Ep.1 Prologue
ここは我々の住む現世とは異なる世界。
名を『アストレイラ』という。
七つの大陸から成り、様々な生物や種族が栄え、文明を築く魔法の世界だ。
この物語は、その大陸の内の一つ、『フィル大陸』から始まる。
─────
フィル大陸西端、魔法都市ラピス。
この大陸の三大魔法都市の一つだ。
発達した魔法技術を駆使し、魔道具や魔導書の貿易で発展した都市。
今日は神代暦3525年、秋月52日。
運命とは、何気ない一日から動き出すものだ。
─────
「暇だなぁ。
もうやること無くなっちゃったよ。」
いつもの大通り。
無意識にそんな事を呟きながら歩いていた。
彼女の名は『明星 想空』。
ラピスの魔法学院を卒業したばかりの、16歳の少女だ。
ソラ
「帰る場所も無いし…
家は遠いしなぁ…」
"魔法が好き"という理由だけで家を飛び出し、7年が経った。
卒業したはいいものの、何をすればよいのかも分からない。
就職するにも社会経験が足りない。
魔法技術の研究もあまり乗り気にはなれない。
そういう訳で彼女は卒業後も資金が無く、寮に泊まっていた。
しかし、ついにそこを追い出されてしまった所だった。
彼女はいつものように港の商店街に立ち寄った。
魔道具や魔導書が露店に立ち並ぶ様子に目を輝かせ、辺りを見回す。
彼女は一つの店の中に入った。
穏やかな老人が営む魔導書店。
壁の本棚には色とりどりに染められた革本が所狭しと並べられている。
彼女は本を見ていると、店内に誰か別の客がいる事に気付いた。
ソラ
(この書店には私くらいしか来る人いないのに…)
見れば、そこには一人の青年がいた。
本を一冊手に取り、その表紙を眺めていた。
青年
「『超次元転送魔法陣のメカニズム』…
へぇ、面白そうなのがあるな…」
少し青みがかった髪。
背中に身に着けた剣。
そして紺色の瞳。
持ち物や身なりからして、旅人であると分かる。
ソラ
(…変な人。)
心の中でそう呟いていた。
─────
その夜。
ソラは街角の酒場にいた。
ソラ
「マスター。いつもの。」
カウンターの前に立つ大柄な男性にそう話した。
マスター
「あいよー。
嬢ちゃん、こんな遅くになんて珍しいねぇ。」
その男性は気さくにソラに話し掛ける。
ここは彼女がよく通う酒場だ。
日中は冒険者や町の人々で埋め尽くされている席が、今の時間は何の人影も見えない。
ソラ
「だってさぁ…寮追い出されちゃったんだよ。」
マスター
「おぉ…金はあるのかい?」
ソラ
「全くだよ。もう嫌になっちゃう。」
誰もいない酒場に2人の笑い声が響く。
その時。
鈴の音が店内に鳴り響いた。
マスター
「おお、いらっしゃい。
こんな夜分にお疲れ様だねぇ。」
ソラは入り口の扉の方を振り向く。
するとそこには、先程の青年が立っていた。
ソラ
(…あ、さっきの人。)
青年
「こんばんはー。」
彼は明るい声でそう言った。
青年は軽く会釈をすると、カウンターの席に腰掛ける。
彼はカウンターに置かれたメニュー表を開く。
青年
「へぇ…これもいいしこれも…
じゃあ…これを。」
彼は一番左上に書かれたものを指差した。
マスター
「おう、一番安いやつでいいのかい?」
青年
「まあまあ。
これも節約の一環ですから。」
マスター
「節約ねぇ。はいよ。」
彼はそう言うと、奥のキッチンの方に歩いて行った。
青年
「えーと…ここで使う金額は…」
硬貨の袋の中とメニュー表を交互に見ながら、その青年はそう呟く。
マスター
「はいよ、兄ちゃん。」
マスターが持ってきたのはジュースだった。
青年
「あ、ありがとうございます。」
顔を上げてそう言うと、彼はグラスを手に取った。
運ばれてきたジュースを飲みながら、マスターと談笑を始める。
ソラはグラスを傾けながら、ちらりと青年を横目で見た。
店の中で見た姿とやはり重なる。
ソラ
「旅人さん。
昼間、市場にいたよね?」
ソラは青年にそう問いかける。
彼はグラスを口元に運ぶ手を止め、ソラの方を見る。
青年
「え、はい。そうですよ。
ちょっと本を見てたくらいですけどね。」
ソラ
「へぇ、詳しいんだ…
あの感じだと、結構魔法の知識とかあったりするんですか?」
青年
「はい。
これでも結構長い時間旅してるんでね。」
ソラ
「へー。」
彼は笑いながらソラの質問に答える。
彼はグラスの中の光を見つめていた。
マスター
「嬢ちゃん、今日は泊まるとこあるのかい?」
ソラ
「ううん。無い。
どうしようかな…って、とりあえずここに来ちゃった。」
マスター
「ったく、あそこの管理人は冷たいからなぁ。
