僕の楽しみ
お題:限りなく透明に近い朝飯
僕の朝は早い。
と、いうのも、僕は社会人一年目で他の社員より早く行って机拭きやらちょっとした掃除なんかがあったりするからだ。
その上、アパートは会社からだいぶ遠い。通勤時間は学生の頃と大差ないと思っていたが、ローカル線の電車の乗り継ぎというものを僕は舐めていた。時間に間に合う電車に乗ればかなり暇な時間ができるし、一本遅くすると始業ギリギリに着くことになり雑用なんてこなせない。
こんなことならスーパーやファミレスやバッティングセンターが近くにあるからなんて理由で今の部屋を借りないで、会社近くに住むんだった。
…そう後悔したのは最初の3ヶ月。
カランと音を立てて僕が入ったのは小さなコーヒーショップ。
朝の雑用は40分程のんびりしてから会社に向かえば十分だ。僕は毎日ここで朝食とコーヒーをいただくことにしている。
店内を見回すと僕と同じようなことを考えているであろうサラリーマンやOLがチラホラ。そうした人たちは常連も多く、会話こそ交わさないがちょっとした顔見知りだ。
「いらっしゃいませ。あ、おはようございます」
「おはようございます」
「今日も早いですね」
「君もね。」
「仕事ですから。それ新しいネクタイですね?」
「そう。よくわかったね。」
「お兄さんのネクタイ可愛いから毎日ささやかな楽しみなんですよ」
「はは、そりゃ変なネクタイして来れないな」
迎えてくれたのはいつも笑顔で明るくハキハキとしている女の子。
「いつものですか?」
「うん、いつもの」
「かしこまりました」
僕はにこにこする彼女に癒されながら、いつもの席に着いた。
彼女は大学生くらいなのだろうか。朝食を食べてから家を出るよりも、会社近くで朝食を済ませた方が睡眠時間が取れることに気づいてここに来るようになった頃、彼女は新人としてここで働いていた。
僕の席からはカウンターがよく見える。最初はわたわたとしている姿をニュースをチェックをする視界の端で見るともなしに見ていた。
注文を間違えられて作り直しますと謝られて、あんまり落ち込んでるものだからそれでいいよと苦手な甘いカフェオレを飲んだこともあった。
でも、一番覚えているのはあれだ。彼女の接客も様になってきた頃、僕が入社して3ヶ月くらいが経ったときのことだ。
度重なる残業が祟って、朝食をとりながらうたた寝をしてしまったある日、彼女が僕の肩を優しく叩いて「お兄さん、そろそろ行かなくていいんですか?」と控えめに起こしてくれてことだ。
顔から火が出るほど恥ずかしかったが、僕がここを出る時間を覚えててくれて、気にかけてくれたことが嬉しかった。
忙しさに押しつぶされそうな心が凪いでいくようだった。
次の日起こしてくれたお礼を言ってから、彼女と毎朝二言三言言葉を交わすようになり、今では毎朝の楽しみで生活の一部だ。
「お待たせ致しました」
「ありがとう」
僕にサンドイッチとブラックコーヒーを持って来たのは彼女だった。彼女が僕の顔をじーっと見るので、どうしたのか問うと、
「店長がようやくサンドイッチも作っていいよって言ってくれたんです。だからこれが私の初サンドイッチです。」
照れたように言う彼女に、味わって食べるよと返すと、彼女は嬉しそうに笑って、丁寧にお辞儀して戻っていった。
もぐもぐとサンドイッチを食べると、食べ慣れた味、いつもと同じ味、の筈なのに、なにか特別で。
僕は思わず微笑んでいた。