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手違いで転生させる聖女を殺してしまった女神はなりすます

作者: 華咲 美月

 第一章「やらかした女神、なりすます」


 ──天界、転魂管理局。


「はぁ~~~~~、もうやってらんない!!!」


 天界のオフィスに響き渡る、女神セレスティーナの叫び声。

 彼女は転魂管理局の担当女神で、異世界転生する魂の管理をしている。

 最近の異世界召喚ブームで、仕事は激増。今日も書類に埋もれながら、激務に耐えていた。


「異世界転生って簡単に言うけど、手続きどんだけ大変だと思ってんのよ!? 転生先の調整に、スキル付与の設定、運命の因果調整……もうパンク寸前!!」


 机にうず高く積まれた書類を見て、セレスティーナは頭を抱えた。

 どこかの創造神が「異世界転生モノ流行ってるから、いっぱい送り込もう」とか言い出したせいで、今やブラック企業も真っ青の残業続きだ。


「誰か代わってよ~!! もう無理!! せめて温泉旅行とか行きたい!!」


 セレスティーナは涙目になりながらも、今日の転生予定者のファイルを開く。

 ──名前、毒島悪子(ぶすじま・わるこ)


「なんか、すごい名前……」


 30歳、日本人OL。異世界ミネアマ大陸へ、救国の聖女として召喚予定。

 転生特典は「癒しの奇跡」と「聖なる祝福」。

 勇者パーティーの回復役として期待されている。


「ふーん、まあ、普通の聖女転生ね……。さっさと仕事終わらせて帰ろうっと」


 セレスティーナは転魂の魔法陣を展開し、魂の移動準備を始めた。

 だが、そのとき──


「ちょっと、ちょっと!! あんたが女神!? 遅いわよ!! こっちは仕事辞めてきてんのよ!! さっさと異世界に飛ばしなさいよ!!」


 突然、転魂待合室からものすごい剣幕で歩いてくる女。

 それが、毒島悪子(ぶすじま・わるこ)だった。


「……は?」


 セレスティーナの目が点になる。


 毒島悪子──美人なのは確かだが、顔には明らかに性格の悪さが滲み出ていた。

 腕を組んで偉そうに見下してくるその態度に、セレスティーナのイラつきメーターが一気に上昇。


「ちょっと、何よその態度? こっちは忙しいんだから、少しは神様に敬意を──」


「は? 忙しいとか知らないし! こっちは異世界でハーレム作る予定なんだから、さっさと転生させてくれる!? 女神なんだから仕事しなさいよ!!」


「……は?」


 女神、固まる。


 いやいや、待て待て。

 この女、何を言ってる? 聖女として召喚されるはずだよね?

 ハーレム? 予定??


「ちょっと待って、あなたの役割は聖女よ? そんな動機で転生されても困るんだけど?」


「はぁ? そんなの関係ないでしょ? 私が聖女なら、王太子とか騎士団長とか落としてハーレム作るのが当然じゃない? せっかく美人に生まれたんだから、楽しまなきゃ損よ!」


 ──ダメだ、この女。


 セレスティーナは確信した。

 こんな女が聖女になったら、異世界が滅ぶ。

 王国のためにも、転生取り消しにしたい。


「はぁ……。もういいわ。とりあえず転生の準備するから、そこ座って待ってて……」


「あ? あんたがさっさとやらないから、こっちは無駄な時間過ごしてんだけど!? こっちのスケジュール考えたことあんの!? ほんと、仕事できない女神って最悪!」


 バチィィィィィィィィィィン!!!!!!


 ──次の瞬間、天界に雷鳴が轟いた。

 雷の閃光が炸裂し、毒島悪子の姿が──消えた。


「…………」


「…………えっ?」


 セレスティーナ、しばらく呆然。


 やった。

 完全にやっちまった。


「ちょ、え、うそ……今、雷魔法が……?」


 振り返ると、そこには焦げ跡が。

 そして、毒島悪子のいた場所には何もない。


「……え、まさか、私……消しちゃった?」


 ──静寂。


「……ヤバいヤバいヤバいヤバい!!! これ絶対ヤバいやつ!!!!」


 セレスティーナは顔面蒼白になった。

 転生予定の魂を……誤って……削除……?


