表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

だんらん

作者: 四国の人

よろしくお願いします。

『だんらん』


Chapter1 兄・健二の願い(高校一年)

 今日俺は両親に言いたいことがある。俺は今、並々ならない決意でこの食卓に並んでいる。幸いにも今日は鍋だ。鍋は良い。鍋喰いながら言ったらなんか許してくれそうな気がするから。家族で鍋を囲んでいる空気って良いよね。これを生かさない手はない。家族で鍋を囲みつつ、さりげなくそして何気なく自分の中の願いを家族の前で話す。絶好のチャンス! そう思っていた――なのに……。

なんだこの空気⁉ これが……これが家族で鍋を食ってる空気か! なんか話せ! 重い、何これ。全然会話してねえ。

「お父さん、ポン酢取って」

 おふくろが一言。

「はい」

 ポン酢を手渡す親父。沈黙が続く。やべぇ、言い出せない……。どうしよう……。つかお前さっきから肉団子ばっか食ってんじゃねえよ、親父。俺の分ねえだろうが。

「ねえ、お父さん最近仕事の方はどうなの?」

 おふくろが尋ねる。

「まあなんとか。」

 親父がそう言い終わらないうちにおふくろが

「健二。あんたさっきからほとんど手を付けてないじゃない。ほらちゃんと食べなさい。」

 おふくろがおれの取り皿に白菜を入れてくる。

「勝手に入れんなよ。それさっき入れたばっかだろ。ほぼ生だよ」

白菜を鍋の中に戻す。

「大丈夫よ、これくらい。野菜は生の方がビタミンとか多く取れるんだから」

 それをまたおれの取り皿に入れる。

「だから入れるなって。自分が食えよ」

 白菜をまた鍋に戻す。

「いやよ。お母さんは煮えたの食べますけど」

 また俺の取り皿に入れてくる。

「俺にも煮えたの喰わせろよ!」

「あのさ、汚いんだけど。箸付けたの何回も入れないでくれる?」

 妹の由紀が初めて口を開く。

「食べなさい」

 母が有無を言わさず俺に命令する。

「…………」

 おふくろを無言で睨む。

「食べなさい」

 語気をさっきより強くして言うおふくろ。舌打ちしながら煮えてない白菜を口に運ぶ。

「……俺にも煮えたの喰わせろよ」

 小さく小言を言う。長い沈黙がリビング一帯を包む。

 なんか今日違う。いつもと違う。おかしい。ひょっとしてもうすでに感づかれてんのか。みんなの顔をまじまじと見る。親父と目が合う。

「なんだ、健二」

 親父が白滝を食いながらこっちを不思議そうに見る。

「何か言いたそうだな? 言ってみろ」

 やっぱりお見通しだったのか。まあここ一週間くらいチラシをさりげなく置いたりしてアピールしてたしな。

「あのさ、俺ギターが欲し――」

『あのさ俺ギター欲しいんだけど買ってくんない? 友達がバンド組もうって言ってきてさ。』という一言を言うつもりだった。それが俺が胸に秘めた決意だった。

バンド組んでモテたかった。早い話がそれだけだ。うちの家は基本的に金に厳しい。貧乏という訳ではない。むしろ中の上くらいだ。欲しいものは自分で手に入れろという家訓で『バイトでもしろ』とでも言われるのが関の山だ。しかし今の俺にそんな時間はない。今すぐ欲しい。なにせ今から一週間前に誘ってくれた奴らはもう楽器を買って練習を始めている。バイトして金貯めてたんじゃ追いつかない。しかし俺が言いかけた胸に秘めた決意と願いはこいつのこの一言によって遮られた。

「お父さん、お母さん。あたし東京に行きたい。東京に行って女優になる」

 この妹由紀の一言で俺の願いは無残に散って行った。

           


〈Chapter1  終〉

 

Chapter2 妹・由紀の苦悩(中学三年生)

