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鏡の魔女

ごきげんよう、神官様。お忙しいなか(わたくし)のために時間をさいていただき感謝申し上げますわ。


貴国の王太子妃暗殺未遂事件。その首謀者が隣国の貴人ともなれば戦争にもなりかねない話ですのに。

時間をかけて私の来歴を調べ上げ平民落ちの上処刑だなんて、王太子殿下の、両国に住む無辜の民を無闇に傷つけない手腕に感服したしました。貴国の未来も明るいですわね。


お急ぎでいらしたから、神官様は私の事はあまりご存知ではないでしょう? 懺悔のついでに私の昔話でも聞いてくださいな。

ええ、そうですわ。私の来歴を話さなければ真相は藪の中となり、ただの悪女が処刑された話になりますもの。私の犯した罪を懺悔するのに必要な事でしてよ。長い時間をとらせる事になりますから覚悟してくださいまし。


それではお話しいたしましょうか。私は平民……正確には男爵家の庶子でしたの。男爵家のメイドとして働いていた平民の母は男爵のお手つきとなりました。男爵夫人は母を解雇しましたがその時にはもう私が宿っていたようで。

例え不貞と姦通の証だとしても貴族の血を引く子の堕胎など平民にとっては畏れ多いですものね。母は私を産んですぐ産後の肥立ちが悪いため亡くなり、祖父母と母の兄……私にとっては伯父と共に慎ましく暮らしていました。

森の側で友人達と遊び、祖父と伯父が狩ってきた獲物を祖母の手伝いで捌く日々は楽しかった……。それだけでなく、祖父母や伯父にとっては家族を奪った憎い仇とも言うべき私を、子供に罪は無いからと愛情をかけて育てていただきました。あの日々は今でも鮮明に思い出せますわね。


7歳の頃、男爵が私の存在を知り引き取りに来ましたわ。なんでも男爵夫人が流行り病で亡くなったとか。子供もおらず、政略結婚の駒が欲しかったのでしょう。

相手が貴族でなければ誘拐と言って良い形で男爵家の養女となった私は、より良い花嫁となるための教育を受けさせられましたわ。男爵家に着いたその日からそれは始まりました。

外見を磨くのは勿論、立ち居振る舞いや舞踏に礼節にありとあらゆる学問……他国の言語や政治経済宗教……。鼻のきく貴族達が平民臭さを一切感じられないよう徹底的に仕込まれましたの。

教育は詰め込み式のためろくに眠れず眠りたいと言えば罵倒され、家が恋しい家族と友達に会いたいと言えば教育は更に厳しくなりました。

こう言うと虐待されていたように思われますけど、勉強自体はとても楽しかったんですのよ。ただ7歳の幼子にはきついだけで。いつか男爵家に用済み扱いされたら、家族や友人達に再会出来たら、この知識をもって学び合い、孤児院の先生としての働き口もできるのではと当時はよく夢想していましたわ。


13歳で貴族学園に通った頃には私は男爵家の養女でありながら侯爵令嬢並の立ち居振る舞いが出来ていると評判になりましたわ。16歳で学園を卒業し社交界デビューをした後はこの外見と知識を買われ我が国当時の王太子妃……先代の王妃殿下専属の女官として仕える事になりましたの。

異例の抜擢に周りからの妬みは集中しましたわ。王城という海千山千の狐狸が住まう伏魔殿に、知識と美貌に秀でただけの男爵家の庶子が乗り込むから当然ですわね。しかし、それを補って余りある程先代王妃殿下には可愛がっていただきましたの。

あのお方は公爵家の末っ子長女で、よく「貴女みたいな妹が欲しかったの」と話されてましたわ。我が国では珍しい私の黒髪を特に愛でていました。

私の生い立ちを聞いた時はその境遇を憐れんでくださり、慈善活動の名目で私の故郷へと何度も向かわれましたわ。家族や友人達と再会した時人目を避けて貰い泣きした顔は今でもはっきりと思い出せます。

