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異世界節分ライフ~外れスキル【豆まき】で荒野を楽園に変えたら、空腹の女騎士が住み着きました~  作者: 黒崎隼人


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第9話「腐食する大地、立ち上がる聖豆師」

 夜が訪れたが、月も星も見えなかった。空を覆う黒い瘴気しょうきが、世界を闇に閉ざしていたからだ。


 村の広場には篝火かがりびが焚かれ、その揺れる炎だけが頼りない光源となっていた。


 村人たちの顔には、濃い恐怖の色が張り付いている。


「あれには勝てねぇ……触れただけで、体が腐っちまうんだ」


「逃げよう、南へ逃げれば助かるかもしれない」


 弱気な声が広がる。無理もない。相手は形のない「呪い」の塊のようなものだ。剣も矢も通用しないだろう。


 セシリアでさえ、剣の柄を握る手が白くなっていた。


「私の剣では、あのような流動体は斬れない。物理的な攻撃が無効となると」


 彼女は唇を噛み締める。


 私は静かに言った。


「物理が効かないなら、概念で殴ればいい」


「ガイネン?」


 私は【節分】スキルの説明文を思い返していた。


 節分とは、季節の変わり目に生じる邪気(鬼)を払う儀式だ。つまり、元来が「目に見えない悪いもの」を追い払うための行事なのだ。


 そして、あの大厄の泥流は、まさにこの世界に溜まった淀みそのもの。


 相性は悪くないはずだ。


 問題は規模だ。あのような山津波のような泥流を、私の手持ちの豆だけで止められるか。


 いや、一人でやる必要はない。


 私は村人たちの前に立った。


「みんな、聞いてくれ。俺たちは逃げない。逃げても、あの泥はいずれ追いついてくる。ここで食い止めるんだ」


「で、でもどうやって!」


「俺たちには豆がある」


 私は背負っていた袋を逆さまにした。


 ザラザラザラッ!


 山のような大豆が地面に広がる。SSSランクの聖なる大豆たちだ。


「みんなに頼みがある。この豆を握ってくれ。そして、俺の合図に合わせて、全力で叫んで投げるんだ」


「投げる? 豆を?」


「そうだ。これはただの豆じゃない。俺たちの思いを込めた弾丸だ」


 私は一粒の豆を拾い上げ、かざしてみせた。


「俺はこの土地が好きだ。みんなと食べる飯が好きだ。その『好き』という気持ち、日常を守りたいという意志が、最大の浄化作用を持つ」


 村人たちが顔を見合わせる。


 一人の少年が進み出た。


「俺……この村に来て、初めてお腹いっぱい食べた。あのおにぎり、美味しかった。だから、俺も投げる!」


 小さな手が豆を掴む。


 それをきっかけに、一人、また一人と豆を手に取り始めた。


「俺もだ! せっかく耕した畑を汚されてたまるか!」


「ハルト様の豆なら、きっと何か起こるはずだ!」


 恐怖が、使命感へと変わっていく。


 その時、バリバリという音が響き渡った。


 村の北側の柵が、黒い泥の重みに耐えかねてきしんでいる。


 来た。


 泥流の先頭が、巨大な鎌首をもたげた蛇のような形を成して、ヌルリと侵入してきた。


 その表面には、苦しそうな表情を浮かべた亡者のような顔がいくつも浮き沈みしている。

 強烈な腐臭が鼻を突く。


「ひぃッ!」


 誰かが悲鳴を上げた。


 泥の触手が伸び、一番近くにあったトマト畑を襲う。青々としていたトマトの葉が、一瞬にして茶色く変色し、枯れ落ちていく。


 許さん。


 私の心臓が早鐘を打つ。


 システムウィンドウが激しく点滅している。


『緊急クエスト:【大厄払い】を開始します』


『推奨アクション:総力戦』


 私は大きく息を吸い込んだ。


「セシリア! 合図を!」


 セシリアが剣を抜き放ち、天にかざした。彼女の剣が、月のない夜に一筋の銀光を描く。


「総員、構え!」


 50人の村人たちが、一斉に振りかぶる。


 泥の怪物は、我々を嘲笑うかのように大きく口を開けた。


 今だ。


「鬼はぁ、外ォォォォォッ!」


 私の叫びに合わせて、全員の声が重なった。


 放たれたのは、数千粒の大豆。


 それらは空中で黄金色の光を帯び、まるで流星群のように闇を切り裂いた。


 バラバラバラバラッ!


 豆が泥に突き刺さる音は、まるで雨音のようだった。


 しかし、その直後に起きたのは、閃光の爆発だった。


 ジュワアアアアアッ!


 豆が触れた箇所から、浄化の光が広がり、黒い泥を蒸発させていく。


「グオオオオオオ……」


 泥の怪物が、苦痛に身をよじるような音を立てる。


 効いている。


 だが、泥の量は膨大だ。蒸発させても、後ろから次々と新しい泥が押し寄せてくる。


「まだだ! もっと投げろ! 気持ちを込めろ!」


 私は叫び続け、自らも両手いっぱいの豆を投げ続けた。


 肩が熱い。腕が重い。


 それでも止めるわけにはいかない。


 一進一退の攻防。


 しかし、徐々にこちらの弾幕が薄くなっていく。豆の残量が心もとなくなってきたのだ。


 泥の勢いが増す。


「くそっ、キリがないか……!」


 焦りがにじむ。


 その時、私の視界の端で、何か巨大なものが準備されているのが見えた。


 セシリアとマメゾウが、何かを運んでくる。


 それは、昼間のうちに私がこっそりと仕込んでおいた、最後の切り札だった。

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