッシェル・ローゼスって言うんだけど、君はユウ・シノミヤくんよね?」

 「そうですが、ローゼスということはうちのクラスの生徒のご家族ですか?」

 「そう、私はミラの姉なの。あの子は同じシノミヤくんでもジンくんの方にご執心だから困ってない?」

 「そうですね。確かにいろいろと質問されますが、ある意味羨ましいですよ。あそこまで誰かに興味を持てるというのは」

 「君は他人に興味ないの?」

 「事情がありまして」

 「ふーん。まあミラとも仲良くしてあげてね」

 「はい。それでは自分は失礼します」

 侑はミッシェルと別れ、リーナのいる教員寮に向かった。明日でもいいか、とも思った侑だったが、早く謝るに越したことはないと思い直した。ホームルームは残っていたが担任のリーナは早退している。副担任が行うことになるのだろうが欠席しても大して問題ではなかった。

 生徒が入ることはほとんどないと言われている教員寮に、侑は到着した。外観は学生寮と大差は無いが、この寮は学生寮とは異なり寮主はおらず、受付も存在しない。代わりに教員の名前と部屋番号があり、その部屋への連絡装置が玄関に置かれている。その装置にリーナの部屋番号を入力し、侑はそれに向かって話した。

 「リーナ先生、いらっしゃいますか?シノミヤですけど、先ほどの件で謝罪に来たのですが直接会うことは出来ますか?」

 しばらく返事は無かったが、侑はその場で待ち続けた。すると数分後にようやく返事が来た。

 「・・・それなら部屋まで来て」

 「分かりました」

 正直なところ、侑はルーナの部屋には行きたくなかった。相手の生活空間で、二人きりで会話するというのは落ち着かず、自分が何か無神経な発言をして、また失礼をする可能性があるからだ。異性との交流はおろか、他人との交流が壊滅的に少ない侑は、交渉や駆け引きなどで相手を追い詰める会話は得意だが、相手に気を遣う会話には縁がなく、通常の会話で無神経な発言をしてしまう。それをクラスメイトとの交流の中で自覚し始めている侑は気が進まなかったが、開いた玄関扉を通過し、リーナの部屋に向かった。

 侑が部屋の扉をノックするとリーナはすぐに出てきた。まだ目元は潤んでおり、それを見た侑は目の前の担任教師が年下の女の子にしか見えなかった。そのため、リーナを泣かせてしまったことに対しての罪悪感が侑の中で増していた。

 「今回のことは本当に無神経で失礼なことをしてしまったと思っています。すみませんでした」

 「本当に悪かったと思ってる?」

 「はい。今まであまり他人と会話をしてこなかったことを素直に反省しています」

 侑の態度を見たリーナはさっきまでの悲しげな顔から一転、笑顔になった。それを見た侑は、何か嫌な予感がした。彼からすればあまり思い出したくないことだが、過去にも同じようなことがあった侑は直感した。このパターンは絶対に何か条件を出される、と。

 「そっかー、悪いと思っているなら私に誠意を見せてくれないとねー」

 「要求は何ですか?」

 「私は大人だから生徒に対してそんなに酷い要求はしないから心配しないで」

 本当に大人で教師なら何も要求せずに教えを説くべきではないかと侑は思ったが、リーナは容姿からも今までの様子からも大人とは認識できていないため、これも仕方ないと考えた。

 「私の質問にいくつか答えてくれるだけでいいよー。黙秘や回答の拒否もアリだけど、そうすると長くなるからねー」

 「分かりました。それで、何が知りたいんですか?」

 侑は受けている依頼について教師の協力も必要だと考えていたため、その辺りのことなら隠すつもりはなかった。しかし、最初の質問は侑からしても予想外のものだった。

 「シノミヤくんは彼女とかいるの?」

 「は?」

 自分の質問に呆然とした侑を見て、リーナはいたって真面目な表情で質問の意味を説明した。

 「君は防御系統を除けば、卓越した魔法の才能を持っていることをクラスのみんなに示したよね?この学園には将来の結婚相手を探しに来ている生徒も多いから、魔法の才能に関しての情報はすぐに広まっちゃうんだよ。君の兄弟なんて主席入学だから、初日からたくさんの女の子に目を付けられているし、この数日で接触した女子生徒もたくさんいるらしいしね。だから、そういうのが煩わしいなら彼女がいた方がいいかなって。まあ君がそういう目的で来てるなら相手を探すのが楽でいいとは思うけど」

