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 普通なら実家を潰してもいいか、と尋ねられて承諾する人はいないだろう。しかし今のルミナは家のことよりも妹のフィリアのことが優先だった。妹が無事ならあんな家などどうなっても良い。そうは思っているが、何故侑は唐突にこのようなことを言い出したのだろうか。

 「え?いきなりどうしたの、ユウ?」

 「ルミナも自分の家がさっきの襲撃に関わっていることには気づいているだろ?」

 いずれ公になることは予想していたが、彼は既にシローネ家が今回の件に関与していることを知っているらしい。それでも彼が家を潰す理由は依然として分からない。そんなことまで依頼に入っているのだろうか。

 「うん。でもどうしてあの家を?それも依頼なの?」

 「いや、これは俺の勝手な自己満足だよ。俺は、人を道具みたいに扱う奴らを絶対に許さない。そういう奴らは、俺が悪だとみなしてその証拠が出た時点で対象になる。誰のためでもない、俺が許せないからそうするんだ」

 何の対象になるのかを侑は言わなかったが、ルミナでもそれは簡単に予想できた。様々な表現の仕方があるのだろうが、おそらくそれは・・・殺しの対象だろう。そして今目の前で説明した侑を見て、彼が既に人を何人も殺しているということをルミナは感じ取った。

 「ユウは私の家が裏で何をしてるのか、知ってるの?」

 侑が今までに人を殺していたとしても、今それは関係ない。そういった過去があるからこそ今の侑という存在があるのであって、その過去を否定するのは、今のその人を全否定することと同じだ。だがそれは人を殺していることを肯定したわけではない。何か理由があってのことかもしれないが、殺人という手段を取る前に他の方法はなかったのか、と思ってしまうのだ。人によって正しいと思うことは違い、善悪だって個人の主観で変わる。殺される人間が客観的に見て絶対的な悪であり、殺し以外の方法では裁けないのだとすれば、それを実行した者は称えられるということだってあるくらいなのだ。だからこそルミナは侑を否定しない。彼女はそのことには触れず、自分も詳しく知らないシローネ家の闇を知っているのか、と尋ねた。

 「ああ、知ってるよ。自分自身で情報の真偽を確かめて、俺はシローネ家を潰すことに決めた。当主のコーバッツに関しては、自分以外の人間を道具としか思っていない。ルミナだって自分が・・・」

 そこで侑は口を閉ざした。この先を言ってもルミナを傷つけるだけで、そもそも本人に確認することでもない。

 「ユウ、気を遣ってくれてありがとね。でも私自身が一番分かってることだから、大丈夫だよ。あの人に最初に会ったとき、利用するためだけに私を引き取ったんだって幼いながらも分かってた。だって、私を見るその瞳には欲望しか映っていなかったから」

 「そうか」

 侑はルミナにかける言葉が見つからなかった。いくつのときに引き取られたのかは知らないが、突然親になった人間が自分を利用しようとしていると分かっても、一人で生きていけない以上どうしようもなく、今までそんな厳しい環境で生きてきたルミナに対して自分が何を言えるだろう。拾ってくれた人に愛されて育ったこの自分に。

 「でもね、この家に引き取られて良かったこともあるの。フィリアっていう一つ年下の妹みたいな子だけは私を家族として慕ってくれてる。血は繋がってないけど、私は本当の妹だと思ってるの」

 侑はシローネ家を調査した際に、その家の人間全員がコーバッツのような人間ではないことを知っていた。そのため侑は対象にした人間の名前と顔しか覚えていない。その中にフィリアという名前はないため、調査の際に姿を見ていたとしても思い出せなかった。

