亡国の聖女ー聖女を無力化する方法ー
一国が滅びた。
突然の報せは各国の王を驚愕させたのである。
それは、私、モブリーナも同じです!
はい!元気ですよ!
今回突然地図から消失した国は、遥か北の小国、グラナード・ネゴシオ国だ。
君主制でも共和制でもなく、商人達の集合体で、大きな商会を抱える商人の長による合議制。
だから、王はいないし、民に主権もない。
小国ではあったけれど、その影響力と財力は大陸の中でも指折りだ。
何故かと言えば、彼らが扱う商品は人間。
奴隷の売買で成り立っている国家だったからだ。
前世の記憶からすれば、奴隷制って何だかあまり好きじゃない、って人は多いと思う。
だから、反対する方の気持ちも分かるんだけど。
今回それをやったのは、聖女と呼ばれる一人の少女である。
彼女が奴隷制度を壊すために、国まで滅ぼしてしまったのだ。
オラリオ聖教国は慌てた。
聖女が生まれたら、基本的に聖女は聖教国に保護されて、色々な国へと派遣されるのですよ。
そりゃ、慌てるよね。
かなりのやらかし……やらかしで済むのか??
何しろ聖女のスィスィアは、善意で奴隷を解放したのだ。
その為に、虐殺が起こっても仕方がない。
という理論。
奴隷達の反乱によって、一夜にして一国が滅びてしまった。
そりゃね、自分の主人を殺すだけの簡単なお仕事ですから。
商人達に雇われた軍隊だって、当然ながら主人に対して反旗を翻した。
死にたくないもんね。
で、聖女スィスィアはネゴシオ国に立てこもってる。
立てこもり事件が発生していた。
近隣の国はそりゃ、富めるネゴシオから金品を持ちだしたいという欲があって、大義名分を掲げて乗り込んだんだけど。
結果、悉く返り討ちの憂き目に遭う。
聖女が聖女でなければ、近隣諸国も併呑されていただろう失態。
彼らは欲に目がくらんで返り討ちに遭い、逆に負債を負ってしまった。
負債を抱えて、疲弊した国など滅ぼしてくれと言っているようなものだけど、聖女は奴隷解放をしたかったのであって、侵略したい訳では無い。
だから、周囲の国々も命脈を繋いだ。
けれど、依然として脅威はそのまま。
それで、オラリオ聖教国が動いた。
その時歴史が動いた!ってやつ。
まあ、結果から言うと動かなかったんだけど。
長らく戦いなどしていない軍を持つ国々では、戦うために育てられた奴隷戦士にも、ネゴシオ国の軍人にすら勝てない。
奴隷戦士たちはネゴシオ国の売り物で、目玉商品なんだよね。
だから幼い頃から特殊な訓練をされてる。
教会の、彼女の上司?同僚?に当たる修道女や司祭や司教が説得に訪れたけど、それも駄目。
「私悪くない」
って追い返された。
多分、彼女の善意というのは本物で。
聖職者では説得しきれなかったのだと予想している。
苦しめられている人々を解放、といえば聞こえはいいものね。
教会は結局、彼女に狂聖女という何とも……な新たな称号を付けた。
その上、教会籍を除籍して、聖女としての特権と称号を剥奪。
もううちの子じゃないよ、ってパフォーマンスね。
更に、聖教国の信徒による軍を出そうとした。
けれど、聖女人気は高いので、称号を変えたくらいじゃ思うように集まらなかったというわけ。
だって、聖女様のする事は正しい!って思ってるから。
実際にやってる事は、奴隷が可哀想だから解放するっていう善意からの行動だし。
その際にちょっとした反逆が起きちゃっても仕方ないよね☆
みたいなノリなんだと思う。
ちなみに、この世界に魔法は無いんだけど、稀に登場する聖女には奇跡の魔法が宿っている。
あと勇者と呼ばれる人にもね。
その力は本物で、彼女は癒しの力を持っているのだ。
それも強力なやつ。
よく、漫画とか小説で神様とかいるじゃん?
