第3話「死を記録する者」
朝。
何度目かの七月三十一日。俺はもう、スマホの日付すら確認しなくなった。
この世界が、ただ彼女の死によって創られた再現世界であるという事実が、もはや日常となっていた。
ベッドから起き上がり、俺は静かに笑っていた。
絶望は、いつしか諦観に変わる。そして、諦観は、ある種の覚悟へと昇華されていた。
俺は、ただの傍観者ではない。
そう。俺には、この世界で唯一、彼女の死を記録し、その記録を次のループに持ち越せる力がある。
──『死の記録者』。
この能力を自覚したのは、何度目かのループで、彼女が通り魔に襲われたときだった。
俺は死ぬ直前に、通り魔のナイフの軌跡、ほのかの悲鳴、その瞬間の時間、場所、すべてを脳裏に焼き付けた。そして次のループで、その記録を頼りに彼女を助けに向かった。結果、ほのかは助かり、代わりに俺がナイフで刺された。だが、世界はリセットされ、俺はまた朝を迎えた。
俺が死因になれば、ほのかは生きる。
だが、それは根本的な解決にはならない。世界は彼女の“納得する死”に辿り着くまで、永遠にリセットされ続ける。
それに、俺が死ぬたびに、ほのかは悲しみに暮れる。
今日の死因は、事前に記録してあった。
【7月31日、午後3時47分。駅前の交差点で、トラックに撥ねられる】
これは、俺がループを始めた初期に記録した死因だ。
俺は制服に着替え、玄関を出る。
そこに、彼女はいた。いつもの柔らかな笑顔で、俺に手を振る。
「おはよう、拓海くん」
「おはよう、ほのか」
俺はもう、震えずに彼女に挨拶を返せた。
これは、彼女の死を回避するための、俺の戦いだ。
いつものように彼女の手を握り、通学路を歩く。
彼女は嬉しそうに、今日の出来事を話してくれた。その声を聞きながら、俺は脳裏に焼き付いた過去の記録を辿る。
トラックが突っ込んでくる交差点はどこか。どのタイミングで彼女を突き飛ばせばいいか。
だが、その瞬間だった。
俺の脳裏に、新たな記録が流れ込んできた。
それは、まだ見ていないはずの、未来の記録。
【7月31日、午後3時47分。駅前の交差点で、トラックに撥ねられる──ほのかの代わりに、俺が】
愕然とした。
俺が、彼女を助けるために死ぬ。その結末すらも、この世界は記録していた。
つまり、俺がどんな行動を取っても、この結末からは逃れられない。
彼女の魂が望む死のパターンに、俺の行動も最初から組み込まれていたのだ。
「どうかしたの、拓海くん?」
不安そうに俺を見上げるほのかの顔が、俺の絶望をさらに深いものにする。
「……いや、なんでもない」
そう言って、俺はただ、彼女の手を握る力を強めた。
これは、彼女の魂が納得する死。
そして、俺が絶対に受け入れられない死。
俺は、君の運命から、君を奪い去らなければならない。
俺は、死の記録者。
ならば、この世界にない、新しい死因を創り出す。
それは、君を永遠に失う可能性を意味したとしても。