第55話 コメント
幸盛も若者に負けじと、『妻は宇宙人』という名の自分のブログをもっている。ブログとは、ウェブログの略で、コンピューターネットワークを使ってログ（記録）するということ。平凡な日常を日記のように綴りそれをネット上で公表している人たちが山といるわけだが、幸盛の場合は「北斗」や「あじくりげ」で発表した掌編がほとんどである。ゆえに、頻繁に更新するわけでもなく、ほぼ、月に一度更新するだけの、味も素っ気もないブログではある。
そのブログの後方に「コメント」という、読者が感想などを書き込みできる枠がある。幸盛のブログの読者は少ないので滅多に書き込まれることはないが、もし誰かが書き込んだ場合、そのことをブログ運営事務局がコメント通知としてメールで教えてくれる。
２月３日月曜日の夜のことだ。受信トレイを開いたら、その中にコメント通知が来ていた。早速、『妻は宇宙人』を見てみると、次のような文面だ。
「しずかっていいます。（絵文字）おはつですん。山中幸盛さんのブログ好きすぎます。（絵文字）今日は恥ずかしかったけどコメントしちゃいました。（絵文字）実は最近、山中幸盛さん自身にも興味がですね………。コノコノオ。（絵文字）。プニョプニョ。もしよかったら、仲良くなりたいなって。（絵文字）連絡くれたら嬉しいな。（絵文字）それじゃ待ってますです（絵文字）」
うーむ、なんて怪しいやつだ、本当に幸盛のブログを読んでいれば、幸盛が六十歳を過ぎたクソジジイだとすぐに分かるだろうに。絶対に何かの罠にちがいない。
とは思ったが、まずいことに、この人物のメールアドレスが公開されている。万が一にでも希少で善良純朴な読者を事件に巻き込むのはまずいので、芽を摘むことに決め、４日火曜日の夜遅く、この人物に次のメールを送った。
「しずか様 コメントをありがとうございました。通常、私は心を鬼にして、コメントを無視することにしているのですが（過去にコメントは数回しかなかったけど）、今回のしずかさんのコメントの内容はいけません。私のブログは不人気なので放っておいても何も起こらないとは思いますが、しずかさんのアドレスが公表されているので、万が一、ご迷惑をおかけしては申し訳ないので削除することにします。やったことはないけど、たぶん削除できると思います。世の中には悪い奴がウヨウヨいますので、念のためにです。ところで、私と仲良くなりたいとおっしゃっていただいて、とても光栄なのですが、私はかなり多忙ですので、御期待には沿えないと思います。このメールは私のパソコンから送りますので、しずかさんが私にメールを送ることは可能ですが、私はおそらく、御返事することが限りなく少ないと思います。『北斗』の月に一度、たった２ページの原稿ですらヒイコラ悲鳴を上げているのが実情ですのでご推察下さい。ありがとうございました。 山中幸盛」
このメールを送信した直後に、ブログ運営事務局から来たメールの中の「このコメントを削除する」という箇所をクリックした。その後確認してみると、コメントがきれいさっぱり削除されていた。
そして５日水曜日の夜、この人物からメールが届いていた。ブログをやっているので、そちらの方にも遊びに来て欲しいという内容だった。返事はせず、予告通りに無視した。
ところがである。６日木曜日の夜に受信トレイを開いてみると、この人物から朝、昼、夕方と、立て続けに三通もの返事を催促するメールが届いていた。バカバカしい限りだが、最後のメールには、まもなくメールアドレスを変えるので早くメールをくださいと記してあった。メールアドレスを変える事自体がこいつは詐欺師だと自白しているようなものだが、同時にこいつは紛れもなく救いようのないバカだ。幸盛のブログのファンと言っておきながら幸盛が平日勤務のサラリーマンということを知らないし、それにしても、幸盛が平日に一日中家に居ると考えている根拠は何なのだろうか？
憶測だが、このクソバカ詐欺師のブログの中のどこかに罠が仕掛けられているに違いない。いわゆるワンクリック詐欺というやつで、スケベ根性を出してうっかりどこかをクリックすると、法外な金額を請求されるという仕組みだ。例えば、いきなり『登録完了』とケバケバしい色の大文字が出現し、『二日以内に六万円お支払いください』とか迫ってくるわけだ。特にスマートフォンは危険で、不正なアプリを使って端末の個人情報を盗み、『あなたの情報を以下の通り取得しました』と、わざと住所などを表示して利用者の不安を煽り、短期間に大金を振り込ませようとする手口だ。
おーこわ、くわばらくわばら。無視したことが功を奏し、その後このクソバカ詐欺師からのメールはぷっつり途絶えたが、皆さーん、無視する勇気を持ちましょう。男性は特に、鼻の下をデレーっと伸ばすのは致し方ないとしても、自身のスケベ根性と格闘し、必死で組み伏せましょう！