「ちょ、どうしよう!? 創造神様にバレたら確実に天界追放!! いや、神格剥奪されるかも!!」


 額に嫌な汗が流れる。

 今から新しい魂を用意する時間もない。

 だが、このまま何もしなければ確実にバレる。


「……そ、そうだ!! なりすませばいいじゃん!!」


 セレスティーナは閃いた。


「考えてみれば、別に毒島悪子が行くはずだった世界って、どうせ聖女召喚で崇められるんでしょ? だったら、私が彼女のフリして行けば問題ないじゃない!!」


 ──これが、後に天界を揺るがす大事件の発端となる。


 セレスティーナは即座にシェイプチェンジの魔法を発動。

 全身が輝き、一瞬で毒島悪子そっくりの姿へと変わる。


「よし! これで見た目は完璧!! さっさと召喚されて、魔王倒して、とっとと神界に戻る!!」


 そして、彼女は転生の魔法陣に飛び込んだ。


「よ~~~し! いざ、異世界へ!!!」


 こうして、本物の毒島悪子は雷で消され、代わりに女神が聖女として召喚されるという前代未聞の事件が幕を開けたのであった。


 ──この時、セレスティーナは知らなかった。

 自分がこの異世界で神格を剥奪され、人間として生きることになるなどと……。


 第二章「最強の聖女、降臨する」


 ──ミネアマ大陸、神聖王国。王城の大広間。


「聖女召喚の儀式を始める!」


 神聖王国の大司教が厳かに宣言すると、王国最強の魔法使いたちが一斉に魔力を注ぎ込んだ。

 大理石の床に刻まれた巨大な魔法陣が淡く輝き、神々しい光を放ち始める。


 王族や貴族たちは息をのんだ。

 ミネアマ大陸を救う聖女が、いよいよ降臨するのだ。


 ──彼らはまだ知らない。

 この召喚でやってくるのが、本来の聖女ではなく、うっかり転生ミスをした女神本人であることを……。


 天界から異世界へワープしたセレスティーナは、宙にふわっと浮かんでいた。


「おお~、これが異世界転生ってやつか~! なるほど、こうやって召喚されるのね!」


 完全に他人事のように感心していたが、次の瞬間──


 ドガァァァァァン!!!!!


「ぎゃああああああ!!??」


 顔面から着地した。


 まばゆい光が消えたとき、広間の中心には、派手に床と激突した少女の姿があった。


「……あれ? いきなり痛かったんだけど?」


 セレスティーナ(現・聖女ワルコ)は、鼻をさすりながら起き上がった。

 どうやら転送の角度がズレていたらしく、ものすごい勢いで床に叩きつけられたらしい。


 周囲を見渡すと、壮麗な王城の大広間。

 目の前には、豪華な装飾を施した王座に座る国王。

 その隣には、金髪碧眼の美丈夫──王太子ロイド。


 そして、広間を埋め尽くすほどの人々が、彼女を凝視していた。


 ──静寂。


「……え?」


 やばい。なんか、みんなめっちゃこっち見てる。


 すると──


「おおおおおおおおお!!!!!!!」


 突如として歓声が沸き起こった。


「な、なんと美しい……!」

「聖女様が本当に降臨なされた……!」

「神々しさが桁違いだ!」


 貴族や騎士たちが感動のあまり涙を流し、地面にひれ伏している。


(……え? ちょっと待って、何この異常なリアクション?)


 セレスティーナは思った。

 確かに、自分は元・女神だから、普通の人間より圧倒的に神々しいオーラを持っている。

 でも、それにしてもこの崇拝っぷりはやりすぎでは……?


 王太子ロイドが歩み寄る。


「聖女ワルコ様……私は神聖王国の王太子、ロイド・フォン・ルクレティウス。貴女が降臨なされたことを、心より歓迎いたします!」


 セレスティーナ(ワルコ)は、内心戸惑いながらも、なんとかそれっぽく振る舞おうとした。


「え、えーっと、うん! どうも! いや~、召喚ありがとう!」


 軽く手を振って挨拶してみた。


 すると──


「おおおおおおおお!!!!!」


 さらに崇拝度が爆上がりした。


(……なんで!? 今ただ手を振っただけじゃん!?)


 セレスティーナは内心混乱した。


 そんな中、側近の司教が神妙な顔で進み出る。


「聖女様……この国は今、魔王グラン・ガランの脅威に晒されております。我々は貴女の御力をお借りしたいのです!」


「えっ、ああ、魔王ね。うんうん、それは知ってる。倒せばいいんでしょ?」


「なんと頼もしいお言葉……!!」


 また崇拝度が上がった。


(いや、待って待って、これめっちゃ気軽に言っただけなんだけど!?)


