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9/15 魔法Noを編集しました。

 生徒や教師たちが見つめる上空では、侑と仁が二人で話していた。もちろんその会話は二人以外には聞こえていない。

 「まずは相手の主張も聞かないとな」

 侑は自分で確かめた情報で動くことに決めている。だからこそ危険を承知で敵との接触を考えていた。

 「相手は話を聞いてくれるのか?」

 「どうだろうな。でも現れてからけっこう経つのにまだアクションを起こしていないんだから可能性はあるだろ」

 「そうだな。まあ俺は慣れてないからこういうことは侑に任せる」

 「最初からそのつもりだ。いきなり戦闘になるかもしれないから、仁は戦闘に備えておいてくれ。戦闘になったら生徒たちの保護とサポートを頼む。おそらく全員をいっぺんに相手はできないから、そのときは俺が行くまで時間稼ぎをしてくれ。相手は人族じゃなくて魔族だけど、殺しは俺の役目だ」

 「・・・分かってるよ」

 仁の返事を聞き、侑は今のところは敵意がないということを示すために両手を挙げて魔族に近づいた。魔法は手を使わなくても発動できるため意味はないように思うが、侑の意思は相手にも伝わったようで、攻撃されることはなかった。

 近づいてきた自分を見て魔族側がどのように考えているかは侑には分からない。それでも動きがないということは、話をする意志はあるのだろう。ある程度の距離を保って停止し、侑は先ほど目に付いた最上級魔族の若い男をリーダーだと確信して彼に向けて言った。

 「単刀直入に聞くが、目的は学園の生徒を拉致することか?」

 侑の目の前の男はその深紅の瞳で侑のことを観察してから質問に答えた。

 「その通りです。しかし何故そのことを知っているのですか?魔法具の魔法陣の違いに気づく生徒がいるだけでも予想外だったのですが、まさか目的まで知られているとは・・・」

 侑の質問に素直に答えて質問を返した男だが、言葉とは裏腹にその口調は落ち着いていた。そんな相手を侑も少し観察する。そして黒と深紅の視線が交錯した。

 「依頼を受けたから知ってるだけだ。拉致してどうするつもりなのかも見当はついている」

 「そうですか。ならば貴方は私たちの邪魔をする敵だということでいいのですね?」

 侑の返答を聞いた男は穏やかな声音で侑に確認した。この問いに答えるために、侑は尋ねた。

 「ここで退いてはくれないんだよな?」

 「ええ。私としても人族と性行為をするなど遠慮したいのですが、これもあの方の命令ですので」

 「何故そんな命令に従う?」

 「あの方に忠誠を誓っているからです。それに時間は掛かりますが、この世界を支配するための方法として正しいと思ったからですよ」

 「そうか・・・。なら俺たちは敵だな。個人的にその方法を認めることはできないし、何より依頼を放棄するわけにもいかない」

 相手の答えから侑は目の前の魔族を改めて敵だと判断した。最初から敵意を隠していなかった相手なのだから、こうして話す必要はなかったのかもしれないが、侑にも譲れないことがある。対して侑に敵だと認識された男はといえば、侑と同じような質問を口にした。

 「そちらこそ退く気はないですか?7対2という戦力差は厳しいでしょう。足手まといも大勢いるのですから無理に命を懸けることもないと思いますが?」

 「確かに戦力差はあるし生徒は足手まといだが、そっちも生徒が必要なんだろ?」

 「そうですが、こちらとしても飼育できる数には限りがありますのである程度殺しても問題はありません。オスに至っては数人で十分ですしね」

 「それもそうか。まあでも、随分と余裕なんだな。自分を敵だと認めた相手と悠長に会話ができるなんて」

 侑も敵意を向けている相手とずっと話していたのだから同じかといえば、そうではない。魔族側は侑を敵だと最初から判断していたにも関わらず、戦力差から油断して侑の接近を許して会話していた。そんな相手だからこそ敵意を向けられても会話を進められていたのだ。しかし侑は目の前の相手を敵だと認識した時点で、気取られることなく魔法の発動準備を始めていた。慢心や油断の危険性はその身に刻み込まれている。自分を殺す気でいる敵に容赦をすることは、己を殺すことに他ならない。だから侑が敵に容赦することなどない。本気を出さないことはあっても真剣であることは忘れない。過剰な攻撃は無駄が多いため相手の力量から判断して全力を出さないことはあるものの、確実に標的は殺す。そうやって侑は生きてきた。それは今回も例外ではなかったようだ。

