1-1.入学初日
冬が終わり、春が訪れて少しずつ暖かくなってきた4月初旬の今日、とある学園で新入生の入学式が行われていた。
侑と仁が降り立ったこの世界、ブライトも地球の日本とほぼ同じ時間単位で、1年は12ヶ月365日、1ヶ月が約30日、1週間は7日、1日が24時間であり、季節も日本のように四季がある。
このブライトには五つの大陸があり、それぞれを一つの大国が治めている。北大陸をノード教国、南大陸をサッド商国、東大陸は倭国ジパング、西大陸をオーエスト帝国、そして中央大陸を治めているのがミレーユ王国だ。だが国がこの5国ということは無く、いくつか小国が存在する。言語については倭国の言語であるジパング語はほぼ日本語と同一のもので、倭国以外ではブライト語という言語に統一されている。この言語は倭国でもほとんどの人が使えるため、倭国と他国の間に言葉の壁には無い。
二人がこの世界に来たのは9月の初めであったため、およそ7ヶ月の月日が経過していた。この期間に彼らは、ブライトで最初に出会った3人の下でこの世界の知識と常識などを教わった。言語についてはジパング語が日本語とほぼ同じで、ブライト語については二人が地球の様々な言語を仕事のために習得していたことと、自前の記憶力の高さによって瞬く間に実用レベルに達していた。
二人が魔法陣によってこの世界に来たことからも分かるように、ブライトには地球には存在しない魔法が存在する。そしてその魔法を学ぶ学園の中でも、ミレーユ王国で最もレベルが高いといわれるアーディス魔法学園の入学式に二人は参加していた。この学園は世界的にも有名でレベルが高い学園であり、中央大陸以外からの入学者も存在する。ちなみに侑と仁も倭国の出身となっていた。全寮制であるため通学に問題はないが、各大陸としても優秀な人材を他の大陸に留学させるのは気が進まないのか、その人数はあまり多くないのが現状である。しかし魔法の素質が高い異性との出会いのために良家の人間はこの学園に入学する者も少なくない。
それはともかく、入学式では既に学園長や生徒会長の挨拶などは終わり、残るは新入生代表の挨拶のみとなっている。その挨拶をするためたった今登壇した新入生に、新入生の一人として席についている侑は視線を向けた。その新入生は彼のよく知る人物で、彼と似たような容姿を持つ、彼の双子の兄弟である仁であった。
この世界に来てから今までの期間、彼らは魔法についても教わっていた。二人とも才能があり、特に仁は魔法を使い始めて数ヶ月で学生のレベルを遥かに超えている。侑も防御系以外の魔法については仁と同等かそれ以上の実力だが、どうしても防御系統の魔法だけは上手く扱えなかった。その原因は既に分かっており、侑自身も気にしていないのだが、この学園の入試は筆記試験と実技試験が行われ、実技試験ではそれぞれの系統の魔法で得意なものを一つずつ見せなければならないため、防御系統魔法の減点が大きかったのか侑の入試成績は中の上である。それに比べて仁は、彼が新入生代表であることから分かるかもしれないが入試成績トップであった。筆記試験については二人ともほぼ満点という成績だったのだが、やはり実技の方が比重は高いのである。
侑が無感情の表情で仁を見る中、仁の代表挨拶は特に問題もなく終わり、その後教員の指示があって各クラスに移動となった。挨拶終了後の拍手の際に黄色い声があったのは彼の容姿を考えれば当然なのかもしれない。もっとも、男子生徒の中には嫉妬する者も多くいたようだが。
侑は自分のクラスである1-Dの教室に到着し、指定された席に座ってクラスメイトを観察していた。既にグループを形成している生徒もいたが、侑は今まで学校にまともに通ったことはなく当然友人などいない。もちろん友人を作ることなどできない。それに何より、友人の必要性すら感じていない侑にはそれはどうでもいいことだった。そんな彼は気にせず同世代の学生のレベルを測っている。このレベルは戦闘能力ではなく、魔法的な素質のことだ。これは侑に限ったことではなく、魔力の感知に優れている者なら誰でも、他人の魔法の素質を見極めることができる。魔力のコントロールが上手ければそれを隠すことも出来るが、そんな真似が可能なのはこの世界でも数人と言われており、たいていは力を隠す必要もないため実力はともかく素質だけは容易に測定できる。彼の席が一番後ろであったことは、全員の生徒を見る際に振り返る必要がないため好都合だった。