……今思えばあの瞬間が私の人生で最も幸福な時でしたわね。病を得て余命幾許も無い祖父母の最期を看取る事も出来ましたし、友人達は私の部下として雇う事でいつでも会えるようになりました。伯父の狩る獲物の肉や毛皮を気に入られ、王室御用達のジビエや毛皮製品として取り立ててくださりました。

奪われた物を取り戻させてくれたあのお方には感謝してもしきれない大恩をいただきましたわ。


即位式に臨まれた先代王妃殿下は本当に美しかった……。ピンクブロンドを美しく結い上げ、瞳は我が国をより良く導く決意に満ちて……。まるで夢の国から現れた妖精のようで、このような方にお仕え出来る僥倖に満たされていました。

しかし、残念な事に先代王妃殿下とその夫である先代王陛下の夫婦仲は良くありませんでした。

先代王陛下はそれなりに優秀に学問を修めていましたが、他人を外見で決めつける悪癖がありましたの。あのお方は誠心誠意お仕えしていましたのに、その容姿を酷く嫌っておりましたの。

まあ! 先代王妃殿下の肖像画をご覧になったことがおありですの!? 神官様はどう思われました? そうですわよね、やはりお美しいですわよね! ……そんなあのお方を先代王陛下は何度もこう評しました。「小説に出てくる愚女」と。何度も、何度も、何度も。


これに関しては我が国の昔の流行についてもお話しなければいけませんわね。もう廃れて久しいですが、私達の前の世代で我が国の貴族社会では小説家のパトロンになる事が流行しておりましたの。

純文学からパルプ・フィクションまで、ありとあらゆる小説を流行らせるために鎬を削っていたらしいですわ。小説を通した派閥間の代理戦争とでも言うのかしら。それほどの盛り上がりを見せていましたの。

玉石混交の小説群が流行りに乗った結果、自然の流れとでも言うべきか「型」のような物が出来たのですわ。

簡単にまとめると「高貴な令嬢が婚約者から婚約破棄を告げられる。令嬢は婚約者の不貞と粗雑な婚約破棄計画を論破。婚約者は浮気相手と共に破滅。令嬢は秘めていた恋の相手と結ばれるか立身出世する」といったところかしら。

ここからが問題で、その「型」とされていた小説群の浮気相手の容姿でよく設定されていたのが「桃色の髪(・・・・)」でしたの。そういった小説が次から次へと出てきたとのことでしたわ。


お分かりになって? 神官様。そう、先代王妃殿下の御髪はピンクブロンド。たったそれだけの理由で先代王陛下は男を誑かす愚女だと決めつけたのです。


先代王陛下はそれなりに優秀でしたから、王族の義務もしっかりと自覚しておりました。政略結婚だというのも理解していたため離縁はしませんでしたし……下世話な話で申し訳ありませんが、夜伽も定期的に行っていましたの。

そして先代王陛下はとてもマメな方(・・・・・・・)でいらっしゃったようで、暴力は振るわずとも言葉でなじることを決して怠りませんでした。夜伽の時は私も何度か控えの間で待機していたのですが、殊更不機嫌な時やあのお方が歩み寄ろうとした時はこう怒鳴る声が聞こえたのです。「淫売」「雌犬」「売女」……と。

そんな男と共に過ごして、国を背負う王妃の公務をし多忙を極めながらも子供を産む義務を背負った女性の心がどうなるかお分かり? ええ、そうですわ。先代王妃殿下は少しずつ、確実に心をすり減らしていました。


そうしてある日、先代王妃殿下は「子供が出来ました!」と満面の笑みで私達に知らせてきたのですわ。専属の医師に診てもらいましたが懐妊の兆しは無く、想像妊娠とのことでした。正直に告げた医師に対してあのお方は、それはもう烈火のごとくお怒りになり、手近な物を投げつけ泣き叫び喚きました。