そういう偶像崇拝っぽい神様なんて存在しないと思ってるのよ、私は。
駄女神とか、いるけどさ。
チート与えるっていう舞台装置なだけで、実際にそんなアホが神なんてやってたら、別の高位の存在に消されるんでは?と思う。
何かしら超常の存在が彼女の背後にいる訳では無い、と私は思っているの。
もしそうなら、ネゴシオ国以外の国々も同時進行で滅びかねないからね。
だって、聖女を殺そうとしてたわけだから。
神論議はさておくとして。
彼女の能力は、信仰に結び付いているにしてもいないにしても、そこに齟齬は無い。
善意で動く、善なる存在だから。
力を失っていないからこそ、聖女だと言う人々もいるだろう。
何が嫌って、彼女の癒しの力が強すぎて、ただでさえ強い戦士たちが不死身の戦士化してるって事よ。
聖教国の精鋭達による軍も、大敗を喫してしまった。
御せる兵力を持つ国が無い、ってなったのね。
そこでですよ。
数年前、大国同士の戦いを制したザイード帝国にお鉢が回って来たってわけ。
で、今、議会で喧々諤々。
論争中。
ネゴシオ国にある奴隷売買で得た富が欲しい人達もいるんだけど、敵はかなり強い。
教会だって喉から手が出るほどその財が欲しいんだろうけど、手も足も出なかった。
だからね、周辺国の更に周辺にも書簡を送ったの。
『狂聖女から、ネゴシオ国を取り戻した者に、その富と名誉と国を与える』
お前らが決めんなよ、って話なんだけど、要は聖女を殺してくれって話よね。
名のある傭兵団や、国が更に押し寄せたけど、全てお亡くなりになる始末。
そんなこんなで半年ほど経ってから漸く、ザイード帝国に平身低頭してのお願い文書が届いた。
もう打つ手は無いのに、教会の生み出した汚点がいつまでもそこにいるのはキツいよね。
私は飴ちゃんを舐めながら、議会の議論を眺めてる。
塩飴美味しい。
本当はお菓子とかポリポリしながら映画でも見るみたいに、眺めていたいけど、流石にそれは皇后陛下に怒られちゃう。
だから、真面目な顔で塩飴舐めてる。
適度に糖分と塩分と、配合した美容に良い成分もいれたスペシャル飴ちゃんを。
「開戦派」
「無視派」
「日和見派」
だいたいこんな感じね。
開戦派は勿論、戦って分捕ろうぜ!国を!
無視派は都合の良い時だけ頼ってくる変な宗教国家の言うままに動く事はないじゃろ、大変だし。
日和見派は、とりあえず暫く様子を見ようぜ。
みたいな感じ。
議会は紛糾していたけど、皆段々落ち着いてきた。
意見が出尽くしたからね。
って、何で皆してこっち見てるのかな?
私別に挙手してませんよ。
「其方はどう思う?我が叡智、モブリーナよ」
叡智ではないんだけど。
うーん、どうしようかな。
このままだと色々な余波がこの国にもあるだろうしね。
「推察を含めたお話で宜しゅうございますか?」
「良い。忌憚なく申せ」
まず開戦派についての意見。
「開戦についてはですね。出兵して行軍するとして、二カ月程度かかると思うのですが、どうでしょう?レーヴェンタール公」
私に名指しされたレーヴェンタール公爵は、立ち上がって敬礼をした後で答える。
「は。行軍については凡そ、仰る通りかと。ですが、軍の招集と軍備を揃えるのに最低でも二週間以上はかかるかと存じます」
「補足をありがとう存じます。つまり、三カ月間の行軍とそれにかかる費用を捻出したとしても、勝てるかどうかが微妙なところです。これが、他の国との連合軍であればまだ可能性は高くなりますが、その場合、所有権で揉める事になるでしょう。また、近隣諸国は既に疲弊しているので協力は無理ですから、帝国軍単独で制する事になりますとして、一騎当千の軍を聖女が回復し続けるのですから、こちらの現存兵力を全て注ぎ込んでも、下手をすれば八割死亡するのでは?」
ざわざわと議会がゆらめく。
こういう時、開戦したい人たちは夢を見たがるよね。
我が軍ならイケる!って。
「夢を見たとして半減で済んだとしても、彼の国にそれだけの価値はお有りになる?あなた方も勿論、御子息達も戦場に並ぶのですよ」
途端に、開戦派の顔色は悪くなる。
特に文官ね。
富が欲しくて死んだ奴がいっぱいいるんだから、その辺考えて?
