5.
街の感じは、修学旅行で行った山口県の錦帯橋、岩国に近い。
橋はもちろん錦帯橋の様な三重アーチ橋じゃないし、橋も城も街も規模はこちらがずっと小さい。
あぁ~、配置が似てるんだ。城と御殿、川を挟んだ対岸の武家屋敷に町家。
雷光氏、この世界を作るときに間違いなく参考にしてるな。真似っこと言ってもよいけど・・・
僕は殊勝に畏まって雷光氏についていった。
橋を渡ると、馬出しの折れ目の先に御殿の入口になる巨大な櫓門がそびえている。
サッと雷光氏か右手を上げると、観音開きの戸が左右に開き始めた。
開けた広場の先にある堀を挟んでその奥に漆喰壁、そして御殿がそびえている。広場は結構広く、サッカー場一面が丸々入るぐらいに見えた。
御殿へは向かわず、雷光氏は右手に折れ山頂の本丸目指す石段を登り始めた。僕らも雷光氏を追いかけて石段を登る。
幾つかの郭を通って山頂へたどり着くまで三十分ほど山登りをさせられた。
成る程、戦国時代の山城がなかなか落とせない訳だ。
此処を槍を担いで甲冑着込んで戦いながら登るのは、余っ程忠誠心があるか報奨に目が眩んだ猪突野郎でないと無理だな。
生命が幾つあっても足りないや。
本丸御殿は天守閣と一体になっている小規模な物だ。僕らは御殿の正門から中に迎え入れられ、天守閣へと上る廊下を進んだ。
天守閣最上階まで登ると、眼前に雷光氏の仙域の全貌が開けていた。
美しい風景だった。眼下には城下町が開け、その先に広がる広大な田圃、背後は紅葉の美しい山々がそびえている。左手川の下流には遠く海が望め、其処には港町があるようだ。
「どうだい、私の仙域は?」
「凄く美しい世界ですね」
「三十里四方あるからね。 山林、田畑、チョットした海まであるぞ」
三十里、一里4キロだから1辺120キロ、デカい、ともかくすげーとしか言えない!
「一人前と認められる仙域は三里四方だから、私の仙域もそれ程広いとは言えないんだけどね・・・」
じっちゃんが口を挟む
「儂の世界がほぼ20キロ四方で、カズのはチョット狭くて16キロ程度だったかな」
カズとはばっちゃんの名だ。一葉というのが正式な名前なんだけど、じっちゃんはカズと昔から呼んでいた。
ばっちゃんが続けた。
「付与が終わったらやっちゃんを招待するよ、楽しみにしといて」
一人前と言われるのは12キロ四方の仙域をもつ仙人だけど、仙人一人を支えることが出来る最低ラインは4キロ四方・・・そこで満足してニート生活に入る仙人は多いらしい。
仙人は霞を食っていると聞いたことがあるが、どうやら彼らニート仙人がそうだ。彼らは、疑似生命や無機質の自立行動可能ゴーレム等々AI的思考力 を持った召使いを作り出し悠々自適の引き籠もり生活を楽しんでいる。
現し身を作る必要も無く、他の人間を仙域に迎える必要がなければ、要するに付き合いを一切しなければ、一里四方の仙域を持っていれば十分だということ。
これは、生き物や人を仙域に迎え入れる条件が結構大変なことから、そこで妥協しちゃう方が楽というのも理由の一つらしい。
魂を持つ人間などを仙域に迎え入れるためには2つの方法がある。
不老不死の者として迎えるか、輪廻転生する死せる生命として迎えるかだ。
仙域がほぼ一里広がる事に、不老不死では一人、輪廻転生ではニ十人迎え入れ可能となるらしい。
招聘された彼らは、仙域を維持する礎となり仙域の中から出られなくなる。
輪廻転生者の場合、魂循環のため冥界を作り維持することが必要となり、その負荷は仙人本人に掛かる。
だから、輪廻転生者をフルに受け入れて行けば、仙人が負荷に耐えられなくなり、最終的に仙域の維持が出来なくなってしまう。
その為、輪廻転生者は、多くても招聘可能人数の大体半分以下に抑えておけと教わった。
仙人は生命を創造出来ない、勿論、魂なんぞ持つ人間なんざ到底作れない。
だから、仙域内の本物の木々、鳥、獣などは全て外の世界から招聘したものだ。
しかし、現し世と呼ぶ外部世界には、仙人、道士などの外、付喪神、精霊、妖怪など八百万の魂魄が存在し、各々の縄張りを主張しているため、手垢がついていない生き物などを探すには大変苦労するらしい。
兎にも角にも、付与を与えてもらう時がきた。
雷光氏が僕の頭に手を乗せ、一心に何か唱え始めた。
僕は目を閉じ、立膝で雷光氏に対向している。
雷光氏の手のひらから温かな力が流れ込んできた。
と、突然、目を閉じているのに周りが色鮮やかに見えて来たので、僕はびっくりして思わず声をあげそうになった。
雷光氏の手のひらが離れた。
「終わったぞ。 これで君も我が一門だ。 われらの世界にようこそ!」
なんか呆気なかった。一瞬で済んでしまった。
そういえば、雷光氏の師匠はどなたなんだろう?