侑が生徒を眺めている教室内に担任の教師はまだ現れていないが、既に生徒は全員揃っていた。その生徒の中に素質の高そうな者を数人見つけたところで、侑は教卓の周辺に魔力を感じた。そしてそれを侑が認識した瞬間には既に人影があり、侑はその高度な転移魔法に無表情で感心した。
ほとんどの生徒が驚いている中で無表情の生徒を見つけた担任の教師は面白くなかったようだが、大人の自分がこの程度のことでムッとするのもみっともないのと考えたのか笑顔で自己紹介を始めた。そもそもこうやって生徒を驚かそうとすること自体が大人のすることではないのだが、彼女はそれに気づかなかった。
「いきなり現れてごめんね?とりあえずみんな、入学おめでとー!私はこのクラスの担任のリーナ・エトワールだよ!一年間よろしくね!」
「・・・・・」
リーナが明るい声で挨拶したものの、生徒の反応はない。誰一人反応せず、沈黙が教室を支配していた。
「みんなどうしたの?」
と彼女が尋ねると、生徒の一人が答えた。
「失礼ですが、本当にこのクラスの担任の先生ですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
と彼女が聞き返すと、大半の生徒が口をそろえて言った。
「「「「どうみても子供じゃん!!!」」」」
そう、生徒たちの前に立っているのは一見小学生にも見えるほどの身長の幼い顔をした女性、否少女だった。少し青っぽい銀髪セミロング、大きな瞳は紫だ。侑から見てもその転移魔法から、見た目に反してかなりの実力者だと思われ、侑も、流石にこの学園の教師なだけはあるな、と改めて感心していた。
感心されていることなど知らないリーナは、生徒たちの迫力に少し驚きながらも冷静に対処した。
「初めて会った人はみんなそういうけど、こう見えても私は21歳だし教員免許だってちゃんと持っているから大丈夫!まぁ私のことはこれくらいにして、早速自己紹介でもしてもらおうかな」
ということで唐突に生徒たちの自己紹介が始まったのだった。
リーナの提案で順番に自己紹介が始まったが、このクラスには40名の生徒がいるためそれなりに時間がかかる。ちなみに一学年は40名×8クラスの320名で、全校生徒は320名×3学年の960名だ。
ところで、この世界では18歳で成人とされ、地球での大学のような教育機関は存在しない。魔法学園高等部卒業後は、ギルドに寄せられている依頼を達成してその報酬で生きる者、軍に入る者、家業を継ぐ者、魔法研究をする者など、進路は多様である。この学園の卒業後の進路はやはり魔法に関する職業が多いのだが、女生徒の場合は学園で出会った異性と結婚して家庭に入ることもあるそうだ。
話を戻すと、40名の生徒がそれぞれ自己紹介していれば必然的に時間がかかる。他人にあまり興味のない侑からすればこの時間は退屈なものだったが、先ほど素質が高そうだと判断した数名の自己紹介だけは注目していた。別に侑は戦ってみたいという理由で素質の高い者に注目しているわけではなく、彼はとある依頼を受けておりその依頼に関わることであるためにこうしているのだ。もっとも、依頼主の最大の目的はその依頼内容自体ではないのだが、侑はそれを知らない。
侑が見たところ、やはり素質が高い者はミレーユ王国の貴族の子息、令嬢に多かった。もちろん貴族ではない者も数名おり、その中の二名に関しては侑自身を除けばクラスでも突出していた。アレン・グレイスという男子生徒とティーゼ・エカーレットという女子生徒である。
魔法の才能は遺伝的な素養に大きく依存しているため、家名は実力の指標として用いられることもある。倭国では家名に各属性を示す色が入っている一族は“色付き”と呼ばれ高い権力を有している。ミレーユ王国でも火のルージュ家、水のラピス家、風のヴァート家、雷のヴィオレ、土のゾーナ家、氷のシエル家、光のブランシュ家、黒のノワール家、無のランピード家の九家が貴族の中でも高い権力を有しているのである。これらの家は各属性への高い適性と膨大な魔力量を持っている。そしてそれぞれの属性に誇りを持っているが故、これらの家の間で縁が結ばれることはほとんど無い。そのため、これらの家ではその一族の属性に対して高い適性を持ち、魔力量の多い者を婿あるいは嫁に迎える。個人の自由が無いように思われるが、魔力量と容姿の良さがほぼ比例していることと、属性が同じだと気が合いやすい傾向があることを踏まえれば、よほど相性が悪くない限りはそう悪いことでもないだろう。もちろん属性の違う男女が惹かれ合わないということはなく、異性に惹かれる要因は属性だけでなく様々だ。そのため、これらの一族では自分の好きな人と結婚するために家を出る者もいるようである。