 どうやら、人々は彼女の言動すべてを「聖女としての深遠なるお言葉」と解釈しているらしい。


 そして、歓迎の宴が開かれることになった。


 王宮の広大な大広間には豪華な料理が並び、貴族たちが祝杯を挙げる。

 セレスティーナ(ワルコ)は席に座りながら、こっそり心の中で考えていた。


(……めちゃくちゃ持ち上げられてるけど、大丈夫かな、これ?)


 本来なら、転生者は地道に努力して力をつけ、勇者パーティーと共に魔王を討伐するはず。

 でも、セレスティーナは女神の力をそのまま持っているため、すでにチート級の強さを誇る。


(……まあ、どうせ魔王を倒したら帰るし、適当に無双して終わらせよっと!)


 そう思い、食事を楽しんでいたところ、王太子ロイドが声をかけてきた。


「聖女ワルコ様、お食事はお口に合いますか?」


「え? うん、美味しいよ!」


「おお、聖女様が笑われた……!」


「まるで天使の微笑み……!」


(……いや、笑っただけなんだけど!?)


 やばい、完全に偶像崇拝の対象になってる。


 ロイドは少し緊張した様子で言った。


「聖女様……私は貴女が召喚された瞬間から、何か特別な運命を感じています」


「……へ?」


「もしよろしければ、後ほどお散歩でもご一緒に……」


「えっ、それってデート?」


「!?!?!?!?」


 ──王宮に衝撃が走った。


 王太子の顔が一瞬で真っ赤になり、周囲の貴族たちもざわつく。


「こ、これは……聖女様が王太子殿下を誘われた!? す、すごい!」

「すでに婚約のご意思が!? 早い!」


(違う違う違う! 今のはただの軽いノリ!!)


 完全に勘違いされるセレスティーナ。

 しかも、ロイドは妙に真剣な顔をしている。


「……ぜひ、お願いします」


(うそぉん!?)


 こうして、異世界に降臨した元・女神は、わずか数時間で国中の信仰を集め、王太子からの熱視線まで浴びることになったのだった。


 ──この時、セレスティーナはまだ知らない。

 この後、彼女の無双っぷりがさらに暴走することを……。


 第三章「魔王軍? 一撃で消し飛ばすが?」


 ──神聖王国の王城、作戦会議室。


「聖女ワルコ様! 魔王グラン・ガランの軍勢が王国に向かって進軍中です!!」


 兵士が慌てて報告すると、会議室は一気に緊張感に包まれた。

 神聖王国の王太子・ロイドをはじめとする軍の幹部たちが、険しい表情で地図を睨む。


「ついに来たか……!」


 ロイドが拳を握りしめる。


 魔王グラン・ガランはミネアマ大陸最強の存在。

 人類の勇者パーティーを全滅させ、すでにいくつかの国を滅ぼしている。

 王国の軍だけでは到底太刀打ちできる相手ではなかった。


「王国軍の戦力では到底持ちこたえられません……!」

「このままでは王都は陥落します!」


 幹部たちは顔を青ざめるが──


「え~? そんなの、私がちょちょいっと消し飛ばせばいいんじゃない?」


 会議室の片隅でお茶を飲みながらくつろいでいた聖女ワルコ(中身は女神)が、実に気軽にそう言い放った。


 ……シーン。


 会議室が静まり返った。


「え?」


「……え?」


「えっと、聖女様? 今、なんと……?」


 幹部たちは目を見開いた。


「だから~、魔王軍を消し飛ばせばいいんでしょ?」


 ワルコ(セレスティーナ)は、他人事のように言いながら、カップを置いた。


「……」


「……」


「……おおおおおおおおおおお!!!!」


 次の瞬間、幹部たちが一斉に立ち上がった。


「さすが聖女様!! なんという力強いお言葉!!」

「これこそ神の御業!!」

「おお、神よ……我らをお救いくださるのですね!!」


 崇拝度、爆上がり。


(いやいや、そんな大げさなことじゃなくない? ただの掃除感覚なんだけど……?)


