憂鬱な学校
お題:経験のない学校
わたしは今日も保健室で膝を抱えていた。
「ここは元気な子が来るところじゃないのよ」
「うう…」
「いつまでもここに居たってしょうがないでしょう?授業にまで置いてかれちゃうわよ。」
保健室の先生はそう言いながらもわたしにお茶を出してくれる。優しい。優しさが浸みる。
何故、入学早々、微妙に季節外れなインフルエンザなんかにかかったのだろうと憎まずにはいられない。
健康優良児だったわたしは保健室のお世話になんてなったことなかったのに、よりにもよって入学式当日に、しかも式の途中で倒れて保健室に運ばれた。
「でも、行っても友達いないし…」
中学から一緒にこの高校に来た友達はいないし、クラスで喋ったことのある子もいない。
もともと人付き合いが得意なほうではないわたしにとって、これは痛い。
今日こそはと思うのに、ひとりぼっちで好奇の視線を受けるのかと思うとどうしても教室まで行けなくて、結局またここに来てしまう。
「明日…こそ、行きます…」
そして昨日と同じセリフを言うと、先生は困ったように笑って、でも追い出すことはしなくて。
「先生会議に行ってくるわね」
そう残して先生が出て行くと、わたしは定位置で教科書とノートを取り出して勉強をするつもりだったのだが、今日は先生と入れ違いで男の子が入ってきた。
「えーっと、先生は?」
「あの、今会議で」
「そっか。えっと、絆創膏とかってどこにある?」
そこの棚の、と言いかけて、その子の手からダラダラ血が出てることに気づいた。
「きゃ!大怪我じゃないですか!」
「大袈裟。ちょっとふざけてただけ。まぁ爪は剥けたかも」
「ひぃぃ」
わたしが思わず口元を抑えると、彼はペロッとお茶目に舌を出してみせる。
「あの、手当てします、から、座っててください」
「え?ありがとう。右手だから絆創膏一発で貼れる気しなかったんだよね。」
この保健室生活で学んだことといえば手当ての仕方くらいか。
消毒してガーゼつけて、というのもだいぶ様になってきたように思う。
「はい、これで大丈夫です。血が滲んでくるようならまたお昼休みにでも来てくださいね」
「ありがとう」
ありがとう、と言ったのに、彼は立ち上がって出て行くことはせず、わたしの顔をじーっと見つめてきた。
「えっと…?」
「あ、ごめん。なんでここにいるのかと思ってさ。」
「あ…えーっと…」
何と説明していいのかわからなかった。否、他人にこんなこと知られたくなかった。
「もしかしてさ、君1年3組?」
「え、あ、そうです」
登校拒否中とはいえ、わたしは一応1年3組に在籍している…筈だ。
「やっぱり!入学式で倒れた子だよね!?」
入学式で倒れた子、という表現にはちょっと傷付いた。確かにその通りで間違いはないが。ないのだが…。
「あん時はびっくりしたよ。いきなり倒れるんだもん。」
「う」
あの時ってことはこの人は1年生なのだろうか?
「インフルって聞いたけどもういいのか?」
「まぁ…はい、なんとか…」
「良かった!あ、俺も同じクラスなんだ!」
「え」
「隣だったんだけど、まぁ覚えてねぇよなー」
彼は残念そうにガシガシと乱暴に首を掻いた。
「えっと…すみません」
「あはは、いいよ別に。俺が勝手に隣可愛い子だラッキーとか思ってただけだから」
「…え?」
「…あ。ナシ。今のナシ」
ちょっと頬を赤く染めて視線を逸らすから、わたしまで赤くなってしまった。
「せっかく来たんだしさ、教室行こ。」
「でも」
「あ、休んでた分のノートなら貸すし。あと教室とか、放課後案内するし」
「あの」
迷惑じゃないか、と口に出す前に、彼に手を握られて引っ張られた。
かと思っているうちにわたしの荷物も持たれ、わたしは教室へと向かっていた。
「みんな君が来るの楽しみにしてたんだぜ」
「え?」
「いい奴ばっかだから安心しろって」
彼なニコリと微笑みを向けられて、わたしは思わず頷いていた。