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4.5-5

 それはそのギルド内にある喫茶スペースで侑がルミナにギルドのことを説明しているときのことだった。

 「あの、お話中のところを失礼します。私はこのギルドの依頼管理をしている者なのですが、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」

 このギルドの関係者が二人のもとへとやってきたのは。

 どこか焦っている様子のそのギルド職員に、侑はすぐさま用件を尋ねた。

 「何かあったのですか?」

 「はい。先ほどあなたに絡んでいた男たちのパーティーが受けた依頼は魔物の討伐だったのですが、そこに下級の魔族が出現したと先ほど連絡を受けました。援軍を送りたいところなのですが、このギルドの上位の方々は別の依頼で不在でして、先ほどの件からあなたの実力を判断して頼みに来た次第です。ギルドにもお詳しいようなので、他のギルドに所属されているのですよね?」

 先ほどの視線とこのタイミングでの依頼から、侑はその依頼を受けないことにした。本当に魔族が出現していたとしても、今の侑にはルミナが最優先なのだ。

 「そうですけど、俺じゃなくても他のギルドや国に応援を要請すればいいのでは?下級とはいえ魔族の出現は珍しいですから、腕に自信があって暇な人は引き受けてくれると思いますよ?」

 「マスターにもそう伝えたのですが、借りは個人の方が返しやすいからと言われました。おそらく他のギルドや国には借りを作りたくないのでしょう。そこにこう言っては失礼かもしれませんけど、都合よくあなたがいらっしゃったのです」

 一度疑ってしまえば、そこからは全てが嘘に思えてくるものだ。自分とルミナを引き離すための罠にしか、侑は思えなかった。

 「マスターがいるならその人自身が行けばいいだろ?ギルドマスターは基本的に実力がないとなれないからな。異能を持たない下級魔族くらいなら一人でなんとかできるはずだ」

 「そうなのですが、マスターはサポート系の魔法師でして、戦闘力自体はあまり高くないのです」

 基本的に一人で戦う侑はパーティーなど組んだことはない。せいぜい仁とペアを組んだことがあるくらいだ。だがパーティーというのはそれなりに関係を築いていなければ成り立たないことは侑も知っていた。

 「それなら昔はパーティーを組んでいたんだろ?そのときの伝手でどうにかなるだろ?」

 しかし侑の案はどれも時間を考えたときに問題があるようだった。職員はそれを伝え、侑に頭を下げた。

 「あの男たちのパーティーではあまり時間は稼げません。その依頼場所の近くには小さな村があって、村人の安全のためにも時間がかけられないのです。どうか、お願いします」

 だが侑もルミナのことがあるため頑なになっている。

 「それこそ借りがどうこうとか言っている場合じゃないだろ」

 「そうなのですが・・・」

 職員が諦めかけたそのとき、自分は関係ないことだと考えて黙っていたルミナが侑に尋ねた。

 「ねえ、どうしてユウは行こうとしないの?」

 「どうしてと言われてもな・・・」

 職員のいる前でルミナに危険が迫っているかもしれないことを伝えるのを躊躇った侑は返事に迷っていた。そこにルミナが真剣な表情で自身の意見を述べた。

 「私はユウが行くべきだと思うよ?他のギルドや国は組織だから、それを伝えてからその場所に援軍が到着するころには、あの人たちはきっと助からないよね。村を守れたとしても、あの人たちは・・・。でもユウは個人で動けるから、今すぐそこに迎える。それならあの人たちも助かるかもしれないでしょ?最初は怖い人たちだと思ったけど本当はそうじゃなくて、あの人たち最後にはユウのことを尊敬していたと思う。今回の依頼だって、その村の人のために魔物を倒しに行ったんだよね。そういう人の命を助けられるかもしれないのに、放っておくのは間違っていると思う。ユウにはユウの理由があるのかもしれないけど、今のユウはかっこ悪いよ・・・」

 そうルミナから言われてしまうと、侑としては行くしかない。先ほど感じたルミナへの悪意は気になるが、すぐに戻ってくればいいだけの話だと考えた侑は、この依頼をすぐに終わらせることにした。