ここの裏の倉庫、空いてるぞ。寝るだけなら十分だ。」
ソラ
「ほんと?助かる!」
青年はそのやりとりを黙って聞いていた。
そして、ふとソラに質問する。
青年
「寮…魔法学院の寮のこと?」
ソラ
「あ、うん。
私あそこの卒業生でさ。
寮にずっと泊まってたんだけど…今日追い出されちゃって。」
彼女は苦笑して答える。
青年
「お金が無いかぁ…」
彼はそう言うとまたグラスの中の光を見つめる。
青年
「ギルドのクエストとかは受けないんですか?」
ソラ
「自分からは、あんまり。
戦闘も得意って訳じゃなくて…
ところでさ、
その…旅人さんはなんで旅をしてるの?」
そう問われた青年は少し悩んだように天井を見上げ、そしてこう言った。
青年
「まあ、理由なんて特にない。
ただ普通に色んな場所を巡ってるだけ。」
ソラ
「ふ〜ん…」
(旅かぁ…
楽しそうではあるけど…)
何か考えるような仕草をするソラに、青年は言葉を投げかける。
青年
「旅に理由なんていらない。
楽しめればそれでいいんだ、って僕は思ってます。」
ソラ
(…楽しめれば何でもいい、かぁ。)
青年
「じゃあ、僕はここらへんで。
ご馳走様です。」
彼は空になったグラスをカウンターに置くと、代金をマスターに渡した。
マスター
「また来てくれよな。」
青年
「またここに立ち寄ったら来ますよ。」
そう言って青年はマスターに笑いかける。
青年
「あと…」
彼はソラの方を向いた。
青年
「色々と話せて楽しかったです。
またどこかであったら、その時もまた。」
ソラ
「え、あ、はい、」
彼女は少し驚き、ほぼ上の空で答えた。
青年は酒場の扉を開け、夜の街へと消えていった。
ソラ
「…じゃあ私も。
倉庫使わせてもらうね。」
マスター
「あぁ。
嬢ちゃんもまた来てくれよな。」
ソラ
「もちろん。
じゃあねー。」
彼女もまた支払いを済ませ、酒場の裏へと行った。
─────
翌日。
ソラ
(昨日は倉庫で寝れたけど…流石にマスターにも迷惑掛けちゃあれだしね。
お金貯めて宿に泊まろう。)
彼女の足はラピスの中央、大陸ギルドの支部へと向かっていた。
大陸ギルド、ラピス支部。
朝早くから多くのギルダー達がクエストボードを眺めている。
ソラ
「さぁて、どのクエストを受けようかな。
討伐任務に、人探しもあるし…
採集のクエストだってある。」
ボードに張り付けられた紙を見ていると、その内一つが彼女の目に留まった。
ソラ
「よし。これなら私にもできそう。」
彼女が選んだのは収集のクエスト。
ルドマーク山脈に多く植生している薬草の採集のクエストだった。
ここから北東の方にある、ラピス周辺と北部地方の境目となる山脈。
北部との境目ではあるが、比較的魔物の出没も少ない地域だ。
ソラは受付からクエストを受注すると、すぐにラピスを後にした。
─────
ソラ
「最後に来たのはいつだっけな。
懐かしいなぁ。
友達と走り回ったりとかもしたっけ。」
遠くにはラピスの街並みが薄く浮かび、周辺には白い山肌が広がっている。
クエストの為に薬草の採集に来た彼女は、過去のこの場所での日々を思い返していた。
ソラ
「…って、こんな場合じゃないか。
早く例の薬草を探さなきゃね。」
彼女はそう呟くと、足早に歩きだす。
ソラ
「あ、多分これかな。」
彼女は足元の草に目を落とした。
白い小さな葉が幾重にも重なっている草が、岩陰に幾つも群生している。
ソラ
「うん。写真の通りだ。
これを5本だよね。」
彼女はそう言うと薬草を摘み始めた。
必要数を集め、彼女は立ち上がる。
しかし、その時だった。
背後から轟音が鳴り響く。
彼女は手を止め、後ろを振り返る。
そこに佇んでいたのは、黒い鱗を纏う魔竜だった。
ソラ
「…!?
え…
え…??」
彼女は自身に襲い掛かる巨竜を前に、全く動けずにいた。
魔竜は大きな咆哮を上げる。
ソラは一瞬にして吹き飛ばされた。
後方の岩に打ち付けられ、気を失いそうになる。
魔竜が迫ってくるのは辛うじて理解できた。
ソラ
(そんな…
なんで…?)
気が遠くなっていく。
彼女は目を閉じる。
死ぬ。
本能がそう理解してしまっていた。
ついに彼女の身体が動く事は叶わなかった。
魔竜はその鋭い爪を上げた。
そして彼女へと振り下ろされる。
次の瞬間──
一筋の剣閃が、竜の手を引き裂いた。
竜は痛みで大きく叫ぶ。
突然、ソラの目の前に一人の人間が現れた。
灰色のフードで、姿はよく見えない。
彼の持つ黒い刃の剣が日光を反射して輝く。
遠のく意識の中、その人間の声が聞こえた。
「…気を失ってる。
見られてはないな。
にしても…なんでこんな魔物がここに?