 その最上級魔族の男は一瞬だけ魔力を感知した。反射的に後方へ移動し、彼がその視界に捉えたものは、共にいた6人の上級魔族のうちの3人が、黒い球体に飲み込まれて消えていく光景だった。そしてその3人の存在が黒球に飲み込まれて消滅したこと、すなわち殺されたことを理解した。

 「無詠唱で魔法を使ったのですか!?それに魔力の隠蔽もここまでレベルが高いとは・・・」

 「これで戦力差は少し縮まったな」

 侑としては最初の攻撃で可能な限り数を減らしておきたかったが、敵もそう簡単に殺されてくれないようだ。初撃で魔法の実力を把握された以上、無詠唱による不意打ちは見切られるだろう。それに敵の魔族の能力が分からないため、次は侑が予想外の攻撃を受ける可能性もあり得るのだ。

 「所詮学生だと見くびっていましたが、3人も仲間を殺されてしまっては私も全力で貴方を殺すしかありませんね。貴方を殺す前に、まずは名乗っておきましょうか。私はキース・アレットと申します。貴方は?」

 「自己紹介する必要性はないと思うが、まあいいか。俺は篠宮 侑だ」

 「ではユウ、貴方は私一人でお相手しましょう。ハイド、学生の方は貴方に任せます。指揮を執って3人で捕らえなさい」

 「かしこまりました」

 ハイドと呼ばれた上級魔族はキースの命令に従い、残りの二人を連れて上空を見上げている学生に向かっていった。しかしここで3人を逃すと仁が直接戦闘することになる。仁の実力なら簡単に殺せるだろうが、それをさせるつもりは侑にない。瞬時に魔法を発動させた。

 「Obscurite:S-39<誘迷ノ闇霧>」

 無詠唱での魔法発動が、どのような状況でも良いかと言われればそうではない。魔法の規模が小さいときは無詠唱でスピード重視でも構わないのだが、規模が大きくなると詠唱によって魔法の強度を高める必要が出てくるのだ。先ほど魔族3人を殺した魔法がそれなりの規模でも無詠唱だったのは時間の余裕があって、話の最中にイメージを補強できたからこそ可能だったのである。咄嗟に3人の動きを止めるにはそれなりの規模と強度が必要だったため、侑は詠唱して魔法を放ったのだった。

 使用した魔法は、霧の中にいる対象の方向感覚を狂わせ、思考能力を低下させることで動きを制限するものである。その霧の範囲を広くイメージしたため、強度を高めるために詠唱する必要があったようだ。しかし黒い霧はハイドたち3人を包囲することなく、発動地点周辺でその拡散が止まっていた。

 「これがお前の能力か?キース」

 「さあ、どうでしょう?」

 自身の魔法に干渉した相手がはっきりしていたため、侑はその相手に尋ねた。尋ねられたキースは敵に情報を与えるつもりなどなく、返答を誤魔化した。まあ侑としても素直に答えるとは思わなかったので期待はしていなかったが。

 敵が自ら能力を明かすことはなかったものの、自身の魔法を妨害された侑はキースの能力についておおよその検討をつけていた。魔族の能力が干渉できるのは人界や魔界に存在するものだけで、魔力のように天族の力から創られた異物には作用できない。魔法は炎や水など一般に存在するものであっても、魔力によってそれらを創造しているため魔族の能力で干渉は不可能なのだ。そうすると魔法が有利だと思われるかもしれないが、魔族の身体能力は魔力で強化した魔法師のそれと同等かそれ以上であり、能力は魔法に作用しなくても魔法師には作用するのだからどちらにも有利などない。そういうわけで、先ほど魔法が妨害されたのは、魔法に干渉されたのではなくその周辺の空間に作用して霧の拡大を防がれたに違いないと侑は考えていた。

 「まあ能力がどんなものでもお前が敵である限り殺すだけだ」

 「まだ若いのに随分と簡単に“殺す”という言葉を口にするのですね」

 「そうやって生きてきたからな。それより無駄なおしゃべりはここまでだ。さっさと残りの3人も始末しないといけないからな」

 「そうですね。しかし私は貴方を足止めさえしていれば残りの3人でも生徒は捕らえられます。貴方にそっくりな顔のお仲間も上級魔族3人を同時に相手取っていつまで耐えられることやら」