 「・・・分かった、行ってくる。すぐに帰ってくるから、ここを動かないでくれ。ルミナは可愛いから変な輩に狙われるだろうしな。くれぐれも注意しておいてくれ」

 ギルド職員からすればよほど心配性な彼氏に見えるかもしれないが、ルミナは侑のその真剣な表情を見て緊張感を高めた。ルミナを一人にするのはやはり気がかりだが、行くと言った以上はもう撤回できない。ルミナも何となく危険を察したということを雰囲気から感じ取った侑は、そのギルド職員から魔族が出現した場所を聞き、その周辺で訪れたことのある場所まで転移したのだった。

 

 「本当に魔族がいるとはな・・・。それにまだ境界が開いているということは、増える可能性もあるというわけか」

 出現ポイントへと到着した侑は、その状況を確認して自分の考えすぎだったのかと思った。魔族は実際に出現しており、魔界との境界も開いたままであることから、ギルドで悪意を向けてきたのが人族であると判断した侑は、これが偶然起きていることだと断定した。魔族の協力者がいるという可能性はあるが、境界の開き方を知っている魔族は少なく、知っていても実行できる者が少ないためその可能性は限りなく低かった。

 先ほどの男たちが一体の下級魔族と戦っているのを確認した侑は、まだ彼らが生きていることに意外感を覚えた。これまで魔族とは戦ったことがなさそうな口ぶりだったため、4対1とはいえまともに時間を稼げるとは思っていなかったのである。

 「まだ全員生きているとは、彼らを少し侮っていたな・・・」

 侑は早くギルドに戻りたいため、すぐに男たちを援護することにした。援護といっても、侑のそれだけで方がつくのだが。

 「Obcurite:A-44<闇ノ魔弾>」

 無詠唱で魔法を発動させるところを見られて興味を持たれるのは困るため、侑は詠唱をして下級魔族へと魔法を放った。

 突然放たれた強力な魔法に、その下級魔族は為すすべなく被弾した。

 「ガァッ!」

 そう叫びながら絶命した魔族を確認し、侑は転移を発動させようとして、ふと感じた力の気配に境界の方へと振り向いた。

 「おいおい。偶然開いた境界から上級まで出てくるのかよ。あいつらの目があるとあまり派手に戦うわけにはいかないし、さてどうしたものかな・・・」

 侑は余裕の様子だが、非常に素早く駆けつけた援軍が目の前の魔族を排除してくれたことで気を緩めていた男たちは、更なる強敵の出現に絶望していた。見たところ援軍は一人で、それが先ほどの学生であることは分かっていたが、彼がどれだけ強くても自分たちとほぼ同じ人型である目の前の高位魔族を相手にするのは無理だと思ったのだろう。

 侑は恐怖で動けなくなっている男たち4人の前へと転移した。視認可能な範囲への移動を転移と言ってもいいのかは微妙なところだが、使った魔法は転移と同一のものであるため問題ないだろう。もっとも、男たちはそれを瞬間移動と捉えたかもしれないが。

 「生きていて良かったな。まあここからは俺に任せて休んでいてくれ」

 「しかし、いくらあなたでも流石に高位魔族を一人で相手にするのは・・・」

 「ああ、それなら心配ない。俺はこれでも黒カード持ちだからな」

 「く、黒!?あなたは世界に十人もいないというギルドランク最高位の方なんですか!?」

 「まあ、そういうことだ。だがこのことはあまり口外しないように頼む。学生生活を送る上で色々と面倒だからな」

 「はい。もちろん口外はしませんけど、無茶はしないでください。どれだけ上位の方でも基本的に魔族戦は複数で行うと聞いていますので」

 「まあ無茶をするつもりはないな。それに俺は一人のほうがやりやすいぞ」

 侑はそう答えて上級魔族へと向かって行った。その背中を見送った男たちは、何故この状況で自分たちがこんなにも落ち着いていられるのか分からなかった。しかしそれでも、理由は分からないもののたった一人の学生がいるだけで恐怖が薄れ、これほど冷静でいられるのだということは、彼らにも理解できた。

 

 「さて、俺としては何も言わずに退散してもらえると都合がいいんだが、大人しく帰るつもりはないか?」

 侑は一瞬で片付けることも考えていたが、低位の魔族とは異なり知性を持ち、姿も人族とほぼ同一の上級魔族が相手では、可能なら殺さずに終わらせたかった。凜と心を通わせたときに侑は、自分に殺しの罪悪感から救われる権利があることを教わったが、それでもできるものなら憎いわけでもない相手の命を奪うことは、誰かを守るためとはいえしたくなかった。