 ワルコは内心苦笑しながら立ち上がる。


「じゃ、魔王軍が来る前に、さくっとやっちゃおっか!」


「聖女様、どうかご武運を!」


「王都の未来は、あなたにかかっています!」


 ロイドをはじめ、兵士たちが深々と頭を下げた。


(……いやいや、こんなの武運とか関係なく、一瞬で終わるんだけどなぁ)


 そう思いながら、ワルコは軽やかに城の外へと向かった。


 ──王都の外、広大な草原。


 魔王軍が王都へと迫っていた。

 数万の魔族たちが行進し、その中心には巨大な魔物たちが待ち構えている。

 上空には悪魔の軍勢が飛び交い、地響きのような咆哮が響いている。


 まさに、王国にとって絶望的な光景だった。


 そんな中、ワルコがふらっと現れる。


「へぇ~、これが魔王軍ねぇ」


 小首をかしげながら、目の前の敵軍を見渡す。


(うん、数は多いけど、全部雑魚だね)


 元・女神のワルコにとっては、モンスターの軍勢などゴミの山も同然。


「さてと、そろそろ帰って寝たいし……サクッと片付けるか!」


 そう言って、ワルコは片手を軽く上げた。


「──【神罰の光】」


 一言、呟いた瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 天空が輝き、まばゆい光が辺り一面に降り注ぐ。


「な、なんだ、この光は!??」


 魔族たちが恐怖に震える。


 ──次の瞬間、地平線の彼方まで、すべてが消し飛んだ。


「……え?」


 戦場が、静寂に包まれた。


 さっきまで王都に迫っていた魔王軍の姿が、跡形もなく消えていた。


 チリ一つ残らず、浄化されていた。


「おしまい♪」


 ワルコは満足げに手をパンパンと払った。


(いや~、簡単だったな~! これであとは魔王本体だけ! もうちょっと頑張れば、すぐ帰れるね!)


 ──そして、王城。


「報告します!! たった今、魔王軍が一瞬で消滅しました!!!」


「……」


「……」


「おおおおおおおおおお!!!!!」


 王城が大歓声に包まれる。


「聖女様が、本当に神の奇跡を……!」

「まさに神の化身……!」

「伝説の救世主が、ここに降臨なされたのだ!!」


 兵士や貴族たちが涙を流しながらひれ伏す中、ワルコは


「うん、まぁ、簡単だったよ!」


 と、あっけらかんと笑った。


 ……その瞬間、王太子ロイドがワルコの前に膝をついた。


「聖女ワルコ様……!!」


「え、なに?」


「私は貴女に心からの敬意と……そして、愛を誓います!!!」


「えぇぇぇぇぇぇ!?」


 突然の公開プロポーズに、ワルコは盛大にむせた。


(いやいや、何言ってんの!? 魔王倒したら私、神界に帰るんだけど!?)


 しかし、貴族たちは興奮のあまり勝手に盛り上がる。


「王太子殿下が聖女様に愛を誓われたぞ!!」

「これはもう、婚約待ったなし!!」

「王国の未来は安泰だ!!!」


 ──こうして、

 元・女神は、異世界で魔王軍を一瞬で消し飛ばしただけでなく、王太子の心まで奪ってしまったのだった。


 ワルコ(セレスティーナ)は、このときまだ知らない。

 これが、後にさらなる大混乱を引き起こすことになるとは……。


 第四章「魔王城へ、いざ討伐!」


 ──魔王城前、決戦の刻。


「ついにここまで来たか……!」


 王太子ロイドは聖剣を握りしめ、険しい表情で巨大な黒い城を見上げた。

 魔王グラン・ガランの居城。異世界ミネアマ大陸の脅威の根源。

 いよいよ、人類存亡をかけた最終決戦が始まる。


 ──はずなのだが。


「うわ、なにこの城!? ダサッ! 古臭っ!!」


 聖女ワルコ(中身は元・女神セレスティーナ)が、大口を開けて爆笑していた。


「ねぇねぇ、ロイド! ちょっとこれ見てよ! 入口のドクロ装飾、めっちゃベタじゃない? こんなの本当に魔王が住むと思う? ギャグでしょ?」


「せ、聖女様……!」


 ロイドは顔を青ざめさせた。

 目の前には、恐ろしい魔力を放つ魔王の居城。

 緊張感を持って挑むのが当然なのに、聖女様はまさかの全力ツッコミ。


「だってさぁ、ほら! そこのトゲトゲの門もさ、絶対敵が突っ込んできたら逆に引っかかるやつでしょ!? あと、あの火山みたいな溶岩流れてるの、どうやって管理してんの!? ちゃんとメンテしてる!? 魔王も大変じゃない?」