…ま、いいや。」
彼は何かを言っていたが、朦朧とする意識の中ではあまり良く聞き取れなかった。
しかし、その声色には聞き覚えがあった。
次の瞬間には、彼はそこから消えていた。
そして、同時に竜の叫ぶ声が聞こえた。
「よし。こんなもんか。
さて、あの人を運ばなきゃな。」
彼は剣を収めると、こちらに歩いてくる。
そして彼女の顔を見つめ、こう呟いた。
「あれ、この人…」
そして、その言葉を最後に彼女の意識は消えた。
─────
気が付くと、彼女はベッドの上で寝ていた。
まるでさっきまでの事が夢だったようだ。
ソラはラピスの教会で目を覚ました。
ソラ
「ふわぁ…ってここどこ…
あ、教会か。」
聖女
「ああ、起きられましたか。
傷だらけで来られた時はどうなることかと思いましたが…」
ソラ
「…それよりも、誰がここまで運んでくれたの?」
聖女は少し言葉を詰まらせる。
そして、こう続けた。
聖女
「それが…その方のお姿は確認出来なかったのです。
フードを被っていて、夜遅くで暗かったこともあり顔は見えませんでした…」
ソラ
「そうなんだ…変な人もいるんだね。
ちなみに、他に特徴とかはあったりした?」
聖女
「んー…どうでしょうか…」
頭を悩ませる。
聖女
「ああ、あれです!髪の先端が青っぽくなってて、それ以外は黒色でした!」
ソラ
「なるほどね。
…やっぱあの人なのかな…?」
彼女は体を起こす。
聖女
「あ、待って…まだ治療が…」
ソラ
「うっ…痛い…」
ソラはまたベッドに寝転んだ。
─────
その後数日の間、彼女はあの青年を探し続けた。
ソラ
「ほんと…どこ行っちゃったの。」
彼女は街の広場のベンチに座り込んだ。
噴水を中心に円形に広がり、地面はレンガのタイルで埋め尽くされている。
彼女は顔を上げ、人混みの中を見つめた。
そして、その中に見覚えのある姿をした人物を見つけた。
彼は地図を広げ、その中をじっと見つめている。
その様子を見ていると、彼は地図を畳み、西門の方へと歩き出した。
ソラは彼を追う一心で、同じ方向へと向かった。
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西門の出口付近で彼に追い付いた。
ソラ
「あっ…あの!!」
青年はこちらの方へと振り向く。
青年
「あ、酒場で出会ったあの。数日振りですね。」
ソラは息切れしながらも彼の方へ歩く。
ソラ
「やっと見つけた…お礼、言いたくて。」
青年
「お礼?
…あ、あれか。
別に感謝される程の事でもないですよ。」
彼は少し目を伏せ、そう答える。
ソラ
「あの時助けてくれなかったら死んじゃってたから…
ありがとう。」
ソラは青年に笑ってそう言った。
青年
「…別に。大したことじゃないですから。」
彼はそう言って苦笑いを浮かべる。
ソラ
「でさ。今からまた旅に出るの?地図見てたけど。」
青年
「え、はい。
ホーリッドの方に向かおうって思って。」
彼はそう答えた。
その言葉にソラは考え込む。
青年
「まあ色々あったけど楽しかった。
またどこかで会えたらいいですね。
それじゃあ…」
そう言いかけた彼の言葉をソラが遮った。
ソラ
「…私も、ついていきたい。その旅に。」
青年
「……え?」
ソラ
「だから、旅人さんのその旅に私もついていきたいの。」
彼は口に手を当て、視線を落とす。
青年
「…理由は?」
ソラ
「やることも無いし、旅とかしてもいいかなーって思った。
んで、自由な旅って言ってたから、旅人さんについていきたい、って。」
ソラは笑って答えた。
青年
「…本当につまらない旅だよ?」
彼は少し笑いながら言う。
ソラ
「全然。むしろそんな自由な人生を送ってみたい。」
青年
「不自由の方が多い。
学院卒なら、もっと他に出来る事もあると思うけど…」
ソラ
「私は魔法が好きなだけ。
それを仕事にはしたくないから。」
それを聞いた青年は黙り込んでしまった。
しばらく思い悩むような仕草をし、そしてこう答えた。
青年
「…分かりました。
でも、旅に出るなら準備とかする時間も…」
ソラ
「そんな丁寧口調じゃなくていいよー。
もう出来てるよ。
旅人さんは?」
青年
「あ、あぁ、分かった…
僕も大丈夫。
あと、名前は…?」
ソラ
「『明星 想空』。
ソラって呼んで。」
青年
「『エリアス・アーシェン』。
呼び方は…まあなんでもいいよ。
じゃあ、まあこれからよろしく。ソラ。」
ソラ
「こちらこそ。」
2人はそう言葉を交わし、並んで歩き出したのだった。




