第8話「世界の再構築者」
朝。
七月三十一日。俺は、もう今日が何度目のループなのかも分からなかった。
ただ一つ、昨日の夕暮れを鮮明に覚えていた。
ほのかがいない世界で、俺が感じた虚無。
あれが、彼女が虚無の中で感じていた、俺を失った悲しみだったのだ。
ベッドから起き上がった俺は、静かに笑った。
俺は、本当に愚かだった。
彼女を解放することが、彼女を救うことだと思っていた。
だが、それは違った。
彼女を救うということは、彼女と共にいること。
そして、彼女が望む「完璧な未来」を、二人で創り出すことだ。
俺は、スマホをポケットに入れ、玄関を出た。
通学路には、彼女の姿はない。
心臓の音も、聞こえない。
俺は、ただの「真野拓海」に戻っていた。
だが、もう一度、俺は変わる。
俺は、ほのかの「記録」を頼りに、この世界を創り直す。
俺は、彼女の『世界の創造主』としての能力を引き継いだのだ。
俺は、人通りの少ない裏道へと向かう。
そこは、ほのかが通り魔に襲われるはずだった場所。
過去のループの記録は消滅したが、俺の魂に焼き付いた「世界の始まりの記録」は、まだ残っていた。
そこには、俺がほのかを一人にしたという事実、そして、彼女の悲しみと絶望が、鮮明に描かれていた。
俺は、その記録を意識する。
そして、その空間に手をかざす。
すると、俺の手から、青白い光が放たれた。それは、過去の記録を消し去るための光ではない。
それは、失われた記憶を呼び覚まし、世界を再構築するための光。
──『世界の再構築者』。
光は、路地裏の空間へと吸い込まれていく。
すると、その空間が、まるで絵の具を混ぜるように、色を変えていく。
そして、その中心に、一人の少女の姿が現れた。
「──拓海くん?」
そこにいたのは、ほのかだった。
だが、いつものほのかではない。
彼女の瞳は、まるで虚無を宿しているかのように、何も映していなかった。
彼女は、俺が告げた真実によって、記憶のすべてを失っていたのだ。
「ほのか……っ!」
俺は、彼女の名前を叫び、その身体を抱きしめる。
彼女の身体は、氷のように冷たかった。
「ごめん、ほのか。俺が、君を一人にした」
俺の言葉に、彼女は何も答えない。
だが、その冷たい身体に、俺の温もりが伝わったとき、彼女の瞳に、わずかに光が戻ってきた。
「拓海……くん?」
その声は、震えていた。
その声に、俺は、絶望のループを終わらせるための希望を見出した。
俺は、彼女の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫。今度は、君と一緒に、この世界をやり直そう」
俺とほのか。
二人の「世界の創造主」が、新たな世界を創り出すための、始まりの物語が、今、始まる。