第6話『封印』(前編)
紙の首輪
彼らは護送されたのではない。
配置を変えられただけだ。
手首を縛られる代わりに、職員たちが寸分の狂いもなく間合いを取った瞬間、カエルはその違いを理解した。鎖もない。抜き身の刃もない。ただ、正確に測られた距離だけがある。
霜に固まった通りを、デレンを乗せた担架が先に進む。無骨な鉄で包まれ、まだ冷えきらない封蝋で封じられたファルシオンは、まるで証言を終えた証拠品のように別に運ばれていた。
村は抗議しなかった。
ただ、見ていた。
屋根の縁や柵の先には、霜がまだ張りついている。広がりもせず、消えもせず。法として確定しかけたものの名残のように。
テッサ・ブランは少し前を歩き、手袋をはめた両手を背で組んでいた。無駄がない。揺らがない。すでに記録している顔だ。
誓約局の職員のひとりが井戸の脇で立ち止まり、空中に二本の指を押し当てた。
「管轄確認。」
空間が、ほんの一瞬だけ締まる。
却下。
診断の脈動。カエルに向けたものではない。点検だ。
ノクスは即座に反応する。
――境界正常。権限承認。一時領域、有効。
「黙れ」と、カエルは小さくつぶやいた。
テッサは振り向かない。「精霊の注釈は、記録中は認められていないわ。」
「抜いてない。」
「抜く必要はなかった。」
広場の端に停められた輸送車にたどり着く。
強化された補給車にしか見えない。鉄帯が巻かれ、実用一点張り。
だが、違った。
扉が開いた瞬間、カエルの鼻を打ったのは紙の匂いだった。
湿った羊皮紙。
古い蝋。
乾ききらないまま重ねられた墨。
内壁には棚が並び、細い引き出しが整然と収まっている。紐と真鍮札で束ねられた書類が吊られ、床に固定された机には印章を打つための溝が刻まれていた。大きさと権限ごとに分けられた印頭が整列している。
ここは牢ではない。
移動式の文書庫だ。
デレンは机の向かいの固定台に寝かされる。職員が無表情のまま脈を確認し、契印に刻まれた横線の傷を調べた。
指示されるまでもなく、カエルとリスも中に入る。
扉が閉じる。
音は小さい。
決定的だ。
空気が再調整される。
冷えたわけでも、重くなったわけでもない。
整えられた。
誓約局の輸送車という領域内では、対峙は不要だ。
形式で足りる。
テッサは机に歩み寄り、細長い金属箱を取り出す。正確な音を立てて蓋を開いた。
中には、見覚えのない幾何を刻んだ印頭が収まっている。通常の条項よりも密で、重なり合う管轄のように線が幾層にも走っていた。
「封印予告よ。」と、テッサは静かに言う。
デレンではない。
カエルに向けて。
「これは判決ではない。手続き上の緩和措置。」
「拘束はしないって言っただろ。」
「していないわ。」
「じゃあ、これは何だ。」
「危険の管理。」
机の溝に沿って、書類が置かれる。
そこにはすでに、カエルの名があった。
書かれているのではない。
押されている。
この車両に運び込まれる前に、すでに刻まれていた痕だ。
胸の奥で、何かがわずかに軋む。
リスは二歩右に立っていた。触れられる距離。だが、その姿勢に宿る緊張は冷静だった。
恐れではない。
計算。
テッサは印頭を乾いた黒い粉に沈める。
「登録済み領域内では、分類が有効である限り、契印への追記が可能となる。痕跡は残る。記録もされる。」
カエルの手が反射的にノクスへ伸びる。
世界が、その動作を完了させない。
乱暴ではない。
ただ、足りない。
指先が柄の上で止まる。
却下。
「禁止。」と、テッサはやわらかく告げる。「対署なき抜刀。審査終了まで有効。」
手首にかかる圧は、力ではない。
分類だ。
カエルはゆっくり手を下ろす。
ノクスは怒らない。
計算する。
――限定的制限。権限記録済み。一時的。敵対性なし。