 兄と母が相も変わらずくだらない言い合いをしている。煮えてるとか煮えてないとかほんとくだらない。

「あのさ、汚いんだけど。箸付けたの何回も入れないでくれる?」

 そう言うと二人は言い争うのを止めて兄は小言を言いながら食べ始めた。そういえば今日はなんかいつもと違う気がする。口数が少ない。あたしは言い出すタイミングを見計らっていた。

 思えば昔からこの家族は平凡だった。平凡な会社員の父。平凡な専業主婦の母。平凡な高校生の兄。どこにでもある家庭。あたしもそうなるんだろうなと心のどこかで諦めていた。普通に高校に行って、大学、社会人と進む。そして目の前いる父親のような平凡な男と結婚するのだとつい一年前までは思っていた。



 一年前、十四歳。ある日の下校中。一個上の陸上部の先輩との話もうわの空で自分の将来について模索していた。このままでいいんだろうかあたしの人生。何かやりたいことでもできたらいいんだろうけど何にもない。何であたしってこんなにすっからかんなんだろ。何にもないな。つまんない。あたしも、横で自慢話をベラベラ話している先輩も。


次の日も何とか一日をやり過ごし帰ろうとした時友達に呼び止められた。

「ねえ、昨日どうだったの?」

「何が?」

「だから昨日陸上部の高橋先輩と一緒に帰ったんでしょお? どうだったの?」

 ああ、思い出した。あいつか。

「別に、普通に話して帰っただけ」

 そっけなく返す。

「由紀は付き合わないの? 高橋先輩と」

 付き合う? まさか。

「興味ない」

「もったいな~い。高橋先輩カッコいいのに~。てか由紀モテるよねうらやましい~」

 帰っている間もその友達は恋愛の話をずっとしている。歩いている途中で人だかりに出くわす。

「でさーどう思う? やっぱりぃ――。 何これ?」

立ち止まって人だかりの中心となっているもの見る。

ドラマの撮影をしているらしい。辺りが静まり返る。監督の『よーいスタート』の合図で女優が演技を始める。

 その瞬間頭の中で『バチン』と音がした。スイッチが入る音。部屋に明かりをつけるときみたいに真っ暗だったあたしの世界が一瞬で明るくなった。きっかけなんて単純なものだ。これがしたい! この時強くそう思った。