魔力について詳しく言えば、魔力の属性は火・水・風・雷・土・氷・光・闇・無の9種類がある。無属性は誰でも使うことができ、ボックスや転移などの魔法が無属性魔法に当てはまる。無属性以外に、大体の人は1、2種類の基本属性が使える。その中でも特に光と闇の属性をもつ者は少ないのだが、それは属性が先天的(遺伝的)に決まっているためだ。属性は努力しても増えることはなく、光、闇の属性は遺伝しづらいとされている。これまでの知見では両親ともにその属性を持たなければ遺伝しないというのが常識であり、そのためにこれらの属性は希少なのである。
魔法については難易度、威力の低いものから初級・中級・上級・最上級・神級に区分される。これらの階級は詠唱に含まれる数字とも関係しており、さらにその系統として攻撃・防御・補助・治癒の4系統がある。それらの系統と属性で魔法は体系化されており、属性によって各系統の魔法の絶対数が異なっている。
属性に関して補足すれば、稀に無属性しか持たない者がおり、その場合は属性魔法では再現不可能な特殊な魔法を扱える。その魔法はその特殊属性を持つ者の固有魔法であり誰にも再現はできない。しかしそれは魔族の使う能力に類似しているため、反魔族主義者の差別の対象にもされているのが現状だ。
魔法についてさらに説明すれば、通常は魔法を使うために魔力を練る際、魔法使用者の体から高まった魔力が知覚可能なレベルで発生する。一流の魔法師はこのような魔力を感知させない技術をもっていることが多く、これは使う魔法の階級や威力を予想させないことや魔法の発動タイミングを感知させないことを目的に使われる。しかしこれは難易度の高い技術であり、この技術は魔力のコントロールを完璧に行わなければ習得できない。
(このクラスには色付きや九家の人間はいないか・・・)
自分のことは棚に上げてそんなことを思っていた侑だったが、侑がその素質を認めた生徒の中にも周囲のレベルを測っていた生徒がいたようで、いくつかの視線が彼に向かっていた。しかし他人からの評価に興味が無い侑はそれを特に気にしなかった。
(それにあのルミナ・シローネという子は間違いなく例の・・・。これはうれしい偶然だな)
侑は自分に向けられる視線を鬱陶しいと思うことすらなくなかったようだ。侑はとある話を聞き、他人に興味のない彼にしては珍しく興味を持っていた存在が、同じクラスにいたという偶然を内心で喜んでいた。
侑自身の自己紹介は言葉も少なくすぐに終了したのだが、新入生代表で顔を知られている仁との関係を聞かれるなどの場面もあった。その際に侑は、名前と容姿で双子ということは推測できるだろうが・・・、と内心呆れていたようだ。さらに彼は様々な面で普通ではなく、隠さなければならないことが多いということもその呆れに相まって、質問されたときの煩わしさは相当なものであったに違いない。もとより愛想の無い侑だが、よりいっそう無愛想に見られていたことだろう。
数十分もの時間をかけたその自己紹介が終了し、担任のリーナが口を開いた。
「これで一応クラスメイトは把握できたと思うから、これから一年みんなで仲良く頑張ろー!というわけで今日はこれで解散!寮にみんなの荷物は届いているはずだから確認しておくように。明日から早速授業も始まるから忘れ物とか遅刻には気をつけてねー。それじゃっ!」
彼女はそう言って転移魔法で教室を後にした。そうするとクラス内では交流を深めようと生徒が動き出す。侑は必要以上に人間関係を築くつもりはないため一人で寮に向かおうと席を立とうとしたが、正面から声を掛けられた。
「少しいいですか?シノミヤくん」
声を掛けてきた相手は侑がまともに自己紹介を聞いた内の一人であった。長身ですらっとした体格、綺麗な水色の髪と瞳を持ち、顔立ちも非常に整っている。一見身長の高い女性にも見える彼はアレン・グレイス、このクラスでもトップクラスの素質を持つと侑が判断した人物であった。
