第4話「創造主と記録者の対話」
朝。
七月三十一日。俺はもう、今日が何度目のループなのかも分からなくなっていた。
ただ一つ確かなのは、俺の戦いが、今、始まるということだ。
俺は、制服ではなく、動きやすいTシャツとジーンズに着替えていた。
スマホをポケットに入れ、玄関を出る。いつもの通学路ではなく、反対方向へと足を進めた。
今日の死因を記録から消す。
それが、俺がたどり着いた結論だった。
この世界が、ほのかの魂が納得する死のパターンを記録しているなら、そのパターンから彼女を遠ざければいい。
俺は、人通りの少ない裏道を歩き、目的の場所へと向かう。
それは、このループを始めた初期に記録した、ほのかが通り魔に襲われた場所だった。
【7月31日、午後3時47分。駅前の交差点でトラックに撥ねられる】
【7月31日、午後4時05分。駅裏の路地裏で通り魔に襲われる】
これらの記録は、俺の脳裏に焼き付いている。
その場所には、もう誰もいなかった。
だが、その空間だけが、どこか歪んでいるように見えた。
俺は、自分の能力『死の記録者』を意識する。
脳裏に焼き付いた過去の記録を辿り、その空間に手をかざす。
すると、俺の手から、青白い光が放たれた。それは、過去の死の記録を消し去るための光。
だが、その光は、その空間に弾かれ、俺の身体に跳ね返ってきた。
「無駄だよ、拓海くん」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは、ほのかだった。
いつもの笑顔ではない。ただ、感情の抜け落ちた、人形のような表情で、彼女は俺を見ていた。
「なぜ、君がここに……?」
俺が問いかけると、彼女は静かに首を振る。
「ここは、私の世界の裏側。君が私の魂の記録に触れようとしたから、私も、少しだけ目が覚めたの」
彼女の瞳は、まるで宇宙のように深く、すべてを見透かしているかのようだった。
「君は、どうして死を望むんだ」
俺の問いに、ほのかは何も答えず、ただ静かに微笑む。
「私は、この世界を創った創造主。そして君は、この世界にただ一人、私の死を記録し続ける記録者。私たちは、似ているようで、まったく違う。私は、終わらせたい。君は、終わらせたくない」
まるで哲学的な対話をしているかのようだった。
「君の言う“納得する死”とは、何なんだ?」
俺の言葉に、ほのかは初めて、少しだけ感情を滲ませる。
「──ごめんね、拓海くん。私にも、まだ分からないの。ただ、何かが足りない。ずっと、ずっと……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、新たな記録が流れ込んできた。
それは、過去の死の記録ではない。
世界の始まりの、記録。
そこには、ほのかの姿はなかった。
ただ、広大な虚無の中で、一人の少年が立っていた。
その少年は、俺にそっくりだった。
「ごめんね、ほのか。俺が、君を一人にした」
その言葉が、俺の頭の中で響き渡った瞬間──世界が、再び崩壊した。
そして、俺はまた、朝を迎える。