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はじめまして。こんにちは。ごめんなさい。(後)

「わかりました。それでは、なんとか頑張ってみたいとも思います。ただ、この子をお直しするにあたって、お願いしたいことがふたつあります」

「なあに」

「まず、ひとつめは、今回の件は応急処置だということです。あくまで一時的に、この子を助けてあげるだけ。いずれ、魔術が安定して使えるようになった際にはご自身でお直しいただきます」

「わかった」

「それからふたつめ。この子を直すときに使う糸として、魔力をご提供いただきます」

「まりょく?」

「おそらく魔術師の先生をつけていただいているのではりませんか。先生に、身体に流れる魔力について習っているはずです」

「むずかしくて、よくわかんない」

「つまりですね、わたしの魔術は、縫物のようなものだということです。だから、お手伝いしていただけますか?」

「わかった!」


 最初から魔術師として訓練を受けていたわけではない。わたしはただ縫物をしていたら、力に目覚めただけ。神託さえもなかった「仮の聖女」。迷いを振り切るように頭を振り、男の子の手を握った。


「では、お手をお借りしますね」


 ひょいと男の子の手から魔力を引っ張り出す。さすがの魔力だ。これだけ潤沢なら、目に見える形で糸を残すこともできるだろう。普段は細い魔力の糸に仕上げているのを、今回は太く丈夫な糸にする。男の子の気質によく似た鮮やかな色。わたしとは大違いだ。


「わあ、すごい」

「魔力には、それぞれ色があるんです。素敵なお色ですね」


 針はどんな針でもよいけれど、せっかくだからと男の子が持ってきてくれたものを借りることにした。ぬいぐるみも、他人の針で刺されるよりは納得してくれるのではないか。どうか受け入れてくれますように。そう願いながら縫い始めた。


 とはいえそう簡単にはいかない。やはりぱちぱちと反発が起きる。痛い。けれど、我慢できないほどではない。気付かないうちに身体が震えていたらしい。男の子が心配そうな顔をしていた。


「せいじょさま、いたい?」

「大丈夫ですよ。ただ、あまり長くはできそうにないので、一気に仕上げてしまいましょう。てのひらの魔力に集中してくださいね」

「はい」


 ひりつく痛みが徐々に熱を帯びてきた。指先がしびれている。針を取り落としかけたのをぐっとこらえた。痛みを無理矢理抑え込み、わたしは縫い続ける。「本物の聖女」になりたいからではない。ただ、この子に安心してほしかったから。



 ***



 痛みと熱さで汗がにじむ。手が焼きただれるかと思ったけれど、思ったよりも外見には出ていないようだ。内臓がやられたのかもしれない。


 目が霞んでいる上に面紗をかぶっているせいで、前がよく見えなくて苛々する。正直鬱陶しくて、わたしは思わず面紗を投げ捨てていた。人前で面紗を外したのは、竜と対峙した時に風でさらわれた時以来だ。


「せいじょさま?」

「実はですね、わたし、聖女ではないのですよ。ほら、額に何の花も咲いていないでしょう?」

「ううん? きらきら。まっしろね」


 ああ、そのことかと肩をすくめた。額に咲かない花を隠したくてかぶっていた面紗だが、他のひとから見ればこの髪と瞳のほうが気になるのかもしれない。何せ、わたしの髪と瞳には色がないのだから。色がないというのは、正確ではない。わたしの髪と瞳の色は、変えることができる。わたしを見たひとたちの考える最も好ましい色に。


 母は、姉を愛していた。だから姉と同じ、美しい金髪と碧眼を求めた。聖女にはその色がふさわしいと口にしながら、欲しがったのは姉の色だった。英雄は心から彼女のことを愛していた。だから彼と共に旅をしていたときのわたしは、銀の髪と緑の瞳をしていた。その色を彼が最も好ましいと思っていたからだ。まあわたしが何色をしていようが、彼はつゆほども興味関心を抱かなかったが。


 男の子は、わたしに何の色も求めていなかった。だから、わたしの髪も瞳も白いままだ。誰かに髪を洗ってもらっても、彼らが望む色をわたしは身にまとう。ひとりでいるときは鏡を見なければ、自分の顔なんてわからない。自分でも久しぶりに見た、素のままの自分の髪の色だった。


「せいじょさま、しろがすき?」

「さあ、どうでしょう。好きな色など、考えたこともありませんでした」


 好かれる色なら、ずっと考えていたけれど。でもこの子は、わたしがどんな色でもよかったのだろうか。父親と同じようにわたしのことなどどうでもよいから、わたしの髪と瞳の色は変わらなかった? それはそれで、寂しい気もするが。