「何か用か?」
仁以外の同世代の相手との会話の経験が学校に通っていなかった侑にはほとんど無い。そのため返事が淡白なものであったが、アレンはそれを気にしなかったのかそのことについては触れず用件を伝えた。
「初日からあのような視線を向けられるのはあまり気分のいいものではないですからね。僕は大丈夫ですが、女性はそうはいかないでしょうから。他の人に気づかれる前に注意しておこうかと思いまして」
「勘付かれないように注意はしていたつもりだったんだけどな。気を悪くしたなら謝る。すまなかった」
視線に気づかれたことを少しだけ驚いた侑だったが、ここで白を切るつもりもなかったため素直に謝った。
「誤魔化そうとするかと思いましたが、まさか謝られるとは予想外でした。僕はそれほど気にしていないのでこの話はここまでにしましょう。改めまして、僕はアレン・グレイス、気軽にアレンと呼んでください」
「ユウ・シノミヤだ。俺のこともユウでいい。これからよろしくな」
「よろしくお願いします」
「口調は普段からそうなのか?」
「はい。ですから気にしないでください」
「分かった」
高等部1年にしてはかなり大人びた雰囲気で容姿の整った二人が会話する様子に、女子生徒と男子生徒で対照的な視線が向けられていた。侑からすれば、この世界には地球に比べて美男美女が非常に多く、どのクラスメイトも容姿は良い方だと思われるため、そこまで視線を集めるものなのかと疑問に感じていた。アレンの容姿については確かに周囲よりも整っていると思った侑であったが、自分の容姿については客観的に見てどう評価されているかを分かっていなかったようである。
『依頼とはいっても、せっかく学園に通うんだから友人くらい作れよな!』と仁に言われている侑であったが、やはり他人にはあまり興味が無かった。それでも人間関係を築くことは様々な情報を手に入れる上で重要だということも理解していたため、相手にもよるが来る者は拒まずの精神で学園生活を送ることにしていた。だからこそアレンと普通に会話をしているのである。もっとも、この考え方で友人と言える相手が出来るかどうかは不明であるが。
侑がどういう考えで会話をしているにしろ、彼とアレンの二人は視線を集めていた。しかし誰もその中に入っていこうとする者はいない。この状況は好ましいものではなかったが、お互いに初対面で話すこともあまりなく、アレンが「それではまた明日」と言ってすぐに侑から離れたためその状況は長く続かなかった。
担当クラスで二人の生徒が注目を集めていたとき、担任教師のリーナは職員室で安堵していた。まだ新米教師であるにも関わらず初めて担任を任され、緊張や不安で押しつぶされそうになっていた彼女は、とりあえず初日が無事終わったことを喜んだようである。教室への登場は会心の出来だったと彼女は確信しているが、反応の無い生徒もいた。そのことが最初は不満だったが、逆に馬鹿にされていたのかもしれないとリーナは思っていた。容姿のせいで生徒に見下されることは予想できるため、魔法の実力を見せておこうとした結果なのだが、一部の生徒には子供のいたずらだと思われたのかと考えると、リーナは自分の行動を悔やまずにいられなかった。しかしクラスの全員が最初から彼女を担任教師として認める手法はおそらくないだろう。もっとも、教師を見た目で見下すような生徒はこの学園にいないため実際にはその必要もないのだが、不安が大きい彼女はそれに気づけない。今後も不安と戦いながら自分らしさを出して生徒から認められる担任教師にならなければならない、そう決意する彼女に対して声を掛ける者は、今この職員室にはいなかった。
ところで、自分から話しかけることは極力避けようと考えている侑は一人になってすぐに教室を出て寮へと向かった。寮には行ったことがあったため、転移魔法を使っても良かったが、目立つことは避けるべきだと考え、そこまで距離も無いことから徒歩で向かったようである。その間に何かが起こるようなこともなく、侑は寮に到着した。