 その侑の考えなど知らない魔族の男は、もちろん侑の提案には乗らなかった。

 「お前はバカか?俺様は憂さ晴らしのために人族の雑魚どもを殺しにきたんぜ?何もせずに帰るわけねえだろ」

 この魔族はもちろん反魔王派である。親魔王派は人界に、反魔王派は魔界に暮らしているのだから、廉が作った指輪の有無など確認するまでもなく、境界から現れたこの魔族は反魔王派ということだ。ずっと暮らしてきた魔界での生活を望んでいるだけで、魔王ゼクスを蹴落として人界を支配したいと思っているわけではない魔族ももちろん魔界にはいるが、そういう者たちは境界が出現しても人界にはやってこないのである。

 しかし侑はその魔族が一人であることを不思議に思った。ルーク曰く、人界の支配を望む魔族たちは自由に境界を開くことのできるサリアという長が住まう城周辺に集まっているらしいのだが、そうするとわざわざこの魔族が一人で人族を殺しに来るのはおかしいのだ。侑が殺したダナクという魔族は派閥内でも大きな権力を持っており、自分で境界を開くだけの力を有していたためにその周辺に屋敷を構えていなかったようだが、それは数少ない例外である。そういうわけで、偶然開いた境界がその城の周辺に出現したのならより多くの魔族が出てきてもおかしくないのだ。

 侑がその答えを推測していると、その魔族は侑の疑問を察したわけではないが勝手にそれに対する答えを口にした。

 「まったく、女一人を犯したくらいで追放しやがって。最上級の方々は人族の女を拉致して孕ませてるってのに、なんでこの俺様が・・・。まあやることもなく放浪していたところに境界が出たのは運がよかったぜ。憂さ晴らしに人族を殺しまくって―――」

 だがその魔族の愚痴は最後まで言葉にならなかった。醜く歪んだその表情のまま、その魔族の首が宙を舞っていた。

 「・・・もう黙っとけ」

 刀を取り出し、その居合い切り一太刀で侑は魔族の首を落としていた。その一瞬の攻撃は、魔族の身体能力を以ってしても全く反応できないほどの速度であった。魔力での身体強化のみで行われたその芸当は華麗で美しく、それでいて恐ろしいほどに濃密な死を纏っていた。

 血の一滴も付着していないその刀を鞘に戻してボックスへと投げ入れた侑は、境界が消えるのを確認してその場から姿を消した。

 そこに残ったのは、魔族の骸といまだに何が起こったのかを理解できていない4人の男たちだけだった。

 「あの人はいったい・・・」

 上級魔族を瞬殺してみせたあの実力を、その男たちは実際にその目で見たにも関わらずどうしても信じられなかった。そしてその力を見せた青年の逆鱗に触れてしまう愚かな人間が身近にいたことを、彼らはまだ知らなかった。


 「ユウ、頑張ってね・・・」

 転移で姿を消した侑に向けて聞こえないであろう応援を送ったルミナは、自分のせいで侑が依頼を受けようとしなかったことを、先ほどの忠告とも思える侑の真剣な声音から理解していた。そのため、自分から侑の保護を取り払ったのだからここで怯えるわけにはいかない、と気を張っていたルミナは近づいてきた一人の女性に声を掛けられた。

 「お嬢さん、少しいいかしら?」

 相手が女性であったためか、ルミナは気づかないうちに少しだけ警戒を弱めた。

 「私に何かご用ですか?」

「あたしはここのギルドマスターなんだけど、あなたの彼氏さんには突然無茶なお願いをしてゴメンなさいね。彼には後でお詫びをするけど、あなたからも彼を説得してくれたみたいだからお礼をさせて頂戴」

 あなたの彼氏という部分は侑がいない今、わざわざ否定することもないとルミナは思った。だがその女性の瞳にコーバッツ・シローネと同じような欲望を見た気がしたルミナは、その女性からの申し出を断ろうとした。