「聖女様、落ち着いてください!!」


「いや、無理! こんなの笑うでしょ!?」


 王国の精鋭騎士団は、全員目を伏せて肩を震わせていた。

「笑っちゃいけない」と耐えていたが、明らかにプルプルしている。


「まあ、でもいいか!」


 ワルコは、手をパンと叩いた。


「じゃ、魔王倒してサクッと帰ろう!」


「おおおおおお!!!!」


 騎士たちは、何かを吹っ切ったように歓声を上げ、勢いよく城へ突入した。


 ──魔王城、玉座の間。


 魔王グラン・ガランは、漆黒の王座に座っていた。

 長い角と深紅の瞳。燃え盛る黒炎を纏った筋骨隆々の巨体。

 その威圧感は凄まじく、歴戦の勇者たちですら膝を震わせるほどだった。


「ふん、人間どもよ……よくぞここまでたどり着いたな。だが、ここで終わりだ」


 重々しい声が響く。


 ロイドは聖剣を抜いた。


「魔王グラン・ガラン! お前の暴虐もここまでだ!」


「ほう……貴様がこの時代の勇者か。ふふふ……弱そうだな」


 魔王は嘲笑するが、その視線がワルコに向いた瞬間、ピタリと止まった。


「……お前は……?」


 何かがおかしい。

 魔王の本能が警鐘を鳴らす。


 ──コイツはヤバい。


 人類の勇者など何度も見てきた。

 だが、この聖女……何かが違う。


「……貴様、本当に人間か?」


「ん? まぁね~」


 ワルコは適当に流した。


 魔王はギリッと歯を噛みしめ、周囲に黒炎を巻き上げる。


「どのみち関係ない! 人類の希望など、この手で潰して──」


「【浄化の光】」


「は?」


 ワルコが片手をひらりと振ると、魔王城の天井がパァァァァァァッと光り輝いた。


 次の瞬間──


 ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!


「ぎゃああああああああ!!!!!」


 魔王の悲鳴と共に、黒炎が一瞬で吹き飛ばされた。


「え、まって!? ちょ、まだ技名叫んだだけで!? まだ攻撃されてないのに!? なんでダメージくらってんの!?」


 魔王がパニックになっている。


 ワルコは首をかしげた。


「え? そりゃ神の力だから?」


「いやいやいや!! そんなのおかしい!! 俺は伝説の魔王なんだぞ!? もっとこう、拮抗した戦いとか!! 死闘とか!! そういうのは!?!?」


「やだよ、めんどくさいし」


「理不尽すぎる!!!!!」


 魔王は涙目で叫んだが、もう手遅れだった。


「じゃ、終わらせるね~。【聖なる制裁】!」


 ワルコが指をパチンと鳴らすと、魔王の周囲に純白の魔法陣が展開された。


「え、ちょ、まっ──」


 ドガァァァァァァァァァン!!!!


 魔王グラン・ガラン、爆散。


 チリすら残らず、完全に消滅。


 ──戦闘、終了。


 ……異世界最強の魔王は、元・女神の軽いノリで一瞬で消し飛ばされたのだった。


 ──王城。


「報告します! ついさっき、魔王グラン・ガランが完全消滅しました!!!」


「おおおおおおおお!!!!」


 王国中が歓喜に包まれた。


「聖女ワルコ様こそ、救世主!」

「神の化身!!」

「この方こそ、世界を救う存在なのだ!!!」


 ……崇拝度、MAX。


 王太子ロイドは、神妙な面持ちでワルコの前に歩み寄った。


「聖女ワルコ様……」


「ん? なに?」


 ロイドは真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「どうか……どうか、私の妻になってください!!!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 公開プロポーズ、再び。


 騎士団や貴族たちは、全員大歓声。


「聖女様と王太子殿下の婚約だ!!!」

「これで王国の未来も安泰だ!!!」

「万歳! 万歳!!」


 ワルコは青ざめた。


(いやいやいや!! もう魔王倒したし、そろそろ神界に帰るつもりだったんだけど!?)


 第五章「祝賀会でプロポーズされる」


 ──神聖王国、王城の大広間。


「聖女ワルコ様、万歳!!!」

「魔王を討ち倒した救世主に、祝福を!!!」


 王国全体が、熱狂的な歓喜に包まれていた。

 数百年にわたり恐れられていた魔王グラン・ガランは、たった数秒で消し飛んだ。

 もはや聖女ワルコ(中身は元・女神セレスティーナ)は、「伝説」では済まされない。


 ──神。


 国民は彼女を「現世に降臨した神」として崇拝し始めていた。


「えーっと、そんなに持ち上げなくてもいいよ?」


 ワルコは頬をポリポリ掻きながら言った。


「私、そろそろ帰るし。祝賀会は適当に楽しんで!」


 そう。

 彼女の計画は単純だった。


 魔王を倒す→神界に戻る→何食わぬ顔で仕事を再開する


 この完璧な流れを想定していたのだ。


(創造神様にバレてなきゃ、私の勝ちだからね!!)