全校生徒960名で全寮制ということはそれだけ多くの部屋が必要になるのだが、この学園の敷地面積は広大で、学年ごとに寮が分かれている。それでも320人で一つの建物に暮らすことになるが、その建物は非常に大きいため問題はない。男女で寮が分かれていないのはその手のセキュリティーが万全であるためだが、もちろん生徒を信用してのことでもある。そしてこれは生徒間に男女の隔たりを作らせないことが目的だ。魔法の才能は遺伝的な素養が大きいことから優秀な者は早期の結婚を望まれ、さらにこのミレーユ王国では一夫多妻が認められていることから、異性との交流は重要だとされている。優秀な人材は魔族と戦う上で多いに越したことはないのだから、異性との交流が苦手では話にならないということだろう。だからと言って学生であるうちからの性交渉が推奨されているわけではないのだが。
寮は9階建てで、1階が食堂などの共有フロア、残りは各クラスで1フロアずつ割り当てられている。高さはそれほどでもないが横幅は相当なものだ。クラスごとにフロアが分かれているのは、クラス行事が多いためクラスメイトとの交流が重要であるという考えが由来している。そして各フロアには会議室があり、作戦会議の際に集まるのもこの割り当てなら容易ということだ。
その寮に到着した侑は、受付で自分の部屋を確認してすぐにその部屋へ向かった。鍵は生徒手帳と個人の魔力の二段階で、それ以外の方法では寮主の管理しているマスターキーでしか外から扉を開けることは出来ない。寮内に張られた結界により、寮は転移魔法による移動が不可能となっている。ちなみに先ほど侑が転移魔法を使うかを考えたのは寮の前への転移だ。
部屋に入り、その設備を目の当たりにして侑は思った。
(学生の寮としては金を使いすぎじゃないのか・・・?)
寮に食堂はあるが、自炊する生徒もいるためキッチンが存在している。それに一人で暮らすには広すぎた。そして入学前に分かっていた通り家具一式も揃っているのだが、全て新品で種類も多い。卒業生の使っていた寮に新入生は入るのだから、備え付けのものは多少古くて汚れていても構わないと侑は考えていたのだが。
320部屋全ての家具を買い換えたらどのような額になるのかと侑はふと思ったが、生徒が気にすることではないな、と考えるのを止めた。それなりに入学金や授業料を払っていることから考えれば理解できないことでもなく、充実していて困ることもないのだから。
送られてきていた少ない自身の荷物を整理し、時間を確認した侑は生徒手帳を取り出してそこに唯一登録されている仁へメッセージを送った。この生徒手帳は地球の携帯電話のようなもので、通話も出来ればメッセージのやり取りも可能である。
ちなみにこの生徒手帳も部屋に存在する家具も、機械的なものは全て魔力を動力源としており、数百年前に比べて著しくこの世界の生活レベルは向上していた。
一般に魔力はこの世界が創られた当時から存在したとされているが、実際には数百年前に突如出現したものである。そして魔力の無い時代は地球の中世と同等の生活レベルであったため、多くの土地で地球における中世ヨーロッパの様式の建物が多く残っているようだ。
それはさておき、仁からの返事はすぐに返ってきた。内容としてはとりあえずの情報交換を侑の部屋で行うというものである。返事があって数分後に侑の部屋に仁は到着した。自分の部屋からではなく下校してそのまま部屋に来たのだろう仁も、この寮の設備に驚いていた。
「こんなに広いんだな、寮の部屋って」
「それは俺も思った。でも世界的にも有名で、優秀な卒業生を輩出している学園なんだから、これくらい設備が整っていてもおかしくはないんじゃないか?」
「そうだな。で、侑は友達できたか?」
「何をいきなり・・・。友達も何も、クラスメイトの一人としか話してないからまだ知り合いすらほとんどいないな」
侑のことを良く知る仁はその答えを予想していたが、その通りであったことに呆れた。
「やっぱりそうなったか・・・」
「やっぱりってなんだよ。そういう仁はどうなんだ?」
そんな仁の反応が気に入らなかったのか、自分との違いをよく知っているはずなのに侑は仁に聞き返してしまった。
「俺は侑と違って社交的だからな。クラスメイトのほとんどと話したぜ。それにいろんな女の子からデートに誘われたりもして大変だったな」
聞いてしまったことは仕方ないため、仁の言葉に含まれる自慢は無視して侑は本題に入った。
「で、そのクラスメイトはどうだった?俺のクラス1-Dは突出したのが二人、貴族を含めてそれなりのが数人ってとこだ。色付きや九家の生徒はいなかった」