 「確かにそういう状況は煩わしいですね。自分はそういうことにあまり興味が無いので。これは率直な疑問なんですが、この国では一夫多妻が認められていますよね?ということは、彼女がいても男は狙われるんじゃないですか?」

 実際には侑は人に興味が無いのだが、人に興味が無いと言うと理由を聞かれたときに答えられないため、今のように言った。そしてついでに疑問を口にした。リーナは質問に答える立場の侑が質問してきたことは気にせず、教師らしくその質問に答えた。

 「確かに一夫多妻は認められているけど、誰だって相手の一番でありたいと思うから、よほど惚れていない限りは無理やり彼女のいる人には近づかないんだよ」

 「そういうものですか・・・。ですが自分に彼女はいませんし、たぶんこれからも出来ません。これは自分自身の問題なので追及はしないでもらいたいです」

 「そっかー。それなら、君がわざわざ倭国からこの学園に進学したのはどうして?他の大陸から来る生徒は結婚相手を求めている生徒ばかりなのに」

 リーナは侑の言うことを聞いてそのことを追求せず、違う質問をした。侑はその質問をされた場合にはリーナに協力してもらおうと考えていたため素直に答えた。しかしそこには嘘も含まれている。

 「依頼です。自分たち兄弟はある依頼を受けてこの学園に入学しました。実績があって、年齢的にも適していたので選ばれたみたいです」

 「依頼、ね。君たちはギルド員なのかな?」

 リーナはあまり驚いた様子も無く質問した。

 「はい。生活費を稼がなければならなかったので」

 「聞かないほうがいいんだろうけど、御両親は?」

 「捨て子だった自分たちを育ててくれた人が他界してからは二人で生活していました。ギルドの人にお世話になりながら」

 淡々と語る侑を見たリーナは両親のことを聞くべきではなかったと後悔したが、依頼の内容も気になった。

 「えーっと、なんかゴメンね、ご家族のこと」

 「いえ、もう受け入れていますので」  

 「それで、どんな依頼なの?」

 侑は受け入れていると口では言ったが、内心では育ての親の死に対しての負い目を感じない日など無い。後悔し続けているのだ。しかしそんなことをリーナに話す必要は無いため、侑は質問に答えることに集中した。

 「一言で言えば、魔族から学園の生徒を守ることです。もちろん魔族といっても反魔王派の奴らですけど」

 リーナは侑の言葉を聞いて、正直意味が分からなかった。何故なら、反魔王派の魔族が人類と戦争するためには現魔王を退けることが最優先事項なのであって、この学園は魔族に対抗するための力を育てる機関という点では潰す価値があっても優先順位はかなり低いのだ。現魔王が停戦をしてから魔族の襲撃など起きておらず、その可能性は教師も考えていないくらいである。

 「反魔王派にとってここは重要ではないと思うけど?」

 「奴らの目的は学園を潰すことではありません。時間は掛かりますが、戦力を増強するためにここの生徒が必要なだけです」

 「どういうこと?」

 「先生は知っていますか?魔族と人族のハーフの戦闘力を?」

 リーナは侑のこの質問で全てを理解した。彼女は停戦してから魔族と人間のハーフが極少数ではあるが存在することは知っていたのだが、その戦闘力などは知らず、考えたことも無かった。しかし改めて考えてみると、もしかしたらとてつもなく厄介な存在になるのでは?とリーナは思い至った。

 「まさか魔族の身体能力と特殊能力、さらに魔力を持っていたりする?」

 「その通りです。今までは親魔王派の魔族と人族の間にしか生まれていないので脅威にはなりませんでしたが、反魔王派の魔族がこのハーフの戦闘力を無視するわけがありません。人族を餌にするか殺して楽しむかだけだった奴らが、最近は殺さずに攫っていることも確認されています。魔法的な素質の高い者を狙って」