 すでに天界へのゲートを開く準備はできている。

 後はこの祝賀会を適当にやり過ごし、しれっと帰るだけ。


 大広間には、豪華な料理が並べられ、貴族たちが酒を酌み交わしていた。

 魔王討伐という歴史的な偉業を成し遂げた日だ。


 王太子ロイドも、満面の笑みでワルコに酒を勧めてきた。


「聖女ワルコ様、本当にありがとうございます!」


「あー、どうもどうも。魔王、ちょっと強かったけど、まぁ楽勝だったね!」


「ちょっと……強かった……?」


 ロイドは絶句した。

 彼の知る限り、魔王討伐は命を懸けた死闘であるべきだった。

 それを「楽勝」と言い放つこの少女は、やはり次元が違う。


「聖女様……私は、貴女に心からの敬意を……そして、愛を誓います!!」


「ん?」


「どうか、私と結婚していただけませんか!!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 またかよ!!!


 ワルコは驚愕のあまり、ワイングラスを落としかけた。


「えっ、いやいや、ちょっと待って! どうしてそうなるの!?」


「私は、貴女が召喚された瞬間から特別なものを感じていました!」


「それ、完全に一目惚れってやつじゃん!!」


「……はい、そうです!」


「認めたーーー!!!」


 大広間がざわめく。


「王太子殿下が聖女様に愛を誓われたぞ!!」

「これはもう、正式な婚約では……?」

「いや、むしろ国の安定のために結婚すべきでは……?」


(いやいやいやいや!! 私、帰るから!! ここで結婚とかありえないから!!)


 ワルコはなんとかロイドのプロポーズをスルーしようとした。


「えっと、いや、私ってば、あの、ほら……神の使い的な? だから王族と結婚とかそういうのはちょっと……」


「神の使いだからこそ、王国を導くのにふさわしいお方なのでは!?」


「おい、やめろ!!! そっちに持っていくな!!!」


(まずい……! このままじゃ、異世界の王太子と結婚とかいうわけのわからん展開に!!)


(ここは、もう奥の手を使うしか……!!)


 ワルコは大げさに溜息をついた。


「はぁ……ごめんね、ロイド。実は私……好きな人がいるの!!」


「なっ……!?」


 ロイドの目が見開かれる。


(よし、これで婚約は回避できるはず!!)


「す、好きな人……!? それは……どなたですか!?」


(考えてなかったーーー!!)


 焦るワルコ。

 しかし、この場で適当な名前を言わなければならない。


(ここは……適当に!! えーっと、誰にしよう!?)


「わ、私が好きなのは……創造神様!!」


(しまったぁぁぁぁぁぁ!!!)


 口走った瞬間、ワルコは後悔した。

 しかし、もう遅い。


「な、なんと……聖女様の想い人は創造神様だったのか……!!!」


「えええええええええ!!? そっちの解釈に行くの!?!」


「神聖な恋だ……!」

「神と人との愛か……素晴らしい……!」


 まさかの感動路線へ。


 ワルコは頭を抱えた。

 もう、どう収拾をつければいいのかわからない。


(……もういいや!! こんな異世界、捨てて帰る!!!)


「じゃ、私は神界に帰るから!! じゃあね!!」


 ワルコは勢いよく天界へのゲートを開いた。

 これさえくぐれば、すべて終わる!

 完璧な計画!!


「それでは……さらば、異世界!!!」


 ──しかし、その瞬間。


 ズギャァァァァァァァァン!!!!!