反対意見はまだ出ないので、次に移ろ。
「聖教国の書簡を無視し、応えない事にした場合、帝国の威信が揺らぐでしょうね。大国だと言われているのに、腰抜けだと揶揄されかねません。今後の外交において、不都合が起きる可能性もございます。元を糺せば聖教国の失態だとしても、です。それに、遥か北とはいえ、脅威をそのままにしておくというのは頂けないです」
開戦派が何だか頷いてるけど、お前らさっき私の言った事聞いていたか?
誰かが戦ってくれる、なんて思っているんじゃないでしょうね??
「推移を見守る事に関しても、あまり良い手とは言えません。もし聖女を焚き付ける者が現れたとしたら、一気に戦場が増えるでしょう。近隣諸国は少なくとも取り込まれます。もしそうなってしまえば、我が国だけでは勝てる見込みがない。だけでなく、その速度によっては連合国であっても望み薄となるでしょう」
あり得ない事ではない。
聖女は善意があるだろう。
あるだろうけど、アホだ。
簡単に騙されるんじゃないかと思うよ。
私なら騙せるね。
「ならば、其方はどうする?モブリーナ」
「仕方がないのでわたくしが参りましょう」
おお、とざわめきが議場に広がった。
色々な意見を叩き潰しておいて、対案が無い奴って本当に嫌いなのね。
文句を言うなら、最善策を提示しろ!ってやつ。
そうなると、私が最善だ。
「全軍預ければ良いか?」
預ける気満々で父が言い出した。
私は首を横に振る。
「戦いに行くのではないので必要ございません。影狼とフロレンツ、ラルスを連れて参ります。まずは、聖女と国の内情が分からない事には手が打てませんので、お話をしに。ただ、皇帝陛下におかれましては、その期間中ネゴシオ国への政治的干渉と戦闘行為の一切をしないよう、周辺国に大々的に布告してくださいませ。徒に聖女達に警戒されたくないのです」
「よかろう。でも、其方が行く必要ある?」
心配そうに父が訊く。
私以外の誰かが何とか出来そうなら頼んでるわい。
「わたくしも貴族でございますれば、この首一つで戦が終結するのなら安き事と存じます。まあ、ただで死ぬ気はございませんけれどね」
これは普通にブラフだ。
子供の皇女が遊びで向かう、などと揶揄されないように命を懸けるというパフォーマンスをしてみせただけ。
聖女の力が強いというのは知っていたけれど、基本的にどんな世界のどんなルールでも、大概は蘇生を無償で無限に出来る訳では無い。
そんな事が出来てしまえば、この世界に死という概念すらなくなるからだ。
故に、聖女の力にも上限がある。
まずは、その力がどの程度かも測らなくては。
あとはね、根本から彼女の善意とやらを覆す。
行動理念や動機に不純物が混じったら、理想に燃える人ほど動けなくなるもの。
それに、彼女が善人だからこそ確信できることがある。
私は女性であり子供だから、善人である聖女には絶対に殺されないという確信が。
議場は私の言葉に水を打ったように静かになった。
「それでは準備にかかりますので、失礼いたします」
淑女の礼をして、さっさと議場を後にする。
六歳児だけど、領主にもうなってるもんね。
モブリーナ・リヒテンシュタール・フォン・カザレス。
聖女を捕まえにGO!
何だかんだでネゴシオ国にやってきました。
はい、モブリーナは今日も元気です。
通り過ぎる周辺国から食料を買い付けて、聖女への手紙を届ける。
沢山食糧持ってきたから、私とお話しましょって感じで。
聖女は普通に喜んで受け入れてくれた。
影狼の事も隠してはいない。
彼らには町の人の健康や状態を調査して貰う、と聖女には言ってある。
何処からどう見ても、数では全く敵わない人数なので、特に気にされた様子はない。
「こんにちは!貴女みたいな小さな子が来るなんて、大人達は何をしてらっしゃるのやら……」
「仕方ないのですよ。聖女様に危険が及ばないよう、手を尽くして参りました。わたくしは、聖女様とお話して奴隷たちについての話も聞きたくて来たのです」
「良くいらっしゃいました!あと食料も有難うございます……えっと、毒、なんて入ってないですよね?」
聞きづらそうに聖女が訊く。
ピンクブロンドに淡い赤の瞳は、よくいるヒロイン枠だ。
私はにっこり笑う。
「聖女様に毒なんて効かないし、他の人が食べてもすぐ癒せるでしょう?そんな無駄な事はしませんよ」
「そう、そうね!教会の人達も知っている筈なのに、毒を使ってきたから疑心暗鬼になってしまって」
ほう、それは知らなかった。
教会め。
情報を出し惜しみやがったか?
