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債の剣  作者: ShizukuNotePt
第1巻 請求通知
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第1話『執行』(前編)

前書き(EP1 前編) 死より怖いのは、生き残ること でした。

広場が拍手したのは、いま目にしたものを理解していなかったからだ。

ヴェイル広場は、習いとしては市場で、日程上は法廷だった。中央の石の円環を囲むように屋台が肋骨みたいに並び、濡れた藁と煮えた穀物の匂いを運ぶ風に天幕がばたついている。人々は籠を持って来て、祈りを抱えて帰った。どちらも同じ種類の取引だと、自分に言い聞かせながら。

ケイルはフードを深く被り、手を低く保った。

見つかるのが怖いからじゃない。自分の中に何かを見つけてしまうのが怖かった。

鐘が一度鳴った。二度鳴った。その音は雑談を、値切りを、あやされて空腹を訴える子どものぐずり声を、刃物みたいに断ち切った。群衆は磁石に吸い寄せられる鉄粉のように、円環へと締まっていく。

石の上に、ひとりの男が膝をついていた。

手首は背中ではなく、前で縛られている。最初は情けだとケイルは思った。契印を見るまでは。

焼き印じゃない。皮膚に署名を強く押しつけたみたいな痕だった。痣より濃く、墨より淡い。文字ではないのに、読み取られることを望んでいるように感じる線の幾何学。

罪人の手は、その痕を振り払おうとでもするみたいに震えていた。

両脇にはヴェイルの聖職者が二人、顔を淡い布で隠して立っている。姿勢は完璧だった。敬虔ではない。効率的だった。

その背後に、審問官が待っていた。

銀糸の刺繍が入ったヴェイルの白い外套。町の泥を侮辱するほど清潔だ。彼の身にある色は、手首に巻かれた黒布の小さな一条だけだった。誰も覚えていない旧い罪のための喪だと、ケイルは聞かされていた。

審問官が手を上げると、広場は呼吸の音だけになる。

「契約は慈悲だ」

審問官の声は張り上げていない。必要がないのだ。人が無意識に身を乗り出してしまう種類の声だった。

「契印は記録だ」続けて言う。「そして『債』の支払い期限は来た」

罪人が唾を飲み込もうとした。喉が小さく鳴り、その音が妙に遠くまで届いた。

ケイルは体重を移した。擦れた革靴が石にきゅっと鳴る。隣の女が、まるで彼が声を上げたかのようにちらりと見る。ケイルは固まった。

そのとき、処刑人が目に入った。

縄を持つ男じゃない。槍で周囲を押さえる兵でもない。重要なのは、円環の少し外側に立つその男だった。まるで代金を払われない限り、広場に触れたくないとでも言うように。

剣は鞘に収まっている。鞘は鎖で巻かれ、蝋印が三つ押されていた。紋章はケイルに見覚えがない。見えているのは柄だけだ。飾り気のない黒。宝石も金もない。動き出すまで気づかない類の武器。

だからケイルは確信した。

あれはエイドブレードだ。

一度だけ、何年も前に見たことがある。戦場で、空気そのものが怯えたように引きつった場所で。あの頃のケイルは、力とは炎のようなものだと思っていた。だがエイドブレードは燃えなかった。数えていた。

審問官が小さく合図する。書記が一人、板と尖筆を持って前に出た。もう一人は、薄い暗色のシートを手にしている。紙かもしれないし、革かもしれない。昼の光を吸い込んでいるみたいに不自然だった。二つに折られている。

