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債の剣  作者: ShizukuNotePt
第1巻 請求通知
9/18

第5話 『偽契約』(前編)

リスが最初に気づいたのは、その男が立ったまま利息を払っていることだった。


街道沿いの宿場は、かつて二つの小さな交易路をつなぐ中継地だった。石の井戸、背の低い木造の広間、そして疲れた男たちみたいに互いにもたれ合う三つの倉。だが今、庭は半分が泥、半分が踏み荒らされた霜で、群衆は中心から距離を取っていた。誰も名を与えたくないものを囲むように、無意識の輪ができている。


その輪の中心に、抜き身のエイドブレードを握った農夫がいた。


振ってはいない。


震えている。


カエルは理由を理解するより先に、ノックスがわずかに動くのを感じた。警告ではない。焦りでもない。


――認識だ。


農夫の手の剣は細身のファルシオンで、鋼は鈍く、刃は手入れ不足で波打っている。その印――裸の前腕に刻まれた契印セロ――が、間違っていた。


数歩離れた場所からでも、カエルには見えた。


横線。


契印を貫く、意図的な掻き傷。薄いが、否定しようのない一本線。切れてはいけないものの上に引かれた線だ。


男の呼吸は鋭く浅い。吐くたび白い息が立ち、吸うたび何かが奪われていくようだった。


「使ってない」


誰にともなく、かすれ声で言う。


「振ってもない」


井戸のそばの女が、子どもの肩をつかんだ。


「デレン、嘘つかなくていい」


「嘘じゃ――」


男の膝がわずかに折れる。ファルシオンが手の中でぴくりと跳ねた。


金属の上を、かすかな震えが走る。光らない。派手でもない。


冷たい振動。


カエルが反射で一歩踏み出す。


リスの手袋が、彼の袖をつかんだ。


「見るだけ」


低い声。熱はない。手順だけがある。


カエルは苛立ちを飲み込む。


「血が出てる。戦ってもいないのに」


「血ではない」リスが訂正した。


そのとおりだった。


血はない。


ただ、男の目の中に、もっと薄いものがある。距離。視線が世界から滑り落ち、戻ってくるたびに世界の量が減っていくような。まるで、注意そのものが料金になったみたいに。


ノックスの声がカエルの思考へ滑り込む。乾いた墨が定着していくみたいに静かだった。


――支払っている。貸与なしに。


カエルの顎が固くなる。


「そんなはずがない」


――受諾がなければ、そうなる。


農夫の腕が跳ねた。ファルシオンが浅い弧を描いて振られる――本来の重さではあり得ない速さで。


刃は空を切った。


空が切り返した。


反動が肩を砕く。嫌な音。男が叫び、片膝をつく。


前腕の契印が一度だけ脈打ち、すぐに沈んだ。


冷えた波が庭へ広がった。井戸水が震え、桶の縁に霜が這い寄る。


利息。


動かなくても、刃は回収している。


デレンは息を吸い込み、リスの肩の向こうを見つめた。何かに縋りたい目だ。


「俺の名前――」


言いかけて、止まる。


口がもう一度形を作る。今度は小さく。払う額を減らせると思ったみたいに。


「俺の名前は……おれ、は……」


彼は強く瞬きをし、空白に怯えた。


リスがようやく前へ出た。外套が帳簿を閉じるみたいに落ち着き、襟元の契約庁の徽章が灰色の光を受けた。


「庭を空けて」


声は平らだ。


誰も逆らわない。


組織の声は、声量を必要としなかった。


男二人がデレンを襟元から引きずり、輪の外へ下げる。ファルシオンはまだ手に残っている。放せないらしい。


リスは、刃の届かないぎりぎりの距離でしゃがむ。


「氏名」


デレンは概念を思い出すみたいに瞬きした。


「デレン・ヴェイル……」


「鍛冶の許可は?」


「ない」


「登記された契約は?」


彼はためらった――長すぎる。


