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異世界節分ライフ~外れスキル【豆まき】で荒野を楽園に変えたら、空腹の女騎士が住み着きました~  作者: 黒崎隼人


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第1話「目覚めれば荒野、握りしめた一粒の大豆」

【登場人物紹介】


◆ハルト(相馬晴人)

本作の主人公。日本の農家の息子で、大豆とお米をこよなく愛する青年。異世界に転生し、外れスキルと思われていた「豆まき」と「巻き寿司」の知識で世界を救うことになる。性格は穏やかだが、食に関しては譲らない頑固さを持つ。


◆セシリア

廃村となった領地を管理するために左遷された、元王宮騎士団の女性騎士。真面目すぎて融通が利かないが、極度の空腹状態になるとポンコツ化する。ハルトの作る料理(特に恵方巻)に胃袋を掴まれ、彼の守護騎士となる。


◆マメゾウ

ハルトが最初に植えた大豆から生まれた、小さな豆の精霊。見た目は緑色の丸い体に手足が生えた愛らしい姿。ハルトの農業をサポートし、豆の生育状態を教えてくれる。語尾に「マメ」とつけるのが口癖。


◆ガルド

近隣の町で冒険者ギルドのマスターを務める大男。強面だが実はグルメ。ハルトが持ち込む謎の野菜(大豆やキュウリ)と、それを使った料理の虜になり、販路拡大に協力する。

 土の匂いがした。


 懐かしく、少しだけ湿った、生命の始まりを予感させる豊かな香り。


 私はゆっくりとまぶたを持ち上げた。視界に飛び込んできたのは、見慣れたビニールハウスの天井ではなく、抜けるように青い空と、どこまでも続く赤茶けた大地だった。


 体を起こそうとして、指先に硬い感触を覚える。


 視線を落とすと、そこには干からびた土の塊と、一粒の豆があった。


「これは……大豆、か」


 私の声は、乾いた風に吸い込まれて消えた。


 記憶がぼんやりとしている。確か私は、実家の倉で節分の準備をしていたはずだ。大量の炒り豆を升に入れ、今年の恵方はどちらだったかとスマホで確認しようとして、そのまま足元の古い板が割れ、落下した感覚だけが残っている。


