表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

第5話「始まりの虚無」

朝。


 何度繰り返されたか分からない七月三十一日。俺はもう、何も驚かなかった。

 世界が崩壊したあの日、俺の頭の中に流れ込んできた記録。

 それは、過去のループの記録でも、ほのかの死の記録でもなかった。

 ──『世界の始まり』の記録。


 その記録は、俺にすべてを教えてくれた。

 俺とほのかの関係、そして、この世界の真実。


 この世界は、もともと虚無だった。

 そこに、ほのかの魂が、俺の死をきっかけに、世界を創り出した。

 虚無の中でたった一人、俺という存在を失ったほのかは、その悲しみと絶望から、俺と出会った日を再現したのだ。

 だが、その再現世界で彼女は、俺と出会った「その日」をやり直すことしかできず、どうしても俺を失うという結末から逃れられなかった。


 だから彼女は、死を繰り返す。

 俺を失うという「完璧な結末」に、彼女の魂が納得できずにいるからだ。


 そして、俺という存在は、彼女の魂によって創られた、幻のような存在だった。

 だが、唯一、真実の記録だけは、俺の魂の中に宿っていた。

 ──俺は、この世界を創るきっかけとなった、本物の「真野拓海」の記録だった。


 ベッドから起き上がった俺は、スマホをポケットに入れ、静かに玄関を出た。

 今日の死因を記録から消す。

 その目的は変わらない。だが、その方法は変える。


 俺は、いつもの通学路とは違う、人通りの少ない裏道へと向かう。

 もう、ほのかはいない。

 彼女は、俺が「世界の裏側」へと向かうことで、再び目が覚めてしまうだろう。

 だが、それでいい。


 俺は、駅裏の路地裏へと足を踏み入れた。

 ここは、彼女が通り魔に襲われるはずだった場所。

 その空間は、まるで水たまりのように歪んで見えた。

 俺は、再び自分の能力『死の記録者アカシックレコード』を意識する。


 青白い光が、俺の手から放たれる。

 その光は、歪んだ空間へと吸い込まれ、俺の脳裏に記録された過去の死因──【通り魔に襲われる】──の記録を、ゆっくりと消し去っていく。

 だが、その瞬間、俺の目の前に、光が弾け飛んだ。


 そこに立っていたのは、ほのかだった。

 いつもの柔らかな笑顔ではなく、どこか寂しげな表情で、彼女は俺を見ていた。


「どうして、拓海くん」

 彼女の声は、まるで遠い場所から聞こえてくるようだった。

「どうして、あなたは、私を一人にしようとするの?」


 その言葉は、俺の心に深く突き刺さる。

 俺が求めていたのは、彼女のいない世界ではない。

 彼女が、悲しみを乗り越え、新しい世界で生きていける未来だ。


「俺は、君に生きてほしい」

 俺の言葉に、ほのかは悲しげに首を横に振る。

「──無理だよ。だって、あなたを失った世界で、私は、生きている意味を見つけられない」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中に、最後の記録が流れ込んできた。

 それは、ほのかの魂が、虚無の中で初めて発した言葉。


 「ごめんね、拓海くん。俺が、君を一人にした」


 世界の始まり。

 そこには、俺とほのかがいた。

 俺は、彼女を一人にしないために、この世界を創った。

 そして、彼女は、俺を失った世界を繰り返している。


 俺たちは、二人で一つだった。

 だが、その記録が消えるとき──俺は、この世界の真実を、すべて忘れてしまう。


 そして、世界は、また崩壊した。

 俺は、また朝を迎える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