 「それは魔法の素養が遺伝的に決まるからだよね?」

 「はい。しかし素質があっても魔法を完全に習得している相手では、いくら魔族でも何人も捕らえることは困難です。その点、この学園には素質はあっても魔法が未熟な人材が揃っています。そんな相手であれば比較的簡単に、大量に欲しいものが手に入るということです。今年の新入生は黄金世代と言われるほど良家の子息、令嬢が多いので狙い目でしょう」

 リーナも今年の新入生が今までに無いほど素質の高い世代であることは分かっていたが、元々この学園には優秀な生徒が集まっているため教師のレベルは高く、他の学園よりも防衛能力は高いのだ。

 「でもこの学園の教師は優秀な人ばかりだよ?そんなことが簡単に出来るとは思わないけど・・・」

 「確かに教師は優秀かもしれませんが、この場合奴らは教師を倒す必要がありません。教師を捕らえるのであれば弱らせる必要がありますが、目的が生徒なら教師は足止めや時間稼ぎが出来ればそれでいいんです。向かってこない敵を相手に即座に決着を付けるのは難しい。そもそもこんな作戦を立てられるのは上級以上の魔族だけですから、相手の数にもよりますが真っ向から戦っても勝てるかどうかは怪しいです。それに、学園内でなければ教師の数も多くはないですからね」

 「学園内じゃないってことはまさか、今度のサバイバルのことを言っているのかな?」

 「はい。入学直後は集団で咄嗟の事態に対応することが難しい上に、魔法も上達していませんから。内容が分からないので、もし襲撃があったときにどのような状況になるかは予想できませんが、サバイバルということから考えて生徒は万全の状況ではないでしょうから、簡単に捕まると考えられます」

 侑はリーナの質問に非常に丁寧に答えているが、リーナとしてはこの話はこれからの学園運営に大きく関わることであり、今ここで二人だけで話すべきではないと思っていた。しかしこの状況を作ったのは自分だと思っている彼女にはどうしようもなかった。

しかし、確かにあの程度のことで泣きながら早退して謝罪に来た相手を部屋に上げたのはリーナのミスであるものの、根本的な原因は他人のプライバシーに土足で踏み込んだ侑にあるのでリーナがそこまで気にする必要は無いのだ。そのことに気がつかないリーナは徐々に責任感に追い詰められていった。

 「そこまで言われるとサバイバルを中止するべきなんだろうなぁ。でも可能性があるだけで絶対に襲撃があるわけじゃないんでしょ?」

 「はい。あくまで可能性の話ですから。それでも可能性は高いと思いますよ?ギルドから依頼が出るくらいですから」

 侑は反魔王派の魔族が仕掛けてくることを確信しているが、絶対的な根拠などなく彼にとっては接触する機会の無かった反魔王派の魔族と接触する絶好の機会であった。相手のやり方は気に入らないと思っており、今まで集めた情報からも交渉の余地はなさそうだが、周りの情報に流されず自分できちんと確かめて判断することの重要性を、侑は理解していた。だからこそサバイバルは中止させたくなかった。危険は伴うが、客観的に自分と仁の実力を考えると、彼ら二人が命を落とす可能性は皆無であった。ある制限さえなければ同級生を守りきることさえ可能かもしれないが、侑の中で大切な存在はまだ仁だけで、恩人との約束を破ってまで守る存在は学園生活で出来ていなかった。最近よく話すクラスメイトが捕まるのは、その後を考えると気分の良いものではないが、侑はその程度にしか思えなかった。唯一ルミナだけは『どうしても、というときには助ける』と言った手前、無下には出来ないと考えていたが。

 そんな侑の考えなど知らず、真剣にこの件について悩んでいたリーナは情報提供者の考えを聞くことにした。

 「君はどうするべきだと考えているのかな?」

 「襲撃された際の対応策を先生方で決定していただき、準備をした上でサバイバルを行うべきだと思います。そうすると生徒に不安を与えるので魔族という単語は使わずに、非常事態が起こる可能性を十分に説明する必要があるかもしれませんが、そもそもサバイバルは何が起こるか分からないので説明するかどうかはお任せします」