 女優の演技を食い入るように見るつめる。すると一人の女の人が声をかけてきた。

「あの、ちょっといいかな」

 少し警戒しながら声をかけてきた女の方を向く。見たところ二十代後半ってとこか。

「あっ、全然怪しいものなんかじゃないので。こういうことをしてるんだけど」

 と言い名刺を渡してくる。どうやら芸能事務所の人間らしい。その瞬間心臓の音が馬鹿みたいに速くなった。

「あの、これって……」

 上手く言葉が出てこない。すると友達が興奮した口ぶりであたしが次に発したい言葉を代弁してくれた。

「スカウトですか⁉」

 頷く女。

「中島尚美です。今、現場で撮影してる女優のマネージャーやってます。ここじゃあれなんでちょっと場所移動していいかな」

 名刺を覗きこむ友達。

「すっげ! めっちゃ大手じゃん! 聞いたことあるこの事務所!」

 まだ頭の中が整理できない。こんなことってあるんだ。今、多分生きてきた中で一番嬉しい出来事が自分の身に起こっている。

「興味ないかな? ウチとしては是非とも来てほしいんだけど!」

 あたしの目をじっと見据える中島さん。

「あの……なんていうか……」

 答えが出ない。願ってもないチャンスのはずなんだけど。なんて言っていいか分からない。急過ぎて。

「はいカット!」

 監督らしき人の声。撮影が終わったらしい。

「急にごめんね。やっぱりすぐには無理だよね。家帰ってゆっくり考える時間も必要だよね。もし良かったら連絡先教えてくれないかな?」

 少し考えた後連絡先を教える事にした。

「ありがとう。連絡待ってるから」

 そう言うとさっきまで撮影していた女優の元に駆けて行った。


「やったじゃん! 由紀! 芸能人だよ、芸能人!由紀が芸能人になったらあたしみんなに自慢する!」

 さっきの出来事を自分の中で整理している。それどころじゃない。

「ねえ、由紀聞いてる?」

「ちょっと黙ってて!」

 困惑する友達。そりゃそうだ、今まで彼女に大声を張り上げたことなど一度もないのだ。

「そ……そんなに怒んなくてもいいじゃん……」

 そんな訳で友達と帰っている間、ずっと中島さんとの短いやり取りが頭の中を駆け巡っていた。

 家に帰っても落ち着かない。夕食もほとんど喉を通らず寝室に籠って名刺をずっと眺めていた。

 あの時の感情は嘘ではない。あの女優の演技見た時の『あたしもこれがしたい!』という感情は嘘ではないはずだ。あの時確かに世界が変わった音がした。でもそう思った瞬間にチャンスが労せずに転がり込んだ。これでいいのか? スカウトされた時は確かに嬉しかったが冷静に考えると不安ばっかりだ。まず家族の反対、仮に許してくれたとしても失敗した時の保険、周りからの目、、上京も視野に入れておかないといけない。その他諸々の不安が押し寄せてくる。それからは何日も自問自答を繰り返した。あれほど望んでいた平凡な将来からの脱出をいざとなって迷っている自分がいる。こんな簡単でいいのか? 自信がほしい、自分も家族も納得させることができる自信が。そんな事を考えながらあたしは一件のコンビニにふらっと立ち寄った。そこで何気なく見た雑誌にグラビアアイドルが写っていた。表紙には『2010年度グランプリ』の文字がでかでかと書かれている。

 次の日中島さんに電話をかけた。明日の日曜に喫茶店でと約束を取り付け、その日は床に就いた。約束の日当日。あたしが約束した時間に喫茶店に行くとそこにはもう中島さんの姿があった。

「どうも。まあ座って」

「はい。」

 はっきりと返事をする。

「考えてくれた? 例の件」

「はい」

 中島の目をじっと見据える。

「で、どうなの?」

 一呼吸置いて返事する。

「やりたいです。やらせて下さい」

 中島の顔が笑顔で綻ぶ。

「良かった――」

 中島さんの言葉を遮る。

「でも一つ条件があるんです。」

それを聞いて中島の表情が少し曇る。

「何? 条件って?」

「条件って言ってもあたし自身に対してなんですけど」

困惑する中島。

「……どういう事?」



「お父さん、お母さん。あたし東京に行きたい。東京に行って女優になる」

 三人とも固まっている。兄なんか口が開いてる。こうなることは一年前から予想していた。話を続ける。

「実は一年前から芸能事務所の人にスカウトされてて、それで――」

「ちょっと待て! 女優? スカウト? いきなり何を言い出すんだ?」

 お父さんがあたしの話を遮る。こうなることも予想してた。そして次の言葉も。

「何を……何を考えてるんだ。お前まだ中学生だろ⁉ 受験は⁉ それ以前に学校、高校はどうするんだ! 女の子一人が上京なんてどう考えても危ないだろ! お前はまだ……中学生なんだからな!」

 大声でまくし立てるお父さん。

「お父さん、落ち着いて。それに今二回言ったわよ、中学生って」

 お母さんがなだめる。

「おれは落ち着いてるよ!」

落ち着いてる訳ない。落ち着いてたらそんな大声は出さない。今、お父さんとお母さんがこの道へ進むことのリスクなどを必死に説いている。知ってる、そんな事。子供じゃないんだから。それを踏まえた上で今日あたしは両親に話した。

