第7話「君のいない世界の果てで」
朝。
七月三十一日。俺はもう、今日が何度目のループなのかも分からなかった。
ただ一つ、昨日の夕暮れを鮮明に覚えていた。
俺がほのかに真実を告げたあの瞬間。
「俺が、君を一人にした」
その言葉は、まるで世界の理を捻じ曲げる呪文のようだった。
ほのかの瞳は、驚きに満ち、そして、深い悲しみに揺れていた。
そして、彼女の手を握った俺の身体から、青白い光が放たれた。それは、俺という存在を構成する「記録」が、彼女の魂に、再び還っていく光だった。
「──拓海くん?」
彼女の最後の声が、まだ耳に残っている。
そして、世界が崩壊した。
今、この朝を迎えたということは、あの結末は「完璧」ではなかったということだ。
俺は静かにベッドから起き上がった。
違和感があった。
心臓の音が、聞こえない。
いつも鳴り響いていた、絶望の警鐘が、聞こえない。
ただ、静かな、無音の世界が広がっていた。
スマホを見る。
【7月31日(火) 6:32】
日付は同じ。だが、何か決定的に違う。
玄関を出る。
いつもの通学路。だが、そこに彼女はいなかった。
何度も、何度も、俺を待っていてくれた、ほのかの姿がない。
その事実に、俺の胸は締め付けられる。
これでいい。これで、君は、俺を失うという悲しみから解放される。
そう言い聞かせようとしたが、心の奥底で、何かが張り裂けるような痛みが走った。
俺は、ただ一人、通学路を歩き始めた。
街の風景は、いつもと同じ。
だが、俺の心に焼き付いた過去の記録が、その日常を否定する。
ほのかが通り魔に襲われるはずだった路地裏。
トラックに撥ねられるはずだった交差点。
すべての記録は、消えていた。
『死の記録者』の能力は、消滅した。
俺は、ただの「真野拓海」に戻っていた。
学校に着くと、クラスメイトたちがいつものように笑い合っていた。
誰も、ほのかのことを話していない。
まるで、彼女という存在が、最初からいなかったかのように。
俺は、彼女の席を見る。
空席。
そこには、ほのかが座るはずだった。
世界の創造主である彼女が、俺を失った悲しみから解放された世界。
それが、この世界だ。
──だが、俺は、この世界を「完璧」だと思えなかった。
虚無の中で、ただ一人、俺を想い続けていた彼女。
その彼女がいない世界に、どんな意味がある?
俺が本当に欲しかったのは、君がいない世界ではなかった。
俺が欲しかったのは、君と笑い合える、ただ一つの世界だ。
「ほのか……っ!」
俺は、心の中で、彼女の名前を叫んだ。
その叫びは、誰にも届かない。
なぜなら、彼女はもう、この世界にはいないのだから。
これが、俺が君に贈った「完璧な結末」か。
いや、違う。これは、俺自身が、一番望んでいなかった結末だ。
俺は、君を失って、初めて知った。
この世界が、どれだけ虚無で満ちているか。
この世界を終わらせるのではなく、俺は、この世界を創り直さなければならない。
今度は、君と一緒に、笑い合える世界を。
俺は、空を見上げた。
そこには、悲しいくらい、青く澄んだ空が広がっていた。