 「その対応策に君たち二人は入れてもいいのかな?」

 「少し説明不足でしたね。依頼内容は生徒の保護ですから先生方と協力するかどうかは任されていますが、この話をしたのは自分たちだけで対応出来なかった場合の保険のつもりです。そしてギルドから直接学園にその可能性を伝えていないことを考えても、自分たちだけで対応可能だと思われているのでしょう。ですから魔族への対応は自分たちで行います。先生方の対応は、迅速な生徒の移動と自分たちが失敗したときのことを考えていただければ大丈夫です」

 サバイバルのときに学園自体が襲われて上級生が狙われる可能性もゼロではないが、今までそういったことが起きていないのに加えて新入生を狙うメリットの方が大きい以上、警戒する必要は無いと侑は考えていた。だからこそサバイバルの機会だけに注意を向けているのである。

 「そう言われても、私たちの仕事には生徒を守ることも含まれてるから、君たち生徒に任せるのはなぁ。情報を貰ったからには私たちが動くべきだし。・・・でもなんで私なの?もっと頼れる先生に言ってくれればいいのに・・・。初めてクラスを受け持ってプレッシャーに潰されそうな私にどうしろって言うの?」

 リーナは泣きそうになりながら侑に問いかけた。彼女は迷い、苦しんでいた。先ほどの授業から考えても侑の実力は高かったが、ギルドからの依頼を受けているという点でも相当な実力なのだろう。しかし教師としては、ギルド員であっても生徒である彼らに戦闘を任せるのは許せない。そして何より、このような重要な話を聞いて自分に適切な対応が可能なのかどうかが不安でならなかった。何故自分に伝え、何を期待しているのだろうか。それが直接声に出てしまったのは仕方ないことだろう。

 その様子のリーナを見て、侑は自分の行動の浅はかさを呪いながらこう言った。

 「無理に先生方に協力してくれとは言いません。自分たちが失敗しなければいいだけなので、先生に迷惑がかかるのでしたらこの話は他の先生に伝えていただく必要もないですよ。巻き込んでしまって申し訳ありません」

 生徒に気を遣わせてしまったことを情けなく思いながらも、リーナはその言葉で少し気が楽になった。教師になって2年目の彼女にとって担任教師になったことのプレッシャーは非常に大きく、普段の彼女からは想像できないほどに精神は疲弊していたのだ。そんな中で聞いた侑からの重大な話は、さらなる心労をリーナに与えた。リーナのメンタルは限界だったのである。そのことに気がついた侑は自分の行動を後悔しつつ、どのように収拾をつけるべきか迷った。自分たちだけで対処するのはいいが、リーナをこのままにしてはいけない。リーナの事情を考えずに勝手に話を進め、彼女を追い詰めたことは完全に侑の責任だった。心から申し訳ないと思いながら、侑は思いつく中で最善だと思われた言葉を口にした。

 「先生の状態を考えずに身勝手に話を進めたこと、本当にすみません。自分たちだけで対処してみせますので、この件は任せてください。それと、先生は立派な担任教師ですよ。クラスで先生を悪く言う生徒もいませんし、みんな可愛くて明るい先生のことが大好きだと思います」

 「・・・シノミヤくんも私のこと好き?」

 「もちろんです」

 自分の質問に真剣に答えた侑を見て、リーナは久しぶりに笑顔になった。それはクラスで見せていた笑顔より何倍も輝いた、彼女の本当の笑顔だった。

 「シノミヤくん、ありがとね。これじゃどっちが教師か分からないや。君のおかげでやる気出てきたから、そのときは私も頑張るね!」

 「お気持ちは有難いですが、やはり自分たちで魔族の相手はしますよ。人気者で可愛い担任教師に傷をつけたくありませんから。生徒もですが、先生も守ってみせますよ」

 元気になったリーナを見て、軽い冗談を加えて侑が言った言葉に、リーナからの返事は無かった。侑の目の前の彼女は、顔を真っ赤にして呆然としている。

 「?先生、大丈夫ですか?」

 そう言って侑がリーナの顔を覗き込んだ瞬間、リーナは無詠唱で転移魔法を発動させてどこかに消え去った。何がなんだか分からなくなった侑は、目を白黒させながら呟いた。

 「俺、これからどうするべきなんだ?」

 ここでリーナを待つべきなのか、寮に帰るべきなのか、侑に正解を教えてくれる存在はこの場にいなかった。


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