 突然、天井が割れた。

 神々しい光が降り注ぎ、空間に巨大な人影が現れる。


 第六章「創造神、お怒りになる」


 ──神聖王国、王城の大広間。


「えっ、ちょ、ちょっと待って!? 何この光!? なんかすごい神々しいんだけど!?」


 魔王討伐の祝賀会の真っ最中、突然天井から降り注いだ神々しい光。

 王宮の人々は驚き、聖女ワルコ(中身は元・女神セレスティーナ)は、めちゃくちゃ嫌な予感がしていた。


 ──そして、光の中心から現れたのは。


「セレスティーナよ……」


「(……あっ、詰んだわ)」


 目の前に現れたのは、創造神様だった。

 金色のローブに包まれ、神々しいオーラを放つ圧倒的な存在。


「貴様の不正行為、すべて見ていたぞ!!!」


「いやいやいやいや!! そんな大げさな!!」


「大げさではない!! まず、説明してもらおうか!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


 創造神の怒りで空間が震え、王城全体に圧がかかる。

 王族や貴族たちはガクガクと震え、ロイド王太子ですら直立不動になっていた。


 そんな中、ひとりだけ逆ギレしている存在がいた。


「いや、そもそも私だって被害者ですよ!? なんでそんなに怒るんですか!?!」


「被害者は貴様じゃない!!!!!」


「えええええ!!?」


 ◆天界裁判・開廷◆


「では、罪状を読み上げる!」


 創造神が天界の巻物を広げた。


「まず──」


 ① 転生予定者(毒島悪子)を感情に任せて削除


「はい、これは認めます」


「開き直るな!!」


「いや、だって口が悪すぎたんですよ!? 『仕事できない女神とかマジ終わってる』とか言われたら、そりゃカチンときますって!!」


「それでも、お前は転生管理の女神であろうが!!」


「……うっ。まぁ、はい……」


 ② 殺した転生者になりすまし、異世界召喚される


「これも認める!」


「当たり前だ!! そもそも、貴様が正直に報告していれば問題にはならなかったのだ!!!」


「だってバレたら絶対怒られるじゃないですか!? こうやって!!」


「黙れ!!!!!」


 ③ チート能力を持ったまま異世界で好き放題する


「だって、元・女神だし?」


「開き直るな!!!!!」


 ④ 魔王を秒で消し飛ばす


「え、でもそこは感謝するべきでは!? だって魔王いなくなったし!!!」


「話を逸らすな!!!!」


「いやいや、魔王倒したのは結果オーライじゃないですか!? じゃあ、なに!? もっと苦戦しろってことですか!?」


「そういう問題ではない!!!!」


「うわーーーん!! もうめんどくさいーーー!!!」


 ⑤ 王太子からプロポーズされる


「……これは、どういうことだ?」


「いや、それは私が聞きたい!!!!!」


 ◆ 王城・現場検証◆


「よし、では事実確認のため、関係者を呼ぶ!」


「関係者って……」


「王太子ロイド・フォン・ルクレティウス!!」


「はっ!!!」


 ロイド王太子が、緊張した面持ちで創造神の前に跪いた。


「貴様は、何故聖女ワルコにプロポーズしたのか?」


「それは……彼女が、私にとってかけがえのない存在だからです!」


「………………。」


 ワルコ(セレスティーナ)は、思わず頭を抱えた。


(おおおおおおおおおい!!! ここで真剣な顔で語るな!!!)


「聖女ワルコ様は、我が王国を救った英雄であり、強く、美しく、賢く──」


「はいはいはいはい、もういい!!! もう聞きたくない!!!」


 ⑥ 『創造神が好き』発言


「で、これはどういうことだ?」


「もうそれに関してはとっさの言い訳です!!!!」


「知ってた!!!!!」


「だって逃げるために適当に言ったんですもん!!!」


「適当に言うな!!!!!」


 ──そして、最終判決。


 創造神は厳かに宣言した。


「セレスティーナよ……貴様は女神の資格を剥奪する。」


「えええええええええ!!?」


「貴様は今後、人間としてこの世界で生きていくのだ!!」


「いやいやいや、それはちょっと待ってくださいって!!」


「異議は認めぬ!!!」


 創造神が手を振り下ろすと、ワルコの体が光に包まれた。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


「ぎゃああああああああ!!!!」


 ワルコの中の神の力が、完全に消えていく。


(やばい!! なんか、すごく嫌な予感がする!!!)


 ──次の瞬間、ワルコは意識を失った。


 ──翌朝。


「うぅ……頭痛い……」


 ワルコ(元・女神セレスティーナ)は、柔らかいベッドの上で目を覚ました。


「あれ……? なんかすっごく体が重い……」


 そう、神の力を失い、完全にただの人間になってしまったのだ。


「あ……あれ……?」


 すると、横から声がした。


「おはよう、ワルコ」


「……え?」


 隣にいたのは、王太子ロイド。


「あ、あなた、なんでここに……?」


「いや、だって君は僕の婚約者だから」


「……………………は?」


「昨日、創造神様の前で宣言しただろう? 僕は君を愛しているって!」


「いやいやいや、そんな流れじゃなかったでしょ!!!」


「だから、これからもずっと一緒だね?」


「いやいやいやいや!!」


「ふふ、朝食を用意してくるよ」


 ロイドが爽やかな笑顔で部屋を出ていく。


 そして、ワルコはようやく悟った。


(……あれ? 私、もう人間だから……)


(逃げられないのでは???)


