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【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。  作者: 石河 翠


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いただきます。おやすみ。いってらっしゃい。(後)

 墓守のフーおじちゃんは、不思議なおじちゃんだ。


 お顔に赤い火傷があるのに、ディさまに治してもらうのを嫌がっている。それでも陛下のお願いなのかな、それとも命令なのかな。ディさまが来たのだけれど、おじちゃんのお顔の怪我は治らなかった。嫌じゃないのかなって心配していたら、おじちゃんはこれでいいんだよ、このままでいいんだよって笑ってた。


 変なの。怪我なんて、すぐに治しちゃったほうがいいはずなのに。でも、おじちゃんは大事そうに顔をなでなでしている。大人って不思議だね。


「殿下も、大人になればわかる日が来ますぞ」

「えー、いますぐわかりたい」

「いやはや、これは年の功ですからな」

「むう、大人ってずるい!」

「大人というものはえてしてそういうものでございます」

「やだやだやだやだ」


 足をばたつかせながら、地面を転がってみる。お城の中では絶対にできない格好で転げまわると、普段少しずつお腹の奥に溜まり続けるもやもやがどこかへ行ってしまうような気がした。


「殿下。それ以上転がっていかれると、棘草(いらくさ)にかぶれてしまいますぞ」

「わあ、それはやだ。あれ、痛いんだもん」

「おや、触ったことがおありで?」

「棘草で作ったお洋服を着せると、本当の姿に戻るんでしょう? だからね、僕も編んで着せてみようと思ったの」

「それは、それは。陛下が心配なさったのでは」

「ちょっと叱られちゃった」

「聖女さまは?」

「なんだかね、すごく悲しそうな顔をしていた。僕が悪いことをしたはずなのに、ごめんねって言われたの。こらって怒られるよりも、僕、悲しかったな」

「なるほど」


 おじちゃんは僕の頭を撫でて、それからてのひらを確かめてくれた。ディさまが治してくれたから、てのひらはもう痛くないよ。一緒に連れてきていたぬいぐるみは、今日もしゃべってくれない。最初からおしゃべりなんてできませんでしたよって、すました顔をしている。


 やっぱり棘草のお洋服が必要だったんじゃないかな。ちくちくした手の感覚を思い出して顔をしかめていると、おじちゃんはぬいぐるみをわしゃわしゃしながら、僕に尋ねてきた。


「殿下は、聖女さまが大層お好きと見える。聖女さまがお義母さまとなったら、いかがですかな」

「え、やだよ」

「さようでございますか」

「どうしてそんなこと聞くの。へーかは、ディさまのことが好きなの?」


 心に決めた大切なひとがいるのに? ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、おじちゃんに確認してみる。そんなこと絶対ないって思っているのに、なんだかとても不安でお腹の底がずんと重くなる。


「いえいえ、これは出過ぎたことを申しましたな。手前は、殿下が懐いておられるのならばとちらりと考えただけでして」

「あのね、僕はディさまのことが大好きだけれど、ディさまがへーかと結婚するのは嫌だよ」

「ええ、ええ。承知しております」

「僕はね、ディさまに僕のお嫁さんになってもらいたいの」

「は」

「大好きなひととはね、結婚するとずっと一緒にいられるんだよ。だからね、へーかもちゃんと結婚を申し込んだらいいんだよ。そしたらね、みんながにこにこになれるんだ」


 僕の答えに、おじちゃんが目を丸くしている。子どもだからって、適当にあしらわれるのは嫌いだよ。だからちゃんと僕の好きが本当だってディさまやみんなに信じてもらえるように、早く大きくなりたいな。


 ディさまに渡す指輪は、ちゃんと僕が作るって決めてるんだ。竜と英雄の子どもだから、僕にだって逆鱗はあるんだよ。もうちょっとちゃんと大きくなったら、えいやって剥がしてやるんだから。怖くないよ。だって、大事なひとにあげるためだからね。痛くったって、僕は泣かないんだ。


「へーかも自分の逆鱗をむしって、早く作ったらいいのに」

「逆鱗というのは、竜にしか存在しないのでは?」

「そうだよ。でもへーかも、神さまの血を引いているから、ちゃんと逆鱗があるでしょう?」

「陛下にも、あるのでございますか?」

「あるよ。もしかして、見えないのかな。だから作らなかったの? あげたくないわけじゃなくって?」

「見えるも何も、陛下の身が竜に連なるなど初耳でございます」

「そっかあ。見たらわかると思っていたんだけど、見えないこともあるんだねえ。僕、知らなかった」


 ディさまに教えてもらったこと以外にも、やっぱり当たり前じゃないことってあるんだね。当たり前とか、普通とかって、みんなどうやってわかるようになるんだろう。


 僕とおじちゃんは、似ているけれど見えているものが違う。

 へーかとおじちゃんも、似ているけれど見えているものが違う。

 だからきっと僕とへーかも、似ているけれど見えているものが違うんだろうな。


 じゃあ、へーかにも教えてあげよう。逆鱗で指輪を作ろうよって。そうしたら、ちゃんと大好きの気持ちが伝わるよ、きっと。特別なものだからね。ちょっと痛いけど、がまん、がまん。へーかは、英雄だからきっと泣かないよね?