 「いえ、別に私は何も・・・」

 「それでもあたしは感謝しているの。だからあたしの部屋でお茶でもどうかしら?いいお茶が手に入ったのよ」

 「すみませんが、彼が戻るまでは私もここに・・・」

 その女性から感じる不吉なオーラだけでなく、ルミナは侑からここを動かないでくれと言われている。恐らく人目があるために、何かしら行動を起こすには都合が悪いと判断してのことだろう。それらの理由でルミナはこの誘いを受けるわけにはいかなかったが、そのギルドマスターの女性はルミナのことを知っていた。なかなか誘いに乗らないルミナを見て、その女性はある手札を切ることにした。

 「そういえば、あなたはルミナ・シローネさんでしょう?この間事件があったシローネ家の生き残りの。うちのギルドも近いからっていう理由であの事件の捜査に関わったから、それなりにあなたや妹さんの情報を知っているの」

 「・・・だから、何だというのですか?」

 「その件で話を聞かせてくれない?あたしはあなたがあの家でどんな扱いを受けていたのかも使用人たちの証言から知っているわ。もちろんあなたが本当はシローネ家の人間じゃないことも知っている。そんなあなたにはあの家を潰す動機があるわ。でも妹さんの証言からも、あなたの実力からも、あなた自身は犯人じゃないことは明らかだったわ。まあだからこそあの事件は迷宮入りしているんだけど、ある可能性に気づいたのよね」

 ルミナはその女性が次に何を言おうとしているのか、すぐに想像できた。

 「・・・まさか!?」

 「そう、あの彼ならできるんじゃない?あたしの見立てでは、彼は相当の力を有しているわ。あの完璧な犯行をやってのけるかもしれないほどの力をね。あなたに頼まれたらやりそうだし、頼まれなくてもあなたの境遇を知っていたら一人でやるかもしれないわ。だから彼のこと、聞かせてくれる?」

 「・・・」

 ここで下手なことを言えば、侑がどうなるか分からない。その件について侑は証拠を残していないだろうが、噂が広まるだけでも侑に迷惑がかかることは明白だった。そしてこれ以上侑に迷惑をかけることはルミナにとって許せないことだ。うかつに反論してこの場で口論になり他の人に話を聞かれてしまう事態は避けなければならないと考えたルミナは仕方なく、ギルドマスターの女性にこう告げた。

 「詳しくお話をするなら場所を変えさせてください。二人きりならあなたの部屋でも構いません・・・」

 「ええ、分かったわ」

 了承したギルドマスターの表情には、獲物を上手く釣り上げたかのような満足げな笑みがあった。しかしそれと同時に意外感も覚えていた。

 あの事件については何一つ痕跡が残っていないため、どれだけ疑いを持とうと立証することはできないのだ。軽く流されてしまう可能性も彼女は考えていたが、ルミナの真剣に話を聞こうとしている様子から、自分の口にした荒唐無稽な可能性はあながち間違いでもないのかもしれないと彼女は思った。だがそのことは彼女にとってどうでもいいことであった。重要なのはいかにして侑を自分のモノにするかである。

 偶然にも良いタイミングで自分のギルド員が向かった依頼先に境界が出現したため、多少予定を変更することになったが、ここまでは彼女の思い通りに上手く事が運んでいた。境界が突然現れたことで準備が整わないままルミナを部屋に連れて行くことになり、この手札と言っていいのかも分からないカードを切って無理ならば強攻策に出るしかなかった彼女にとって、このことは思わぬ幸運だったに違いない。

 だがその幸運の連続は、侑に目を付けてしまったという不運を打ち消すためのものだったのかもしれない。


 二人きりで話をするものだと考えていたルミナは、ギルドマスターに連れられてその部屋に入ったところで、周囲を数名の大男に囲まれて戸惑った。

 「・・・これはどういうことですか?」

 「どうもこうも、あたしはあなたの身柄が欲しかっただけよ。さっきの話はただのあたしの想像でしかないし、あの事件にはそもそも興味がないの」

 「なら私をどうするつもりですか?」

 ルミナは侑のことに勘付かれた訳ではないことに安堵しつつ、自分の身に危険が迫っていることを自覚していた。そのためすぐに魔法が使えるように魔力を練り、己の身を守ることだけを考えることだけに集中した。そうすればすぐに侑が戻ってきて助けてくれると信じて。自分にはこの状況で防御以外にできることがないことをルミナは理解していた。