「これ見て」

 兼ねてから用意していた書類を出した。その書類を受け取るお父さん。

「何だこれは?」

 あたしは某有名少年誌の2011年度ミス・マガ○ジンのグランプリ最終選考にまで残ったことを話した。

「これ、グラビアだろ」

「これでグランプリ取ったら上京許して欲しい」

 目をまっすぐ見て言う。グランプリを取る。これがあたしが一年前に自分に対して出した条件だ。

「これグラビアだろ!」

 さらに声を張り上げるお父さん。

「それは単なるきっかけよ。賞を取ったら自然とドラマとかメディアへの露出も増えるし、最初だけだから」

この雑誌には全国から女の子が募集してくる。その競争を勝ち抜いて自信をつけ、それと同時に仕事を得る足掛かりにもなる。さらに続ける。

「高校も東京の芸能活動に理解のある高校に通うつもりだし、住む所は事務所の寮に入るから問題ないよ。」

「でもやっぱり――」

 お父さんが言葉を絞り出そうとしている間に畳み掛ける。

「あたしそんなに悪い事してるかな? 夢を追うのってそんなにいけないことなの? ねえ、お願い。グランプリ取ったらでいいから!」

 ついには言葉をなくすお父さん。少し悪い気もした。 多分、今お父さんはすごく苦しんでるんだと思う。長い沈黙が続く。

「夢か……」

 やっと言葉を絞り出す。何かを考えている様子だ。眉間に寄っていたしわが緩む。

「そうか……お前……夢ができたのか……」

 ゆっくり確かめるように言葉を吐き出す。

「……うん」

 そのゆっくり吐き出された言葉を受け止め、返事をする。

「……頑張りなさい」

 確かに、そう言った。そしてこの言葉を言うのは一年前から決まっていた。

「……ありがとう」

 深く息をついた。体の力が抜けていく。

「お父さん、ホントにいいの⁉」

 お母さんはまだ納得してないらしい。

「仕方ないだろ、やりたいって言ってんだから、好きにさせろ」

 お父さんが落ち着き払って言う。もう意見が変わることはないだろう。

「あ、あのさ俺もやりたいことある! ギター欲しいんだけど! 友達とバンド組むことになってさ!」

 どさくさに紛れて兄がギターをねだる。

「あんたは黙ってなさい。それより――」

 中々食い下がろうとしないお母さん。お父さんと言い合いになる。

「いやだからギターを――」

 相変わらずギターをねだり続ける兄。それを無視して話し続ける両親。

「……分かったわよ」

 とうとう母も折れたらしい。

「由紀。あんたの好きにしなさい。頑張るのよ」

 お母さんからの温かい言葉だった。笑顔で頷くあたし。

笑い合う家族。

「いやあ実はお父さん昨日仕事辞めてきたんだけど」

 笑いながら笑えない事を言うお父さん。空気が凍りつくのを感じた。


           〈Chapter2  終〉



Chapter3 父・博明の夢 (元会社員)

 今おれは家族からの視線を一点に集めている。多分悪い意味で……。

「……何で今そんなこと言うの? ねえ! 何で今そんなこと言うの? 二回言ったよ⁉ いま!」

 母さんが大きな声で問いただす。

「……この雰囲気で言ったら許してくれるかなって」

 みんなの顔が直視できない……。

「許す訳ないじゃない! どうすんのよぉ、これから⁉」

 母さんの声が一層怒気を含む。

「まあ待て! おれも考えなしに辞めた訳じゃないんだよ」

 そう言っておれは家族にある書類を渡し、こうなった経緯を話した。これはおれの夢だ。



 おれは小さい頃から宇宙飛行士になりたかった。無限大に広がる宇宙はおれのロマンだった。将来は月面で研究をしたり火星の探索などを夢見ていたが結局は諦めてしまい会社員に落ち着いた。