「それはようございますな。何か必要な材料がございましたら、手前も手伝いましょう。腕っぷしだけは自信がありますゆえ」

「本当に、大丈夫? 悪いことをして集めちゃだめなんだよ?」

「ご安心召されよ。魔獣退治で、魔石やら貴金属やらを用意できまする」

「そうなんだ。じゃあ、一緒に手伝ってもらってもいい? あ、いつへーかに言うかはもう少し考えようね。まだ、内緒にしていてね」


 おじちゃんは、顎髭をなでながらうんうんとうなずいていた。おじちゃんはすっぽりと大きな外套をかぶっているけれど、僕からは時々、そのお顔が見えるんだ。半分、お顔が赤くなっているけれど、すごく優しい目をしている。


 それにね、おじちゃんって、陛下とお顔がよく似ているんだよ。だからね、おじちゃんと話して、おじちゃんが笑ってくれると、僕、とっても嬉しくなるの。僕、おじちゃんとお話するの大好きなんだ。


 そういえばおじちゃんは、陛下に逆鱗があることを知らなかったんだよね。じゃあもしかして、おじちゃんも自分に逆鱗があることも知らないのかな。まさか、ね? とっても目立つところにあるのに? 僕、もしかしてすごいことを知っていたのかな。えへへ、いつ教えてあげよう。おじちゃん、びっくりするかな。喜んでくれたらいいな。へーかにもこのことを教えてあげたら、なんだか笑ってくれるような気がするな。


 へーかが笑ったら、きっとおじちゃんみたいな顔になると思うの。へーかは、いつも笑っちゃいけないって思っているみたい。笑ったり、楽しんだりすることは悪いことなんかじゃないのにね。怒った顔より、悲しい顔より、笑った顔がみんな好きだと思うな。だから、いつかへーかがいっぱい笑ってくれるように、僕はいろんな楽しいことを計画するんだ。



 ***



 毎日は、あっという間に過ぎていく。


 へーかとは、ごはんの時以外にも話をすることが増えた。へーかの逆鱗は、白銀なんだよ。きらきらしていて、宝石みたい。僕の逆鱗は、ぬいぐるみの目とよく似た黒色だから正反対。でもどっちもとっても綺麗なの。夜のお空とお星さま、素敵でしょ。


 逆鱗を剥がすときは、一緒に頑張ったんだ。だってへーか、大人なのに怖がりなんだもん。「僕とへーかは、おそろいだもんね。男の子だもんね。泣かないよ」って言ったら、剥がす前から泣き出しちゃった。大人なのに。しょうがないから、僕はちゃんと痛くないよって、なでなでして慰めてあげたんだ。ご褒美に、ふたりで氷菓も食べたんだよ。


 ディさまは、前よりももっといろんなことに挑戦しているみたい。僕が神託を聞いていないことは、少しずつみんなの間に伝えているんだって。神託があったからって、好きでもないことをやらされるひともいたから、神託を聞きたくないひとも結構いたんだって、その時初めて教えてもらったんだ。


 墓守のフーおじちゃんもそうだったんだって。本当は、昔から冒険者や職人になりたかったんだって教えてくれた。自分で捕まえた魔獣をさばきながらね。本当にすごいんだから。ディさまはとり過ぎだって呆れていたけれど、お肉や毛皮はみんなに必要なものだからにこにこしていた。フーおじちゃんばっかり、ディさまにカッコいいところを見せているの、ずるい。僕だって、わがまま言うんじゃなくって、ディさまにカッコいいって思われたいのに。


 それにしてもおじちゃんはなんで、今は墓守さんをしているんだろう。でも、墓守のお仕事は嫌いじゃないみたい。好きじゃなくって、嫌いじゃないって変なの。へーかも、フーおじちゃんも、時々とっても回りくどいの。大人って面倒くさい。ちゃんと、好きだよ、大好きだよって言えばいいのに。僕みたいに言葉を閉じ込められたりなんかしてないんだからさ。


 僕はベッドの中で、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。時々、ベッドの中が広すぎて、天井がぐるぐる回って苦しくなるんだ。


 どうして、大人ははっきり言わないのかな。


 あの日もそうだった。出来立てのシチューを食べようとしていたら、隣のおばちゃんが家にやってきて、盗賊が街にやってくるから隠れろって大声で注意してくれたんだ。声が出せない大人とまだうまくしゃべれない幼児だったから、心配してくれたんだよね。そのときにね、言われたんだよ。僕の頭の中にしか聞こえない、特別な声で。


 ――悪いひとがいるから、ちょっと出かけてくるわ。いい子にして待っていてくれたら、すぐに戻ってくるからね――


 いつもよりも長めにぎゅってされたの、僕、気づいていたよ。ちょっと苦しかったけど、僕、我慢してたもの。あの時、もう帰ってこれないってわかっていたのかな。


 僕、お利口にして待っていたよ。お留守番っていうには、ちょっと長すぎると思う。だって、もう僕ひとりで着替えもできるし、お風呂にも入れる。馬にだって乗れるし、剣だって使える。野営で狩りもできるし、美味しいシチューだって作れるようになったんだ。


 ねえ、まだ足りない? あとどれだけ、待っていたらいい?


 もうこれ以上いい子になんてなれないよ。早く帰ってきて。僕、寂しいよ。ねえ。


「お母さん」

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