僕の問いに、雷光氏は
「一門の中で有名なのは、あの平将門公だな、我が一門は、日の本の仙人の三大系統の一つだからね。 そうだ来年には、公のもとへ我ら全員で訪問しようか」
「あと、直接の師匠は鈴木助兵衛先生だ。 知っているか?」
「将門公はめっちゃ有名人じゃないですか!
鈴木助兵衛先生?すんません、よく知らない方ですが、ぜひご挨拶に伺いたいです」
「ま、すぐには無理だな。 まずは、下の武家屋敷の一つを貸し与えるので、暫く其処から舘の武道場へ通ってもらい、精神集中、気の錬成、体術などの鍛錬をしてもらう」
「わかりました」
「現し世との門の時間は止めているので、此方にどれほどいても、向こうの時間は一秒も進まない。安心して修行に励めばいいぞ。
また、現し世に戻って帰ってくる時も此方から出た瞬間に戻るので、時間の無駄が無いからな」
そういえば、じっちゃん達も下の武家屋敷を拝領してるので、自分の世界と半々で過ごしているらしい。
自分の世界
どうすれば作れるのか、みんなは自然に判るようになるから大丈夫と言うけど、不安だ。
ともかく、天守閣そして山城から山裾の御殿に降りる。
歩いている途中
雷光師匠曰く、師匠はこの仙域内何処へでも一瞬で移動できるらしく、我々全員を運ぶのも楽勝との事。 しかし、僕のために(ご自分の運動不足解消の為?)歩いていると力説していた。
ありがとうございます^_^
御殿の広間には宴会の準備が整っていた。
雷光邸の執事は、かって雷光師匠が現し世にいた頃からの部下だった勝右衛門さんだ。地仙となっても師匠の右腕を続けている、落ち着いた紳士然とした方だ。
奥を取り仕切るのは、奥さんのケサガメさん。
不思議な名前だけど、昔からのめでたい名前として、明治大正昭和初期まで結構女性につけられてたらしい。
やはり、地仙なんだけど自分の仙域を師匠の世界と繋ぎ、殆ど此方側に居続けてるとのこと。 師匠、好かれてるね。
尚、複数の仙域を連結した集合体になると仙界と呼ぶらしい。
一応、二人も屋敷を拝領しているけどほとんど御殿で寝泊まりしてるそうだ。
宴会には、もう一人尸解仙の結城瞳美さんという若い女性が参加した。
三年ほど前に弟子入した方で、鋭意修行中だそうだ。
いゃあ美味かった。酒も美味いし、料理は絶品。
本格的な会席料理で、どんな料亭にも負けない味付けの凄いものだった。 ケサガメさんの料理の腕は天才の域に達してるんじゃないか!?
何より、米、野菜、魚、肉、その全てが師匠そしてケサガメさん、勝右衛門さんの世界産と言うのが凄い。完全に自給できてる、ほぼ天仙に近いんじゃないかい。
怪しいぬらりひょん呼びした事が恥ずかしい。
宴会後、御殿を辞して僕、じっちゃん達、そして結城さんの四人で拝領した屋敷に向かった。