今までの様子とはかけ離れた行動にとうとう心がすり潰されてしまったのを感じた医師と私達はあのお方の心に寄り添う事にしました。悪阻を理由にして離宮へと移り先代王陛下から隔離してしまう。そうして快復を待つのです。

しかし、私はどうしても恐ろしかった。十月十日が経ち子供が産まれなかったら、どう申し上げれば良いのか。流れたと、産まれてすぐに神の元へと向かわれたと言えば今度こそ生きる縁を見失うのでは、と。


ここからが私の罪の話になりますね。先代王妃殿下が離宮に移る前日、私はあの男……先代王陛下に睡眠薬を飲ませ、子種を頂いたのです。大恩をいただいたあのお方に報いるなら、私の純潔など安いものですわ。それに、あの男は知らず知らずのうちに散々嫌っていた小説に出てくる「愚女に浮気する愚かな婚約者」になったからね。いい気味だわ。

離宮に移ってからの先代王妃殿下は比較的心を穏やかにされていました。クッションを巻きつけたお腹を撫でながら子守唄を歌う姿はとても痛々しく、何度頬を濡らしそうになったことか。

幸いな事に私も……ええ、ここではこうさせてくださいませ。私も懐妊しまして、あのお方は父親の事を知らずともとても喜んでくださりましたわ。

「この子の乳母になってくださいな。そしてお互いの子の名付け親になりましょう!」

そう張り切っていらしたのですわ。


私達が臨月となったある冬の日ですわ。二人で赤子のための産着を縫っていた時、先代王妃殿下が針で指を刺してしまいましたの。すぐに消毒しようとしたところ、あのお方はバルコニーへ出て行きました。そうして積もった雪に血を滴らせてこう呟いていましたの。

「かわいい赤ちゃん。私のような髪になっては駄目よ。雪のように白い肌、血のように赤い唇、どこまでも黒い、黒檀のように黒い髪で産まれておいで」

今思えば私達には先代王妃殿下の心は治せなかったのでしょう。あのお方は、もうとっくの昔に、取り返しのつかない所に行ってしまわれたのでしょう。あの男は雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪の持ち主で、憎らしくなるほどの美男子でしたわ。お腹の子供が育つにつれ、自分のようなピンクブロンドに産まれて来たらと、折に触れては考え心をさらにすり潰されたのですわ。

月満ちて先代王妃殿下に子供がお産まれになりました。……正確には私が産みましたが、医師と部下に根回しして同時に産気付き、私の子は神の元へと向かったという事にしました。産まれてきた子は雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪のとても可愛らしい女の子でしたわ。事情が事情でなかったら本当の私の子として育てたかったくらい……。

演技に関しては素人のため、布で顔を隠し泣く振りをした私をあのお方は優しく慰めてくださりましたわ。本当に、どこまでも優しく美しい心の持ち主でした……。


姫君の誕生の報せを聞いて、先代王陛下も離宮へ見舞いにやって来ました。あのお方は期待に胸を膨らませていましたわ。これで自分の貞淑さが証明される。王妃としての誇りを持ち再び先代王陛下と並び立てる、と。

……そんな先代王妃殿下にあの男、なんて言ったか分かる!? 開口一番こう言ったのよ!!

「なるほど。よく私と似た色の娼夫を見つけたな、クソ女」

ですって! あああああああ! 今思い出しても腸が煮えくりかえる!!


