何も持たずに歩こう
歩くことは慣れている。
毎日のように歩いている。
背中に背負った鞄は、肩にずしりと重く、
足に履いた革靴は、足をゆるく締め付ける。
家に帰って、荷をおろし、靴を脱いだ開放感が好きだった。
久しぶりに買い物に出た。
肩の荷はなく、足には軽いスニーカー。
自分の体の軽さに驚いた。
買い物に行くのはやめた。
どこかに着くのが惜しくなった。
行く当てもなく、ただ歩けるだけ歩いていく。
雨が降ってきたが、構わない。
濡れて困るものなど持っていないのだ。
あれほど雨を嫌がっていたいつもの自分が嘘のようだった。
体いっぱいに浴び、水溜りを蹴飛ばして、
ずぶ濡れになってもまだ帰ろうとは思わない。
夕方になり、夜になった。
もはや見たこともない場所を歩いていた。
どこをどう歩いたかも憶えていない。
歩いてこれるはずの近所なのに、不思議と胸の高鳴りを覚えた。
電車に乗って帰った。
一時間もしないで家に着いた。
一日歩いた体はすっかり重くなっていた。
足は棒のようになってきしみ、
そして、頭の中は空っぽになっていた。
心が軽くなっていた。