「1-Aには色付きと九家、どっちもいた。青木家とルージュ家だ。俺に新入生代表を取られて悔しかったのか青木の方は突っかかってきたぜ。それに新入生の名簿を担任に見せてもらったけど、他にも色付きと九家の人間は数人いるみたいだな。他にも素質が高そうなのは数人いたぞ」
「同じ世代に固まるとは・・・。まあだからこそ依頼されたのかもしれないな」
「上級生がどうかは知らないけど、これだけ素質のある生徒が集まっているなら相手の目的にはうってつけだろうからな」
「ああ、そうだな」
その後も二人のやり取りは続き、いつの間にか外も暗くなっていた。
「そろそろ晩飯でも作るかな。仁も食っていくか?」
「当然だろ?俺は侑と違って料理できないし、向こうでも料理は侑の担当だったし」
「寮には食堂があるぞ?」
「こっちの世界に来てあの家で世話になってる間は侑の料理食べてないからな。久しぶりに侑の美味い飯を食べたい」
仁は今から待ちきれないと言わんばかりの笑顔で侑の料理を求めた。そんな反応をされると作る側としてもやりがいがある。
「食堂の方が美味いかもしれないが、まあいいか。リクエストは?」
「時間かかる料理は待つのが嫌だし、簡単に出来るもので!」
「料理を指定してほしかったんだけどな・・・」
「メニューは侑に任せた!」
部屋の冷蔵庫には食材は入っていないが、この世界には魔法という便利なものがある。誰でも使える無属性の魔法<ボックス>は潜在魔力量に応じた広さの亜空間を開閉する魔法である。その空間は時間の流れが無く、生物を入れることは出来ない。容量に限りがあるため食材を入れる者はあまりいないが、侑は魔力量が極めて多く亜空間がかなり広いため、非常時に備えて食材は常に入っているようだ。亜空間に入れているものは使用者が死ぬと魔力で維持されていた空間が消えて外に出されるため、それが死亡のサインとされるそうだ。
その<ボックス>を使って食材を取り出した侑は早速調理を始めた。この世界でも地球にあったのと似たような食材が使われており、色や見た目は違うが味は同じという奇妙な感覚に最初は戸惑ったが、既に慣れてしまっていた。その調理にはそこまで時間はかからず、あっという間に料理は完成した。その量は二人で食べるには多く見えたが、食べ盛りなので問題ないだろう。実際に二人は容易く完食していた。そして二人の話題は料理へと移った。
「久しぶりに侑の飯食べたけどやっぱ美味い!それにしてもこの世界って技術レベルは地球と比べても遜色ないのに、料理の文化は未熟だよな」
仁の意見は良く考えれば当然なのである。何故なら、魔力がこの世界にばら撒かれたのは歴史的に見れば新しいことであって、技術に関しては魔力という使い勝手のいいエネルギーによって瞬く間に発展したが、魔力によって生態系が一変してしまっていることを踏まえれば、食材としてその動植物が利用できるかどうかを一から調べなければならなかった食文化は短期間では発展し得ないのだ。
「まあこればかりは仕方ないだろ。俺たちは地球の食文化を知っているからそう思うだけで、他の人はそんなこと考えもしないだろうし・・・」
「てか、侑がやってた食材の調査は終わったのか?地球の食材と同じ味のものを探してたんだろ?」
「ああ、それなら終わってるぞ。今ではもう地球の料理を完全に再現できるようになった」
侑の唯一といっていい趣味が料理であり、この世界に来て料理の文化を知った侑は、その未熟さに驚いた。そのため新しい発見もあるかと思っていたが、残念なことにそのような発見はなく、実際には既知の料理すら作れない状態だった。そのため、侑は時間を見つけては食材の調査をしていたのである。
「これからもたまに食べに来てもいいか?食堂のメニューは食べたことないけど種類が少なかったし」
「ああ、分かった。まあいつ来ても構わないけどな」
「そんなこと言ってると毎日押しかけるぞ?まあとりあえず依頼の件は常に警戒しておくってことでいいよな?」
「そうするしかないだろ。でも今の俺たちの力なら幹部クラスでも出てこない限り大丈夫だと思うし、そもそも学園の教師たちがいれば俺たちは要らないかもしれないぞ」
「それもそうだな。それじゃ俺は部屋に帰るわ」
「じゃあな」
仁が自分の部屋に帰って一人になった侑は、備え付けの風呂に入り、料理の後片付けをし、明日の準備をしてから眠りに就いた。
(仁に言われた通りもっと積極的に人間関係を築くべきなのだろうか・・・)
そんなことを考えながら・・・。