第12話「聖豆師の称号と、二人の未来」
国王陛下の来訪から数日。
村は一変した。王家の保護の元、正式に「開拓特区」として認定され、多額の支援金と資材が運び込まれてきたのだ。
もう廃村ではない。「福豆の村」という新しい名前もついた。
私は、国王から直々に「聖豆師」という、ありがたいような恥ずかしいような称号を賜った。宮廷料理人への誘いもあったが、私は丁重にお断りした。
私の居場所は、やはりこの畑だからだ。
夕暮れ時。
私は畑の一角にあるベンチに座り、風に揺れる稲穂を眺めていた。
マメゾウが隣で昼寝をしている。彼の鼻提灯が膨らんだり縮んだりしている。
「ハルト殿」
背後から声をかけられた。セシリアだ。
彼女は今は鎧ではなく、村娘のような質素なワンピースを着ている。それが妙に似合っていて、ドキリとする。
「ここへ来る時、私は絶望していた」
彼女は私の隣に座った。
「左遷され、未来を閉ざされ、飢えていた。だが、貴殿に出会い、豆を食べ、共に戦い……私は変わった」
彼女は真っ直ぐに私を見た。その碧眼は、今までで一番澄んでいた。
「ハルト殿。私は、王都には戻らない」
「えっ? でも、陛下は君の功績を認めて、騎士団長への復帰を打診したんだろう?」
「断った。騎士としての栄誉より、私には守りたいものができたからだ」
彼女は少し顔を赤らめ、視線を逸らした。
「この村と、この畑と……貴殿の作る料理だ」
それは、実質的な告白に近い言葉だった。
私の心臓が高鳴る。
私も、彼女なしの生活など考えられなくなっていた。彼女の豪快な食べっぷりを見るのが、何よりの幸せなのだ。
「セシリア。俺の方こそ、君にいてほしい」
私は彼女の手を取った。剣だこがあり、少しゴツゴツしているが、温かい手だ。
「これからも、俺の作った飯を一番に食べてくれないか?」
「……うむ。約束しよう。貴殿の飯は、私が責任を持って処理する」
「処理って……まあ、いいか」
私たちは顔を見合わせて笑った。
夕日が二人を優しく包み込む。
遠くから、ガルドの声が聞こえてきた。
「おーい! ハルト! 新しい取引先が決まったぞ! 今度は隣国の公爵家だ!」
「アルジ! オキタ! ハラヘッタ!」
マメゾウも目を覚ます。
静かな時間は終わりだ。また賑やかな日常が始まる。
でも、それがいい。
私は立ち上がった。
「よし、今夜はすき焼きだ! 国王陛下から頂いた最高級の霜降り肉があるぞ!」
「すき焼き!? なんだそれは! 詳しく教えろ!」
セシリアが目を輝かせて食いついてくる。
私の異世界農業生活は、まだまだこれからだ。
作るべき料理は山ほどある。育てたい作物も無限にある。
隣には頼れるパートナーと、愉快な仲間たち。
手の中には、一粒の大豆。
これさえあれば、どんな荒野だって楽園に変えられる。
私は空に向かって、小さくつぶやいた。
「鬼は外、福は内」
心地よい風が、稲穂を揺らして吹き抜けていった。




