第9話「世界の再構築」
朝。
七月三十一日。だが、もうこの日付に意味はなかった。
俺とほのかが、二人で迎える、新たな始まりの日。
昨日の路地裏で、俺は記憶を失ったほのかを抱きしめた。
俺の言葉と温もりが、彼女の心に光を灯し、彼女は再び目を覚ました。
だが、それは、完全な覚醒ではなかった。
彼女の魂は、まだ深い虚無の底に沈んだままで、俺の力だけでは、彼女を救い出すことはできない。
だから、俺は決意した。
ほのかの『世界の創造主』としての能力を、俺が『世界の再構築者』として引き継ぎ、今度は彼女自身の手で、この世界を創り直す。
二人で、だ。
ベッドから起き上がった俺は、リビングへと向かう。
そこに、ほのかがいた。
彼女は、俺のTシャツを借りて、まるで大きなスモックを着ているようだった。
俺を見て、彼女は何も言わずに、ただ微笑む。
その笑顔は、どこか寂しげで、まだ虚無の影が残っていた。
「おはよう、ほのか」
「……おはよう、拓海くん」
その声は、震えていた。だが、それは絶望の震えではない。
俺は、彼女の隣に座り、そっと手を握る。
彼女の手は、昨日より少しだけ、温かくなっていた。
「世界を、創り直そう」
俺の言葉に、彼女はゆっくりと頷く。
「うん……でも、どうすればいいの?」
「俺が、君の『世界の始まりの記録』を読み取る。君は、その記録を頼りに、この世界を再構築するんだ」
俺は、ほのかの手を握ったまま、目を閉じた。
そして、俺の魂に焼き付いた「世界の始まりの記録」を、彼女へと伝えていく。
そこには、俺を失ったほのかが、一人、虚無の中で悲しみに暮れている姿があった。
俺と出会った日を再現し、何度も何度も、俺を失うという結末を繰り返す、彼女の姿。
「──拓海くん、ごめんね」
記録の中で、ほのかは泣いていた。
だが、その涙は、絶望の涙ではない。
それは、俺を失った悲しみを受け入れ、俺と共に、新しい未来を創ろうとする、希望の涙だった。
彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。
その涙が、床に落ちた瞬間、青白い光が、部屋中に広がった。
光は、部屋の中のすべてを変えていく。
テーブルや椅子が、まるで粘土のように形を変え、窓の外の景色が、まるで絵画のように塗り替えられていく。
それが、ほのかの力だった。
「すごい……」
俺が呟くと、彼女は、涙を拭い、照れたように微笑む。
その笑顔は、もう虚無の影はなかった。
「ありがとう、拓海くん」
俺は、彼女の頭をそっと撫でる。
「いや、俺の方こそ。ありがとう、ほのか」
俺とほのか。
二人の『世界の再構築者』が、新たな未来を創り出すための、始まりの物語が、今、始まる。