その冷静さの方が、恐ろしい。
「首輪をかけるつもりか。」
「かけてはいない。」
印が落ちる。
皮膚には触れない。
契印の上の空気を打つ。
乾いた金属音が車内に響く。
契印が脈打つ。
痛みではない。
認識。
皮膚に走る幾何が引き締まり、余白が狭められる。
「制限。」テッサは続ける。「記録半径内における精霊との発話を不許可とする。」
ノクスの存在が薄まる。消えたわけではない。隔てられただけだ。幾層もの硝子の向こうへ。
カエルはその静寂を、失われた重みのように感じる。
「侵害だ。」
「予防よ。」
デレンが身じろぎする。職員が無言でファルシオンの封蝋を確認する。手順通り。感情はない。
リスの手袋越しの手が、わずかにカエルの手首へ向かう。
止まる。
無関心ではない。
理解だ。
制度は反応を観測する。
感情は変数。
変数は、梃子になる。
彼女は代わりに手帳を強く握る。
強すぎる。
カエルはそれに気づいた。
……気づいた、はずだった。
テッサの視線が一瞬だけリスをかすめる。
記録。
保管。
「第二条項。」と、テッサ。
カエルの肩が固くなる。
「証拠物件への物理的干渉を禁止する。」
「あれを盗むとでも?」
「現場で用語の定義を再構築した実績がある。」
「収奪を止めただけだ。」
「それを干渉と呼ぶ。」
印が再び宙に浮く。
落ちる前に、胸がすぼまる感覚。
痛みではない。
収縮。
「外部境界への接近を禁止する。許可なき限り。」
車壁は動かない。
ただ、定義される。
カエルは扉へ一歩踏み出す。
足先が、何かに触れる。
壁ではない。
拒絶。
動作は完了しない。
その場に留まる。
三拍。
解除なし。
「一時的な措置よ。」テッサは言う。「拘束はしない。被拘束者として処理もしない。ただ、登録する。」
登録。
カエルはわずかにリスへ顔を向ける。
「いいのか。」
彼女は目を合わせる。
揺らがない。
「ええ。」
その奥に、ごく微かな遅れがある。
カエルはそれを認識する。
一瞬、遅れて。
眉をひそめる。
彼女は、いつもあんなふうに手帳を握っていたか。
ゆるめた記憶を探る。
浮かばない。
車輪が霜を砕き、輸送車が動き出す。
中は揺れない。
領域は保たれる。
「金属灰の残滓、安定。署名一致。」と、デレンの傍の職員が報告する。
「サル・ルブロ。」と、テッサ。
それ以上は言わない。
不要だ。
カエルは内壁にもたれかかる。
真鍮札が棚に並ぶ。
移送。
封じ込め。
分離審査。
不正構造。
彼の名は、まだない。
だが。
奥の引き出しから、厚い書類束が取り出される。
古い。
封蝋は乾き、ひび割れている。本日押されたものではない。
テッサの視線が、ほんの一瞬だけ長く留まる。
封が割られる。
最初の頁は、すでに埋まっていた。
分類欄、記入済み。
運用指定:機能的異常体。
現場適用:鍵。
胸の奥に、冷たいものが沈む。
「今日のものじゃないな。」
「ええ。」
リスの顔がはっと向く。
予想外だったのだ。
次頁。
適合指数:名目上。
成長軸:有機的。
上昇危険度:重大。
適用状況:確認待ち。
カエルはテッサを見る。
「決定じゃないって言ったな。」
「決定ではない。」
書類を閉じる。
「確認よ。」
車体は縮まらない。
だが、空間は狭まる。
閉じ込められたからではない。
定義されたからだ。
彼を引きずって扉を越えさせるのではない。
彼をそこへ配置する。
必要なものを、開かせるために。
順番に。
予定通り。
カエルは自分の契印へ視線を落とす。
新たな制限の下で、印が脈打つ。
関心。
勘定。
どこかで、この一行はすでに存在していた。
いま、認められただけだ。
新たに生まれたのではない。
確認されたのだ。




