第10話「祈りを巻け、起死回生の極太恵方巻」
「ハルト殿! 例のモノ、準備できたぞ!」
セシリアの声が響く。
彼女と数人の力自慢が抱えてきたのは、長さ2メートル、太さ30センチはあろうかという、超巨大な黒い棒状の物体だった。
そう、「特大恵方巻砲」だ。
いや、キャノンではない。食べるものだ。
通常の戦いではらちが明かないと判断した私は、今日の日中にこれを仕込んでいた。
材料は全て、この村で採れた最高級品。
シャリは【福は内】で強化した神米を一俵分。
具材は7種類。
甘く煮付けた巨大椎茸。
出汁をたっぷりと含んだ卵焼き(大量)。
歯ごたえ抜群のキュウリ。
甘辛く煮たかんぴょう。
桜色のでんぶ(魚肉をほぐして着色したもの)。
茹でた青菜。
そして中心には、鰻の代わりに川で捕れた巨大ナマズの蒲焼きを一本丸ごと入れた。
海苔の代わりに使ったのは、なんと浄化された魔物の皮を加工して薄く伸ばし、海苔の風味を付与した魔法のシートだ(もちろん食べられる)。
「なんだあれは……丸太か?」
村人たちが驚く中、私はその巨大恵方巻の前に立った。
この恵方巻は、食べるためのものではない。いや、食べるのだが、その意味合いが違う。
これは「供物」であり「祈り」の増幅装置だ。
『特殊アビリティ:【丸かぶり・祈願成就】発動可能』
『効果:恵方巻を完食することで、対象の「運気」を極大化し、奇跡を引き寄せる』
だが、このサイズを一人で食べるのは不可能だ。
しかし、システムには「対象:代表者」とある。
私はセシリアを見た。
「セシリア。お前の胃袋を信じていいか?」
「な、何を言う。この状況で食事か?」
「これを食べてくれ。全部だ。そうすれば、お前に奇跡の力が宿る。この泥を払う力が」
セシリアは巨大な海苔巻きを見上げ、ごくりと喉を鳴らした。普通なら「無理だ」と言うだろう。しかし、彼女の碧眼には、食欲という名の闘志が宿っていた。
「……わかった。ハルト殿が作ったものだ。残すわけにはいかん」
彼女は剣を地面に突き刺し、両手で恵方巻の端を掴んだ。
「今年の恵方は北北西!」
私が方角を指差す。それは奇しくも、泥の怪物が押し寄せている方向だった。
「無言で食え! 願いを込めて!」
セシリアは大きく口を開け、巨大恵方巻にかぶりついた。
ガブッ!
豪快な音が響く。
戦場のド真ん中で、巨大な寿司を食らう女騎士。
シュールすぎる光景だが、誰も笑わない。そこには神聖な気配さえ漂っていたからだ。
一口食べるごとに、セシリアの体から金色のオーラが溢れ出す。
モグモグ、ゴックン。
信じられないスピードで恵方巻が短くなっていく。ブラックホールのような吸引力だ。
「すげぇ……」
村人の誰かがつぶやいた。
泥の怪物も、その異様な光景に警戒したのか、動きを止めている。
そして、最後の一口。
セシリアはパンパンに膨らんだ頬を動かし、飲み込んだ。
プハァッ!
彼女が息を吐いた瞬間、天地が震えた。
ドォォォォォン!!
セシリアの全身から、太陽のようなまぶしい光が爆発した。銀色の鎧が黄金色に変化し、背中には光の翼のようなオーラが揺らめいている。
『祈願成就:【聖騎士の覚醒】を確認』
『ラック値:測定不能(ERROR)』
「力が……溢れてくる」
セシリアは自らの手を見つめ、そして地面に刺した剣を引き抜いた。
ただの鉄の剣が、神話に語られる聖剣のような輝きを放ち始める。
「行くぞ、汚らわしい泥塊よ!」
セシリアが大地を蹴った。
その速度は、目にも止まらぬほどだった。
一閃。
彼女が剣を振るうと、物理的な衝撃波と共に、清浄な風が巻き起こった。
黒い泥が、触れた端から白い光の粒子に変わっていく。
「ハアアアアッ!」
セシリアは踊るように剣を振るった。恵方巻のカロリーが、全て聖なるエネルギーに変換されているのだ。
泥の怪物が悲鳴を上げる間もなく、その巨体が削ぎ落とされていく。
私はその背中を見ながら、マメゾウと共に最後のアシストに入った。
「マメゾウ、残った豆を全部よこせ! 最後の【鬼は外】だ!」
私は残りの豆を全て空中に放り投げた。
セシリアの放つ光の嵐に、私の豆たちが呼応する。
光と豆の激流。
それは黒い厄災を、跡形もなく消し去るための、聖なる宴だった。