……失礼いたしました。姫君が産まれてから一月も経たぬうちに先代王妃殿下はお隠れになりました。あの一言で、あのお方は生きる気力を完全に失ってしまったのですわ。愛した者に全く受けいられない悲しみで嗚咽し憔悴しきって、食事も水分も喉を通らなかったのです。

あのお方の最期はそれはそれは壮絶で。「この髪でなければ」と何度も何度も自らへの呪詛を吐きながら、御髪を引き千切り、燃やして。全て燃やして剃り尽くし二度と御髪が生えないよう頭をめちゃくちゃに鋏と剃刀で切りつけてようやく、安らかな顔を浮かべて天国へ向かわれました。


ええ、あのお方はあんな見てくれだけで全てを決めつける男を真に愛していましたわ。なんでも一目惚れ、運命の恋だとか。その類稀なる美貌の持ち主の最も近くに立ち、王妃として王を支え二人で我が国を盛り立てるという夢を持っていましたわ。

そんなあのお方の尊厳を、誇りを、努力を! ただ「ピンクブロンド」というだけで!徹底的に踏みにじって肥溜めに捨てるような行いをしたあの男を!私は、絶対許さない!


ここで終わっていれば私は貴国で処刑を待つ事はなかったでしょう。殊更よく出来た鬱屈とした話で終わった筈ですわ。しかしそうはなりませんでした。

乳母として姫君を育てていた私はいつの間にか外堀を埋められ、喪が明けると同時にあの男の後妻にさせられました。男爵家の庶子が王妃にまで登りつめるなんて、それこそ小説の中で十分ですのに。

世間一般には「儚くなった先代王妃殿下を偲び嘆くあの男の心を、あのお方の親友であった私が癒した」と美談の如く謳われていましたがそうではありませんわ。あの男、私が黒髪だから、それだけの理由で王妃に選んだのですわ。


そうよあの男、極端な自惚れ屋でしたの。先代王妃殿下の忠臣であり親友。立ち居振る舞いも知性も侯爵令嬢並で王妃として申し分無し。瑕疵となるのは男爵庶子という身分だけ。私を手に入れるためにあの男、男爵を闇に葬って私の経歴を隅々まで改竄し、先代王妃殿下の実家である公爵家の養女として強引に手続きをさせ私を王妃に仕立て上げたのですわ。なんでも初めて見た時から目を付けていたとか。邪魔なピンクブロンドの愚女はいなくなった。全ては自らと同じ黒髪の女を手に入れるために! といったところでしょうね。

あの男にとっては私との初夜にあたる日は悔しくて悔しくて……! 先代王妃殿下に申し訳なくて……! でも権力には逆らえなくて……! 男爵については血の繋がりの上での父親でしかないものの、教育を受けさせてもらえて先代王妃殿下に出会うきっかけを作ってくれた方だから感謝をしていたのに。理不尽に葬られて……!夫や父親としては失格でも男爵としてはまともな方で、領民にも慕われていましたのよ……! 決してあんな亡くなり方をして良い人ではなかった……!


あの男が不義の子と信じて疑わなかったため、姫君は病弱な子という名目で公の場には出されず、王城内で育てられましたわ。表向きとはいえ、先代王妃殿下の忘れ形見ですもの。名目上の継母として、王家の者に相応しく育つようにするのは義務ですわ。当然教育も最上のものを惜しみなく与えました。

姫君は、心だけは母であった先代王妃殿下に似たのでしょうね。聡明で素直な心の持ち主に育ってゆきましたわ。


姫君が7歳になった頃、舞踏の稽古をしている様子を見てあの男、「あの女の娘にしてはなかなか美しく育ってきているな」と呟いたのです。その目には獣の様な輝きが宿っていました。

ここまでお聞きの神官様ならあの男が何を考え始めたか薄々勘づいていらっしゃるかと。ええ、神官様の勘は間違いありませんわ。あら? ご不浄へ向かわれますの? その方がよろしくてよ。私もあの時は同じようにいたしましたから。



お待ちしておりました。こんな時にお茶の一杯でもご馳走できればよろしかったのですが、生憎処刑待ちの私には何も出せませぬ事、お許しくださいませ。

さて、続きをお話してもよろしくて? はい、感謝いたしますわ。


あの男の悍ましい企みが心に芽生えたのを察知した私は、やすぐ行動に移しました。姫君の王族教育では他国の言葉を重点的に。そして平民の女性が行うような家政一式を仕込んだのです。炊事洗濯掃除裁縫といったことを、です。

