Wedding
その日、披露宴になっても、やはり父親は現れなかった。
白無垢姿の花嫁は、努めて明るく振る舞ってはいたが、その落胆は誰の目にも明らかだった。
司会者や友人たちは、それでも何とかその場を盛り上げようと、スピーチや歌で愛敬を振りまいたが、花嫁側の父親席がぽっかり空いた寂しさは埋めようもなかった。
そんな中、うつむきがちの花嫁の耳元に、微笑みながら囁きかける花婿の優しさだけが目についた。
そして、披露宴もそろそろお開きに近づいた頃。
花嫁が音を立てて席から立ち上がった。
大きく見開かれたその目は、正面の一点に釘付けになっていた。
来賓客の視線も、花嫁のそれに促されるように正面扉に集まった。
そこには、紋付きの羽織と袴に身を包んだ、一人の初老の男が立っていた。
それまで歓談でざわめいていた場内も、すぐにしいんとなった。
事を悟った司会者は、とっさの機転で照明を落とし、初老の男にスポットライトを当てた。
初老の男は少したじろいだ様子だったが、それでも口をへの字に結んだまま、杖を突きながら中央のヴァージンロードをゆっくり歩いてきた。
花嫁も、席を蹴立てて男の前に進み出た。
二人は、しばらく無言で向かい合っていた。
が、やがて男が無言でさし出した手が二人を一つにした。
花嫁の頬は涙に濡れ、その肩をそっと抱いた男の肩も小さく震えていた。
期せずして、場内に拍手が沸き起こった。
司会者は押し黙ったまま感極まったように宙を仰いだ。
言葉は要らなかった。
ハナをすすり、ハンカチを押し当てる場内の誰の目にも、無粋な解説などは無用だった。
結婚に反対され勘当覚悟で家を飛び出した娘と、それまで男手ひとつで娘を育ててきた父・・・
そして、花嫁の後ろで恐縮する花婿にも、父親は無言で手を差し伸べた。
いかつい父親のしかめっ面は、いつしかぐずぐすの笑みに崩れていた。
花婿は、深々と頭を下げてその手を握りかえした。
場内の拍手は割れんばかりになった。
誰の目にも、光るものがあった。
花婿の片方の手にも・・・
それは、ウェディングナイフだった。
その日、都内の某結婚式場で起こったショッキングな殺人事件が夕刻のTVニュースで報じられた。
花婿が、花嫁の父をウェディングナイフで刺し殺したのだ。
被害者は山口組系暴力団"集英会"の組長で、伴も連れずに娘の結婚式に出たところを狙われたものだった。
犯人の花婿は、その後の調査で、近年急速に首都圏で勢力を拡大している広東系中国マフィア"蛇頭"の下級構成員だったことが判明した。
花婿側の招待客も、ほとんどが日雇いのアルバイトだった。
そして、スケコマシ専門だった"周鄭陳"容疑者は、出所後新宿のシマを統括する幹部にまでのし上がったという。