彼らは罪人へ近づいた。台帳へ向かうみたいに。

「名前」

書記が言う。男の唇が動いた。声は掠れていて、円環には小さすぎた。書記が身を寄せ、目を上げないまま書きつけ、それから言う。

「契約者は?」

「……いない」

罪人が掠れ声で答えた。

嘘だ。あるいは、正しい種類の慈悲を一度も与えられなかったという告白。

二人目の書記がしゃがみ込み、男の手首の契印を見つめた。触れない。指先を上にかざす。熱でも立ちのぼるのを待つように。

ケイルは目の奥に圧を感じた。

理由が分からないまま、書記が言った。円環の中だけに届くはずの小声なのに、その言葉は妙に広がった。

「利息が重い」

審問官の視線が動く。罪人ではない。群衆へ。顔へ。手へ。誰も測られていないと思っているときの、小さな人間の動作へ。

視線が止まった。

なぜそう分かったのか、ケイルには分からない。審問官の目は布の向こうに隠れている。それでも、背骨に重りが乗ったみたいに、止まったのを感じた。

そして、通り過ぎた。

二人目の書記が暗いシートを開く。

一瞬、それはただの黒い長方形だった。だがすぐ、そこにかすかな線が見えた。列。欄。記入。欠落で書かれた本みたいに。

書記の手が、ある一行の上で止まる。ためらう。

一拍。二拍。

ケイルの喉が締まった。舌が乾く。

書記はシートをまた折り、立ち上がった。

ためらいは消えていた。最初から存在しなかったみたいに。

審問官が罪人へ向き直る。

「測定は終わった」審問官が言う。「おまえは不適格だ」

ケイルは死刑宣告を待った。吊りを見たことがある。襲撃者に喉を裂かれるのも見た。死は少なくとも正直だ。

だが審問官は処刑人へ手を向け、こう言った。

「徴収しろ」

処刑人が円環へ踏み込む。

靴がきれいだ。

慣れた指で鞘の鎖を外し始める。蝋印が割れた。大きな音じゃない。乾いた皮膚が裂けるような、柔らかくて下品な音だった。

ケイルは空気が変わると思った。前に見たときみたいに。

変わらない。

少なくとも、最初は。

処刑人が刃を抜く。

音が間違っていた。

金属が革を擦る音じゃない。ページがめくられる音に近い。

剣そのものは、ほとんど普通に見えた。鋼。まっすぐ。鈍い艶。ルーンもない。光もしない。派手さもない。

それでも、鞘から離れた瞬間、広場の何かが揃った。

気づかれた、と感じた。こちらを気にかけない何かに。

処刑人はエイドブレードを掲げた。地面と平行に構え、切っ先を罪人の胸へ向ける。

罪人の目が見開かれる。後ずさろうとして手をばたつかせる。両脇の聖職者が、彼を易々と押さえた。まるで羽みたいに軽いかのように。

「やめてくれ」男が囁いた。「お願いだ。お願いだ、俺は……」

審問官の声が、濡れた蝋に印を押すみたいに切り込む。

「台帳に乞うな」

処刑人が息を吸う。

ケイルはその肩が落ち着くのを見た。握りが、ほんのわずかに調整されるのを見た。

借りる、とケイルは望みもしないのに思った。借りる。

刃が動いた。

振りではない。

空気に一本の線を引いた。

ケイルは切れ目を見なかった。罪人が冷気に殴られたみたいに跳ねたのを見た。口が開く。悲鳴が出ない。

手首の契印が冴えた。光でも炎でもない。ただ一瞬、線が異様にくっきりした。まるで読み上げられたがっているみたいに。

それから、冴えは消えた。

男が前に崩れ、頭を垂れる。

ケイルの肺が緩んだ。馬鹿みたいな安堵が湧きかける。

終わった、と彼は自分に言い聞かせた。

肺がそれを信じてしまった。

だが、罪人が頭を上げた。

目は開いている。

群衆を見た。

そして、笑った。

安堵の笑みじゃない。勝利の笑みでもない。狂気の笑みでもない。

笑みが何を意味するか忘れた人間が、ただ動作として笑っているような笑みだった。

ケイルの胃がひっくり返った。

最前列の近くで女が泣き出した。大声じゃない。体が勝手に反応してしまったみたいに。

審問官が一歩前へ出て、二本の指で罪人の顎を持ち上げた。

「徴収完了」

審問官が告げる。

死が慈悲だったはずだ。徴収は在庫だ。

罪人の笑みは変わらない。

群衆がひとつの生き物みたいに息を吐いた。次の瞬間、ケイルは戦慄した。拍手が始まったのだ。最初は弱く。すぐに大きく。人々は拍手した。教えられてきたから。拍手しないということは、いま買ってしまったものを認めることになるから。

