第13話「そして世界は豆で回る」
季節が巡り、再び春が訪れた。
「福豆の村」は、今や大陸有数の農業都市へと成長していた。
整然と区画された畑には、大豆、米、麦、そして色とりどりの野菜が実り、街道には商人の馬車が列をなしている。
村の中心には、巨大な「大豆の像」が建てられ、その周りには多くの観光客が集まっていた。
「へぇ、ここが伝説の聖豆師様の村か」
「あの食堂の『恵方巻定食』は三時間待ちだってよ」
そんな賑わいをよそに、私はいつものように畑にいた。
立場は領主代行の夫(セシリアと先日、ささやかな式を挙げた)となったが、やることは変わらない。土に触れ、作物の声を聞く。
「今年は雨が少ないな。マメゾウ、地下水脈の調整を頼む」
「マカセロ! チョチョイノチョイ、ダ!」
マメゾウも少し成長したのか、言葉数が増え、体も一回り大きくなった。今では精霊たちのリーダーとして、新しく生まれた小さな豆の精霊たちを率いている。
私の【節分】スキルも進化し、今では天候操作に近いことまで出来るようになっていた。もちろん、乱用はせず、自然のサイクルを助ける程度に留めているが。
今日の昼食時。
自宅のダイニングテーブルには、セシリアと、ガルド、そして視察に訪れている文官たちが座っていた。
「本日のメニューは、大豆ミートのハンバーグです」
私が皿を出すと、皆が歓声を上げる。
肉が入手しにくいこの世界で、大豆を加工して肉の食感を再現したこの料理は、革命的だった。
「むぐっ! 肉だ! これはどう考えても肉汁だ!」
ガルドが吠える。
「ヘルシーで、しかも高タンパク。騎士団の携帯食料としても正式採用が決まりました」
セシリアが誇らしげに説明する。彼女のお腹周りは少しふっくらとしたが、それは幸せ太り……ということにしておこう。
食事の後、セシリアが私をバルコニーに呼んだ。
そこからは、村の全景が見渡せる。
「ハルト。ありがとう」
「改まってどうした?」
「貴殿が来てくれなければ、この景色はなかった。私も、こんなに笑うことはなかっただろう」
彼女は私の肩に頭を預けた。
「この幸せが、ずっと続けばいいな」
「続くさ。俺たちが育て続ける限り」
私はポケットから、あの一番最初の大豆を取り出した。
干からびていたあの一粒が、全ての始まりだった。
今、その大豆は虹色に輝き、温かな脈動を伝えてくる。
「次は、あそこの荒れ地を開拓しようと思うんだ。あそこなら、ブドウが育つかもしれない」
「ワインか! いいな、楽しみだ」
セシリアが即座に反応する。相変わらずだ。
私の成り上がり物語は、英雄譚ではない。
剣で敵を倒して終わりではない。
クワを振るい、種を撒き、育て、食べ、笑う。その繰り返しの先にこそ、本当のハッピーエンドがあるのだと信じている。
さあ、午後も忙しくなるぞ。
私は麦わら帽子を被り直し、愛する畑へと歩き出した。
背後から、「待ってくれ、おやつは何だ?」と追いかけてくる愛妻の声を聞きながら。