 それからはお得意先に頭を下げたり、上司への接待をする毎日だった。これじゃだめだ! おれがやりたいのはこんなことじゃない! そう思いおれは昨日会社に辞表を出した。


「なあ親父」

 息子の健二が書類を見ながら言う。

「……なんで焼肉屋なんだよ」

「えっ」

「だからなんで焼肉屋なんだよ! 親父は宇宙飛行士になりたかったんだよな⁉ 何で焼肉屋になってんだよ! ――つか俺のギターは⁉」

 健二が持っていた企画書をおれの目の前に突き付ける。

「おれもう四十八だぞ。宇宙飛行士なんて無理に決まってるだろ。安心しろ、絶対流行るから」

「店員がみんな宇宙服着て接客って……流行る方がおかしいっつーか、ギター欲しいっつーか?」

 健二が悲しい表情でこっちを見てくる。

「だって宇宙服着たいんだもの! 夢見たっていいだろ!」

 分かってもらうしかない。分かってもらえるはずだ。

「あんたは宇宙服着たいだけだろぉ! なんで何も言わず会社辞めるのよぉ⁉ しかもいきなり独立して焼肉屋経営するなんて……」

 頭を抱える母さん。それまで黙って企画書を眺めていた娘の由紀が口を開く。

「いいんじゃない。なんかお父さんのこと見直した」

 まさか由紀が賛同してくれるなんて……。

「由紀! そんなこと言ったらお父さん調子乗っちゃうでしょ? あたしは認めませんからね!」

 母さんがこっちを睨みつけてくる。

「大体お父さんはいつもそうなのよ――」

 母さんが説教をしてくる。

「なあギター買ってくれよ」

「健二。ギターなら母さんのあげる。あれまだ二、三回しか使ってないから。――ほんと考えられない! 脱サラして焼肉屋なんて――」

 母さんの説教が続く。

「……あれギターじゃねえよ! ウクレレだよ!」

 健二が机を叩く。由紀は何故か嬉しそうにしている。

「大して変わんないわよ。――大体お父さんは大黒柱としての自覚がないのよ」

 母さんと口論なっていく。

「全然違うんだよクソババア! ウクレレは高木ブーとかが弾いてるやつだよ! 俺欲しいのエレキギターだし! 布袋とか高見沢とか!」

健二が口を挟む。

「あんたもうるさいわねぇ。もういいじゃない高木ブーで。――なんで一人で決めちゃうのよぉ? ねえなんで?」

「んだよ! 俺の話全然聞く気ねぇよ!」

 健二が諦めて鍋を食べ始める。

「おれはもう会社員としての人生にはうんざりなんだよ。 それだったら自分の好きな宇宙服を着て自分の好きなように仕事がしたいんだよ」

 母さんに自分の素直な気持ちを伝える。しかし母さんの反論は続く。

「お金は⁉ お金! 退職金も出てないのよ⁉」

「お金なら三年前に死んだおれの親父が残してくれてた分があるだろ」

「あれは今後の蓄えとして置いておくっていう話だったでしょ⁉ 失敗したらどうすんのよ⁉」

大声を張り上げる母さん。

「大丈夫だよ」

「もう最悪よ! どうすんのよ! わたしには借金もあるっていうのにぃ!」

 母さんはそう言った後しまったと言うように口を押えた。鍋を食べていた健二と由紀の箸が止まった。

 …………借金?


         〈Chapter3 終〉

 


Chapter4 母・亮子の秘密 (専業主婦) 

 しまった……。つい口を滑らせてしまった。いや、いつ切り出そうかと迷ってたら由紀は女優になりたい、お父さんは脱サラして焼肉屋というとんでもない告白のせいで忘れてしまい、何故かこのタイミングで言ってしまった。あっ、健二も何か言ってたような気がする。高木ブーがなんとかって。