ケイルは動けなかった。

聖職者が罪人の手首の縄を解く。罪人は反応しない。子どもを導くみたいに円環の外へ連れていく。彼は抵抗もせずついていった。

周囲の外に荷車が待っていた。すでに三人、四人、背筋を伸ばして座っている。手を膝に置き、顔は空っぽだった。空殻。

ケイルは袖の中で拳を握りしめた。

生きているのは慈悲じゃない、と彼は思った。生きているのは、在庫だ。

吐き気を人前でぶちまける前に、彼は群衆を押し分けた。

市場の音が戻るのが早すぎた。露店が値を叫ぶ。魚の値段で口論が始まる。犬が吠える。子どもが、温かくて小さな何かに笑う。

それが、拍手よりもケイルを怒らせた。

彼は屋台の間の路地へ潜り込み、古い雨で湿った石壁に肩を押しつけた。冷たさに縋って息を整える。

心臓の鼓動がうるさすぎた。鐘みたいに。

目を閉じて、必死に人間のことを考えようとした。何でもいい。

母親。

顔じゃない。顔は、強く握っていないと記憶の中でぼやける。手でもない。笑い声でもない。

名前だ。

祈りみたいに、頭の中で形を作る。

そして、何もない。

ケイルの息が詰まった。

もう一度。音を。抑揚を。幼い頃、怖くて、彼女が戸口から返事をしてくれたときの、あの呼び方を。

空白だった。

歩いていない街路を忘れるような忘却じゃない。埃の向こうに埋もれたのでもない。ポケットに最初から入っていなかった硬貨みたいに、最初から無い。

ケイルは舌を歯の裏へ押しつけ、音節の形を探した。

口が、息子でいる方法を思い出せない。

吐き気が込み上げた。壁を掴み、苔に指を食い込ませる。

一拍遅れて、名前は戻ってきた。閉じた扉の向こうから聞こえるみたいに、かすかに。

だが、その名前に結びついていた温かさは戻らない。名前はただのラベルになった。繋ぎ止めるものじゃない。

ケイルは震える手を見つめた。

「馬鹿げてる」彼は湿った石と空気に囁いた。「疲れてるだけだ。腹が減ってるだけだ」

唾を飲み込む。

エイドブレードに触れていない。契約もしていない。何も借りていない。

なのに、何かが自分を小さくひと噛みしたみたいに感じるのは、なぜだ。

路地の口を巡回のヴェイル兵が通り過ぎた。淡い外套、槍を立て、泥を認めないみたいに水たまりを踏み散らしていく。足音が遠ざかるまで、ケイルはじっとした。

それから路地を出て、横道へ滑り込む。影に身を寄せて。

町を出る必要があった。広場へ引き寄せられる前から、そのつもりだった。わずかな硬貨。飾り気のない剣。剣霊に許可を乞わなくても戦える身体。

生き延びる。

彼はそれを誓いみたいに自分へ言い聞かせた。

道は広場の裏へ回り込み、役所の用途の荷車が並んでいる。ヴェイルの厨房へ運ぶ穀物。足場の修理用の木材。そして、ケイルの顎が硬くなる。空殻の荷車。

空殻の荷車のそばに、聖職者が二人立っていた。まるで空虚が感染するのを恐れているみたいに、声を落として話している。

ひとりの女が荷車へ縋るように押し寄せ、布の包みを胸に抱えていた。

「レン」声が割れる。「レン、こっちを見て……」

空殻のひとりが首を回した。

目が彼女の顔に焦点を結ぶ。一瞬、認識の形ができかけたように見えた。

だが、油を弾く水みたいに滑り落ちる。

空殻は彼女を通り越してぼんやりと見つめ、同じ笑みのまま、また動かなくなった。

女は、叫びになりきらない声を漏らした。手を伸ばす。

ヴェイル兵が槍の石突きで遮った。乱暴でも、優しくでもない。正しい動きだった。

「触れるな」兵が言う。「徴収は聖別されている」

「聖別?」女は涙を流しながら吐き捨てた。「まだ……まだここにいるのに」

兵は彼女を見ない。荷車を見つめたまま。所有物を監視する目だった。

ケイルの指が丸まった。

何も考えずに一歩前へ出てしまう。