 「あなたには彼をあたしのモノにするための人質になってもらうわ」

 「え?」

 その返答を聞いたルミナは、動揺して魔法発動のために準備していた魔力の制御を手放した。精神的に不安定な状態では魔力の制御が難しく、魔法発動は上手くできない。ルミナの精神は、また侑に迷惑をかけてしまったことを自覚させられて非常に不安定になっていた。

 その隙を見て、ギルドマスターになれるほどの魔法の実力を持つその女性がルミナの魔法使用を封じた。

 「Vent:S-60<無音風域>」

 風属性最上級補助魔法であるこの魔法は魔族戦ではあまり役に立たないものの対魔法師戦闘では非常に有効な魔法だ。詠唱はそれを発音し、さらに自身の耳でそれを聞き取ることによってイメージを助けるためのものであり、範囲内の空気の波を消すことのできるこの魔法は侑や仁のように無詠唱で魔法が発動できる者や、詠唱の必要がない特殊属性魔法の使い手以外には非常に有効である。今回の範囲はルミナの頭部周辺であるため、ルミナは何も聞こえず何も話せない。

 このように魔法師には非常に有効なのだが、この魔法は制御が難しく魔力消費も多いため、長時間の維持が困難であるという欠点を持つ。この魔法を発動可能な魔法師の平均維持時間は長くて数分程度で、もちろん侑や仁は魔力がある限り維持可能だ。しかしこのギルドマスターの女性は補助魔法が得意な魔法師でありこの魔法を数十分維持できる。彼女はそれだけの時間犯罪者を無力化することができることから、このギルドには犯罪者の取締りなどの依頼が彼女個人に向けて多く届くこともあるくらいの実力者だった。

 「さて、彼が戻ってくるまでにもう一つやることがあるのよね」

 その女は、侑を手に入れるために自分が利用されていることを理解して呆然としているルミナに向けてもう一つ魔法を放った。

 「Vent:S-8<風縛>」

 抵抗する様子のないルミナの手足を見えない風の紐で縛り、そしてルミナを取り囲んでいる大男たちに命令した。

 「この娘の純潔、ここで散らしなさい。彼が戻ってくるまでにね。彼があたしのモノになっても、この娘をそのまま返したら彼に纏わり付くかもしれないから、邪魔者にはいなくなってもらわないと。好きでもなんでもない見ず知らずの男に汚された身体で、彼には近づけないでしょう?」

 ルミナには彼女の言葉は聞こえていないが、縛られて身動きが取れない状態にされ欲望に満ちた瞳を大男たちに向けられれば、自分が何をされようとしているのかは簡単に理解できる。

 (いや、近寄らないで・・・!)

 抵抗しようとしても身体は動かず言葉も出ない。何もできない自分が惨めで情けなく、ルミナの瞳に涙が浮かんだ。

 (助けて、ユウ・・・)

 そして自分から引き離した愛しい人に助けを求めてしまう自分を、どうしようもなく愚かな人間だとルミナは思った。だがそれでも彼女は助けを求めるしかなかった。

 そのルミナの中で、まだ完全に目覚めていない白きチカラが呼び起こされるような感覚があった。そのチカラがあればこの状況はどうにでもなるのだが、それはとても間に合いそうにない。それに何より、彼女のそのチカラが目覚めるには自分を守るというのだけでは不十分だったのだ。


 涙を流しながら侑に助けを求めているルミナへとその男たちの手が届き、亡き母から貰った大切なその服が力任せに引きちぎられ、白い布の破片が宙を舞った。

 

 そして男たちの欲望がルミナの白く美しい身体を汚そうかというまさにその瞬間―――


 ルミナを囲んでいた大男たちが消え去った。


 彼らの存在を構成する全ての要素がこの世界から消滅したのだ。その肉体だけでなく、彼らを知る者の記憶から彼らの存在そのものも消え去っていた。


 「殺すだけで終わると思うなよ。お前は俺が考えうる最も残酷な手段で殺し、この世界にお前の存在を欠片も残さずに消し去ってやる」

 

 鮮血を思わせる深紅の瞳を憤怒と殺意に染めた破壊と消滅の黒き魔人が、身勝手な意思で悪を裁くためにその場へ降り立った。

 救いを求めることも叶わないような純然たる殺意が、その空間を支配していた。


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