絶許。
それに、やっぱり毒は効かないんだね、メモメモ。
私は心の中にメモをする。
「聖女様と同じお部屋で寝ても良いですか?怖い人達に襲われたくないので」
「あら、この国の中でそういう事は起きませんよ。でも、ふふ、一緒に寝ましょうか」
「はい!」
別に怖くはないんだけどね。
うっかり聖女反対派が、開戦させるために私を狙ったり。
逆に、聖女に忖度して私を亡き者にしようとする輩がいないとも限らない。
一応用心だけはしておかないとね!
「あの人達に、私の暗殺をさせるかと思ったのですけど、それも違うんですね」
「影狼ですか?違いますよ。大体、聖女様を殺す理由も利点も無いです」
「そうなの?」
「だって、貴女が死んだら戦士たちの制御が失われるのに、大人達は分かってないですね」
私の言葉に、聖女は無邪気に笑った。
「私に味方なんていないかと思ってました。この国の外には」
「そんなこと無いですよ。聖教国で信徒たちを兵士にしようとしたのに、兵士になりたがる人がいなかったって、聞いてませんか?それだけ信徒は聖女様を信頼してるんですよ」
「……そう、そうなの。それは知らなかったわ」
急に感極まったように聖女は涙を浮かべ、ぽろりとその涙を零した。
流石に情報は届いてなかったんだね。
感情のふり幅でかいけど、素直だな、この子。
「わたくしは貴女の命を無駄にしない為に来ました。実に勿体ないお話ですもの」
「助けてくれるってこと?」
「ええ。奴隷達もまとめて、お助けします」
迷ったように、聖女は視線を揺らす。
今まで散々甘い言葉からのだまし討ちを経験しただろうから、すぐには信用できないよね。
勿体ない、とか本音が漏れちゃったけど、そこはご愛敬。
「少なくとも、わたくしがこの国にいる間は戦闘行為を起こさないように皇帝陛下に約束願いましたので、不逞の輩がきたら、わたくしに対しても弓引いた者として対処しますからね。ご安心を」
聖女はほっとしたかのように微笑んだ。
まあ、そりゃそうか。
今まで襲われまくって来ただろうしね。
ちょっとかわいそう。
「とりあえず、美味しい物を食べて、寝ましょう」
「ええ、そうしましょう」
影狼の中核は獣人だ。
番を名乗る狼族の王子が、その一番中心にいる。
私が危険かもしれないから離れないと我儘を言い出すのを振り払うのに大変だった。
獣人国から連れ帰ってきてから何かと皇帝とも争ったり仲良くしたりよく分からない。
同担拒否のモブリーナガチ勢みたいな?
でも所々話が合うからややこしい。
私を褒め称える大会でもやらせたら二人で朝までやりそうだもんね。
そんな獣人が、この国では功を奏している。
奴隷の中には獣人も多いからだ。
彼らは強い者に従う傾向もあるし、他の奴隷にしても見下されている獣人が奴隷仲間の様に思えるのだと思う。
だから、調査も捗る筈だ。
聖女に言った事は嘘ではない。
暗殺も考えていないし、調査をするだけ。
でもその調査の内容は、健康がどうとかそういうのは嘘。
実際は、現状をどう思っているか、何があったのかの聞き取り調査だ。
奴隷達の真意を知る事が事態を収束する鍵だと私は思ったの。
多分貴族達でも、聖職者でも辿り着けない答え。
二、三日過ごすうちに聖女とは大分打ち解けた。
私は庶民派だからね。
あと、奴隷戦士たちの隊長格のウーナスって人が何だか私をチラチラと見て来る。
何だろう?とは思うけれど、彼らは無駄に言葉を発しない。
ただ命令に従うだけ。
今の主人は聖女スィスィアだ。
とりあえずは良好な関係を聖女と築いているからか、奴隷からも奴隷戦士達からも敵意は感じない。
それは、調査に駆け回っていた番や獣人たちの意見とも一致した。
「さて、奴隷戦士達を集めて、その前でわたくしとお話しましょう、聖女様」
「何、かしら?」
不安そうな顔をする聖女に私は微笑む。
「何も殺し合いをしようと言うのではありません。話し合いですよ」
まあある意味で殺し合いみたいなもんだけどね。
聖女は戸惑いながら、ウーナスに指示を下し、彼が戦士達に号令を発した。
集まって直立した彼らの前で私と聖女が話す。
「此処に至るまでわたくしは、色々な話を聞き、考えました。貴女の善意について」
「ええ。奴隷を解放する事は善い事でしょう?」
「その為に多くの血が流れたとしてもですか?」
「それは、仕方のない犠牲だったと、思うのよ」
奴隷商人や、その護衛。
奴隷を持っている農場主等に至るまで、一般市民が虐殺されたのである。
「奴隷達は殺されていないのに、主人達を殺しても良いのですか?」
「そもそも、人が人を家畜や物の様に扱うのがおかしなことなんです!人の命は平等に扱われるべきなんですよ」
「そうですね。平等であるならば、王や教皇の権利も剥奪して殺すべきだとお考えですか?」
「それは、国の上に立ってまとめる必要があるから、良いんです」
おっと?
