第5話「今年の恵方は北北西、育つ野菜は規格外」
セシリアは結局、恵方巻を三本も食べた。細い体のどこにそんな容量があるのか不思議だが、まあ元気が戻ったなら何よりだ。
翌朝、私は彼女に畑を案内した。
朝霧の中、露に濡れた作物がきらめいている。
「信じられない」
セシリアは呆然としていた。
「私がここに来る前に見た報告書では、ここは草木も生えぬ不毛の大地だったはずだ。それが、たった一日か二日で」
「まあ、ちょっと特殊な肥料を使ってな」
私はマメゾウが飛び出してこないかヒヤヒヤしながら答えた。彼は人見知りらしく、今はトマトの陰に隠れている。
セシリアはキュウリの棚に近づき、ぶら下がっている実を触った。
「でかい。普通の2倍はあるぞ。それに、この瑞々しさ……魔力を帯びている」
「食べてみるか? もぎたてが一番うまいんだ」
私は一本をもぎり、手で汚れを拭って渡した。
彼女は疑り深そうにしながらも、パクリとかじった。
「!」
目を見開くセシリア。
「甘い! 水菓子のようだ!」
「だろ? これが俺の自慢の『聖豆農法』で作った野菜だ」
適当な名前をつけたが、彼女は真剣にうなずいている。
「聖豆農法……聞いたことがないが、すさまじい技術だ。これがあれば、領地の飢饉など一瞬で解決するではないか」
彼女の表情が、騎士から領主代行の顔に変わった。
「ハルト殿。折り入って頼みがある。この農法を、いや、貴殿の力を私に貸してほしい」
「貸す?」
「私は左遷されてここに来た。だが、諦めてはいない。この荒れ果てた領地を復興させ、民を救いたいのだ。だが、私には剣の腕しかない。農業の知識も、資金もない」
彼女は深々と頭を下げた。
「どうか、この通りだ。報酬は……今は払えないが、必ず報いる」
その姿に、私はほだされてしまった。
実直で、不器用。私の好きなタイプだ。それに、一人で黙々と農業をするのも悪くはないが、販路や社会的な立場があったほうが、何かと都合がいいのも事実だ。
「わかった。協力しよう。ただし、条件がある」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
「俺の作る野菜を、一番美味しく食べてくれること。そして、俺の農作業の邪魔をしないこと。以上だ」
セシリアは顔を上げ、きょとんとした。
「それだけでいいのか?」
「それだけが重要なんだ」
こうして、私と女騎士の奇妙な共同生活(と領地復興)が始まった。
さて、今日の本題だ。
スキル【節分】には、「恵方」という概念がある。
空中に浮かぶコンパスのような表示が、今年の吉方位を示している。
『今年の恵方:北北西』
この方角に向かって事を行うと、ボーナス補正がかかるのだ。
「セシリア、ちょっと手伝ってくれ」
「何をすればいい?」
「そこの新しい畑に、この方向を向いて種を撒いてくれ。一言もしゃべらずにな」
「……? また何かの儀式か?」
彼女は不思議そうだが、素直に従った。
北北西を向いて、黙々と種を撒く女騎士。シュールな光景だ。
しかし、効果は絶大だった。
彼女が種を撒いたそばから、土が盛り上がり、芽が吹き出していく。
『【恵方植え】成功。成長速度500%アップ。病害虫耐性付与』
「な、なんだこれはっ!」
しゃべるなと言ったのに、セシリアは驚きのあまり声を上げてしまった。
「ああ、しゃべっちゃったか。まあいい、効果は出てるみたいだし」
目の前で急成長するのは、大根だ。白い肌が土から飛び出す勢いで太くなっていく。
「まるで生き物だ」
「魔物じゃないぞ。立派な野菜だ」
私は引き抜いてみた。私の太ももくらいある極太の大根だ。
「よし、今夜はふろふき大根だな」
セシリアの喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
彼女はもう、私の料理の虜だ。
そんな平和な時間を破るように、マメゾウが土から飛び出してきた。
「アルジ! タイヘン! アッチカラ、デカイノクル!」
マメゾウが指差したのは、北の山の方角。
セシリアの表情が険しくなる。
「あの山は……『赤鬼将』の住処と言われている場所だ」
「将軍様のお出ましってわけか」
どうやら、昨日の私の派手な乱れ撃ちと、今の急激な植物の成長による魔力の変動が、親玉を刺激してしまったらしい。
地面が微かに振動し始めた。
「ハルト殿、逃げよう。ジェネラルは通常の赤鬼とは桁が違う。一軍で当たるような相手だ」
セシリアが私の腕を引く。しかし、私は動かなかった。
「逃げる? せっかく育った大根を置いてか?」
「命のほうが大事だろう!」
「農家にとって、作物は命と同じくらい大事なんだよ」
私はポケットの中の豆を確認する。残弾は十分。それに、今の私には強力な味方がいる。
「セシリア、剣は使えるか?」
「……侮るな。空腹でなければ、遅れはとらん」
「よし。じゃあ、今夜は大根料理に加えて、特別に『勝ち豆』も振る舞おう」
私はニヤリと笑った。
節分といえば、豆まき。そして、豆まきといえば、鬼退治だ。
私の【節分】スキルの真価を見せてやる時が来たようだ。




