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「……見ても、いい?」
タクトはそう尋ねてから、考えるより先に言葉が出ていたことに気づき、自分でも少し驚いた。
彼女は一瞬ためらうように視線を揺らしたが、やがて小さく頷き、
「下手ですけど……どうぞ」
と、そっと手帳をタクトに差し出した。
タクトは慎重に手帳を開く。
そこには、几帳面で小さく、少し丸みのある文字が並び、短い詩がいくつも書き留められていた。ページを、ぺらり、ぺらりとめくる。その間ずっと、彼女の真剣な瞳がタクトを見つめているのを感じていた。
その視線を意識した途端、胸の奥がきゅっとして、心臓の鼓動が少し早くなる。
「……いい詩だね」
タクトは正直な気持ちを口にした。
「そうですか?」
不安そうに、けれど期待を含んだ声。
「うん。僕は……これがいいかな」
指さしたのは、雨の音を描いた詩だった。
タクトは詩の良し悪しなんて、正直よく分からない。ただ、その言葉を追っていると、静かな雨音と、滲む景色が自然と頭に浮かんできた――それだけだった。
「そうなんですね」
彼女はそう言って、やわらかく笑った。
その笑顔につられて、タクトもきっと微笑んでいたと思う。そのあと二人で自販機まで歩き、ジュースを買って、ほんの少しだけ話をした。
「そろそろ、帰ります。今、一人暮らしの姉のところに、泊まりで二週間遊びに来てるんです」
彼女がそう言う。
「近くなの?」
「電車で一時間くらいかな。私が住んでる県、海がなくて」
「中学生?」
「中三です」
「僕は高二だ」
「年、近いですね」
そう言われて、タクトの胸がわずかに弾んだ。
――もう少し、話していたいな。そんな気持ちのまま、何気なくスマホを取り出す。できれば、メアドかLINEを交換できたら。彼女はその様子を見ると、鞄の中を探し始めた。そして、はっとした顔でつぶやく。
「……スマホ、忘れた」
……あり得ない。タクトは思ったが、口には出さなかった。彼女はしばらく呆然としている。
「電車の中、何してたの?」
つい、そう聞いてしまう。
「本を読んで、外を見てました」
彼女は腕時計に目を落とした。
「そろそろ、帰ります」
タクトは一瞬だけ迷ったあと、スケッチブックの端をそっと破り、自分のスマホのLINEアドレスを書いた。
できるだけ丁寧に書いたつもりだったけれど――この時ばかりは、自分の字の下手さを心底恨んだ。
「これ、僕のLINE。もし良かったら」
そう言って、紙切れを差し出す。
彼女はきょとんとした顔をしたが、すぐに「わかった」と言い、その紙を丁寧に畳んで手帳に挟んだ。
そうして、彼女とタクトは別れた。
その後、タクトは先ほど描きかけだったページに、彼女の姿を描き足した。そこには、いつもとは違う――ほんの一瞬で、けれど確かに永遠のように感じられる時間が、描かれていた。
タクトは、それからずっとスマホを身につけていた。ポケットに入れていても、机に置いていても、無意識のうちに触れてしまう。
彼女が帰るのは、一時間後。
住んでいる場所も、本当のことは何も知らない。それなのに――。たった一瞬の出来事が、こんなにも心に残るなんて。
彼女は、あの時「わかった」としか言わなかった。
「返事、欲しいな」
そう言えなかった自分に、少しだけ幻滅しながらも、今は――それでいいのかもしれない、と思った。
タクトはLINEの着信音に、素早くスマホを取った。胸が速く打つ。……知らない、アドレス。それは、始まりだった。