多分、教会とかはその思想も危険視してたと思うけど、そっちはいいんだ。
じゃあ平等とは言い切れないね。
「では平等ではないですね」
「平等ではなくても、人が人を物の様に使うのはおかしいんですっ!人として扱われない、そういうのは良くないと思うんですよ」
それは確かにそう。
万人には幸せになる権利がある。
犯罪者以外はね。
「ふむ。その点は同意しますけれど、だからって主人を殺しても良い訳では無いですね。だったら、人として扱い仕事をさせるように法制度と罰則を強化すべきだったのでは?」
「どうやって?」
聖女はきょとん、と首を傾げる。
不思議そうな顔をして。
いや、考えなさいよ!
「聖女なのですから、聖教会や聖教国を使って、ネゴシオ王国に働きかければ良かったのではないでしょうか?」
「私がですか?」
えっ?
何でそこで他人事なの!?
解放したいって理想に燃えてたんだから、貴女以外いないよね??
「だって、貴女が奴隷を人道的に扱うべきって思うんでしょう?」
「教会も腐敗してるのです……!訴えたけど無駄でした」
ああ、そうか。
聖女の真剣な目と苦渋に満ちた顔で分かった。
これは、多分、何度か訴えてるんだね。
けれど彼女には、何とかしてくださいって言うだけで、具体的な方法は思いつかなかったんだろう。
そして聖教会側は、富を生み出す装置としてネゴシオ国の価値を重視していたから、のらりくらりと躱したはず。
献金もされているだろうしね、奴隷商達からも。
場合によっては教会も関わってた可能性すら、ある。
聖教国は表向き人類平等を謳ってるけど、獣人を迫害した過去もあるんだよね。
彼らは人間として認められていなかった時期がある。
けれど、獣人や竜人は個として強い。
人間側は数では勝てるけど、それだけ。
あと聖教国の教えは二つの帝国には浸透していない。
皇帝=神みたいなものだからね。
宗教の影響力としては発展途上って感じ。
なのにもう腐敗してるとか、腐るの早すぎ。
「そうなんですね。それは後で処します。でも、主人が殺されて良い理由には遠い。中には主人を庇って死んだ奴隷もいれば、奴隷を庇って死んだ主人もいたのですよ」
「……えっ?」
調査の結果、そういう事も起きていたのだ。
聖女は信じられない、という顔をしてる。
物事の一面しか見えていなかったんだよね。
「彼らは奴隷を物や家畜としてでなく、家族として迎えていました。そこには信頼や親愛があったのです」
「命令されたのでは?自分を守るように、と」
そういう人達もいない事はないけど、自分を守れ!っていう主人だったら、命を懸けて尽くさないと思うよ。
ましてや恨んだりしない。
「いいえ。主人を殺された奴隷で貴方を恨んでいる人もいるのです」
「何故ですか?」
「親や家族として愛情を持っていたからです。奴隷として生きて来て、主人に優しくされ食べ物に困る事もなく、体罰を受ける事も無く、平穏に暮らしていたからですよ」
不思議そうに眉尻を下げた聖女に説明すれば、彼女は迷った後で言った。
「それは、知りませんでした。でも、良くない扱いをしていた人たちもいます」
「だからって罪のない人が殺されるのを許すのですか?主人だからというだけで、年端もいかない子供まで殺されたし、子供を匿った奴隷達もいました」
「子供を殺すなんて……それは許されません!」
聖女が原因を作ったけど、聖女だけが悪いんじゃないことは分かってる。
情報を全部網羅してる訳じゃないけど、普通に割合を考えてみてさ。
二~三割はそれぞれ、優しい主人と横暴な主人だったとして。
残りの半分は、ただあるがまま普通に使用人として奴隷を受け入れてたんだと思う。
その奴隷達の大半は、別に主人を殺したいとまでは思っていなかった。