 侑は仁の実力を良く知っているため、とりあえず3人の時間稼ぎを任せることにした。そして目の前の敵を殺すことだけに集中したのだった。

 侑は無詠唱で魔法を放った。使用したのは授業でも使ったObscurite:A-44<闇ノ魔弾>だ。黒の弾丸があらゆる角度からキースに殺到する。しかしキースは回避も迎撃もしなかった。その場で微笑を浮かべて立ち尽くしている。そのキースに向かった弾丸は、標的に触れる直前で別の何かにぶつかった。その弾丸自体には大した強度は無いため、弾丸は目に見えない何かに衝突したことで消滅したようである。その様子を当然のように見ているキースを見た侑は、特に動揺することも無く次の攻撃に移った。

 (空間に作用して魔法の移動を阻むということは・・・)

 「これならどうだ?Foudre:S-64<雷帝ノ支配>」

 もし周囲の空間に作用して魔法の到達を妨害しているのであれば、相手の肉体に直接作用する魔法なら効果があるはずだと侑は考えた。しかし相手の肉体に直接干渉する魔法はイメージするのが難しく、さらに相手の肉体の強度に勝る強度の魔法でなければならない。侑にとってイメージは問題ではないが、魔族である相手の肉体の強度に勝るには最上級魔法を詠唱して発動する必要があった。

 物理法則には縛られない魔力が、距離に関係なくイメージした位置、すなわちキースの体内へと侑の身体から移動する。その魔力が侑の想像を現実に創造し、魔法が発動した。今回はキースが移動していないため容易に魔力を送れたが、対象の座標が動き続けているとそれは難しく、基本的に相手に直接作用する魔法は対象に触れて魔力を流し込むものなのだ。だからこそ侑にはキースの行動が不可解だった。しかし敵に何か考えがあったとしても、ここで侑が攻撃の手を緩める理由にはならない。

 この魔法は対象の生物に流れる電気信号を全て支配するというもので、発動できる魔法師がほとんどいない高難度の魔法である。脳からの信号を支配すればその対象の行動は思うがままであり、容易に殺すことが可能だ。しかし魔法の維持には大量の魔力を消費するため長時間の発動はできない。そしてよほど強固なイメージがなければ支配は続かないのだ。下級や中級の魔族はともかく、上級魔族はこの魔法が当たっても数秒しか支配できず、最上級に至っては一瞬だけである。

 しかし、最上級魔法ですらその程度の影響しか与えられないとしても人界側が不利かと言えばそうではない。何故なら魔族の数が人族や亜人族に比べて非常に少ないからだ。一人が一瞬でも完全に動きを封じて仲間が攻撃すれば、殺すことはできなくても追い詰めることはできる。そうして戦うことができなければ、人界は現在の魔王が現れるまでに支配されていただろう。

 侑の発動した魔法が維持されるその一瞬だけは、キースは行動が不可能で能力も使えない。この一瞬で確実に命を奪える手段があれば勝敗が決まるが、普通なら一人でこの魔法を発動した直後に別の魔法を一瞬で発動して命中させるのはほぼ不可能だ。しかし侑にはその手段があった。

 「Obscurite:A-0<虚無ノ闇黒>」

 詠唱に含まれる数字が0の魔法は使用者が一人だけで体系化されていない魔法である。この魔法は侑が作り出したもので、対象の中心で発現した闇がその肉体の全てを無へと誘う。命中させるのは難しいが、一瞬で命を奪うことのできる、強力で無慈悲な魔法なのだ。

 侑の魔力操作技術であれば魔法の連続発動や同時発動は容易い。今回は強度を高めるために詠唱をしたが、魔法発動前の魔力を感じさせず詠唱もなしで高階級の魔法を連発すれば、たいていの敵は何が起こったのかも分からないうちに絶命させられる。そして今回のように詠唱があったとしてもその結果は変わらないだろう。


 キースは数が少ない上級以上の魔族の中でも、最上級に分類される魔族である。容姿は若いが非常に長い年月を生きており、複数人の魔法師を相手にした経験も多い。しかしそれ故に、敵の魔法が今までと決定的に異なることに気づかなかった。肉体に直接作用する魔法を遠距離から受けるとは思ってもいなかったのだ。最初に詠唱をせず侑が魔法を使ったことから今までの常識を捨てるべきだったのだが、寿命が長く多くの戦闘経験を積んでいるほど経験則を捨てることは難しい。