「ええええええええええええ!!!!!」


 こうして、元・女神の異世界生活(強制)が正式にスタートしたのだった。


 第七章「聖女として生きていくしかない」


 ──神聖王国、王宮の一室。


「はぁ……」


 ワルコ(元・女神セレスティーナ)は、頭を抱えていた。


 起きたら人間になってた。

 力が全部なくなってた。

 そして──


「なんでロイドがいるのよ!!」


「え? だって僕の婚約者だろ?」


 ──ロイド王太子が、何の違和感もなく隣に座っていた。


「いやいやいや!! なんでそうなるの!?!」


「昨日の祝賀会で、創造神様の前で婚約を誓ったじゃないか」


「いや、私的には『えええええ!?』って叫んで終わったんだけど!?」


「大丈夫、僕はちゃんと受け止めたよ」


「受け止めんなぁぁぁぁぁ!!!」


 ワルコは思いっきりロイドの肩を揺さぶった。

 だが、王太子殿下は微笑みながら彼女の手をそっと握った。


「……ワルコ、これからは僕が君を支えるよ」


「だからそういう流れじゃないでしょ!!」


 ──ワルコの運命は決まった。


 天界に戻ることは不可能。

 魔王も倒してしまった。

 ロイドの婚約者扱いされている。


「……詰んだ。」


 ワルコはベッドの上で、脱力状態になった。


(あの創造神のせいで……!!)


 もちろん自業自得なのだが、彼女にそんな自覚はない。


「これからは、この国で人間として生きるんだね」


「それがイヤだから頭抱えてんのよ!!」


「でも、ワルコはもう僕の婚約者だし、王国の象徴的存在だからね?」


「ちょ、待って!! 私、政治とかマジ無理なんだけど!?」


「大丈夫だよ、ただそこにいるだけでいいんだ」


「逆にしんどいわ!!」


「それに……」


 ロイドはワルコの手を握りしめ、真剣な眼差しを向けた。


「君のことを、本当に愛しているから」


「…………」


「…………」


「いや、そこは否定しろよ!!!」


 ワルコは思わず叫んだ。


 ──数日後。


「聖女ワルコ様、朝食をご用意いたしました」


「え、まって、なんでメイドとかいるの?」


「だって王宮に住むことになったから」


「ええええええ!!?」


 起きたら王宮の一番豪華な部屋に住んでいた。


(なんでこうなった……)


「あと、今日は王国の人々への演説の日だよ」


「演説!? なにそれ聞いてないんだけど!?」


「君は聖女だから、国民に希望を与えないと」


「いや、無理無理無理無理!! 私、ただの元・女神だよ!? いや、むしろ詐欺師だよ!?!?」


「大丈夫、みんな君の言葉を信じてるから」


「それが一番怖いんだけど!?」


 ──演説の時間。


 広場には、数万人の国民が集まっていた。


「おお……聖女様がお出ましになられる……!!」

「救世主!!」

「神の御使い!!」


(いや、私はもうただの人間だっつーの!!)


 ワルコは心の中で叫びながら、しぶしぶ壇上に立った。


 ロイドが「頑張れ」と笑顔を向ける。


(いや、お前のせいだぞ!?)


 仕方なく、ワルコは適当に話し始めた。


「えーっと、皆さん……こんにちは?」


「おおおおおおおおおお!!!!」


 国民、大歓喜。


(いや、ただ挨拶しただけだろ!?)


「えーっと……あの……うん、魔王いなくなったし、平和になったね!」


「おおおおおおおおおお!!!!」


 国民、大感動。


(こ、こわい……!!)


「まぁ、これからは、みんな仲良く、平和に生きていきましょう……?」


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ──伝説の演説、ここに誕生。


 ──そして、その日の夜。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ワルコは、王宮のベッドの上で大の字になっていた。


「もしかして……だけど……」


「これ、一生このままじゃね??」


 彼女の異世界ライフは、こうして正式に始まったのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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