けれど、暴動が始まって、右へ倣えをしてしまったんだと思う。
たとえ主人を殺して、財産を奪ったとしてもこの国ではもう使い道がない。
商売をするのも奴隷だからね。
物の価値も分かっていない同士じゃ商売は成り立たない。
わー綺麗!じゃあ食べ物と交換しよっ!みたいな物々交換くらい。
でも結局、生きる為には食料が必要で。
困窮し始めてるんだよね。
聖女は理想と現実で齟齬があり、自分の考えにも迷い出してる。
だから、次は現状を突き付ける事にした。
「じゃあ一旦この話は終わりです。次に現状ですけど、奴隷の大半は解放された事で、仕事もしなくなりました。今、完全に食糧難ですよね?」
「………そうなんですよね。ですから私もちゃんと自分で食べる物は自分で作るように言ってるんですけど」
一応、奴隷達との会話はしてたらしいんだけどね。
『人の物を盗ってはいけません!自分の食べ物は自分で作ってくださぁい!』と聖女が言ったところで。
奴隷達は『?』ってなってしまっている。
働かせてくる主人がいなくなったんだから、働かなくて良くない?って。
「奴隷として生きて来た人々には、長期的な視野が無いんですよ。だから、主人が命じるままに働いていた訳で、貴女がそこから解放したら、もう働かなくていいって思ってるんです」
「自由になったら自分で畑を耕したり、家を建てたりするものじゃないんですか?」
「大半の奴隷は、主人からの解放というよりは、労働からの解放だと思っているんですよ。だから働かないんです。つまり、貴方は奴隷制度の悪い点のごく一部しか認識していなかったんですよ」
「……そうだったんですね……」
そもそも犯罪奴隷とか、そういう奴隷ばかりでもない。
奴隷と奴隷の子供だっている。
大抵は貧民を攫ったり、騙して連れて来たりと色々だけど、往々にして教育がなされていない。
だからこそ、使う方は使いやすいんだと思う。
そして、奴隷として雇われても知識を仕入れる機会もない。
聖女の認識では、自由になったら『自分の為に働く』と思っていたんだよね。
でも奴隷達の多くは、そうならなかった。
食べ物は主人がくれるし、住む処も主人が用意してくれる。
今度は聖女が食料をくれると思っているのだ。
そこに不満も溜まってきている。
「奴隷達も、知識がないから、作物を育てる手順は知ってても、その意味を理解していないんです。いずれ自分達が収穫して食べるから、といういう教育がされていないから、限定的な知識しかなくて、能動的に動けない。このままでは、飢え死にするか、他国に攻め入る事しかできなくなりますよ」
「…………」
押し問答もあったと聞いてる。
『他の国にある食べ物を盗りに行こう!』
『他の国にある食べ物は、他の国の人の物ですっ!』
まあ、そりゃそうなんだけど、だから働けって言ってもね。
せっかく主人から解放されたのに何で働くの?ってなってしまっていて、聖女が食べる為に働くんですって言われても、その食べ物が働いてすぐ出てくる訳じゃないから、働かない。
。
このままだと暴動に発展してしまうはず。
「間違いは誰にでもある事です。これからの彼らの人生と貴女の人生をわたくしなら救えます」
「やっぱり……私は間違ってしまったんですね」
理想と現実、理念と現状の二つの齟齬で、漸く聖女が間違いを認めた。
第一歩だ。
「でも、それも全てが間違っていた訳では無いです。虐げられていた人々もいたのですから。でも方法を間違えてしまったのです。ここから正しい道に戻る手助けをする事が出来ますが、わたくしの手を取りますか?」
「お願いします」
聖女は、目を潤ませてぺこりと頭を下げた。
さあ、次が重要なんです。
「じゃあまずは、奴隷戦士たちの主人としての権限をわたくしにください」
「あなたまだ子供じゃない!」
そこで渋るんじゃねぇ!