羞恥ではない。計算だ。


ファルシオンがまた震える。冷たい催促。


リスの視線が契印の横線へ走り、顎がほんのわずかに固くなる。


「ないのね」


結論は淡々としている。


「記録なしで契印が刻まれた」


デレンの目がガラスみたいに曇った。


「地下の貯蔵室で……」小声。


「穀物箱の裏。古い権限があるって男が言った。安くできるって。契約庁は、血が出ないとこんな遠くまで来ないって……」


群衆の中を、ざわめきが走る。否定しようとする息が重なり、輪がきしむ音みたいに聞こえた。


契印は刻める、とカエルは思った。


だが記録は提出されなければならない。


ノックスが背骨のあたりで重くなる。区別を肯定するみたいに。


――サル・ルブロ。


ノックスが指摘した。


カエルは庭を見回し、納屋の近く――荷車の下に半分隠れた浅い鉢を見つけた。灰色の痂皮に、赤い色味が混じっている。


金属粉と、もっと暗い何か。


デレンの腕の契印がまた震え、ファルシオンがぴくりと跳ねる。霜が袖を伝って細い線になって這う。


彼は息を呑んだ。


「振ってない」


もう抗議ではない。懇願に近い音だった。


「……まだ取られてる」


「受諾がない限り」リスは落ち着いた声で言った。「エイドブレードは貸さない。執行するだけ」


群衆へ向けて声を張らない。報告書を口述するみたいに話す。


「契印を改変した。解約手続きなしに契約を中断した」


デレンの顔が崩れる。


「借りが切れるって……」


「構造が切れた」リスは訂正した。


カエルの手が拳になる。


「塞げないのか? 傷を直せば――」


リスは彼を見ない。


「力づくは不均衡を悪化させる」


「今ここで封を押せば、刃は差分を修正するために加速する」


その瞬間、ファルシオンが跳ね上がった。見えない糸に引かれたみたいに。


デレンが叫ぶ。


刃が自分の腿を裂いた。


今度は血。


深くはない。だが十分だ。


庭の霜が濃くなる。空気が、雹の前みたいに尖った。


カエルがまた前へ出る。


今度はリスも一緒に動いた。


「押さえて」


命令は短い。


村人二人がデレンの肩を押さえる。


カエルが手首をつかんだ。


冷たさが、飲み込んだ釘みたいに腕を駆け上がる。


一瞬、ノックスがせり上がった。衝動へ釣り合いを与えようとする気配。


カエルは誘惑を感じた。清潔で、恐ろしい答え。


ノックスの重さを貸してやれ。固定しろ。刃に安定を見せろ。


だが彼は、それを――かろうじて――拒んだ。


ああいう助けには、必ず領収が付く。


抜かない。


抜けない。


ファルシオンがまた跳ね、動きを欲しがる。


デレンの唇が震えた。


「止めてくれ……」


契印がちらつく。


そしてカエルは、はっきり見た。


横線は綺麗ではない。


粗い。


サル・ルブロ。


金属の灰が、傷の溝に食い込んでいる。傷の中の砂みたいに。


「分離を強行した」リスがほとんど独り言のように言う。


「断裂の儀。権限なしで」


視線が荷車へ。鉢へ。


「誰がやった?」


デレンの息が引きつる。


「自由だって……」


「制度は嘘だって。契約庁は俺たちの名前を売るって……」


リスの身体がわずかに固くなる。


セム・ラーミナ。


当然だ。


「払ったの?」


「穀物で……」


ファルシオンの縁がまた震え、霜がさらに外へ這う。


カエルにも見えた。微細だが、間違っている。


デレンに近い者たちが腕をこする。皮膚が紙になって、古い裂け目を思い出したみたいに。


子どもが速く瞬きをする。焦点が滑る。戻る。滑る。


環境回収は待たない。


ノックスの存在が研ぎ澄まされた。


――不均衡のまま稼働を続ければ、この庭が担保になる。


カエルの握りが強くなる。


「なら終わらせる」


「どうやって?」リスがようやく彼を見る。


