第3話「豆の精霊、爆誕する」
翌朝。
私は筋肉痛で目が覚めた。昨夜の「大豆乱れ撃ち」の代償だ。
小屋の外に出て、昨晩の戦場を確認する。
そこには、もはや赤鬼の死体(といっても消滅したので残っていないが)の痕跡はなく、代わりに驚くべき光景が広がっていた。
黒々とした豊かな大地が、見渡す限り広がっていたのだ。
昨夜、私は無我夢中で豆を投げまくった。豆が赤鬼に当たるたびに浄化の光が弾け、その余波で周囲の土壌が改良されていったらしい。
結果として、廃村の周り一帯が、極上の農地へと姿を変えていた。
「これ、トラクター何日分の仕事だよ……」
私は呆然とつぶやく。
そして、その畑の中心に、あの大豆の木が朝日を浴びて輝いていた。
近づいてみると、様子がおかしい。
木の下の方にある大きな鞘の一つが、妙に発光している。さらに、ゴソゴソと動いているような気がする。
「風のせいか? いや、明らかに揺れている」
私は警戒しつつ、その鞘に手を伸ばした。
鞘に触れた瞬間、パカッと自然に割れた。
「まめ?」
中から転がり出てきたのは、豆ではなかった。
鮮やかな緑色をした、二頭身の奇妙な生き物。丸い体に、小さな手足と、つぶらな瞳がついている。頭のてっぺんからは、双葉のような触角が生えていた。
大きさはソフトボールくらいだろうか。
そいつは地面に着地すると、私の顔を見上げて、愛くるしい声で鳴いた。
「マメッ!」
「……なんだこれ」
私はしゃがみこみ、その生き物をつついてみた。ぷにぷにとした弾力がある。高野豆腐とグミの中間のような感触だ。
『アビリティ効果により、精霊が誕生しました』
『個体名:大豆の精霊(未命名)』
『役割:栽培補助、土壌管理、害虫駆除』
精霊、だと?
豆から生まれたから、豆太郎か? いや、それだと某桃太郎のお供みたいだな。
「お前の名前は……マメゾウだ。どうだ?」
「マメーッ! マメゾウ、スキッ!」
どうやら気に入ったらしい。マメゾウは短い手足をバタつかせ、喜びのダンスを踊り始めた。
言葉が通じるのか。これは心強い。
「よろしくな、マメゾウ。俺はこの場所で畑を作ろうと思ってるんだ」
「マメゾウ、テツダウ! ココ、イイトコ! ツチ、ウマイ!」
マメゾウは地面の土をひとつまみ掬い、パクっと食べた。土を食うのか……まあ、植物の精霊なら養分なのだろう。
マメゾウが加わったことで、作業効率は劇的に向上した。
彼(?)は土の中を自由に泳ぐことができ、固い地面を一瞬で耕してくれる。さらに、どの場所に何を植えればよく育つかを、直感的に教えてくれるのだ。
「アルジ、ココ、ミズ、チカイ! イネ、ソダツ!」
マメゾウが指差したのは、川に近い湿地帯だった。
「稲か……米が食えたら最高だな」
しかし、稲の種も苗もない。あるのは無限に増える大豆だけだ。
そう思ってポケットを探ると、昨夜の残りの大豆があった。
ふと、思いついた。
【節分】スキルには、豆まき以外の使い道はないのだろうか?
例えば、節分には「恵方巻」という文化がある。あれは元々、商売繁盛や無病息災を願うものだ。
そして恵方巻には、七福神にちなんで7種類の具材を入れる。
具材……食材……。
「もしかして、豆を『変換』できないか?」
私は無茶な想像をしてみた。この大豆は万能だ。なら、この大豆を対価にして、他の種を生み出せたりしないだろうか。
『アビリティ:【五穀豊穣】の解放条件を満たしました』
『大豆(SSS)を100粒消費して、ランダムな作物の種を入手しますか?』
キタ! やっぱりあるじゃないか!
ゲーム脳で助かった。私はすぐに「イエス」を選択する。昨夜の戦いで回収した大豆は数百粒ある。100粒くらい安いものだ。
手元の袋から大豆が消え、代わりに私の手のひらに小さな種もみが現れた。
黄金色に輝く、米の種もみだ。
「米だ……!」
私は震えた。日本人として、米がない生活は考えられない。パンもいいが、やはり白米だ。炊きたての、湯気が立つ白銀の宝石。
「マメゾウ! これを見てくれ! 米だぞ!」
「コメ? ウマソウ! マメゾウ、ガンバル!」
私たちは早速、湿地帯の開拓に取り掛かった。
クワの代わりに、落ちていた平らな石と木の棒を蔦で縛って作った即席の農具を使う。マメゾウが土を柔らかくし、私が畝を作る。
アビリティ【福は内】による成長促進を使えば、稲作特有の手間のかかる工程もショートカットできるはずだ。
汗を流し、泥にまみれる。
現代日本では体験しなかった、肉体労働の疲労感。だが、それは不思議と心地よかった。自分の手で、生きるための糧を作る喜び。
夕方になる頃には、小さな水田が完成していた。
私は一粒の種もみを、水に浸した苗床に蒔いた。
「大きくなれよ」
願いを込めて【福は内】を発動する。
再びの光。
そして、水面から青々とした稲が顔を出し、風に揺れた。
まだ収穫までは時間がかかりそうだが、この成長速度なら数日で実るだろう。
その夜、私は大豆を茹でて食べた。調味料は岩塩のようなものを近くの崖で見つけたので、それを使った。
シンプルな塩茹で枝豆。
小屋の隙間から星空を見上げながら、マメゾウと並んで豆を食べる。
「うまいな」
「マメー」
一人じゃない。それだけで、不安の半分は消し飛んだ気がした。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきたのだ。
赤鬼の足音ではない。もっと規則正しく、重々しい響き。
人間か?
こんな辺境の、しかも魔物の巣窟と言われる場所に、誰が来るというのか。
私は緊張と共に立ち上がった。




