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【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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ただいま。お待たせ。これからよろしく。(後)

 世界は変わる。

 私たちがそれを望むならば、いくらだって変えていける。それを教えてくれたのも、イーノックさまたちだった。


 イーノックさまは、例の戦争を正式に終わらせた。前の国王さまは戦好きな方だったから、周辺の国々との関係はとても悪い。弱みを見せれば不意を突かれることもあるだろう。それでも武力で押さえつける以外の方法をイーノックさまは探している。ずっとずっと先の、孫やひ孫、玄孫の時代まで平和に暮らしてほしいから。


「ちょっと陛下ったら困りますよ。また勝手に抜け出して。まあ、王妃殿下がお望みなら仕方がありませんけれどね。あと半刻ほどご家族で休憩なさってください。それが過ぎたらきりきり働いてもらいますからね!」


 優秀さを買われて、息子の世話係以上の仕事を任されるようになったお隣の奥さまが、私に向かってウインクをし颯爽と去っていった。彼女はとても気の利く女性だ。一見して叱っているように見せつつ、適切な休憩がとれるようにしっかりといい塩梅で声をかけてくれる。イーノックさまは、ますます彼女に頭が上がらないようだ。


「本当に素敵な方ですね」

「……彼女がプリムラの理想の女性ってこと?」


 イーノックさま、動揺しすぎでは? 大きいお姉さん方に対して失礼ですよ。まあ、あれくらい強い女性は確かに憧れていますけれどね。


 聖女さまもといデイジーさまは、神殿の在り方を変えるために奮闘されている。私は知らないことだったが、他国ではこの国ほど神殿の力が強くないことの方が多いのだそうだ。


 神さまとの関わり方を王家やデイジーさまが国民に強制することはできない。けれど神託を受けないという新しい選択が生まれたことで、人々の考え方は少しずつ変わっていくのかもしれない。


それが正しいことかどうかは、誰にもわからない。その上それはきっと、薄紙を剥がすように気の遠くなるような時間がかかる。それでも私のような人間が生まれない世界にするためには、必要不可欠なことだった。


「ディさま、今日は神殿にいつ行くの? 僕もお供するよ」

「まあ、ありがとうございます。ですが、まだ今日のお勉強がお済みではないでしょう?」

「ちゃんとやる! 今すぐやるから! まだ行かないで! あと、ディさま、これあげる!」

「ふふふ、指輪は大きくなってから、本当に好きなひとに差し上げてくださいね。ですが、こちらの雛菊の花束はありがたくいただきますわ」

「嬉しいけど、嬉しくない!」


 記憶の中よりもずいぶんと大きくなった息子の小さな初恋は、前途多難だ。とはいえ息子は私なんかよりもずっと諦めが悪いから、なんだかんだ言って自分の想いを成就させてしまいそうな気がする。


「ねえ、フーおじちゃん。おじちゃんの指輪はどこに行ったの?」


 気持ちを切り替えるように、息子がフランさまに声をかけた。この切り替えの早さは子どもならではかもしれない。その強さが少しだけ羨ましい。


 イーノックさまの指輪は私に、息子の指輪はまだ受け取ってもらえてはいないけれどデイジーさまに捧げられている。おませな息子としては、フランさまの指輪が気になって仕方がないのだろう。


 フランさまは小さく噴き出すと、再建途中の城を指さした。そう、フランさまの指輪は城の基礎部分に埋められてしまったのだ。正確には城ではなく、国に捧げられたのだけれど、息子には伝わらなかったらしく不思議そうな顔をしている。


「フーおじちゃんは、お城と結婚するの?」

「お城ではなく、国に捧げました。まあ、結婚したというよりは、大事な相手だから支えていきたいと思った。それだけですぞ」

「おじちゃんと結婚すると、幸せになるの?」

「これは手厳しい。まあ、そうですな。手前と結婚したから幸せになるとはいえませんが、手前はこの国が安泰であれば幸せでしょう。これから、この国もたくさん変わらねばなりませんが、なくなってしまうのは寂しいものですからな」

「ええと、何だかちょっと難しいなあ。僕にお手伝いできることある?」

「それは頼もしい。楽しみにしておりますが、無理はしなくてよいですからな。どれだけ努力したところで、壊れる時は壊れる。諦めも肝心です。まあ、みんな諦めたくないので足掻いているのですがな」


 はっはっはと豪快に笑うフランさまは、ひどく爽やかで、重圧を背負っているだなんて微塵も感じさせない。その姿がまぶしくて、さすがイーノックさまのお兄さまだと感心してしまう。


「フーおじちゃん、カッコいいねえ」

「以前にも申し上げました通り、王さまにふさわしいひとというのは、王さまをやりたがらないものなのです」

「そうなんだ。じゃあお父さ……」

「国王陛下は、もちろん立派な方です! 国を支えるために奮闘されていること、ご存じでしょう?」

「うん」


 ふふんと胸を張ってフランさまのことをわがことのように自慢したり、顔を青ざめさせて大慌てしているデイジーさまは、とても可愛らしい。こうやって見てみると、デイジーさまは意外と年若いのだということに気が付いた。あの年頃なら、少し年の離れた男性はとても魅力的に見えることだろう。息子よ、フーおじさんは結構手強い相手だろうね。しっかり頑張りなさい。


 まだまだ日差しは強いけれど、木陰の下は気持ちの良い風が吹き抜けていく。酷暑の夏は終わり、実りの秋はすぐそこだ。そしてあっという間に去ってしまう短い秋を惜しみつつ厳寒の冬を耐え忍べば、やがて桜草の咲き誇る春がやってくるだろう。


「君がいない間に、少しでも暮らしやすいように頑張ってみたんだ」


 それぞれの様子を見つめながら、どこか誇らしげに、少しはにかんだように笑うイーノックさまの姿が愛おしい。どうして私なんかのためにと思い、慌てて首を振った。そんなことを考えてはいけない。私を大切にしないことは、イーノックさまたちを大切にしないことと同義だ。私は彼らにふさわしくあれるように、前だけを向いていく。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「君たちのためなら、何だって」

「これからは、私も一緒に頑張りますから」


 そっと手を握れば、優しく握り返された。薬指の指輪がきらりと光る。私だって変われるはずだ。諦めるのではなく、流れに身を任せるのではなく。大切なひとのために。そして自分自身のために。


「できることを、ひとつずつ積み重ねていこう。俺たちの時代で成しえないことでも、いつかこの先できっと大きな変化をもたらすことができるはずだ」

「素敵な夢ですね」

「夢じゃない。きっと来る未来だよ」


 神さまからの完璧な庇護を、私たちは自ら望んで手放そうとしている。その決断の大きさに震えながら、けれど広がる新しい世界への希望に心踊る。


 後悔することもあるだろう。神さまの言葉に従い、従順に過ごしていた日々を懐かしむこともあるに違いない。それでも私たちは生きていく。自らの足で大地を踏みしめながら。

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