「刃を折る」


「それは断裂になる」


彼女の声は揺れない。


「抽出を広げる」


デレンが喉を詰まらせた音を漏らし、目がうつろになる。


そのとき、カエルは背後に何かが生まれかけるのを見た。


薄まり。


穴ではない。


許可が引き上げられる気配。


「リス」


彼は小さく言う。


彼女も見ていた。


虚無の前。


まだ全体ではない。だが、傾いている。


ファルシオンがまた跳ねた。


考える間もなく、カエルは空いた手をデレンの前腕へ叩きつけた。契印のすぐ下。


「俺を見ろ」


鋭い声。


デレンの視線が引き戻される。


「止めたかったんだろ」カエルは言う。


「受諾したのか?」


「俺は……助けてほしかっただけで……」デレンが喘ぐ。


「違う」


「俺が聞いたのはそれじゃない」


契印がちらついた。


ノックスの声が思考を切る。


――俺で固定するな。


カエルはそれを無視した。


「選んだのか?」


「それとも、失うのが怖かっただけか?」


デレンの唇が震える。


「……怖かった」


ファルシオンの振動が跳ね上がった。


リスが息を吸う。


「カエル」


霜が濃くなる。井戸水がまた波打つ。


受諾がない刃は、恐怖を違反として解釈する。


カエルはデレンの目を離さない。


「なら、今選べ」


沈黙。


半秒だけ、庭が宙づりになる。世界そのものが、何が提出されるかを待っているみたいに。


デレンの顎が締まる。


「……いらない」


ファルシオンが激しく震えた。


間違い。


契印が燃え上がり――痙攣する。


刃が横に鞭のように走り、井戸の石に浅い溝を刻んだ。


空気が冷たく割れる。


井戸のそばの子どもがよろけ、目がうつろになる。


リスが動いた。


細身の剣が鞘から滑り出る。制御された一本線。


ミラの気配が、かすかな残響のように空気を撫でた。


温かさではない。


だが、完全な冷たさでもない。


精密。


「下がって」


リスは叫ばない。


それでも庭が従う。


彼女はファルシオンの乱れた弧の届く範囲へ入る。


細身の剣が空に細い線を引く。デレンにも、刃にも触れない。


その間に一本の線。


「暫定条項」


リスが小さく言った。


空気がその線に沿って締まるようだった。


一瞬、ファルシオンの動きが鈍る。


止まらない。


鈍る。


利息。


カエルはリスの目にそれを見た。薄い欠落。優しいものが表情から値付けされて抜け落ちたみたいに。さっきまであった微かな笑みが消えている。


デレンの契印がちらつく。


横線が、かすかに煙を上げた。


「偽契約よ」リスは平坦に言った。


「印が改変されている。権限なし、証人なし」


視線がカエルへ。


「完全封じ込めを試みれば、不均衡は跳ねる」


「じゃあどうする!」カエルが吐く。


答えの前に、声が庭を渡った。


「なら、譲れ」


群衆が本能的に割れた。


霜の上を、測ったように落ち着いた足音が進む。


テッサ・ブランが庭へ入ってきた。事務室に入るみたいに。


外套の契約庁の徽章は、リスのものより清潔で、鋭い。


腰には細身の剣と、紐で留められた小さな金属の印章具。歩くたび、印章具がベルトの金具に一度だけ当たった。


乾いた音。


書類を置くみたいな、あの音。


テッサの視線が一度で場をなぞる。


デレン。横線の契印。ファルシオン。抜かれたリスの剣。


カエル。


その目はカエルで、必要以上に半拍だけ止まった。


「現場報告」


テッサは冷ややかに言う。


「偽契約」リスが答える。


「サル・ルブロによる断裂未遂。前執行の兆候」


テッサが一度だけ頷く。


「受諾は確認できた?」


「できていない」


テッサの視線がデレンへ移る。


「なら同意なしで執行している」