当然反発もありましたが、そこは男爵家の庶子でした私。日進月歩の時代の流れに乗らねばならない、次代の王族たるもの平民の生活を知らねば上に立つ資格無し。そう押し切りました。


ええ、姫君を他国の平民にしようとしたのです。子供が自立するように育むのは親の責務ですわ。

我が国では珍しい黒髪も、遥か東の国ではありふれた色と聞き及んでいます。木を隠すなら森の中、ですわ。それに遥か東の国なら、一昼夜で向かえる距離ではありませんわ。あの男が追手を差し向けても、時間があれば打つ手ができますもの。


成長するにつれ姫君はますますお美しく……あの男を女性にしたような御姿となりましたわ。それに合わせてあの男も姫君へ接触する機会を増やしてきました。

勿論、姫君の純潔を守るために対策もいたしましたのよ。私の養父にさせられ大臣も勤めている先代王妃殿下のお父君の公爵様にお願いし、貴国の王太子殿下との婚約をとりつけました。半年に一度肉や毛皮を献上しに来た伯父には私の計画を話し、友人達も協力するようにお願いいたしました。

姫君は優秀な御方ですわ。12歳になる頃には一通りの王族教育ばかりか貴国の王妃教育を修め、家政もこなせるようになりましたもの。きっとあの男より前の王家の血が色濃く出られたのでしょうね。

対面した回数はほんの数回しか無く主に文通でしたけれど、貴国の王太子殿下との交流も順調で、このまま嫁がせても良いのではと何度も逡巡いたしましたわ。しかし、そうでもしたら、最悪の場合あの男は何か適当な理由をつけて戦争でも起こす事も考えられましたから、予定通りに進める事といたしました。

姫君の前では美しく子供に甘い父親として振る舞い、周りには上手く隠していました。でも私には分かりますの。あの男の自惚れ……ひっそりと覗かせた、女として生まれた自分の姿をした娘に対する執着。思い出せばそれはもう、夏も涼しく過ごせる思いでしたわ。


当時の立太子の事については内々に王弟殿下……現国王陛下へときまっていました。我が国での王位継承順は男子優先でしたから当然の流れですわね。

しかし王家直系の血はより多く欲しいもの。ましてやあの男は姫君を不義の子と決めつけていましたから、定期的に私の元へと通っていましたの。

ある日の夜伽であの男は姫君の名前を口にしましたわ。姫君のような美しく聡明な子が産まれるよう願ったと慌てて言い訳しましたが、そろそろ蕾を散らそうとしたのでしょうね。

私達の間に子は産まれませんでした。あの男の血を引く子を産むなんてそれこそ姫君だけで十分ですもの。医師に避妊薬を処方してもらいましたわ。ええ、元々は先代王妃殿下専属の医師でしたの。乳姉妹でもあったらしく、そんな自分があのお方の身体を治せても心は治せなかった。それが彼女の何かに火をつけたのでしょうね。

石女の疑惑を持たれた私との子は諦めるべし。いい加減側妃かせめて愛妾を、という声も多くなりました。あの男、姫君を表向きには病で儚くなった事にし秘密裏に愛妾にでもしようと思ったに違いないですわ。貴族学園卒業まで我慢する倫理観も無いなんて本当に呆れる。計画を急ぐことにしましたわ。


計画は思いの外あっさりと行われましたわ。睡眠薬で眠らせた姫君を伯父が献上品を入れた箱の中に隠し、城から7つの山と7つの谷を越えた私の故郷へと連れ去る。今思うと時間も無く粗だらけの計画でしたのに不思議ですわね。一つ思い当たるとすれば公爵様が根回しをしてくださったのかしら。公爵様亡き今となってはもう分からないですが……。


その日の晩餐では献上された猪の心臓と肝の塩茹でが出されました。公務も投げ出し散々探し回ったあの男は酷く疲れていたので、私は精がつくようにとお勧めしましたの。「若い牝の、人間で言うなら12歳くらいの活きのいい」猪の心臓と肝を。

その時のあの男の顔と言ったら! 今思い出しても傑作だったわ! 姫君の若さと美しさに嫉妬した私があの子を食ったとでも思ったのね! 悪魔、魔女と叫びながら私の顔を何度も何度も打ち据えて! お望み通り「美しい姫君と一つになれた」のに何故そんなに怒り狂うのかと煽り立てようかと思ったけれど必死に堪えたわ!