 「瞳は私と同じような青色で、髪の毛も綺麗な青色なんだけど、ユウは見てない?」

 ルミナが口にした特徴を聞いて、それらしい少女を見たことを侑は思い出した。しかし、その少女は・・・。

 「まさかあの子がそうなのか・・・。実の娘にあんなことまでするのか、あの男は!」

 今までルミナは侑がここまで感情を表に出した様子を見たことがなかった。そしてその怒りの感情にはフィリアが関係しているようだ。ルミナは心配になって侑に尋ねた。

 「・・・ユウは何を見たの?」

 答えに怯えつつも妹のことを心配しているのが分かる声音で問われた侑は、少し迷ったものの真実を口にした。

 「俺が見たとき、その子は魔法具の研究所らしき施設の地下にある牢屋の中に鎖で身動きを封じられた状態でいた。だからてっきり奴隷かと思ったんだけどな・・・」

 「なんであの人は、実の娘にまでそんな酷いことができるの・・・?」

 怒りと不安で複雑な表情になり、苦しげなルミナを見て、侑の意志はさらに強固なものになった。自分の信念だけではない、他の理由ができたのだ。それが目の前の少女をこれ以上悲しませたくないという感情であることに侑はもちろん気づいていなかった。


 ところで侑の言葉に出てきた奴隷については、この世界のどの国でも法では禁止されている。しかし裏社会では奴隷の売買は日常的に行われていたのだ。一部の貴族の道楽として、この市場では大きな金が動く。奴隷として売り出されるのは孤児が多いが、商人たちに拉致され特殊な魔法によって自由を奪われて奴隷となるケースもある。その特殊な魔法を使う一人の商人さえ消えれば全ての国で奴隷市場は消滅すると考えられていた。そして数ヶ月前にその商人は何者かによって殺された。これによって予想通り市場は消滅したが、その時点で奴隷として捕らえられている人たちは解放されていないのだ。その特殊な魔法の固有属性は“精神改造”、確認されている固有属性の中で最も許されないものだと侑は思っている。この魔法は一時的に精神を操作するのではなく、精神構造を永続的に改造することが可能だった。魔法による改造は魔法によって元に戻せる可能性はあるが、精神に干渉できる魔法を扱える魔法師は世界に数人しかいないといわれている。その上、奴隷を見つけること自体が難しいため奴隷の解放はあまり進んでいない。しかし市場が無くなり新たな奴隷が手に入らなくなったことで、奴隷が殺されることは少なくなった。だからこそ侑は調査のときにはその少女を助けなかったのだ。奴隷を解放したことで警戒されてしまった場合、不測の事態が起こる可能性が高まるため、保有者を始末するときまで待ってもらうことにしたのである。


 今までこんな気持ちで人を殺そうとしたことがあるだろうか。侑はそんなことを考えつつ、ルミナに自分の今の思いを告げた。

 「ルミナ、確認しといてアレなんだけど、もうこの決定が覆ることはなくなった。ルミナのこれからを考えれば、家を潰したら保護者もいなくなるし金の問題だって出てくると思う。それでもそうするっていう俺の選択は間違っているんだろう。でも、例え間違っていたとしても、俺はもう止まれない」

 「私はフィリアのことを心配していても、何もできないって諦めて泣いてた。今回の件でシローネ家は何か罰を受けるのかもしれないけど、その罰がフィリアに向けられる可能性が高いって思ったから。そんなときにユウが来てくれた。だからユウ、私には何も報酬は支払えないかもしれないけど、一つ依頼してもいい?」

 「ああ」

 「私の妹を、フィリアをあの家から助けて!あの家なんてどうなってもいい。それで生活できなくなるなら、求婚されてる人の家に嫁いだっていい。私の家族はもうフィリアしかいないから、あの子を守れるなら私は―――」

 「分かったから、もうそれ以上言わなくていい」

 侑は涙を流しながら懇願するルミナの言葉を遮って、そっとその小さな身体を抱きしめた。侑は自分の行動が正しいのか分からなかったが、体が勝手に動いてルミナを抱きしめていたのだ。そうしないと、目の前の少女が儚く消え去ってしまうという錯覚すら侑は覚えていた。慣れないながらも可能な限り優しく、けれど力強く伝える。ここでたくさんの言葉は要らない。必要なのは、短く、それでいて不安を感じさせない重みのある言葉なのだ。

 「大丈夫だ。俺に任せとけ」

 「・・・うん」

 侑の腕の中で、ルミナが小さく頷いた。


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