 実際に、キースの能力は周囲から向かってくる魔法攻撃に対してはほぼ無敵だった。彼の能力は【固定】というもので、空間を固定してしまえば固定された空間を移動できるものは存在しない。魔法に直接干渉できずとも空間に作用した結果、魔法に影響を与えることは可能なのだ。魔法の発動地点周辺の空間を固定すれば魔法をそこから動かすことができず、自身の周囲の空間を固定すれば相手の魔法は肉体に届かない。さらにそうすることで相手の接触すら許さないのだから、キースは今までほとんど攻撃を受けたことが無かった。それでもこの能力には固定範囲と連続固定時間に制限があり、自身の周囲を固定すると移動できない上に呼吸も困難であるため、常に周囲の空間を固定しているわけではない。そうすると奇襲や長期戦、敵への進行中が弱点といえるだろう。そのことをキース自身が知らないはずはなく、その弱点をカバーするための様々な戦い方を考えていた。今回は1対1で、無詠唱魔法から考えて魔法が得意なタイプの敵であったため、相手に能力を推測される前に相手の顔周辺の空間を固定して気体の流れをなくし、窒息死させるつもりだったのだ。他にもいくつか作戦はあったが、それを実行する前に侑から予想外の魔法を受けてしまったようである。

 しかし彼は死んでいなかった。侑の<虚無ノ闇黒>が発動する直前に肉体の支配を逃れたキースは即座に自分自身の存在を可能な限りこの世界に固定した。それによって無に帰すはずであった彼の肉体は下半身を失っただけで上半身は健在だった。思考や意志によって能力を発動しているため脳がある上の方から固定されたのだろう。上半身が残っていれば黒い翼も当然残っており、空中から墜落することはなかったが、受けたダメージは非常に大きかったようだ。


 侑は、自身の使える中で最も威力の高い魔法を受けたにも関わらず下半身を失うだけだったキースを見て感心した。最上級魔族の肉体の強度はここまで高いものなのか、と。しかし何故キースは<雷帝ノ支配>を避けなかったのだろうか、という疑問もあった。

 「まさか今の魔法を受けて生きているとは思わなかったぞ。でもその前の魔法を避けなかったのは何故だ?」

 侑は当然のように遠距離からの肉体干渉魔法を使えるが、これまでの戦いの歴史でキースはもちろん魔族はそういった類の魔法を受けたことが無かった。それは当然のことで、接触せずに自身の魔力を相手の体内に移動させ、その魔力を魔法に変換するような高等技術をもつ魔法師は今までいなかったのだ。そのことを説明している余裕のないキースは、目の前の規格外な若き魔法師に向けて言った。

 「貴方の魔法技能は我々の常識を完全に覆しました。だからこそ私はここで死ぬわけにはいきません。私がここで死ねば、何人もの同胞が私と同じ運命を辿ることになりますので」

 「今後この学園に手を出さないなら逃がしてもいいが・・・どうだ?」

侑の任務は生徒の保護であって魔族の殲滅ではない。だが再び襲撃に来るかもしれない相手を逃がす理由はないのだ。

 「それは保証出来かねます。それに我々も緊急時の脱出手段は用意していますので、今回はここで撤退させて頂きます」

 キースがそう言うと同時に、先ほど魔族が現れたときに出現していた黒い扉が再び現れた。そしてキースだけでなく仁が足止めしていた3人の魔族も一緒に、開いた扉に吸い込まれてこの場から消えていった。

 おそらく扉の先は魔界に繋がっているのだろう。とても人界にあるとは思えない嫌な空気を、侑は一瞬だけ扉の向こうから感じた。魔界は人族や亜人族が生活できる環境ではなく、魔界の地理も詳しく知らない。そうすると相手に地の利があるため、追撃という選択肢はすぐに侑の頭から消えた。

 この場に残ったのは、いまだに状況が上手く理解できていない生徒の困惑や、魔族に襲撃されて生きていることへの歓喜、その魔族を退けた二人の生徒への視線など様々だったが、侑は上空で無感情に今の戦闘を振り返っていた。しかしすぐに仁が近寄ってきたためそれは中断された。

 (まあ今回の戦闘については仁と情報を交換してから、また次に備えないとな・・・)

 結局敵を逃がしてしまったため、次は自分たちのことを考慮した作戦を立ててくるだろう。そのことを考えて、不安を感じるのではなく面倒だと思ってしまう侑であった。


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