今思えばそうした方が良かったのかしら? あの男の虫けらにも劣る心を一気に叩き潰してしまえば良かったのかも。


それでもあの男、諦めきれなかったようね。各地に人を派遣して「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪の少女」を探させたわ。「愛娘」であり姫という身分を鑑みても、たった一人の女性の捜索に貴重な人材は割けなかった。病弱(・・)な姫君ですもの。行方不明になった時点で生存は絶望的と見るのが普通よ。

勿論私は「愛娘が行方不明になり気を病んだ先代王陛下を支える献身的な妻」を演じさせていただきましたわ。でもあの男、次は自分が食われるとでも思ったのかしら? 私が近づくとそのお美しい顔を恐怖に歪ませて逃げて行くのですわ。せめて耳元で「ざまあみろ」とお声がけしたかっただけですのに。本当にいけずな方!


そういえば神官様は 「ドワーフ商会」はご存知ですわよね? ええ、あの金属や宝石の加工や輸出を手掛けている、我が国が誇る商会ですわ。私の部下達は故郷にある支店を任されていましたの。

突貫工事の計画でしたから、身分を偽装出来る物や旅の支度、その他諸々が足りない状況でした。やむを得ない手段として支店に軟禁する事にしましたわ。


ええ、私魔女になることにいたしましたの。「継娘の若さと美しさに嫉妬し、命を奪おうとする邪悪な継母」に。

伯父はその企みに勘づいた善良な猟師。友人達は姫君を匿う善良な市民。そういった設定で姫君の心を少しでも守りたかったのです。

悔しいですけれど、姫君にとってあの男は良き父親でしたわ。そして将来のためとはいえ、私はあの子にとても厳しかった。あの子の持っていた「父親への信頼」や「辛い教育の合間を縫って作った楽しい思い出」を、真実という理由だけで汚す権利は私にはありませんわ。


支店の2階は事務所と寮を兼ねていましたから、そこで簡単な事務仕事や家事全般をさせました。一応、異国の地で平民として生きるための実践的な訓練をする目的もありましたのよ。炊事洗濯掃除裁縫を7人分。12歳の子供にはさぞかし重労働かと思われましたけれど見事にこなしていたとか。


半年程の月日が過ぎて旅の準備が整った頃、姫君の捜索の手が故郷に及びそうになった事が分かりました。姫君が健在である事を知ればあの男の精神は元に戻る可能性が十分にありました。完全に隠し通すため、また姫君を眠らせて国外へ逃がす必要がありましたわ。

でも私、少し欲をかいてしまいましたの。もう一度だけ、あの子を見たい。あの子となんでも良いから話をしたい。責任者として計画を完全に遂行するため自らの目で見届けるという大義名分のもと、そんなちっぽけな欲に私は従ってしまった。

様々な方法を考えましたわ。腰帯をきつく締め上げる方法、先に針を仕込んだ櫛で眠らす方法、他にも多種多様な……。結局、経口摂取が確実という結論に達し、皮に睡眠薬を塗り込んだ林檎を食べさせることにしましたの。今思うと、姫君は林檎に目がなくて、幼い頃はよく丸かじりしていたのを思い出してしまったのかしら。


お忍びで故郷へ向かい、果物売りの老婆に変装し姫君の元へ向かいましたわ。友人達には指示をして「全員で大事な商談に出かけなければいけないので留守を任せた」という形で姫君を一人にさせましたわ。