「……借金ってなんだ?」

 お父さんが不思議そうな顔でこっちを見る。

 そうわたしは家族には内緒で二百万の借金がある。



あれは日喫茶店で高橋さんとお茶を飲んでいる時だった。いきなり高橋さんがわたしの前で『おたま』と『お鍋』を出してきた。詳しい話を聞くと日本の高級な料理器具メーカーのものらしい。お鍋とおたまのセットで通常八千八百円のところ特別価格三千二百円で譲ってくれるという。――買った。特別価格という言葉はほんとに罪だと思う。高橋さんはこの鍋とおたまのセットの販売で月三十万を稼いでいるらしい。なんと買ってくれたおかげに高橋さんがわたしもこの鍋とおたまのセット販売しないか言ってくれた。わたしはこれに乗った。


       〈Chapter4  終〉



Chapter5 健二・家族の見方と決意

「マルチ商法じゃねえか! 完全に!」

 段ボールいっぱいに入っているおたまと鍋を見て叫ぶ俺。

「人聞きの悪い事言わないの! あっ、まだあるのよ」

 そう言っておふくろは自分の部屋に戻ったかと思うと段ボール箱の数々をリビングに持ってきた。中には全部鍋とおたまが入っている。全部で5箱あった。

「これ……全部鍋とおたまか?」

 親父がおふくろに恐る恐る確認する。

「……売れなかったのよぉ~!」

 親父の問いに答えるおふくろ。

「……一緒だよ」

 俺は段ボールに入っている鍋と食卓の中央でぐつぐつ音を立てている鍋とを見比べた。

「お母さんそれ絶対騙されてるよ……」

 由紀が心配そうにおふくろを見ている。

「ふん!」

 由紀の言葉を信じようとしないおふくろ。

「『ふん』じゃねえよ! ババア!」

たまらず怒鳴る。

「騙されてないよ」

 まだ信じないおふくろ。

「……いくら借金あるんだ?」

 親父がおふくろに聞く。

「え~と……二百万……?」

 バツの悪そうな顔のおふくろ。

「… … … …」

 沈黙する四人。

「……ごめんね!」

 両手の平を合わせ舌を出しながら謝るおふくろ。                                      


その後家族会議を開きおふくろはマルチ商法を止めることを誓い、親父の焼肉屋の件を承諾した。そして何事もなかったように四人で鍋を食べている。

「これからはお父さんと焼肉屋を繁盛させていくわ! 二百万なんかすぐ返済してやるんだから!」

 ご飯を頬張りながらおふくろが宣言する。ついさっきまで焼肉屋に反対だったのが嘘のようだ。


 今日家族の様子がおかしかったのには理由があったんだ。胸に秘めた決意を持ってこの食卓に臨んだのは俺だけじゃなかった。女優になりたかったり、脱サラして好きな事したかったり、マルチで借金作ったり……ギター欲しかったり。それぞれの夢、決意、秘密を持ってみんなこの食卓に臨んだ。鍋を囲みながら。

 あれ? よく考えたら俺が一番スケール小さくないか? ギター欲しいって……。みんなの顔を見回す。こいつらに比べると俺の願いって何なんだ? 親父や由紀と比べると俺小っせぇ。この二人は自分の夢や思いを叶えようとしている。本気で。俺も何か二人みたいに本気で賭けられる事をしよう。……おふくろは違うけど。

「なんだ健二。なんか言いたい事あるのか?」

 親父が俺の視線に気づいて声をかけてくる。

「俺! 日本一のバンド目指す!」

 勢いよく立ち上がり宣言する。

「どうしたのお兄ちゃん?」

 由紀が笑いながら言う。

「そうだぞ、どうしたいきなり?」

 親父が戸惑う。

「本気だからな。見とけよこの野郎」

 親父と由紀を見据える。

「へえーそう。まあ頑張んなさい。あっ、立ったついでに冷蔵庫から新しいポン酢取っきてくれない?」

 おふくろが冷蔵庫を指さす。

「うっせぇよババア! 自分で取れ!」


今日このだんらんがあったからこそ俺はやりたいことを見つけられた気がする。きっかけなんて単純なもんだ。それでいいと思う。今日初めて家族の笑い声が響いた。



               〈終〉 

 

               


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