「予測どおり」


彼女はためらいなく一歩前へ出た。


カエルはノックスの注意が鋭くなるのを感じた。


――アイヴィ。


名前が、テッサが口にする前に浮かぶ。


テッサが小さく呟く。


「結束蔦……」


周囲の空気が薄くなる。


冷たさではない。


構造。


彼女は細身の剣を少し持ち上げた――デレンに向けてではない。


デレンと群衆の間の空間へ。


もう片方の手で印章具を抜く。金属が空気へ触れた瞬間、帳簿の外にあるはずのない乾いた墨の匂いがふっと漂った。


「付記」


言葉が、墨のように落ちる。


見えないものが庭へ沈み、居座った。


拘束。


デレンの腕が跳ねる。


ファルシオンが震えの途中で止まった。


完全ではない。


だが、細い線に追い込まれたみたいに。


霜の上に一瞬だけ、読めない刻印が浮かぶ。文字ではない。圧の気配だけが残り、すぐ消えた。


印章具がもう一度、同じ乾いた音を鳴らす。


空気が従う。


テッサの目は静かだった。


「条項を追加」


「禁止:現半径を越える前進」


霜の広がりが止まる。


井戸のそばの子どもが瞬きをし、焦点が戻る。自分の手を見つめ、まだ自分のものか確かめるみたいに。


カエルは目を見開いた。


「……そんなふうに、ルールを足せるのか」


テッサは彼を見ない。


「管轄内なら」


リスの顎が、ほとんどわからない程度に固くなる。


「テッサ」


彼女は低い声で言う。


「判決まで上げるなら――」


「上げない」テッサは即答した。


「まだ」


視線がデレンへ。


「契約から逃げようとして印を損なった」


「環境と登記に対する危険行為」


「俺は――」デレンが呻く。


「静かに」


テッサの声は柔らかい。


残酷ではない。


手続きだ。


カエルの胃がねじれた。


「それは助けじゃない」


テッサの目が一瞬だけ彼へ。


「あなたにとっては、そうかもしれない」


「制度にとっては、変数が安定する」


ファルシオンが境界を試すように、かすかに動く。


見えない線が保った。


利息はどこかで積もっているはずだ。


カエルはテッサの姿勢にそれを見た。口元の端に走るわずかな硬さ。柔らかさが求められ、採用不可として弾かれたみたいな。


リスがカエルへ寄る。半歩。声を落とす。


「刃は回収される。封じ込めへ移送」


「デレンは?」


「評価対象」


カエルは膝をついた男を見る。


楽になりたかっただけだ。


買わされたのは破壊だった。


そして今、制度は彼を証拠みたいに封じる。


ファルシオンが、もう一度震えた。


テッサの視線が鋭くなる。


「再交渉を試みている」


細身の剣が、ほんのわずか持ち上がる。


「必要なら」


テッサは落ち着いて付け足した。


「一時武装解除を課す」


カエルの脈が跳ねる。


武装解除。


抜くことを禁じる条項。


動くことを禁じる条項。


抵抗を禁じる条項。


空気がきつい。


群衆の中から小さな音が上がった。息が引っかかる。泣き声になりかける。


テッサは振り向かない。


ほんの一瞬、聞こえていないみたいだった。


次の瞬間、彼女の目が機械的に動き、音を変数として認識する――それ以上でも以下でもなく。


井戸のそばの子が、母親の袖を引いた。


「ぼくの――」


言いかけて、声が途切れる。瞬きを速くし、眉を寄せる。言葉がガラスの向こうへ滑ったみたいに。


「ぼくの……ぼく……」


母親が子どもを強く抱き寄せた。強すぎる。


カエルは、子どもの口が不在の周りで空回りするのを見て、肋骨の奥に冷たいものが沈むのを感じた。


恐怖でもない。怒りでもない。


勘定。


これは許可の話になる。



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