あの子が洗濯物を干す所を見計らって声をかけ、試食という名目で一番綺麗な……あの子の好きな真っ赤な林檎を食べさせたのですわ。姫君はあんな辛い目にあっても心優しくて。「よその土地から来て、生活に苦労するお婆様の助けになるなら」とチップをはずみながら言っていましたの。本当に、申し訳ない事をしたと今でも思っていますわ……。


姫君が眠ったのを確認して私は王城へ戻り、友人達は姫君を硝子の棺に入れ運びだそうとしました。これには捜索者が「姫君らしき女性が亡くなった」という報告を齎すためにわざと見せびらかす必要がありましたの。ここが最大の誤算でしたわ。

棺を森の中へ運び出したところを、お忍びでいらした貴国の王太子殿下が発見したのです。

その後は神官様に語る必要は無いほど有名な話でしょう?


あの男は「姫君らしき女性が亡くなった」報せを聞き、完全に狂ってしまいました。今では離宮に幽閉状態ですわ。なんの因果でしょうか。先代王妃殿下が御髪を燃やし儚くなったあの部屋で、今も姫君の面影を探し求め続けているとか。

すっかりやつれたせいでご自慢の容姿は見る影もなくなり、あんな精神状態では王の責務も果たせないため退位は当然。そして絶対手に入れたかった「女として生まれた自分」は亡くなったと思い込んだ。あの男は全てを失ったのですわ!

あの男は死んで楽にさせない。地獄に落ちるまで出来る限り苦しませてやるという悲願が達成できてスッキリしたわ!

そうして地獄に落ちたら、待ち構えていた私が真実を話して、更に苦しめるの。今から楽しみだわ! 本当に、ざまあみろ!


私の処刑にここまで時間がかかったのはきっと私の出自の精査をする必要があったからですわね。……まぁ、それもあるけれど姫君が貴国の貴族学園を卒業して無事結婚出来る段取りをつけるため? つかぬことをお伺いいたしますが、姫君の成績はいかほどで……? まあ! 首席!? 流石ですわ!


神官様なら当然心得ておいででしょうけれど、私が話した事はどうかご内密にしてくださいませ。姫君は一応、先代王夫婦から生まれた正式な我が国王家の嫡子という事になっておりますもの。

ええ、今まで苦労を重ねた姫君には何の瑕疵も無い状態で嫁いで行かなければ。

元王妃専属医師は、月のものの不順によるストレスや親友を偲んで眠れない日があった私に適切な薬を処方しただけ。猟師とドワーフ商会支店の者たちは、哀れな姫君を逃がし匿った善良な人々。私以外の人々には累が及ばないようにいたしましたのよ。


結婚式の前座として、我が国に取り入った邪悪な魔女である私を処刑するという事ですのね。一体どんな処刑方法でしょう? やはり魔女らしく火炙り? 川へ落とすのかしら? 私としては「焼けた鉄の靴を履かされる」を希望いたしますわ。こう見えて私、舞踏が最も得意でしたの。美しく滑稽に踊る自信がありますわ!


もうそろそろ時間ですわね。魔女を相手にして長らくの懺悔、お聞きくださり感謝いたしますわ。


……ああ、もし最期に一つ何かする事を許されるなら、我が国の王城へ行きたい。あそこの地下には魔法の鏡がありますのよ。そう。もう滅んで久しい魔法がこの世界に存在した証。この世界には数少なくなった、魔法の込められた品々の一つですわ。

あの鏡は「真実を映す」と言われていますの。……正確には「自分が真実そうだと思う事を映す鏡」ですけれど。大した事ないでしょう? でも今は、どうしてもあの鏡を使いたいわ。

「鏡よ鏡、世界で一番美しい女性は誰? 」

と鏡に聞きたい。

きっと、花嫁姿のあの子が見られるのでしょうね。

愛しい我が子が困難や理不尽に打ち勝ち、幸福を手に入れた姿を、醜いと思う親なんていないから……。


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