「しろ、すきだよ。ゆき、くも、うさぎ。みんな、すてき。おさとうも、あまくておいしい」

「そうでしょうか。白なんて、何もないのと同じではありませんか」

「ちゃんと、あるよ。ほら、ここに」


 そういえば、遠い昔、父が話してくれたことがある。いるのかいないのかわからない、狂った母を静かに支え続けていたあのひと。


 太陽は無数の光を持っているのだそうだ。ただ事情があって、普段は白い光しか見えないらしい。条件が重なると、それぞれの色が見えるようになるのだとか。それから虹が七色に見える理由も何やらお堅い言葉で話してくれたような気がするけれど、わたしはあまりよく覚えていない。


 どうしてそんな話をするのかよく理解できなかったけれど、もしかしたら父は、母によって髪や瞳の色を否定されるわたしを見て、「お前はそのままでいいよ」と言いたかったのかもしれなかった。


 そんなこと、もっとはっきり言ってくれなければ子どもには伝わらないのに。今さらだ。今さらわかったとして、一体何の意味があるというの。わたしのことなんてどうでもいいと思っていた父が、本当はわたしを見てくれていたなんて。


 ずっと「ない」と思っていたものが、「あった」。「ある」と知ってしまった。あれから、実家がどうなったのかをわたしは知らない。それが急に悲しくて、心もとなくて、まぶたが熱くてたまらなくなった。黙り込んだわたしの頭を、男の子がゆっくりと撫でる。


「いたいの、いたいの、とんでいけ」


 小さな子ども特有のふくふくとした手があたたかい。悲しかったはずなのに、その感触がくすぐったくて半笑いになってしまった。泣きたいのに泣けないから、そんな顔になったのかもしれない。


「いたいの、どっかいった?」

「ええ、ありがとうございます」

「まだいたい? もうちょっと、なでなでしてあげるね。だいじょうぶだよ」


 不意に、懐かしい感触を思い出した。壊れ物をさわるように頭を撫でてくれたのは、母ではなかったのだ。わたしも、愛されていた。「聖女」でなくても、愛されていた。


 ずっとわたしを愛してと叫び続けていたけれど、注がれる愛情が足りなかったのではなく、わたしの心の中の器にひびが入っていたのかもしれない。穴の開いた器は満たされない。まずわたしがやるべきだったのは、自分の器を治すことだったのだろうか。わかりにくくても聖女でなくても、わたしに愛情を注いでくれたひとは母以外にもちゃんと存在していたのに。見なかったのは、私の方だった。


 父の愛情に気が付けていたら、わたしは最初から「仮」ではなく「本物」だと思えたかもしれない。「聖女」にはなれなくても、「わたし」は「わたし」だったのだ。


「はい、出来上がりですよ」


 ぬいぐるみを手渡すと、何やら男の子はぬいぐるみと内緒話を始めた。しばらくして、にこりと笑う。


「せいじょさま、この子がありがとうって」

「はい、どういたしまして」

「おれいに、わけてあげるって」

「なにを……まさか! いけません!」


 ぬいぐるみが何をしようとしているのか、なぜかわかった気がした。だから絶対に止めなければならなかった。二度もこの子から、母親を奪ってはいけない。それなのに、このぬいぐるみはわたしなんかよりも力が強いのだ。ただ男の子にぬいぐるみを額に当てられているだけのはずなのに、流し込まれる魔力に圧倒される。


「わあ、せいじょさま、おでこにおはながさいてるよ」


 ああ、ああ。こんな形で、「本物」になんてなりたくなかった。指先でなぞれば、不思議なことに見えないはずの額の花が、どんな形をしているのか、目の前に咲いているかのように理解できるのだ。白に薄桃、赤に紫。いろいろな色があるけれど、特に紫の花ならば、その花言葉は「信頼」。わたしに? こんなわたしの何を信じると?


 目の前で笑う優しい子どもに、わたしはどうやって謝ればいいのだろう。どうすれば、この子のものだった幸せを返してあげられるのか、わたしにはわからない。全部間違えた。失敗してしまった。まただ。何をやっても、わたしは駄目なのだ。


「せいじょさま、きれいだね。ねえ。あれ?」

「……どうしましたか?」

「ねえ、せいじょさま。この子、おへんじしてくれないの。つかれちゃったのかな」


 わたしは、涙が止まらなかった。

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