 だというのに、今はどうだ。


 見渡す限り、荒れ果てた荒野。草木一本生えていない、死の世界のような光景が広がっていた。


 私は立ち上がり、服についた砂を払った。着ている服は、なぜか麻のような素材の質素なチュニックとズボンに変わっている。足元は編み上げの粗末なブーツだ。


 状況が理解できない。夢にしては、日差しのジリジリとした熱さがリアルすぎる。喉の渇きも、空腹感も、あまりに現実的だった。


 ふと、視界の隅に半透明の文字が浮かび上がった。


『スキル:【節分】が覚醒しました』


『固有アビリティ:【鬼は外】【福は内】を獲得しました』


 ゲームのような表示に、私は思わず瞬きをした。


「節分……? なんだそれは」


 つぶやいた瞬間、頭の中に情報の波が流れ込んでくる。この世界のこと、言葉のこと、そして私が置かれた状況。


 どうやら私は、異世界に放り出されたらしい。それも、植物が育たなくなり、人々が飢えに苦しむ終わりのような世界に。


 ここは大地の魔力がなくなり、「赤鬼」と呼ばれる魔物がうろつく辺境の地。


 私は、手のひらにある一粒の大豆を見つめた。白っぽく乾燥した、なんの変哲もない大豆。だが、私にはわかった。これがただの豆ではないことが。


 農家の息子として育った直感が告げている。この豆には、失われた生命力が詰まっているのだと。


「まずは、水だな」


 私は歩き出した。スキルとかアビリティとか、今はどうでもいい。生き残るためには、水と食料が必要だ。


 荒野を歩くこと数十分。遠くに、ボロボロになった石造りの建物が見えてきた。かつては村だったのだろうか。屋根は落ち、壁は崩れ、人の気配はまったくない。


 だが、建物の陰に、わずかに緑色が残っている場所があった。


 近づいてみると、古井戸の周りだけ、雑草がしがみつくように生えている。


 私は井戸の中を覗き込んだ。底の方に、わずかだが水面が光っている。つるべ桶は壊れていたが、ロープはまだ使えそうだった。


 自分のチュニックの裾を破り、ロープの先に結びつけて井戸に降ろす。布に染み込ませた水を絞って飲むという、原始的な方法で渇きを癒やした。


 泥臭いが、これほど美味い水は飲んだことがない。


「生き返った……」


 一息つくと、改めて周囲を観察する。


 この廃村には、かつて畑だったと思われる区画があった。今はただの荒れ地だが、土を触ってみると、完全に死んでいるわけではないようだった。


「クワがあれば、耕せるかもしれないな」


 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 殺気だ。


 反射的に振り返ると、崩れた壁の陰から、赤い肌をした異形の怪物が姿を現した。


 身長は2メートル近い。額からねじれた角が生え、腰に粗末な毛皮を巻いている。手には錆びついた鉄の棒を持っていた。


「グルルルゥ……」


 低い唸り声とともに、怪物がこちらを睨みつける。その目は血走っており、明らかな敵意に満ちていた。


 あれが、「赤鬼」か。


 記憶と共に流れ込んできた知識が、警報を鳴らす。赤鬼はこの世界の作物を食い荒らし、土地の魔力を吸い尽くす害獣だ。人間を見れば襲いかかってくる。


 逃げなければ。


 しかし、足がすくんで動かない。手元にある武器といえば、落ちていた石ころくらいだ。こんなもので、あの巨体に勝てるわけがない。


 赤鬼が鉄棒を振り上げ、雄たけびを上げた。


「ガアアアアッ!」


 地面を蹴る音が響く。距離が一瞬で縮まる。


 死ぬ。


 そう思ったとき、私のポケットの中で、あの大豆が熱を帯びた。


『アビリティ:【鬼は外】を発動しますか?』


 脳内に響く機械的な声。


 私は迷わず、心の中で「イエス」と叫んだ。


 瞬間、私の体が勝手に動いた。


 ポケットからあの大豆を取り出し、迫りくる赤鬼に向かって、全力で投げつけたのだ。


「鬼はぁ、外ぉっ!」


 口をついて出たのは、日本の伝統的な掛け声だった。


 私の指先から放たれた一粒の大豆は、黄金色の光をまとい、弾丸のような速度で赤鬼の額に吸い込まれていく。


 パァンッ!


 乾いた破裂音が響いた。


 豆が当たった瞬間、赤鬼の動きがピタリと止まる。そして、次の瞬間、巨体が弾け飛ぶように後ろへ吹き飛ばされた。


「ギャアアアアアッ!」


 赤鬼は苦痛の悲鳴を上げながら、地面を転げ回る。その体からは黒い煙が立ち上り、まるで浄化されるように消えていった。


 後には、一粒の大豆だけが残された。


 私は呆然と立ち尽くした。


「……なんだ、今の威力は」


 ただの乾燥大豆だぞ? ショットガンでも撃ったかのような衝撃だった。


 私は恐る恐る、落ちている豆を拾い上げた。豆は傷一つなく、むしろ先ほどよりも艶を増しているように見える。


『魔物討伐を確認。経験値を獲得しました』


『土地の浄化を確認。土壌レベルが上昇しました』


 再びのアナウンス。


 私は足元の土を見た。赤鬼が消えた場所を中心に、赤茶けた土が、黒く豊かな土へと変化している。


「魔物を倒すと、土地が豊かになるのか……?」


 だとしたら、これはとんでもないことだ。


 私は農家の息子だ。良い土を見れば、そこに何かを植えたくてたまらなくなる。


 この世界で農業をする。それは無謀な挑戦かもしれない。だが、この「豆」と「節分」の力があれば、あるいは。


 私は決意を込めて、その大豆を強く握りしめた。


 ここから、私の異世界農業生活が始まるのだ。

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