バウンサー
「一晩で百人以上は面通しするだろ?そりゃあぞっとしねぇ話もあるさ」
「例えば?」
「例えば?そうだなぁ、ちょっと前に免許証持ってない女を追い返したと思ったら、その女がホールから外に出てきやがったんだ。慌ててとっ捕まえて、どこから忍び込んだのか問い詰めると、何のことだと言わんばかりに俺を睨むんだよ。仕方ないから『免許証を見せろ』と言ったら、パースから見事に免許証を取り出しやがった」
「お前、引っ掛けるなら二杯までにしとけって言っただろう?」
「まだ夜の10時だぜ?酔っ払うにはまだ早すぎるよ」
「その女、追い返した女とそんなに似てたのか?」
「似てるなんてもんじゃねぇ。服装から髪型、胸元のタトゥーも一緒ならえくぼまで同じよ」
「そうか。世の中には自分にそっくりな人間が三人いるって言うがな?」
「ホントかよ?それにしちゃあ出来すぎた偶然だがな」
「とにかくまだ長いからちゃんとやってくれよ」
坊主頭に、レイダーズのジャージを羽織ったメキシコ系の小男は全身黒尽くめの白人の方へ振り返った。
「なぁ、他人の空似ならいいんだが、同じようなことがこの前ハリソン通りであったんだ」
サングラスを下にずらし、体格のいい相手が振り向いた。
「何があった?」
「あのシャブ付けの連れだよ。年増だが結構イケてる白人の女いたろ?格好は地味だったが、間違いない。刑事と話してた。友達付き合いじゃないな。夫婦って素振りだった」
「…酒はもう控えとけ。その内たらふく奢ってやるよ」
サンフランシスコ、リッチモンド区の喧騒に包まれた夜は今夜もまた霧に覆われていく。
あまりにも短いですが、こちらも掲載予定の「交渉」にリンクする部分がありますので、軽く読んでいってくださいませ。