女の腕の包みがずれ、小さな赤ん坊の顔が覗いた。目が大きい。赤ん坊は空殻の笑みを見つめ、言葉が返ってくるのを待つようだった。

ケイルは止まった。

馬鹿をするな。ヴェイルが罰するのは怒りじゃない。介入だ。

女がもう一度言う。今度は柔らかく、交渉でもするみたいに。

「お願い。少しだけでも……」

そこへ書記が近づいてきた。暗いシートを腕に折りたたんで抱えている。女に目もくれず、荷車のそばの聖職者に言った。

「次の移送は遅延」

聖職者が眉をひそめる。「どこの権限で?」

書記は折りたたんだ黒いシートを指で叩いた。

聖職者の姿勢が即座に変わった。恐怖じゃない。もっと悪いもの。受容だ。

一度だけ頷く。「了解」

ケイルの腕の毛が逆立った。

書記が振り向き、視線が刃の縁みたいにケイルをなぞった。

ほんの一瞬、書記の手が黒いシートを強く握る。彼は目を逸らした。早すぎるほどに。見てはいけないものを見たと認めるのを恐れるみたいに。

ケイルの喉がまた締まった。

彼は一歩退いた。

赤ん坊がぐずり始めた。女は包みを揺らし、必死に囁いてあやす。「大丈夫。大丈夫だから。家に帰ろう」

家。その言葉がケイルの舌の上で痣みたいに痛んだ。

荷車の列の向こうで叫び声が上がった。

「ケースを確保しろ!」

靴音が走る。金属が鳴る。

ケイルは音の方へ顔を向けた。

倉庫小屋から木箱が引きずり出されている。重い木材に鉄の帯が巻かれた箱だ。兵が二人、息を切らしながら引いている。まるで箱が動かされるのを嫌がっているみたいに。鎖が雑に蜘蛛の巣のように巻かれ、蝋印が鎖の環を閉じていた。処刑人のものとは違う封印だ。

エイドブレードのケース。

ケイルの胃が沈んだ。

三人目の兵がつまずき、箱が傾く。角が地面へ落ち、鈍い音がした。木にしては深すぎる音。

箱の周りの空気が締まった。

ケイルは鉄の味を感じた。急に鋭く、まるで舌を噛んだみたいに。

「慎重に!」誰かが怒鳴る。

鍵が落ちて、じゃらりと鳴った。鍵束が泥の上で光る。

兵のひとりが拾おうとかがみ、もうひとりが箱を立て直す。鎖が軋み、蝋印がひとつ、半分だけひび割れた。淡い亀裂が血管のように走る。

冷たい糸がケイルの背骨を這い上がった。

背を向けろ、と彼は自分に言い聞かせた。

できない。

彼は一歩近づいた。円環へ引き寄せられたのと同じ病に引かれて。奈落を覗き込み、ただの穴だと証明したがる自分に。

兵がこちらに気づいた。「行け」

ケイルは両手を少し上げ、敵意がないことを示した。「俺はただ……」

兵が押した。

怪我をさせるほどではない。思い出させるのに十分な強さで。

ケイルはよろけ、箱にぶつかった。

手のひらが、箱の隙間から一瞬見えた鎖巻きの鞘に触れた。

その瞬間、世界が冷えた。

温度じゃない。視線だ。

鞘の中の何かが、ひとつだけ目を開いたように。

ケイルは手を引っ込めようとした。

指が言うことをきかない。たった一拍。それが恐ろしく長い。

声が囁いた。耳でも空気でもない。骨の下で。

文章じゃない。判決だった。

『担保』

ケイルは手を引き剥がした。息が乱暴に漏れる。

胸が破れそうなほど鼓動し、彼は箱からよろめいて離れた。

溺れる者が縄を掴むみたいに、また母のことを思い浮かべようとする。

名前。

手を伸ばす。

そこにあるのは、沈黙の形だけ。

ケイルの口が開いた。

音が出ない。

濡れた通り、ヴェイル広場の裏で、ケイルは自分の手を見つめた。手が他人のものに見える。町はパンを買い、慈悲が切り売りされているふりを続ける。

いったい何が、彼の中で開いてしまったんだ?


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