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フィリアの魔法陣作製は、過去にいくつか魔法具の開発をしたことのある研究員のサポートもあって順調に進んだ。しかし固有属性魔法の使用は使用者の身体に対する負担が大きい。魔法の発動プロセスを図式化するために何度も魔法を発動したフィリアの身体は、徐々に弱っていった。魔法はイメージが重要なため特に脳への影響が大きかったが、ルミナのことを考えると頑張ることができた。最初は自分の作った魔法具で大切な姉を守ることしか考えていなかったが、この魔法具を開発することがシローネ家の権力を強めることに繋がれば姉の将来に自由が与えられるかもしれないことに気がついたのだ。おそらく実子であるフィリア自身はその希少な属性もあって名家に嫁がされるだろう。いや、属性を考慮しなくても、この家に生まれた以上そうなることは避けられない。しかし姉は引き取られた身であり、嫁ぐことで家同士の関係は築けるかもしれないが血縁関係が無い以上、その関係性は弱いものになるに違いない。そのため自分が功績を挙げてそれなりの発言権を持つことができれば、父を説得することも可能かもしれない。だからこそフィリアは体調を崩しながらも必死に試行錯誤を重ね、その努力の結果ついに魔法陣化を成功させたのだ。だがフィリアが抱いたこの希望はすぐに打ち砕かれることとなる。
魔法陣化の成功から数日後、それを刻んだ魔法具の完成を聞いたコーバッツは、研究所にいるフィリアのもとへと出向いた。
「ご苦労だったな」
声を掛けられたフィリアは疲労が溜まっていて会話する気分ではなかったが、無視するわけにもいかない。
「研究所のみなさんのおかげです」
「優秀なスタッフを揃えているからな。ところで完成した魔法具はまだ一つだけか?」
「はい。固有属性への属性変換を記した部分を刻むことができるのは私だけですので量産はできていません」
魔法具は無属性の魔力を変換して様々な属性の魔法を発動することが可能であり、属性変換の過程はその構造内に必須の要素だ。基本属性であれば、魔法陣の開発者でなくともその属性さえ持っていれば、真似をして魔法陣を刻むことも可能だが、固有属性だとそうはいかない。属性が遺伝することから分かるように、体内にある無属性の魔力に属性を与える因子は遺伝情報に含まれている。突然変異で生まれた固有属性は次世代に遺伝しないことが確認されており、その情報は本人の遺伝情報にしか含まれていないため、固有属性への属性変換過程の部分を刻むことができるのはその属性をもつ者だけだとされているのだ。
「しかしそれでは学園の教師全員に提供するのに時間が掛かりすぎるな」
「この複雑な魔法陣を刻むにはどうしても時間が掛かりますので」
魔法陣化が成功してから魔法具が完成するまでの時間から、コーバッツはその問題を指摘した。それはフィリアにも分かっていたが、こればかりはどうしようもない。だがコーバッツはそれを可能にする手段を思いついた。そしてその方法には一切の道徳も倫理観も存在しなかった。
次の日コーバッツは、裏の世界では有名である固有属性をもつ魔法師を雇って研究所に連れて行った。一部を除いた多くの研究員たちはシローネ家の悪事を知らないため、コーバッツはこの件を知られないように研究所の仕事を休みにした。そのため、この場にはフィリアを除いて事情を全て知るものしかいなかった。
父と一緒にいる初対面の若い男を見て、フィリアは尋ねた。
「その方はどちら様ですか?」
「ああ、彼はお前と同じように固有属性をもつ魔法師だ。魔法具の量産に必要な属性をもっている」
このときフィリアは、その魔法師がまともではないことを理解した。固有属性の持ち主は基本的にその素性や身元を公表されている。その特殊な魔法を使って重大な犯罪を起こさないようにするための抑止力として、国から公表が義務付けられたのだ。もちろんフィリアも魔力をコントロールできるようになる少し前に、その存在をシローネ家によって公表されている。そして公表された場合にはその力を悪事に利用されないように国から護衛がつく。フィリアの場合は貴族のため家で対応可能だが、一般の家庭ではそれが難しいためにそのような対応がされているのだ。ちなみに一般的にその存在が公表される時期は、魔力を制御できはじめる平均年齢の10歳くらいである。
その公表されている魔法師の中に、魔法具の量産が可能な固有属性をもつ者はいなかったはずだ。だとすれば目の前にいる魔法師は・・・
「何をお考えなのですか!?固有属性をもつにも関わらず公表されていない魔法師は、たいていその魔法を悪用している者です!」
「そんなことは分かっている。分かっていて雇ったのだからな」
「な!?」
父の発言に驚愕するフィリアを周りにいた研究員が取り囲み、そのうちの一人が彼女に触れて魔法を放った。突然の事態で抵抗できなかったフィリアは、その魔法をまともに受けてしまった。接触して魔法を放つということは身体に直接影響する魔法ということだ。一体どんな魔法かと考える前に、詠唱がなかったことを思い出した。そしてその研究員はフィリアが開発してこの研究所に保管していた魔法具を身につけていた。
「何故その魔法具を?」
「この研究所はシローネ家のものだぞ?普通に保管されているだけなら簡単に持ち出せる」