子供だよ悪いかよ!
六歳だよ!
でも今そんな事言ってられない状況なの!
私は圧を掛けた。
「権力のある子供です。さあ協力してください」
「……はい」
っっしゃあああああ!
これで奴隷戦士は手に入れた。
いやー長かったね。
ミッションコンプリートォォ!
これで手足も捥いだ。
反抗は不可能です。
「今を以て貴方がたの主人はわたくしになりました。まずは、名前を付けるので、順番に並んでください」
私が彼らに指示すると、ウーナスを先頭に、きっちり一列に並んだ。
彼らの顔には何の表情もないけれど、中にはそわそわしている者もいる。
「え?名前ありますよね?」
不思議そうに聖女が横から口を挟んで来たので、私はびっくりして答えた。
「え?今まで貴女が呼んでた名前、数字ですよ?」
「……え?数字?」
「そうです。この辺りの国の言葉で、ウーナスは1。だから隊長なんです。彼がもし死んだら、他の者がウーナスになるんです。貴女は奴隷扱いを蔑視しながら、彼らを奴隷のように呼んでいたんです」
まさかとは思っていたけど、無自覚。
まあ私は勉強していたから知っていただけなんだけど。
勘違いしてるのか、その呼び名しか知らないからなのか、私にも分からなかった。
聖女は、自分のした事に愕然としている。
「そんな……酷い……」
自分のしていた失態に、口を押えて泣き崩れた。
うん、まあ、そうよな。
散々奴隷制度ガー!って怒ってた人が、おい1番!みたいに呼んでたんだもんね。
うっうっと泣きじゃくってる聖女を暫く放置して、名前をあげようとウーナスを見ると、ウーナスは私をぎゅっと抱きしめた。
「えっ?」
な、何??
何が起こってるの?
敵意はなさそうだから、聞いてみる。
「どうしたの?名前嬉しいの?」
「違う。お前を殺さなくて済んで、良かった。お前は俺の妹に似ている」
そうか。
きっと死んだんだろうけど、妹がいたんだね。
でも主人の命令には絶対服従で生きてきたから、聖女に殺せと命じられたら殺さなくてはならなかった。
だから、気にしていたのか。
「これからは、私が主です。守ってくださいね」
「命を懸けて守ろう」
良かった良かった。
ウーナスには、シュバートという名前を付けた。
彼は喜んで、私の背後に立つ。
暫く名付け作業をしてから、漸く泣き止んだ聖女を見る。
「無知って罪ですね。これは聖女様だけではなく」
「あなたって何者なの?何故そんなに知識が豊富なの?」
ぎくっ!
何ていうか、こういう子ってたまに滅茶苦茶鋭いよね。
それはもう中身入りだからでーす!
って言いたいけど、それは言えない。
でも自分で「天才です」とも言えないよね。
にっこり笑って、適当に答えた。
「皇女です。いろいろ勉強したので。ともかく、今後はわたくしに任せてください。はい、飴ちゃんあげます」
「ありがとう……」
とりあえず、無事片付いた。
聖女も大人しく飴ちゃん舐めてる。
名前を付けるのは一苦労だったけど、説得前の遊んでる三日の内に考えておいたもんね。
すぐさま、近くまで来ている筈の帝国軍に一報を入れる。
私のミッションは一応終わった。
これから先は後始末だ!
やれやれ。
前回の感想のコメントで皆さんの人生の一端に触れられて、勇気を貰ったひよこです。
当然ですが、色々な状況や大変な状況に置かれているのは自分一人ではないと思えるのは気持ちが少し楽になるような。
いつも読者様の言葉にやる気と癒しと色々な栄養を頂いてます!感謝です。
皇帝のモブ呼び案を下さった方もありがとうございます(林檎酒の小瓶ちゃん…!)
良いとこどりでチラっと出て来たアホの子聖女です。
彼女は彼女で苦労しているので、奴隷の説得とかで、イラッとしたりとかw
今回は2号に協力して貰って、説得される側と説得する側のセッション(TRPGみたいな)で会話を構築した感じです。
次回は戦後処理みたいなお話。お父さんとのほのぼのも。