「魔力を封じて、私に何をするつもりですか?」
「もちろんこの魔法具の量産に決まっているではないか。では頼んだぞ」
コーバッツは雇った魔法師にそう告げ、魔力を封じてさらに鎖で拘束したフィリアなど見ることもなく立ち去った。この場に残ったのは魔法師の男とフィリア、そして初めて発動した対象が開発者という魔法具だけだった。
「オレはジョージ・コープっていうんだが、お嬢さんの名前は?」
「答えるつもりはありません」
「そうかい、つまんねぇな」
「で?私をどうするつもりですか?」
「オレの“複製”は生物以外ならあらゆるものを複製できるから魔法具もコピーできるんだけど、属性変換のとこだけは普通に魔法を使っても無理でさ。それにはその属性をもってる触媒が必要になる。ここまで言えば分かるだろ?お嬢さんは複製のための触媒だ」
その触媒にされた場合、自分はどうなるのだろうか。フィリアはすぐにその疑問が浮かんだ。その答えは問うまでもなくもたらされた。
「心配しなくても、魔力を流すだけだから基本的には影響なんてないぞ」
「基本的には?」
「魔力ってのは個人によって波長が違うが、その波長との相性によっては身体に影響があるんだよ。だから便利でも念話はあまり使われていない。ま、便利な魔法具が多いってのも理由なんだが」
この男は悪い人間ではないのかもしれないとフィリアが思ってしまうほど、ジョージは言葉が多かった。しかし、何故そんな彼がこんな仕事を引き受けたのだろうか。
「あなたは雇い主のように欲に溺れているような印象を受けないのですが、何故こんな仕事を?」
「うーん、そうだな。オレの生まれた家は貧しくていつも食い物に困っていたんだが、この固有属性が判明してその問題は解消した。だがこの力を公表する前に、オレは裏の世界に引きずり込まれた。家族を人質に取られ、いろんなものを魔力が尽きるまで複製させられた。まあそうやって仕事してるうちに、いつのまにか家族は殺されてたんだがな。それで生きる意味がなくなったオレは、この裏の世界から抜け出すこともせずに死なないように生きるだけになった」
「そうですか」
「え?反応薄くないか?けっこうヘビーな話だと思うんだがな」
フィリアにとってはどうでもいい話だった。この男のように悪事を働かされている人間がいることは知っていたことであり、その対策があまり進んでいないことも分かっていたのだから。そしてこの男が同情してもらいたいわけではないということも理解していた。
「死にたくないならさっさと魔法具を複製して帰った方がいいですよ。あの男が何故この魔道具に執着しているのかは分かりませんが、深く関わらない方がいいと思うので」
フィリアは、父親が何故このような非合法な手段を使ってまで魔法具の量産を急ぐのかが分からなかった。もちろん自分や姉のためではないことは分かっている。それに画期的な魔法具の開発をしたにも関わらず公表していないのも気がかりだ。今は普及できなくても、固有属性魔法の魔法陣化は十分に名声を高めることのできる材料なのだ。だからきっと、何かよからぬことを考えているに違いない。
「忠告どうも。まあもともとそのつもりだったけどな」
そういってジョージはフィリアに右手で触れ、左手に魔法具を持って魔法を発動させた。固有属性魔法には詠唱など存在しない。ただ発動までの時間が長く、魔力を感知させないような技術がなければ戦闘においては不利である。それに加えて使用者に負担が大きいため連続で何度も使うことはできない。その代わりに創造できる魔法は特殊で、誰にも真似できないものだ。
ルミナと魔力の交換をしておりその魔力の波長を知っているフィリアは、姉の魔力のように優しくて落ち着くようなものは期待していなかった。しかしジョージの魔力は、無だった。魔力が流されていることは分かるのに、波長から由来する印象を全く感じられないのだ。だからフィリアは、この男はさきほど本人が言ったように死なないために生きているのかもしれないと思った。
ジョージの魔力量は意外と多く、フィリアを触媒として属性変換を記した部分すら完全にコピーした魔法具を数百個も複製した。これを何に利用するのかには興味がないのか、ジョージはフィリアの拘束を解いてから研究所を後にした。おそらくコーバッツに報酬を貰ってからすぐに退散するつもりなのだろう。
自分が時間をかけて苦労して作った魔法具を数分で数百もの数に増やされるのは少し悔しかったが、これを学園に提供すれば姉を守ることができると思えば気にすることでもなかった。それにこの功績があれば姉の将来も変えられるかもしれないのだから。
この日の夜、フィリアは早速父親にルミナのことを相談してみようと父の部屋に向かった。大量の魔法具の整理をしたり、ここ最近の遮断魔法の過剰使用による疲労のせいで寝てしまったりしたため時間はかなり遅かったが、部屋には明かりがついているようで扉から光が漏れていた。近づくと話し声が聞こえてきたため、自分に向けられる意識だけを遮断して聞き耳を立てた。
そこでフィリアが聞いたことは自分の父親が学園の襲撃をサポートするという内容であった。話していた相手が誰だったのかは分からなかったが、それはどうでもいい。その相手の気配が消えたことを確認し、怒りに任せてフィリアは部屋の扉を開けた。そして彼女は実の父親からある処理を施され、研究所の地下にある牢屋へと幽閉されることとなった。